公開日 2020/03/26
「はたらく人の《ワクワク感》を研究しています」などと人事部門の方にお話すると、数年前までは「面白そうですね」とは言いながらも奇妙な目で見られたりしましたが、最近は興味を示していただくことが増えてきたように感じています。筆者の主な研究テーマは、人の多様な《感性(知覚・認知・感情)》がワーク・エンゲイジメントやWell-beingに及ぼす影響に関するものです。
人が仕事にやりがいを感じられる働き方を実現し、組織としての創造性や生産性を高めるための新たな介入の観点のひとつである仕事における「ワクワク感」。社員の「ワクワク感」と働き方の間には、どのような関係性があるのかをご紹介します。
過去、日本では仕事場面で個人的な「感情(情動)」を表現することはタブー視されてきた感があります。しかし、近年では仕事場面でも《イキイキ》や《ワクワク》といった感性的な表現が日常的に使われるようになってきています。また、現在、経済産業省が中心となって次世代の教育のあり方を模索している「未来の教室」事業[※1]の中核概念でも『一人ひとりの「ワクワク」』を提唱しています。このように、働き方改革や次世代の学びに関して、行政と産業界がこぞって「ワクワク」という感情(情動)を表す語彙を取り入れるようになってきているのです。
背景としては、欧米を中心とした人材マネジメントや教育におけるキーワードとして、人の「Emotion(感情・情動)」に対する関心が高まっていることが考えられます。「Emotional intelligence(自己や他者の感情を知覚して、自身の感情をコントロールする知能)」[※2]など、従来から活用されてきたIQ(知能指数)では測ることができない非認知的な能力が、実社会での成功には重要だといわれていることもそのひとつです。また、今まで客観的に計測しにくかった「心」の状態などがテクノロジーの進化で科学的に計測できるようになってきていること、AIやロボットが職場に導入される過程で《人間らしさ》への価値が見直されていることなども影響していると考えられます。
他方で、《ワクワク》というオノマトペ(擬情語)は、幼児から大人まで誰もがイメージを共有することのできる気分や感情を表す言葉ではありますが、明確な定義はありません。そこで、筆者は《仕事におけるワクワク感》について「未知なるものごとへの興味・関心を抱く過程や、挑戦・創造の過程において、好ましい結果を予測して意識が集中する時の快い高揚感。または、五感を通じて快さを感じた時のポジティブな心的状態」[※3](Inoue,2020)と定義しています。
ここでいう「快い高揚感」や「ポジティブな心的状態」とは、従来から精神保健分野におけるワーク・エンゲイジメント研究[※4]や応用心理学におけるモチベーション研究等で扱われてきた「フロー」や「ポジティブ感情(情動)」といった概念に近いといえます。人がポジティブ感情状態にあると、「意思決定が早まる」「物事を俯瞰的に捉える」「ワーク・エンゲイジメントが高まる」などといった報告も多く示されています。
つまり、仕事において「ワクワクできている人」には、仕事の成果につながるようなパフォーマンス行動が「ワクワクしていない人」よりも多く期待できるといえるのです。
では今、日本でどれくらいの人が仕事でワクワクできているのか。筆者が2018年に日本全国の20代~60代の有職者1,034名に対して実施した調査では「仕事においてワクワクすることは大事なことだ」と考えている人は、全体の63.0%いることが確認されました。他方で、大事だと思わない人も9.3%いました(図1)。
図1. 「私は、仕事でワクワクすることは大事なことだと思っている」の回答結果
また、仕事において明確に「ワクワクしている」と回答した人は全体の10.8%。「ワクワクしていない」と回答したのは、全体の45.4%でした(図2)。ワクワクしたいと思っていても、ワクワクできていない欲求不満状態にある人が多数いることは確かだといえそうです。
図2. 「私は、仕事においてワクワクしている」の回答結果
では、仕事においてワクワクできている人に属性的な特徴はあるのでしょうか。
当該調査で分析したところ、性別や年代などはほぼ無関係でしたが、役職については上級になるほど「ワクワクしている人」が増加していました(図3)。
図3. 役職別に見た「私は、仕事においてワクワクしている」の回答結果
