「社会への志向性」はどう育つのか ソーシャル・エンゲージメントの上昇要因を探る

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パーソル総合研究所では、立教大学の中原淳教授、ベネッセ教育総合研究所との研究プロジェクトである『ハタチからの「学びと幸せ」探究ラボ』において、若手社会人が仕事で活躍し幸せを感じること(幸せな活躍[注1])のヒントを探求している。本コラムでは、そこで得られた成果のうち、就業者の幸せな活躍にとって重要な社会へのエンゲージメント、「ソーシャル・エンゲージメント」についてのより詳細な分析を紹介したい。

すでにコラム「社会」へのエンゲージメントが仕事で活躍し幸せを感じることに導く――ソーシャル・エンゲージメントとは何かで紹介したとおり、ソーシャル・エンゲージメントとは、①「社会への関心があること」、②「社会的責任感を持っていること」、③「社会課題解決への効力感」という3つの側面からなる、個人が持つ「社会への志向性の強さ」のことである。そして、ソーシャル・エンゲージメントが幸せな活躍につながっていることを定性的・定量的な検証から提起した。このソーシャル・エンゲージメントは、本人のウェルビーイング(Well-being)、職場での個人パフォーマンス、ジョブ・クラフティング(従業員が自らの職務内容や職務のフレームを再構築し、それをより意味があるものに変える行為)[注2]といった重要な成果に強いポジティブな関係があることが分かっている。本コラムでは、そのソーシャル・エンゲージメントがいかに高まるのか、ということを取り上げていく。

  1. ソーシャル・エンゲージメントの背景には何があるのか
  2. ソーシャル・エンゲージメントを高める3つの経験
  3. ソーシャル・エンゲージメントを高める3つの経験が思考の広さを生む
  4. 人事施策とソーシャル・エンゲージメントの関わり
  5. 従業員の社会性を育てることが企業の社会的責任
  6. まとめ

ソーシャル・エンゲージメントの背景には何があるのか

すでにわれわれの研究では、この就業者のソーシャル・エンゲージメントは、貢献実感のない仕事や、他者を軽視するような仕事に従事することで失われていくことが分かっている(詳細はコラム「『キラキラした若者』はなぜ会社を辞めるのか ソーシャル・エンゲージメントの視点から」で紹介している)。ソーシャル・エンゲージメントは、働いている環境に大きく左右されるということだ。では逆に、個人のソーシャル・エンゲージメントが高まる要素はなんだろうか。

そのことを調べるにはまず、ソーシャル・エンゲージメントとひもづいている個人要素を確認しておく必要がある。分析の結果、ソーシャル・エンゲージメントとポジティブな関係にある要素として、「仕事に関わる視野の広さ」、そして「仕事における時間的・精神的な余裕」が見出された。

視野の広さとは、例えば、人を勝ち組と負け組とに分けられない、社会貢献とビジネスでの利益は両立できるといった「脱・二分法」的な考え方や、長い時間軸で物事を考える思考の「時間軸の長さ」といったことである。仕事上の余裕は、過剰労働状態に無く、ある程度の余暇時間がとれること、それと同時に仕事に追いつめられることなく精神的な余裕を持てているということだ。これらの要素は、ソーシャル・エンゲージメントと因果関係というよりも相関的関係として捉える方がよいだろう。

図1:ソーシャル・エンゲージメントにひもづく「視野の広さ」と「仕事上の余裕」

図1:ソーシャル・エンゲージメントにひもづく「視野の広さ」と「仕事上の余裕」

出所:パーソル総合研究所・ベネッセ教育総合研究所・中原淳「就業者の社会貢献意識に関する定量調査」

ソーシャル・エンゲージメントを高める3つの経験

さて、社会人の経験の中で、ソーシャル・エンゲージメントにプラスの影響を与えていることが見られたのは、大きくは3つの経験であった。①人との直接的交流や身体的経験である「手触り経験」、②組織や仕事を俯瞰して見る「見渡し経験」、③仕事以外の越境経験である「踏み出し経験」といった経験だ。それぞれ紹介していこう。

①手触り経験

「手触り経験」とは、汗水たらして頑張った経験や、仲間で打ち上げして盛り上がった経験、社会的困難を抱えている人へのインタビューなど、直接的な身体性を伴うような業務経験である。また、地域のイベントへの参加や体を使うボランティア活動などもこの経験に当てはまる。パソコンや言葉だけを通じた経験ではなく、体で感じるような直接的な経験が「手触り経験」として、ソーシャル・エンゲージメントと強くひもづいていた。

図2:ソーシャル・エンゲージメントを高める「手触り経験」の概要

図2:ソーシャル・エンゲージメントを高める「手触り経験」の概要

出所:パーソル総合研究所・ベネッセ教育総合研究所・中原淳「就業者の社会貢献意識に関する定量調査」

②見渡し経験

「見渡し経験」とは、会社や部署の戦略策定や、リーダー経験やプロジェクトマネジメント経験、専門性を深めるようなトレーニングや仕事など、目に見える範囲だけではなく、より上位の視点から仕事を俯瞰することが必要な経験である。これらの経験の中では、与えられた仕事を単純にこなすのではなく、関わる人々の動きや当該領域の全体像などを想像して物事にあたる必要がある。

