公開日 2023/12/07
この10年ほどの間で就活生の間ですっかり定番ワードとなった「ガクチカ」とは、「学生時代に力を入れたこと(は何ですか)」という採用面接で定番の質問の略語だ[注1]。新卒採用に臨む学生向けの書籍やwebサイトをみると、「ガクチカ」対策の情報が溢れている。いわく、「どのような状況で課題を見いだし、それにどう対応し、何を学んだのかを述べることがポイントである」「『ガクチカ』が質問されるのは、自社で活躍する人材であるかを見るためである」。
「ガクチカ=学生時代に何を行い、何を学んだか」は、当然大学での専門的な内容に関する学びに限らない。専門分野の学びの過程を通じて、またサークル活動やアルバイトなどのさまざまな経験を通じて、学生は多くのことを学ぶ。そして大部分の学生はその後就職する。ある者はそこで幸せを感じながら活躍し、またある者は自分の力を発揮できずに不遇を託つ。
そうした仕事の上での「幸せ」「活躍」に関係するさまざまな能力・コンピテンスは就職してから身に付けられたものだけでなく、就職する前から培われてきたものでもあることは直感的にも想像される。これが「ガクチカ」であり、ガクチカが入社選考で聞かれる理由だといえるだろう。「パーソル総合研究所・ベネッセ教育総合研究所・中原淳『若年就業者のウェルビーイングと学びに関する定量調査』」では、「ガクチカ=学生時代に何を行い、何を学んだか」と若手社会人が仕事で幸せを感じ活躍すること(幸せな活躍[注2])の関係を実証的に明らかにした。
「パーソル総合研究所・ベネッセ教育総合研究所・中原淳『若年就業者のウェルビーイングと学びに関する定量調査』」では、学生時代の学びが社会人での幸せな活躍に結びつく有様を明らかにした。コラム「仕事で幸せを感じ活躍している若手社会人に見られる『5つの学び方』とは」 に示す通り、社会人での学び特性は、幸せな活躍と関係している。中でも、他者を巻き込んで学ぶ「ソーシャル・ラーニング」を実践している人々(平均以上)は、そうでない人々(平均未満)と比較して、幸せな活躍をしている割合が4.0倍高い。
そして、大学時代のさまざまな学びが、社会人における学び特性と結びついている(図1)。専門に閉じない越境的な学び(領域を超えたカリキュラム)や、能動的な学びなどは、社会人における学び特性を介して、仕事の上での幸せな活躍と関係している。また、幸せな活躍と最も関係の深い学び特性「ソーシャル・ラーニング(他者を巻き込んだ学び)」をはじめとした社会人での多くの学び特性に対して、大学時代の「ラーニング・クラフティング(自分の考えを深め、 学びと社会や将来をつなげるなど、 学びの意味づけをする)」が関係していることが見て取れる。
図1:大学時代の学びと社会人での学び特性
※「ソーシャル・ラーニング」:人を巻き込んで学ぶ、「ラーニング・レジリエンス」:困難な事からこそ学ぶ、「ラーニング・ブリッジング」:いくつかの学びや経験を架橋する、「ラーニング・グリット」:一貫してコツコツと学び続ける、「ラーニング・デジタル」:デジタルツールを積極的に使う
出所:パーソル総合研究所・ベネッセ教育総合研究所・中原淳「若年就業者のウェルビーイングと学びに関する定量調査」
「ラーニング・クラフティング」とは、「ジョブ・クラフティング」から着想を得て作った造語だ。やらなくてはならない仕事そのものは決まっていても、当事者がタスクの範囲やその仕事の位置づけ、仕事の意味合いを決めることはできる。こうした仕事の意義付け(=位置づけ・意味づけ・価値づけ)をジョブ・クラフティングという。ジョブ・クラフティングは、仕事の成果やウェルビーイング(Well-being)にまで影響が想定される、働き手や雇用者にとって重要な概念だ[注3]。
こうした意義づけの重要性は、仕事に関することに限らないだろう。学びの場面でも、同じようなことが考えられる。学ばなくてはならないことは決まっていても、その位置づけや意味づけを自ら考え意義を見出すことが、学習成果やウェルビーイングに結びついていることや、そうした経験が社会人になって仕事を進めていく上で影響を及ぼすことは想像に難くない。このような学習者が自らの学びの位置づけや意味づけを見いだすことを示す概念として、「ラーニング・クラフティング」に関する質問項目を調査に織り込んだ。そして実際に調査結果からは、自らの考えを徹底的に深めたり、学びと社会や将来をつなげたりするなど、学びを自ら意義付けする学生時代の経験は、社会人になってからの学び特性を介して、幸せな活躍と関係していた。
