日本における職業生活のWell-beingに関する文化的考察
―世界116カ国調査を通じて見えてきた日本の特徴―

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あなたは、“はたらいて笑えていますか?”
「働いていて笑えているか」と問われた時、人はどのように答えるだろうか。即座に「Yes!」と回答される人もいれば、「仕事は遊びではない!気を引き締めて真剣に向かうものだ」と考える人、「仕事なんて楽しいわけがないじゃないか」と気分を害される人もいるかもしれない。職務の特性や個人を取り巻く境遇が人それぞれである中、「働く」ということを人生の中でどのように位置づけているかも千差万別であろう。

私たちパーソルグループでは、多様な就業者の労働観(仕事の意味づけや働き方への条件づけなど)に寄り添い、すべての“はたらく”が笑顔につながる社会の実現を目指すとの想いを込めて「はたらいて、笑おう。」とのグループビジョンを掲げている。この目指す世界観から「はたらいて笑えている状態」を筆者なりに解釈すると、以下のように定義できそうだ。

「仕事を通じて、社会とのつながりや貢献、喜びや楽しみを感じることが多く、怒りや悲しみといった嫌な感情をあまり感じずにいる状態。また、そのような仕事や働き方を自分で決めることができていること。」

換言すれば、職業生活におけるWell-being(ウェルビーイング:幸福)な状態だといえる。
ここ数年、Well-beingに対する政府や機関投資家および企業の関心が高まっており、政府の成長戦略のKPI*1や人的資本情報の重要な開示項目としての議論も熱を帯びている。

本コラムでは、冒頭の問いに関するグローバル調査のデータを紹介しつつ、日本における就労者の実態と今後の在り方について、Well-beingの観点から考察してみたい。なお、本コラムは大規模調査のデータを紹介しつつも「正解」を分析するものではないため、読者がそれぞれ解釈・意味づけし、議論を深めるための問題提起となれば幸いである。

  1. 日本の幸福度と従業員エンゲージメント
  2. 従業員エンゲージメントが低い人は、仕事で楽しみや喜びを感じられていない
  3. 「はたらくWB指標」から読み解く、日本における職業生活の実態
  4. 日本の就業者と組織マネジメントに対する一考察(人的資源から人的資本へ)

日本の幸福度と従業員エンゲージメント

では、職業生活におけるWell-beingについての考察を深めるためにも、上位概念となる今日の生活全般における幸福度(Life of Today, Well-being)、および職業生活におけるWell-beingに近接する概念として従業員エンゲージメント(Employee Engagement)について最新の調査結果を紹介したい。

Well-beingの計測方法にはさまざまな指標が提案されている。中でも、国際比較が可能な主観的幸福度については、毎年3月に国連の関連機関から発表される「世界幸福度報告」*2(World happiness report)が知られている。春先になると日本の幸福度が上がった・下がったと各種メディアでも話題となる報告なのでご承知のかたも多いかもしれない。2022年3月に報告されたデータによると、日本の主観的幸福度は146カ国中54位注1であった(図1)。

注1:2021年度は149カ国中56位

この数年、日本の順位は緩やかに上向いてはいるものの、2021年はCovid-19のパンデミックのため集計国が減じていることもあり、順位の大きな変化は認めがたい。国別順位にどれほどの意味を求めるかは別の議論として、日本の位置づけとしては、決して高くはないが悲観するほど低くもない順位だと筆者は解釈している。

また、世界幸福度報告において日本の幸福度順位が先進国の中で低位となる理由の一つとして、「寛容さ(generosity)」の項目が上位国と比較して低いことに着目する有識者もいる*3。この「寛容さ」とは、過去1カ月の間にチャリティー・寄付をしたかなどを意味しており、個人としての寄付文化に乏しい日本の特徴として指摘されている。

図1:幸福度 国別順位

図1:幸福度 国別順位

出所:World Happiness report 2022


次に、会社や職場に対する信頼や愛着、仕事への意欲などを表す従業員エンゲージメントについて確認する。パーソルホールディングスでは、米国Gallup Inc.および公益財団法⼈ Well-being for Planet Earthと協力し、2020年度よりGallup社の「国際世論調査(Gallup World Poll)」において職業生活のWell-beingに関する調査を実施している。これは、先述した世界幸福度報告の基礎データとして提供されているグローバル調査である。調査は、専門の調査員が相対して聞き取る方式を採用注2している。