この役職の上昇を個人の裁量(自己決定できる程度)が増すと解釈するならば、役職上位者は他者から指示され「やらされ感」で行動するのではなく、主体的に判断して行動できるためにワクワクすることが多くなるということが示唆されたものと考えられます。「自己決定」は、仕事においてワクワクするための基礎的な条件であるといえそうです。
社員が仕事でワクワクできていると、人材マネジメントの観点からはどのような効果が期待できるでしょうか。当該調査からは、仕事でワクワクしていると「ワーク・エンゲイジメント(活力・熱意・没頭)」が高まるという有意な関係が確認されました。
また、「人生満足度」や「幸せの4因子」[※5]といった私生活を含めたWell-beingに関する尺度についても有意な正の相関が確認されています。さらに、個人の「転職志向」については、現在の仕事においてワクワクできている人は転職志向が低く、ワクワクしていない人ほど転職志向が高いことが確認されました(図4)。
図4. 仕事でワクワクしている度合い×転職志向の関係
もし皆さんがマネジメントの立場にあるならば、定期的に「最近、仕事でワクワクできている?」とメンバーに声をかけてみることをお勧めします。この一言で、転職志向度をある程度予測することができるかもしれません。
人が仕事においてワクワクする物事とは、個人の価値観や状況により多様だといえます。そこで、先の調査データから「仕事場面において"ワクワクする"」と確認された自覚的な要因について統計的に処理を行ったところ、次の4つの因子が導き出されました(図5)。
図5. 働く人がワクワクすると思っている要因(顕在的ワクワク感の4因子)
第1因子は「創造と未知への挑戦」です。これは「新しいアイディアや企てをあれこれ考える時」「新たな領域に挑戦する時」など、未知なるものごとへの挑戦や創造などに意識が向かう活力ある内容でした。
第2因子は「報酬や幸運への期待」です。「給与・賞与などの金銭的報酬を受けた時」「仕事の後に楽しみにしていることがある時」など、報酬や幸運などの享楽的事象に意識が向かう内容でした。
第3因子は「対人的な好奇心」です。「仕事仲間の新たな一面を知った時」「新たな人と出会った時」など、仕事上の対人的な関心に意識が向かう内容でした。
第4因子は「感性的なこだわり」です。「仕事中、好きな香りをかいだ時」「オフィスの見た目がきれいで好ましい時」など、五感を通じた外的な刺激に意識が向かう内容でした。
この4つの因子は、仕事においてワクワク感が大事だと考えている人が希求する観点として有用であると考え、「顕在的ワクワク感の4因子」と呼ぶこととします。
「顕在的ワクワク感の4因子」については、各因子についてどの程度ワクワクするかという点で個人差が確認されています。しかし、ひとつ補足をすると、この4因子は自覚的であるがゆえに「思い込み(フォーカシング・イリュージョン)」が生じている可能性があります。「幸せになるために新築のマイホームが欲しい」と思っていても、実現したときに本当に幸せかは分からないのと同じです。なお、現在進行中の研究では、顕在的な4因子とは別に、潜在的なワクワク感のモデル化を行っていますが、「自己成長や自己効力感の高まり」「仕事への集中」など、4因子とは異なる要素も確認されてきています。
以上のように、筆者の研究から、仕事におけるワクワク感が高い人は、ワーク・エンゲイジメントが高く、主体的に働いている人が多いことが分かりました。また、ワクワク感には「創造と未知への挑戦」「報酬や幸運への期待」「対人的な好奇心」「感性的なこだわり」といった顕在的な4因子や、「自己成長や自己効力感の高まり」「仕事への集中」といった潜在的な要素があることなども明らかになってきています。
これらの顕在的4因子や潜在的な要素は、内省やメンバーとの対話のきっかけになると考えます。ぜひ、1on1などの機会にメンバーが「どのような要因にワクワクするか」について対話していただくことをおすすめします。また、従来のタレントマネジメントでは、個々人のスキルの見える化に留まっていた感がありますが、個々人のワクワクポイントが見えてくれば、そのような機会や環境をさりげなく整えてあげることも可能となるでしょう。
ワクワクポイントは、一人ひとりのモチベーションの「スイッチ」です。あとは少し、自己決定できる裁量を部下に与えていただければ自発的に手を伸ばすことでしょう。そのようなワクワクドリブンなマネジメントは、社員の主体性を育む「個」に目を向けたこれからのタレントマネジメントの基盤となるものだと考えています。