つまり、学びの意義付けを行う学生時代の姿勢・態度は、大学における学びだけでなく、社会人になってからの学びでも有効に作用したといえる。むしろ、学ぶことが本業である大学時代よりも、自由意志の下で自ら学びに向かわなければならない社会人になってからのほうが、学びの意義を見いだし、内発的に自身を動機づけていくことの重要性は増すともいえるだろう。学びの意義付けを大学時代に行っていた人が、社会人になってもさまざまな学び特性を発揮するというのは、ある意味では当然の結果といえるかもしれない。つまり、ガクチカとしてのラーニング・クラフティングが、若手社会人での学びを介して幸せな活躍と関係するということだ。
調査結果から見えてくるのは、学生時代までに身に付けた自ら学びを作り出していく姿勢や学ぶ意義の理解が、社会人になってからの学びにつながり、仕事をする上での幸せな活躍に結び付いていくという、ある意味では「理想的な学び」像だ。
「学生時代なんてはるか昔。自分は手遅れなのか?」という現役社会人や、「学生時代までにそんな学びができていた就職希望者はどれくらいいるの?」と思う人事担当者も多いだろう。前者には、コラム「社会人になってからのどのような経験が仕事で幸せを感じ活躍することにつながるのか」 をぜひご覧いただきたい。学生時代を過ぎた社会人にとっての「どう学ぶか」に対する大きなヒントが見つけられるはずだ。後者には、次に挙げる最新の大学教育の例をご参照いただきたい。多くの大学で、自ら学びを作り出したり、学ぶ意義を見出して積極的・能動的に学んだりすることを促すさまざまな仕掛けが試みられている。
東京電機大学 学部共通教育科目「人間科学プロジェクト」
東京電機大学で学部共通科目として設定されている「人間科学プロジェクト」は、学習者自身が問題を見いだし、その解決過程で汎用的な能力などを培っていく、Project-Based Learning(PBL)だ。この点では、高校までに行ってきた探究学習や、他大学で行われているPBLと同様の学習形態であるといえる。
東京電機大の「人間科学プロジェクト」が他と大きく異なるのは、身の回りの問題・課題を題材とするだけでなく、自分自身の内面課題を見つめ直させる点にある。年度の初めに、学生が自分自身の「弱点克服」「長所強化」「新しい力の獲得」の3つの観点で「なりたい自分」を設定する。単に身の回りの課題解決過程を経験から学ぶというだけでなく、その学びを「なりたい自分への成長」の中で位置づけることを、授業プログラムとしてサポートしているといえる。
武蔵野大学 アントレプレナーシップ学部 「クリティカルシンキング基礎」
日本で初めて設置された「アントレプレナーシップ学部」を擁する武蔵野大学では、実務家教員による対話・実践を重視した教育活動を通じて、起業家精神が育まれている。学部カリキュラムの3つの系統「マインド」「スキル」「アクション」のうち、「スキル」系統科目のひとつに「クリティカルシンキング基礎」がある。同科目を担当する荒木博行教授は、科目のねらいを次のように説明する。
「この科目では、自分の想いを内面から一旦分離させて批判的に見つめ直し、相手を動かす言葉を生み出す力を育てます。多くの学生は、高校時代まで、自分の想いをあいまいに表現して、何とか周囲とのコミュニケーションを成立させていたと思います。そこから脱し、自分を客観的に見つめ直して、コミュニケーションの在り方を捉え直すことで、自分の考えの甘さなどの問題に気づくように促しています」
自らを客観的に見つめ直し、批判的・論理的に考えるスキルを身に付け、事象を多面的に捉えることができるようになる。このことは自らの学びに対しても適用される。キャリアを考える上で、学びに対して自ら意義づけする力が育まれるだろう。
桜美林大学 高校生向けキャリア支援「ディスカバ」
ラーニング・クラフティング=学びの意義付けの重要性は、当然大学生になって降って湧くものではない。現行の学習指導要領では、「総合的な学習(探究)の時間」が定められ、小学校・中学校・高校の児童・生徒たちは、自ら課題を設定し、主体的に学ぼうとしている。特に高校生ともなると、現実世界の社会問題との距離はぐっと近くなる。だが実際には、高校生たちは課題設定に非常に苦しんでいる。何が解決するべき課題なのか。課題解決にどういう意味があるのか。
