「日本人は勤勉」説は本当か──
二宮尊徳と勤勉革命の歴史

「日本人は根が真面目だから」「日本人はもともと勤勉だから」。残業、長時間労働についての議論をしているとしばしば耳にするのが、こうした日本人元来の特質と今の日本人の仕事の仕方を結びつける意見です。「勤勉さ、愚直さといった日本人の強みを活かし...」などとポジティブな形で言及される場合もあります。はたして、こうしたことは事実なのでしょうか。もし正しいのであれば、残業是正をいくら呼びかけても、「長く働いたほうが日本人の性質に適している」という話になってしまいかねません。

「日本人は勤勉」説は本当か──二宮尊徳と勤勉革命の歴史

1970年代から2000年代にかけて行われた日本人についてのイメージ調査の結果(図1)を見ても、日本の青年層からみた日本人のセルフ・イメージは40年もの間「勤勉」が1位の座を守っています(内閣府・世界青年意識調査:18-24歳 5カ国1000人対象)。他国民からのイメージ(図2)も、「勤勉」は上位に入り続けています。この数十年間ものあいだ、確かに日本人の勤勉イメージは国内外に広く染み付いているようです。

【図1】

図1.png

複数回答・単位%

【図2】

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複数回答・単位%

しかし、結論を先取りすると、この「勤勉さ」は、その内容が「勉学」を意味していても、「仕事」を意味していても、日本人元来の性質とはいえません。本コラムでは、そのことを歴史的に紐解いてみましょう。

日本は「勉強」をする国か

まずは「勉学」の面から見てみましょう。日本の大学(高等教育)進学率は確かに戦後ほぼ一定の水準で伸びてきましたが、国際的に見ると目立って高いものでは無いのが現状です。また、高等教育への進学率と「勤勉」のイメージがすぐに結びつくものでもないでしょう。

では、学校教育を終えた後、社会人としての勉学はどうでしょうか。データを確認すると浮かび上がってくるのは、社会人になってからの日本人の「勉強のしなさ」です。職場外の学習について、アメリカ・フランス・韓国と比べても最も「ほとんどやっていない」が高く、夫で78.9%、妻で67.7%にもなります(2006年 連合総研「生活時間の国際比較−日・米・仏・韓のカップル調査」)。平成28年の社会生活基本調査においても、働いている人の「学習・自己啓発」の時間は平均で1日わずか6分程度です。昨今、生涯学習やリカレント教育の必要性がしきりに叫ばれる背景には、社会人になった後の日本人の圧倒的な「勉強のしなさ」があります。

【図3】

図3.png

日本人の「怠惰さ」と、二宮金次郎の「発見」

こうしたことをみると、日本人の勤勉イメージに結びついていそうなのはやはり「仕事」です。このイメージの起源を探るには、統計データが無い時代まで時代を遡るる必要があります。例えば100年前、明治期の時間感覚を例示するものとしてまず紹介したいのが、下記1901年(明治34年)に唄われたという歌の内容です。

交渉は 日がな一日 ゆっくりあわてず
「すぐに」が一週間のことをさす
独特の のんびり、のん気な日本流
時計の動きは てんでんばらばら
報時の響はそろわない

詠み人は明らかになっていませんが、タイトルもずばり、「大ざっぱな時間の国」とされています。この他にも、明治期、多くの外国人が日本を訪れ、日本人の「怠惰さ」についての印象を言葉として残していきました(西本2006、2001橋本,栗山)。

"日本の労働者は、ほとんどいたるところで、動作がのろくだらだらしている"(1897)
"日本人の悠長さといったら呆れるくらいだ"(1857-9)
"この国では物事がすぐには運んでゆかないのである。一時間そこいらは問題にならない。
辞書で「すぐに」という意味の「タダイマ」は、今からクリスマスまでの間の時間を意味することもある。"(1891)

現在、日本人が途上国に旅行したときに現地で感じるような言葉が並んでいます。こうした「時間感覚の違い」や「怠惰さ」を、明治期の訪日外国人は日本に対して感じていたようです。少なくともこの時代まで、欧米水準の「勤勉さ」は日本に広く根付いてはいなかったと推察されます。

しかし、明治後期、国力を増強し欧米諸国に追いつかんとする政府と当時の啓蒙思想家たちは、こうした怠惰さを退け、より「勤勉」であるよう国民を啓発していきます。そこで「お手本」として名指され、勤勉さを内に外にアピールするシンボルとして機能したのが、二宮金次郎像で知られる二宮尊徳(1787- 1856)の存在です。

二宮尊徳は江戸後期に活躍した経世家・農政家ですが、こうして時代を遡って「発見」されたタイプの偉人です。1894年に英語で出版された内村鑑三『代表的日本人』に西郷隆盛や上杉鷹山らとともに掲載され、その後、国定教科書や文科省の唱歌の題材、よく知られた二宮金次郎像とともに人口に膾炙していきました。日本人の「勤勉さ」イメージは、欧米諸国に追いつき近代国家としての力を示すために人工の「アイデンティティ」として構築された面があるということです。