図3: ソーシャル・エンゲージメントを高める「見渡し経験」の概要

図3: ソーシャル・エンゲージメントを高める「見渡し経験」の概要

出所:パーソル総合研究所・ベネッセ教育総合研究所・中原淳「就業者の社会貢献意識に関する定量調査」

③踏み出し経験

「踏み出し経験」とは、PTAや地域での活動、NPO活動、社会人大学院など、会社と家庭以外への領域への「踏み出し」を伴う経験である。空間的・領域的な意味で内から「外」に出る経験が多く含まれる意味で「越境的」な経験ともいえ、オルデンバーグの言う家庭と職場以外の「サードプレイス」[注3] への参画とも重複するところが大きい。「海外旅行」や「生活圏が変わる引っ越し」なども含まれており、日常的ないつもの場≒ホームにとどまっているのではなく、一歩踏み出した先にある場に足を踏み入れることを示している経験だ。

図4:ソーシャル・エンゲージメントを高める「踏み出し経験」の概要

図4:ソーシャル・エンゲージメントを高める「踏み出し経験」の概要

出所:パーソル総合研究所・ベネッセ教育総合研究所・中原淳「就業者の社会貢献意識に関する定量調査」

ソーシャル・エンゲージメントを高める3つの経験が思考の広さを生む

さて、ソーシャル・エンゲージメントを高める3つの経験の概要を見てきたが、こうした経験がなぜソーシャル・エンゲージメントとポジティブな関係にあるのだろうか。まずそれらの経験には、地域活動やNPO活動など、社会性そのものが高い経験が含まれている。その経験から、社会への関心が生まれることは容易に考えられる。特に「手触り経験」や「踏み出し経験」においては、留学や地域の祭りなど、人々が生きている具体的な社会の場をより多角的に・直接見つめることになる。また、「見渡し」経験においても、さまざまに関連してくる人や専門領域について目配せすることによって、それぞれの社会的背景への想像力を喚起することもあるだろう。

また、より間接的な影響もありそうだ。より詳しく分析すると、先ほど見てきたソーシャル・エンゲージメントの背景としてあった視野の広さ、つまり「メタ視点」「時間軸の長さ」「脱・二分法的な思考」に対して、これら3つの経験は強弱がありつつもプラスの影響が見られた。すなわちこの「手触り」「踏み出し」「見渡し」の経験が、人の日常的な思考の深みや広さを拡張し、「社会」を想像する力を豊かにしていそうだということだ。

図5:視野の広さにつながる3つの経験

図5:視野の広さにつながる3つの経験

※標準化偏回帰係数がプラスだった経験のみを記載(係数がマイナスに有意だった経験は報告書P.59参照)

出所:パーソル総合研究所・ベネッセ教育総合研究所・中原淳「就業者の社会貢献意識に関する定量調査」


こうしたことから読み取れる示唆はいくつかある。まず、これらの効果を軸に見た時、「社会」の領域と「仕事」の領域は相反するものではないということだ。プライベートの生活経験はもちろんのこと、仕事におけるさまざまな経験によっても、社会的なものへの関心は喚起されているのであり、それらの経験はまた、「社会貢献」と「ビジネス」は相容れないものだ、といった浅い二分法的な思考を抑制することにつながっている。こうした具体的な経験が、人の考える幅の広さにつながることは、働く上ではもちろん、人生においても重要な意味を持っているだろう。

そして、逆説的にいえば、「手触り」も「踏み出し」も「見渡し」の経験もないと、社会人の社会性はなかなか育っていかなそうだということだ。すでにコラム「『キラキラした若者』はなぜ会社を辞めるのか ソーシャル・エンゲージメントの視点から」で、仕事における成長実感や貢献実感の欠如が人の社会性を奪い、かつそれらは若年層でしばしば起こっているということを議論した。

ここで挙げた3つの経験も、日々職場で降ってくる仕事に追われ、疲れて寝るだけの生活をしていては、おおよそ経験できそうにないものが並んでいる。リーダー的なポジションになれば「見渡し」の経験は可能そうだが、若手でそうした業務を経験できる機会は限られている会社が多い。社会人がこの3つの経験を積めるかどうかは、まさに企業という働く場を整える人事部門が整備しなければならない領域である。

人事施策とソーシャル・エンゲージメントの関わり

さらに、企業の人事施策とソーシャル・エンゲージメントとの関わりについて議論するために、ソーシャル・エンゲージメントに影響を及ぼす「視野の広さ」と「仕事上の余裕」について、人事管理との関係を分析した。概要だけお伝えすれば、人事管理において「キャリア目標の明確さ」「多様な人材の活躍支援」「過剰な労働密度の回避」という3つの要素が、従業員の視野の広さにプラスの影響を与えていた。