2023年から教育探究科学群を開設した同大学の試みである高校生向けのキャリア支援プログラム「ディスカバ!」は、この探究学習をキーとして高大接続をよりスムーズにするものだ。プログラムに投入された大学のさまざまな教育資産に触れることで、高校での探究学習に意欲的に取り組むことができるようになる。またそれだけでなく、学際的なテーマ内容、多くの人とのコミュニケーション、知らない人の前でのプレゼンテーションなど、高校で学ぶだけでは体験できない多くの事がらに出会うことで、自分の将来と今学んでいることをつなげて考えることができるようになることがねらいだという。将来の自分と学びの接続という、ラーニング・クラフティングの側面からも、非常に興味深い取り組みだといえる。
「高校入試のために勉強して、大学入試のために勉強して、良い大学に入れば望みの会社に就職できて幸せになれるという時代は終わった」といわれて久しい。だが、本当に「終わった」という表現が適切なのだろうか。「いや、まだそういう時代は終わっていない」といいたいのではない。「そもそも以前は、『良い大学→望みの会社→幸せ』となっていたのだろうか。学びは大学に入るまでで終わりだったといえるのだろうか」ということだ。
ずっと昔から、大人は学び続けてきた。仕事で必要な技術を学んだり、マネジメントのスキルを習得したりといったオーセンティックな学びだけでなく、営業先の状況に合わせた提案の仕方や効率的な事務処理の手順など、経験からの学びは、仕事をしている一分一秒すべての間に行われるともいえる。
しかし、社会課題の多様化・複雑化、仕事の高度化・専門化は、大人に対する学び要請を加速させている。「仕事をしているすべての間に行われる学び」を超えて、現業以外からの学びが広く求められる時代になった。現業からの学びは、当然現業に役立つ。一方、現業以外からの学びは、「いかに仕事に役立てられるか」「将来のキャリアにどう関係するか」「自分や社会にとってどのような価値があるか」といった意義付けを伴って初めて成立する、という側面があるのではないだろうか。
価値あるガクチカの一つにラーニング・クラフティング=学びの意義付けがあるというのは前掲の通りだが、ラーニング・クラフティングはガクチカにとどまらない。「日本の大人は諸外国に比べて学んでいない」[注7]という事実が認知されてきた今、ラーニング・クラフティングは「ショクチカ」=職業人として力を入れるべきものでもあるのではないだろうか。
[注1] ProFurure. 人事用語集・辞典「ガクチカとは」. https://www.hrpro.co.jp/glossary_detail.php?id=183
[注2]具体的には、以下のように「幸せな活躍」を定義した。「はたらく幸せ実感」はパーソル総合研究所×慶應義塾大学 前野隆司研究室 「はたらく人の幸せに関する調査」より「はたらく幸せ実感」の項目を使用した。
[注3] 森永雄太 (2023). ジョブ・クラフティングのマネジメント. 千倉書房
[注4] ベネッセ教育総合研究所 (2022). 大学授業レポート 不便や不満を感じる身近な課題を見いだし、その解決に挑む!「なりたい自分」を目指して取り組むプロジェクト学習. https://berd.benesse.jp/sp/university_report/report15.php
[注5] ベネッセ教育総合研究所 (2022). 大学授業レポート クリティカルシンキング基礎(大学1年生対象)「結論」と「根拠」を意識した対話を重ね、論理的に思考して問題解決する力を育む. https://berd.benesse.jp/special/university_report/report09.php
[注6] ベネッセ教育総合研究所 (2022). 大学授業レポート 「探究」を切り口に高大接続の強化を図る桜美林大学の新たな挑戦とは?. https://berd.benesse.jp/special/university_report/report12.php
[注7] パーソル総合研究所 (2022).グローバル就業実態・成長意識調査.
ベネッセコーポレーション ベネッセ教育総合研究所 主任研究員
須永 正巳 氏
中等教育・高等教育段階での思考力・科学的リテラシー・数学的リテラシー・教科学力などの評価・測定のための問題項目研究開発に携わる。認定NPO法人「八王子つばめ塾」理事。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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