勤勉さの発芽───江戸後期の「勤勉革命」

勤勉さ、というイメージが明治後期以降の日本に広がったことを確認しました。しかし、かといって、全く芽の無いところからそうしたイメージを捏造することは難しかったはずです。そもそも資本経済の発展のためには、生活維持に必要な量を超えた水準で労働力を投下し続ける、勤労精神が不可欠です。社会学者マックス・ウェーバーが「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」で指摘したのは、ヨーロッパにおけるカルヴァニズムの教義こそが、そうした資本経済のエンジンとなったことでした(Weber,1905=1989)。

では、日本において、資本経済を駆動させるような「勤勉さの芽」はどこにあったのでしょうか。こうした問いについて、歴史人口学者の速水融が指摘したのが江戸後期に農家で起こった「勤勉革命Industrious Revolution」説です。(速水,2003

17世紀末から19世紀にかけて、日本は人口・戸数ともに激増する時代を経験します。同時にこの時代は、有力農民の下に生産農民たちが隷属して小作料を収める形態から一地一作人制がとられる、いわゆる小農自立が起こった時代と重なります。農業の少家族経営が一般化し、自立した農業経営が営まれていきました。速水は、そうした人口増にも関わらず、尾張国などで「家畜(牛馬)の数」が大幅に減少したことに着目しました。

この人口増を十分に受け止められるだけの耕地は、国土の狭い日本には余っていませんでした。そのため、例えばイングランドで起こったような大資本による大量家畜を用いた「規模」による生産性増大ができず、人が努力と工夫によって土地の利用頻度を上げることによって、収穫を高めることになりました。言い換えると、「一人あたりの労働投下量の増大」によって「土地あたりの労働生産性」の向上を実現した、ということです。

こうして、江戸後期の生産性増大にあたって、日本人は産業化以前に「勤勉さ」の精神的土壌を獲得した、とするのが速水の「勤勉革命」説です(※)。その後、産業化・工業化とともに明治期を迎え、厳密にうことは難しいですが、「勤勉さ」をもつ国民が多数派になったのは明治30年ごろではないか、とされています。(2014 磯川)

まとめにかえて──「勤勉」の未来

ここまで、日本の勤勉さイメージの歴史を紐解いてきました。歴史的な議論に最終決着を付けることは難しいですが、結論を再掲すると、"日本人は「仕事」の意味において勤勉である"という説は、少なくとも次の2つの点で誤っています。

1.「勤勉さ」が日本人のアイデンティーと重ねられ始めたのは明治後期以降であり、まだ100年程度の歴史しかない。

2.また、構造的な長時間労働そのものは多くの先進国が経験してきたことであり、日本人以外が「働きすぎ」を経験していないわけではない。

製造業が発達していく際には、多くの国で構造的な超・長時間労働が観察されます。問題は、多くの先進国はそうした長時間労働を様々な方法で克服してきたのにも関わらず、日本のフルタイム雇用世界では、そうした働き方が「温存」されてしまっていることなのです

広く伝わる「日本人の勤勉さ」は、不変の性質でも、DNAに強固に刻み込まれているものでもなさそうです。上で見てきたような歴史的推移と、実際の長時間労働によって育まれてきたものであり、それらの「原因」ではありません。むしろ、そうした素朴な「日本人勤勉説」によって、長時間労働が感情的に肯定されてきた側面のほうが強いのではないか、と筆者は考えています。

改めて【図1】のデータを確認すると、少しずつですが「勤勉さ」のイメージは低下してきている傾向にあるようです。「日本人」の伝統に寄りかからずに、時代とともにセルフ・イメージの変化を受け入れることができるかは、まさに今後の私達にかかっています。

【脚注】
※速水は、ヨーロッパと異なり、日本の勤勉性の獲得に宗教的なバックグラウンドが無かったとしますが、他方では浄土真宗の教義の影響も指摘されており、宗教的な背景を指摘する学説も存在します(2014磯川)。

【参照】
2014 磯川全次『日本人はいつから働きすぎるようになったのか』(平凡社)
1905=1989 Max Weber, " Die protestantische Ethik und der Geist des Kapitalismus", 大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波書店)
2003 速水融 『近世日本の経済社会』 (麗沢大学出版会)
2001 橋本毅彦,栗山茂久『遅刻の誕生―近代日本における時間意識の形成』(三元社)
2006 西本郁子『時間意識の近代 ―「時は金なり」の社会史』(法政大学出版局


※調査概要
調査対象者:全国20-59歳の正社員  ※企業規模10名以上
対象人数:6,000人(上司層1000人、メンバー層5000人)
調査期間:2017年9月末

引用いただく際は出所を明示してください。
出所の記載例:パーソル総合研究所・中原淳「長時間労働に関する実態調査」

執筆者紹介

小林 祐児

シンクタンク本部
上席主任研究員

小林 祐児

Yuji Kobayashi

上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。


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