<参考資料>
※1.「未来の教室」とEdTech研究会-第2次提言
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/mirai_kyoshitsu/20190625_report.html
※2.Annie Mckee,"Happiness Traps" , Diamond Harvard Business Review July 2018
※3.Inoue,Ryotaro(et al.)," A Study of "WAKU-WAKU" at Work", Emotional Engineering Vol.8, Springer, 2020
※4.島津明人(編)「Q&Aで学ぶワーク・エンゲイジメントできるー職場のつくりかた」金剛出版(2018)
※5.前野隆司「幸せのメカニズム 実践・幸福学入門」講談社現代新書(2013)
シンクタンク本部
上席主任研究員
井上 亮太郎
Ryotaro Inoue
大手総合建材メーカーにて営業、マーケティング、PMI(組織融合)を経験。その後、学校法人産業能率大学に移り組織・人材開発のコンサルティング事業に従事した後、2019年より現職。
人や組織、社会が直面する複雑な諸問題をシステマティック&システミックに捉え、創造的に解決するための調査・研究を行っている。
本記事はお役に立ちましたか?
前のコラム
はたらく幸せ/不幸せの特徴《仕事・ライフサイクル 編》
日本の就業者の“はたらくWell-being”をとりまく社会・経済的要因の国際比較
教員の職業生活に関する定量調査
大人の学びとWell-being(ウェルビーイング)
ハタチからの「学びと幸せ」探究ラボ
「社会への志向性」はどう育つのか ソーシャル・エンゲージメントの上昇要因を探る
「キラキラした若者」はなぜ会社を辞めるのか ソーシャル・エンゲージメントの視点から
「社会」へのエンゲージメントが仕事で活躍し幸せを感じることに導く――ソーシャル・エンゲージメントとは何か
経年調査から見る働くシニア就業者の変化
仕事で幸せを感じ活躍する若手社会人の学び特性と学生時代の学習・経験の関連 ―専門学校を経由した社会への移行に着目して―
学生時代のどのような学び経験が仕事で幸せを感じ活躍することにつながるのか
社会人になってからのどのような経験が仕事で幸せを感じて活躍することにつながるのか
仕事で幸せを感じ活躍している若手社会人に見られる「5つの学び方」とは
はたらく人の幸福学プロジェクト
障害のある就業者の「はたらくWell-being」実現に向けた課題と方策
HITO vol.20『海外のHRトレンド』
「幸せを感じながら働く」状態を目指す。それが企業・精神障害者の双方にとって大事なこと~外部支援者から見た障害者雇用の実態と、企業や個人に期待すること~
多拠点居住における住まいのサブスクリプションサービスは社員の幸福感を高めるか? ~サードプレイス論から今後の在り方を考える~
地域貢献度の高い「多拠点生活志向者」の課題 ~「幸せ」を感じ、「不幸せ」も感じているのはなぜか?~
ChatGPTは働く人のウェルビーイングにどのような影響をもたらすか
精神障害者雇用の現在地 ~当事者個人へのヒアリング結果から見る質的課題の検討~
「障害者」と括らず希望する誰しもに、経済的自立と誇りある人生を 福祉の常識を覆す発想で挑戦を続けるアロンアロン
重要度が増すウェルビーイング。HRMができることを探求し続ける
仕事における幸福(Well-being)の状況 ~世界各国の「はたらいて、笑おう。」調査データから見る~
日本における職業生活のWell-beingに関する文化的考察 ―世界116カ国調査を通じて見えてきた日本の特徴―
はたらく人の幸せに関する調査【続報版】(テレワーカー分析編)
Well-beingな状態で働くためのテレワークのポイントと対策 ~はたらく人の心の状態を2分するテレワーク~
はたらくことを通じて幸せを感じることの効果とは -企業を対象にした実証研究の結果から-
HITO vol.16『はたらく人の幸福学~組織と個人の想いのベクトルを合致させる新たな概念の探求~』
follow us
メルマガ登録&SNSフォローで最新情報をチェック!