近年、仕事と私生活を両立させようという意識が男女を問わず高まっており、テレワークはその手段として注目されている。一方で、テレワークは仕事と私生活の境界があいまいになりやすく、労働時間が長くなりがちであるという課題がある※注1。
では、テレワークで仕事と私生活のバランスを保つためには、どのような心掛けが必要だろうか。そのカギとなるのが、仕事と私生活を意識的に切り分ける「境界マネジメント」である。テレワークにおいては特に、「境界マネジメント」を実践し、仕事と私生活の境界を自らコントロールすることが重要である。そこで、本コラムでは、パーソル総合研究所の「仕事と私生活の境界マネジメントに関する定量調査」の結果を基に、テレワークでの境界コントロールの重要性について考察する。
※注1 パーソル総合研究所「第四回・新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査」(2020年11月)参照
一般に、テレワークは仕事と私生活の切り分けが難しいとされているが、実際のところはどうだろうか。週3日以上テレワークを行う層(以下「テレワーカー」)と正社員全体とを比較すると、興味深い傾向が見えてくる。
残業時間が月30時間未満のテレワーカーは、正社員全体と比べて仕事と私生活の境界をうまくコントロールできていると感じている(境界コントロール実感※2が高い)人の割合が高い(56.2%)。一方、月に30時間以上残業しているテレワーカーは、境界コントロール実感が高い人の割合が36.2%と著しく低下している(図表1)。つまり、テレワーク自体が境界コントロールを阻害するのではなく、長時間残業がその障害になることを示唆している。したがって、テレワークを実施する際には残業時間の適切な管理が非常に重要である。
※2 仕事と私生活で時間や気持ちの切り分けができている状態(「境界コントロール実感」)は、Kossek (2016)における境界コントロールの概念や日本の正社員に対して実施したヒアリングを参考にして図表2の項目で測定した。
図表1:境界コントロール実感が高い人の割合[テレワーカー/正社員×残業時間別]
出所:パーソル総合研究所『仕事と私生活の境界マネジメントに関する定量調査』
図表2:境界コントロールの定義
出所:パーソル総合研究所『仕事と私生活の境界マネジメントに関する定量調査』
では、テレワークで残業時間が長い場合、どのようにして境界コントロール実感を高めればよいのだろうか。そのためには、仕事と私生活を意識的に切り分ける「境界マネジメント」の実践が有効である。
パーソル研究所の調査によると、たとえ残業が多くても、境界マネジメントを積極的に実践しているテレワーカーは、高い境界コントロール実感を持っている人の割合が比較的高い(44.0%)ことが分かっている。反対に、境界マネジメントを行わない場合、境界コントロール実感が高い人の割合は大幅に低下する(-16.7pt)。そのため、残業が多くなりがちな職場でテレワークを導入する際には、従業員が境界マネジメントを実践できるよう促すことが必要である。
図表3:テレワーカーの境界コントロール実感が高い人の割合[境界マネジメントの実践度×残業時間別]
出所:パーソル総合研究所『仕事と私生活の境界マネジメントに関する定量調査』
テレワークで仕事と私生活をうまく切り分けるには、仕事と私生活を切り分ける境界マネジメントの6つの要素「切断」「感情制御」「計画」「縮小」「調整」「優先」が役立つ(各要素の詳細はコラム「仕事と私生活をうまく切り分ける6つの要素―ライフ・オーナーシップを意識して境界マネジメントの実践を」参照)。この6つの要素を意識して、自分に合った方法を日常に取り入れることが重要である。
では、テレワークではどのような境界マネジメントの工夫が考えられるだろうか。例えば、「計画」として勤務終了時間を設定する、「感情制御」として勤務後に気分転換の散歩に出る、「切断」として意識的にデバイスをオフにする、「縮小」として仕事をダラダラと続けない、「調整」として休憩時にはステータスを離席中やオフラインにして周囲に伝える、「優先」として業務時間外は緊急の案件以外対応しないといった方法が挙げられる。テレワークだからこそ、意識的にメリハリをつけることを心掛けたい。
図表4:テレワークで仕事と私生活を切り分ける工夫と人事部門や上司のサポート例
出所:パーソル総合研究所『仕事と私生活の境界マネジメントに関する定量調査』
テレワークでの仕事と私生活を切り分ける境界マネジメントは、こうした個人の努力に加え、組織の支援があってこそ効果を発揮する。特に人事部門や上司が行うサポートは、従業員が境界マネジメントを実践できる環境を整えるために欠かせない。テレワーク下において、人事部門や上司には、オーバーワークを防ぎ、従業員が適切に境界を管理できる体制の構築が求められる。
例えば、勤怠管理システムを活用して労働時間を正確に把握し、長時間労働を防ぐ仕組みを設けることは、従業員が「計画」的に労働時間の設定ができるよう支援する一環となる(前述の図表4参照)。また、上司が定期的に1on1ミーティングを実施し、部下のストレスや感情コントロールの状況を確認することも、従業員自身が「感情制御」を行うための気づきを与える手段となる。
さらに、PC制御システムを活用し、長時間労働が発生した際に注意を促す仕組みを設けることも考えられる。このような取り組みは、従業員が意識的に仕事を切り上げる「切断」を促し、オーバーワークの防止に役立つ。
加えて、キャリアパスや評価基準の明確化も重要である。特にテレワークでは、「さぼっていると思われないか」という不安が過剰労働を引き起こしやすい。したがって、公正で透明性のある評価制度を整えることで、従業員が安心して周囲と「調整」を行いながら休憩やオフタイムを確保できるようになる。
他にも、残業時間の少なさを評価することも、「縮小」の境界マネジメントを促進する効果的な方法である。効率的でメリハリのある働き方を推奨する上司がいる職場では、仕事をダラダラと続けることを避ける風土が育ちやすい。ただし、実際に残業時間の少なさを積極的に評価する上司は全体の2割程度にとどまるのが現状であり、今後の改善が期待される。
このように、人事部門や上司の取り組みが従業員個人の工夫を補完することで、テレワーク中の効果的な境界マネジメントが実現可能となる。
仕事と私生活の境界を適切に管理することは、従業員のウェルビーイング(幸せ)や人生満足度の向上だけでなく、組織の持続的成長の観点からも重要である。これにより、従業員の離職防止や自発的な貢献意欲の向上、ハイパフォーマーのバーンアウト(燃え尽き)防止や管理職意向醸成などの効果が期待される。
特に、残業が長くなりがちな職場でテレワークを実施する際には、仕事と私生活を切り分ける「境界マネジメント」の実践が不可欠である。テレワークを実施する際には残業時間の適切な管理が非常に重要であるが、残業が多くても、境界マネジメントを積極的に実践しているテレワーカーは、仕事と私生活の境界をうまくコントロールできている人の割合が高い。
人事部門や上司には、テレワークにおけるオーバーワークを防ぎつつ、従業員が自ら境界を管理できる環境を整備する役割が求められる。具体的には、キャリアパスや評価基準の明確化、効率的でメリハリのある働き方の推奨などを通じて、従業員が安心して境界をコントロールできる体制を構築する必要がある。このような取り組みにより、組織の活性化や働きやすい職場環境が実現できるだろう。
シンクタンク本部
研究員
砂川 和泉
Izumi Sunakawa
大手市場調査会社にて10年以上にわたり調査・分析業務に従事。各種定量・定性調査や顧客企業のビジネスデータ分析を担当したほか、自社の社員意識調査と人事データの統合分析や働き方改革プロジェクトにも参画。2018年より現職。
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