注2:Covid-19の影響により電話調査となる。2020年度:1,000名×116カ国

当該調査では、従業員エンゲージメントについて、「仕事に対して意欲的かつ積極的に取り組む人( Engaged )」、「仕事に対し意欲的でない人( Not Engaged )」、「仕事に対して意欲を持とうとしない人( Actively Disengaged )」という3群を定義し、国別の割合を報告している。最新のデータを用いてパーソル総合研究所で集計したところ、日本における「仕事に対して意欲的な人(Engaged)」の割合は、116カ国中113位という結果であった(図2)。日本の従業員エンゲージメントの低さについては、以前より多数の研究者によって指摘されてきた傾向ではあるが、直近の調査においても先進国のみならず参加国の中でも極めて低い傾向が確認された。

図2:従業員エンゲージメント 地域別順位

図2:従業員エンゲージメント 地域別順位

出所:Gallup World Poll2020

従業員エンゲージメントが低い人は、仕事で楽しみや喜びを感じられていない

以上のように、日本の生活全般に対する幸福度は極端に低いわけではない。しかし、職業生活に目を向けると、職業生活の幸せに近接すると考えられる従業員エンゲージメントが著しく低くなるのはなぜか。この事象を考察するため分析を行った。

分析に際しては、職業生活におけるWell-beingを計測するため、Q1「仕事の体験(喜びや楽しみ)」、Q2「仕事の評価(社会貢献・有意味感)」、Q3「仕事の自己決定」という3つの観点から構成されるオリジナル尺度を用いた。この尺度をパーソルではグループビジョンの実現度を計測する3つの指標と位置づけて「はたらくWell-being指標(以下、はたらくWB指標)」と称し、Gallup社が実施する国際世論調査を通じて聞いている*4

その結果、従業員エンゲージメントの高い「仕事に対して意欲的な人」ほど、「はたらくWB指標」への肯定回答率が高く、「仕事に対して意欲を持とうとしない人」ほど低いことが確認された。また、「仕事に対して意欲的な人」はQ1「仕事の体験(喜びや楽しみ)」の肯定回答率が95.2%とほぼ全数に近いが、「仕事に対して意欲を持とうとしない人」の肯定回答率は59.5%と低く、他の2指標と比較して乖離幅が大きかった。

すなわち、従業員エンゲージメントが低い人は、同時に仕事で楽しみや喜びを感じられていない傾向が確認され、相互の関連が強いことが示唆されたものと考えられる。

「はたらくWB指標」から読み解く、日本における職業生活の実態

では、日本の就業者の結果はどうであったか。図3は、「はたらくWB指標」の日本の国際順位を示したものである。日本は、Q1「仕事の体験(喜びや楽しみ)」が95位/116カ国、Q2「仕事の評価(社会貢献・有意味感)」が5位/116カ国、Q3「仕事の自己決定」が31位/116カ国であった(図3)。Q2「仕事の評価(社会貢献・有意味感)」のスコアが群を抜いて高順位であるにもかかわらず、Q1「仕事の体験(喜びや楽しみ)」のスコアは群を抜いて低い傾向が確認された。

図3:「はたらくWell-being指標」の日本順位

図3:「はたらくWell-being指標」の日本順位

出所:Gallup世界世論調査


以上のように、日本の就業者データには特徴的な傾向が確認できる。しかし、働き方とは一様ではなく、正社員や自営業、パートタイマーなど多様である。

そこで、主な雇用形態別に「はたらくWB指標」の肯定回答率を確認した。結果、Q2「仕事の評価(社会貢献・有意味感)」の肯定回答率は、いずれの雇用形態においても大きな差は確認できなかった。しかし、Q1「仕事の体験(喜びや楽しみ)」とQ3「仕事の自己決定」については、正社員の肯定回答率が他の雇用形態と比較して相対的に低い傾向が確認された(図4)。

これらのことから、日本の就業者の特徴としては、仕事を通じた社会貢献感や有意味感は多くの就業者が実感できているものの、就業者の多数を占める正社員は、日々の職業生活において喜びや楽しみといったポジティブな感情を得ている人が相対的に少ないことが確認された。

図4:雇用形態別「はたらくWell-being指標」 肯定回答率(日本)

図4:雇用形態別「はたらくWell-being指標」 肯定回答率(日本)

出所:Gallup世界世論調査


ここでさらに2つの疑問が生じる。1つは、なぜ日本の正社員は、他の雇用形態と比較して仕事で喜びや楽しみを感じられている人が少ないのか。2つ目は、先の世界幸福度報告において、日本は寄付行為などを通じたつながりや他者貢献を示す「寛容さ(generosity)」が低いにもかかわらず、Q2「仕事の評価(社会貢献・有意味感)」のスコアが高かったのか。単年度の結果だけで考察することは難しいが、ここにも日本の就業者のWell-beingを紐解く鍵があるように思える。

