公開日 2018/01/24
働く1万人成長実態調査2017では、働く人々の転職に関する実態も聴取しています。今回は、調査のメイン・テーマである「成長」と「転職」との関係を探ってみましょう。
日本よりも雇用流動性が高く、雇用と職務が紐付いている英米では、給与や専門性のより高い職(職務)を求めてステップアップするように転職を繰り返すことが知られています。一方、日本の雇用市場は流動性が低く、頻繁に転職する人は「ジョブホッパー」と呼ばれ、転職市場において企業から敬遠されることも少なくありません。企業での平均就業年数を見ても、アメリカでは4.2年、イギリスでは8.0年であるのに対し、日本では12.1年とかなり長くなっています(※1)。そうした日本において、転職と個人の成長の関係はどうなっているでしょうか。ここでは議論をシンプルにするため、今回の調査から正社員に絞った個票を用いて分析を行いました。(※1労働政策研究・研修機構(JILPT)『データブック国際労働比較2017』より、常用労働者のうち, 短時間労働者を除く)
まず、単純に転職回数と直近1年の成長実感の関係を見てみましょう。下図では、転職回数ごとの成長実感をグラフにしています(数値は「とても実感した」「実感した」回答率計・単位:%)。
図1 転職回数別・成長実感 (%)
これを見ると、2回転職経験者の成長実感が最も高く、3回、4回、5回と数が増えるごとに減少しています。このグラフを見ると、転職は成長に繋がらないどころか、その後の成長を妨げてしまっているようにも見えます。転職回数が増えるほど年齢を重ねているため、この数値だけでは転職そのものが成長実感を「低下させる」とは言えません。しかし、年齢をコントロールした分析を別途行ってみても、「転職が成長実感を促進する」という関係は確かめられませんでした。
どうやら、転職と成長は「転職すればするほど成長できる/できない」といった単純な関係ではなさそうです。そこで、回数ごとの「転職理由」の変化を見ることでこの背景を探っていくことにします。
下のグラフは、転職回数によって差が見られた転職理由を抜粋したものです。ここでは、年齢による変化を統制するため、年齢分布を固定して算出してあります。
図2 転職回数別・転職理由 (%)
左側の「転職回数が多いほど増える転職理由」の方を一見してわかるのは、「不満ベース」の転職が多くなっていることです。不満の内容は、大きく分けて「給与・評価」への不満と、「育成」への不満です。転職回数が3回、4回と増えていくに従って、勤め先企業へのこうした不満が転職の誘因として機能しやすいようです。逆に、転職回数が少ないほど増える転職理由としては、「専門性の習得」「他にやりたい仕事がある」という業務内容のステップアップ・転換を目指すものが上がりました。不満は転職のトリガーとしてどの属性でも強く作用しますが、転職を繰り返す人ほどその傾向が強くなっている様子がわかります。
では次に、成長理由と転職回数の関係を見てみることにします。下図は、再度、年齢による影響を取り除いて換算した上でグラフ化した、転職回数別の成長要因です。
図3 転職回数別・成長理由 (%)
転職回数が多いほど増える成長理由には、責任のある役割、大きな失敗の乗り越え、ゼロからの仕事立ち上げなどが上がりました。これらは、いわゆる「修羅場経験」とまとめることができそうです。また、「やりがい」を感じることも転職経験が多いほうが促進されています。どうやら、転職した先でやりがいをもって働きつつ、大きい責任と失敗を伴う「修羅場」と呼べるような経験をできるかどうかが、転職者の成長のカギと言えそうです。
逆に転職が少ない層のほうが多かった成長理由は、社内研修・職場外学習といった知識のインプット中心の学習でした。ただ、ともに数値はさほど高くありません。別の分析手法によって深掘りしてみると、転職理由が、「倒産/リストラ」「人と関わらない仕事がしたい」という理由で転職をすると、その後の「成長実感」への悪影響が確認されました(※2)。いかに前向きに転職先に入れるか否かによって、その転職後の成長も左右されていそうです。(※2成長実感を従属変数、転職理由を独立変数とした重回帰分析を実施。それぞれ1%有意)
転職と成長の関係を、データから読み解いてみました。転職という複雑な心理変容を伴う行動の分析としてはあくまで素描にとどまりますが、今回の調査データからは以下のことが言えそうです。
・転職経験そのものは、個人の成長を促進させていないこと
・転職回数が多くなるほど、企業への「不満ベース」の転職が多くなること
・転職理由が前向きなものかどうかによって、転職先での成長が左右されていること
・転職が成長を促進させるかどうかは、転職先で「修羅場経験」を積めるかどうかが大きく関わっていること
日本の労働市場が英米型の流動性の高い市場になるかどうか、そして働く個人が転職によって成長を実感していけるかどうかは今後の日本の雇用社会にとってきわめて重要なトピックです。弊社でもこうした定点調査を通じて、継続的に観測していきます。
※調査概要
調査主体:株式会社 パーソル総合研究所
調査名:働く1万人成長実態調査2017
調査対象者:全国男女15-69歳の有職者
対象人数:10,000人(性別及び年代は国勢調査の分布に従う)
調査期間:2017年3月
※引用いただく際は出所を明示してください。
出所の記載例:パーソル総合研究所「働く1万人成長実態調査2017」
シンクタンク本部
上席主任研究員
小林 祐児
Yuji Kobayashi
上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。
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