会社の中でのキャリア・コースの透明性が高く、組織の目標と個人の目標がひもづいているということが、視野の広さにつながっている。また、育児との両立支援や専門性の尊重など、女性やスペシャリストといった多様な人材活躍のための基礎ができていることも関連していた。逆に、「異動転勤の多さ」や「新卒偏重の人員構成」などはマイナスの影響が見られており、伝統的な日本の配置転換の在り方が就業者の視野を狭くし、社会的関心を下げている可能性も示唆された。また、長時間労働の習慣や休みが取りにくい状況は、仕事上の余裕を生んでおらず、ソーシャル・エンゲージメントへもマイナスの影響が見られる。

まとめて図示すれば、従業員のソーシャル・エンゲージメントのために企業が整備するべきは、「キャリア」「人材の多様性」「過剰の労働密度の回避」というポイントを押さえた人材マネジメントだ。これらは、その会社で働く人の社会性を育む基礎になるという意味で、「社会志向Social-Oriented」な人材マネジメントとでもいうべき指針である。

図6:ソーシャル・エンゲージメントと人材マネジメント

図6:ソーシャル・エンゲージメントと人材マネジメント

出所:パーソル総合研究所・ベネッセ教育総合研究所・中原淳「就業者の社会貢献意識に関する定量調査」

従業員の社会性を育てることが企業の社会的責任

ESG投資、SDGsなど、企業の「社会的な責任」ということが求められる今、その多くは事業やビジネスそのものによる社会貢献や社会課題の解決が意味されていることがほとんどであった。製造業やインフラ業などであればカーボンニュートラルの達成や人権侵害のないサプライチェーンマネジメント、教育業であればSDGs教育による啓発活動などが代表的だ。それは事業そのものの社会性として、確かにこれからも追及されていく領域だろう。

しかし、忘れてはならないのは、どのような企業であっても内部で働く従業員がそもそも社会の一員であり、「持続可能な社会」というものの実現を左右する重要なプレイヤーであるということだ。本研究では、過重労働で余裕をなくしたり、キャリアの主体的な目標を持てなかったり、同質的な人材しか活躍できない会社で働くことによって、従業員の社会への関心が自然と失われてしまうリスクが示された。そうした企業で働き続けることで、大切な社会のメンバーとしての関心や自覚が減じていくようであれば、その者は社会を良くするような人材からは遠ざかってしまう。顧客や取引先といったビジネスのカウンターパートばかりを見るのではなく、「企業内」に目を向け、従業員の社会性を維持するということもまた企業の重要な「社会的責任」であるという発想が、持続可能な成長達成のために必要な発想だろう。

ただし、責任といっても、それらは企業にとってただの「負荷」ではない。ソーシャル・エンゲージメントが高いことは、その従業員の組織での活躍と主観的なウェルビーイングにつながっていることはすでに明らかになっている。これからの社会において、ビジネスという利益追求活動と、社会課題への解決という非営利活動という難しい2つのことを両立させるカギとなるのが、このソーシャル・エンゲージメントというコンセプトである。

まとめ

本コラムは、ソーシャル・エンゲージメントを高める経験、そして企業の人材マネジメントについて議論してきた。人との直接的交流や身体的経験である「手触り経験」、仕事以外の越境経験である「踏み出し経験」、組織や仕事を俯瞰して見る「見渡し経験」といった経験が就業者の社会志向を高めていた。

また、働いている会社の人事管理の在り方によって、従業員のソーシャル・エンゲージメントが大きく左右されていることも分かった。「社会的動物」だとされる人間の社会性そのものが、企業組織における環境の在り方に影響されているということを示したのは本研究の独自の成果である。

持続可能な成長、新しい資本主義、SDGsなど、社会課題の解決を目指しつついかにして企業活動を営んでいくかが厳しく問われ、模索され続ける時代にあって、今回の発見事項は多くのヒントを与えてくれるはずだ。


[注1]具体的には、以下のように「幸せな活躍」を定義した。「はたらく幸せ実感」はパーソル総合研究所×慶應義塾大学 前野隆司研究室 「はたらく人の幸せに関する調査」より「はたらく幸せ実感」の項目を使用した。

本調査での「幸せな活躍」の定義と測定
「はたらくことを通じて、幸せを感じている」などの7項目を「個人の主観的な幸せ(はたらく幸せ実感)」として測定し、「顧客や関係者に任された役割を果たしている」「担当した業務の責任を果たしている」などの5項目を個人のジョブ・パフォーマンスとして測定した上で、全体分布の中でともに高い層を「幸せな活躍層」として定義。

[注2]ジョブ・クラフティング: 仕事の自律的再創造に向けた理論的・実践的アプローチ 単行本 – 2023/3/18 高尾 義明 (編集), 森永 雄太

[注3]レイ・オルデンバーグ、2013年、『サードプレイス―― コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」みすず書房。

執筆者紹介

小林 祐児

シンクタンク本部
上席主任研究員

小林 祐児

Yuji Kobayashi

上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。


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