日本の就業者と組織マネジメントに対する一考察(人的資源から人的資本へ)

日本の就労者(主に正社員)は、個人として寄付行為などを通じて他者とつながり、社会へ貢献している感覚は希薄だが、所属組織における職務遂行を通じて社会とのつながりや貢献を実感できているのだとすれば、就業者にとって所属組織とは社会帰属するための主たる拠り所となっているといえる。所属組織が社会とのつながりや貢献の拠り所なのであれば、そこに組織との結びつきを見いだせていてもおかしくないが、従業員エンゲージメント(所属組織と従業員の結びつき)は低い。さらには、そこに喜びや楽しみを見出せている割合も他国と比較して低い。

これは私見となるが、これまで多くの日本の企業などでは、ステークホルダーや社会への貢献を優先するあまり、また、協調的で統制の取れた組織運営に腐心するあまり、従業員を有効に活用すべき「リソース(資源)」として扱いマネジメントしてきた。その際、職務遂行を通じて社会貢献や成果を実感し、適切な処遇の先に就業者としての幸せな人生が語られてきた感がある。結果として、ひとり一人のはたらく喜びや楽しみといった活力源泉への投資は後回しとなり、就業者もそれを好まざるとも受け入れてきた結果が、国際的にみた現代の日本の就労意識の特徴として表出している気がしてならない。

もっとも、仕事においてどのような事を喜びと感じ、楽しみを見いだすかは個々人の労働観により一様ではない。今後の調査における仮説の域にとどまるが、日本では、仕事において喜びや楽しみを感じることを個々人もどこか抑制してしまう労働観が根強く、また組織としてそうあることを促すメカニズムが働いているのだとすれば、これを脱却・是正する必要があろう。これまでの我々の研究*5からも、仕事を通じて喜びや楽しみを得る機会を提供することは、職業生活のWell-beingを高める効果が確認されている。また、職業生活のWell-beingの先には、組織として好ましいパフォーマンス行動や業績の向上が期待できることも報告されている。

今後は、就業者ひとり一人を「資本(投資し、育むべき、価値を生み出す源泉)」として捉え直し、組織マネジメントの在り方を変える必要があるのではないだろうか。

今日、このような経営の在り方を経営学(とりわけファイナンス領域)では「人的資本経営」と称されるが、人的資本経営の目指す頂は最高善としてのWell-being(幸福)だとされている。換言すれば、「Well-being経営」である。

生き方が人それぞれであるように、働き方も多様であっていい。また、人が喜びや楽しみを感じる要因も人それぞれで多様である。本稿が、はたらくことを通じて自分自身や周りの仲間たち、そしてその先の顧客など、すべての人の笑顔につながる社会を志向し、そのために自分ができること、組織としてできることを議論するきっかけとなれば幸いである。

<注釈>
*1 内閣府,Well-being に関する関係府省庁連絡会議(2021)
https://www5.cao.go.jp/keizai2/wellbeing/action/pdf/establish.pdf
*2 World Happiness report 2022
https://worldhappiness.report/ed/2022/  <最終閲覧:2022年3月28日>
*3 金森 重樹(2020),日本人が「幸せ」を外国人より感じない根本理由,東洋経済ONLINE
https://toyokeizai.net/articles/-/337637?page=3 <最終閲覧:2022年5月9日>
*4 Gallup世界世論調査 調査概要
実施内容:国際世論調査『Gallup World Poll』に、「はたらいて、笑おう。」に関する質問を3項目追加(Yes/No/わからない/答えたくないの4択で聴収)
対象  :世界116カ国、各約1000名、2020年度はCovid19の影響で電話による聴収
調査期間:2020年2月~2021年3月
*5 パーソル総合研究所,はたらく人の幸福学プロジェクト(2020~)
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/spe/well-being/ <最終閲覧:2022年5月19日>

執筆者紹介

井上 亮太郎

シンクタンク本部
上席主任研究員

井上 亮太郎

Ryotaro Inoue

大手総合建材メーカーにて営業、マーケティング、PMI(組織融合)を経験。その後、学校法人産業能率大学に移り組織・人材開発のコンサルティング事業に従事した後、2019年より現職。
人や組織、社会が直面する複雑な諸問題をシステマティック&システミックに捉え、創造的に解決するための調査・研究を行っている。


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