「社会」へのエンゲージメントが仕事で活躍し幸せを感じることに導く――ソーシャル・エンゲージメントとは何か

ハタチからコラムイメージ画像

パーソル総合研究所では、立教大学の中原淳教授、ベネッセ教育総合研究所との研究プロジェクトである『ハタチからの「学びと幸せ」探究ラボ』において、若手社会人が仕事で活躍し幸せを感じること(幸せな活躍[注1])のヒントを探ってきた。本コラムではその研究の中から就業者の幸せな活躍にとって重要な要素として発見された、「社会」へのエンゲージメント、「ソーシャル・エンゲージメント」について紹介する。

  1. エンゲージメントとは何か
  2. 「ソーシャル・エンゲージメント」とは何か
  3. 幸せな活躍につながるソーシャル・エンゲージメント
  4. 向社会的行動の少なさ
  5. ソーシャル・エンゲージメント概念の意義
  6. まとめ

エンゲージメントとは何か

「エンゲージメント」という言葉は、ここ10年ほどのHRM(人的資源管理)の一大キーワードだ。人事の実務においても頻繁に用いられるようになり、人的資本開示の重要項目のひとつとしても注目されている。意味が不明瞭な使用も多々ありつつも、個人と「組織」「会社」「仕事」の間のポジティブな関わり方を測定しようとする概念として広く流通している。

昨今、注目されてきたエンゲージメントのコンセプトは、大きく2つの種類のものがある。まず、広く「従業員エンゲージメント」と呼ばれるタイプのエンゲージメント概念は、従業員と「組織」との信頼関係やコミットメント、愛着の強さを示す言葉として使われる。「組織コミットメント」や「ロイヤリティ」といった、かねてからある学術的概念と類似した使われ方をしているが、専門用語というよりも一般的用語であり、極めてあいまいな使われ方をしているのもこの「従業員エンゲージメント」である。

もう一つは、より具体的な「仕事」にフォーカスした概念である「ワーク・エンゲイジメント(Work Engagement)」だ。これはオランダ・ユトレヒト大学のシャウフェリ教授らによって提唱された[注2] 。従業員エンゲージメントよりも学術的なバックグラウンドが尊重された使われ方が目立つ。「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)、「仕事に誇りとやりがいを感じている」 (熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)の3つの要素から定義されている。

エンゲージメントという言葉は、大きくはこれら2つのエンゲージメント概念の要素のどちらか、もしくはそれらを足し合わせたようなものとして実務に取り入れられていることが多い。

従業員エンゲージメント:組織・企業と従業員との信頼感
ワーク・エンゲイジメント:仕事へ没頭していること・仕事と誇りとやりがい

なぜこうしたエンゲージメント概念が重要なものとして人事の実務のキーワードになっているだろうか。その背景には、人の就業年数が伸び、組織の人材の多様性が増すとともに、それまでの「社内のキャリアの上昇」という単一的な誘因だけでは、従業員のポジティブな関わりが引き出しにくくなったことがある。ダイバーシティ、テレワーク、働く価値観の多様化など、会社組織から離れていく「遠心力」が強くなるとともに、「求心力」を維持することが反動的に重要になってきたのだ。

「ソーシャル・エンゲージメント」とは何か

一方で、われわれのラボが行った、仕事で活躍している若者への定性的なヒアリングを通じて見えてきたのは、「組織」や「会社」ではなく、「社会」的なものへの意識が、彼ら・彼女らが能動的に働くときの極めて重要な原動力となっていることだ。そうした若者が目を輝かせながら働いているように見えるのは、「会社のため」でも、「自分のキャリアのため」でも、「顧客のため」でもなかった。「仕事」と「組織」に直接フォーカスしてしまうこれまでのエンゲージメント概念群では、このようなタイプのモチベーションの源泉をうまく捉えることができない。

ここで注目されるべきは、より大きな「社会」的なものに対する思いや積極性であり、本プロジェクトはそれらを「ソーシャル・エンゲージメント」と名付け、測定・定量的な検証を行った。「ソーシャル・エンゲージメント」は、SNSマーケティングにおける消費者の反応度を示す言葉として一部で使われているが、ここでの意味はまったく異なるものだ。

ソーシャル・エンゲージメントとは、①「社会課題に対する解決への効力感」、②「社会課題への具体的関心」、③「社会的責任感を持っていること」という3つの側面からなる、個人が持つ「社会への志向性の強さ」のことである。

25~35歳の就労者に対して測定したソーシャル・エンゲージメントの尺度と「あてはまる」の率は下図のようになる。

図1:ソーシャル・エンゲージメントの実態

図1:ソーシャル・エンゲージメントの実態

出所:パーソル総合研究所・ベネッセ教育総合研究所・中原淳「若年就業者のウェルビーイングと学びに関する定量調査」

幸せな活躍につながるソーシャル・エンゲージメント

ソーシャル・エンゲージメントが高いことが、働くことにどのような影響を持っているのか。そのことを定量的に確認してみると、幸せな活躍へと非常に強いポジティブな関係が見られた。ソーシャル・エンゲージメントが高い層と低い層の2層に分けて図示してみると、高い層のほうが低い層より幸せな活躍層の割合が2.9倍と大きな差が見られ、基本的な属性を統制した分析でも強い影響関係が見られた。これは定性インタビューでの発見を裏付ける結果だ。

図2:ソーシャル・エンゲージメント高低別の幸せな活躍層の割合

図2:ソーシャル・エンゲージメント高低別の幸せな活躍層の割合

出所:パーソル総合研究所・ベネッセ教育総合研究所・中原淳「若年就業者のウェルビーイングと学びに関する定量調査」


ではなぜ、社会へのエンゲージメントが、仕事における幸せな活躍に強くひもづいているのだろうか。詳細を分析してみれば、2つの要素から説明が可能であることが見えてきた。

まず、ソーシャル・エンゲージメントは「ジョブ・クラフティング」への強い影響が見られた。ジョブ・クラフティング(Job Crafting)とは、従業員が自らの職務内容や職務のフレームを再構築し、それをより意味があるものに変える行為のことだ[注3] 。ジョブ・クラフティングは、従業員の仕事への満足度やエンゲージメントを高め、パフォーマンスや自己効力感を向上させる効果が示されてきたが [注4]、ソーシャル・エンゲージメントはそのジョブ・クラフティングへのポジティブな影響が認められた。

図3:幸せな活躍に影響するソーシャル・エンゲージメントとジョブ・クラフティング

図3:幸せな活躍に影響するソーシャル・エンゲージメントとジョブ・クラフティング

出所:パーソル総合研究所・ベネッセ教育総合研究所・中原淳「就業者の社会貢献意識に関する定量調査」


また、同時にソーシャル・エンゲージメントが高い就業者の特徴として見られたのが、日常的な思考における視野が広いことだ。ソーシャル・エンゲージメントが高い者は、例えば、人を勝ち組と負け組とに分けられない、社会貢献とビジネスでの利益は両立できるといった「脱・二分法」的な考え方や、長い時間軸で物事を考える思考の「時間軸の長さ」が顕著に高かった。また、一つに見える現実も人によって見え方が異なるという「メタ視点」の認識を持っていることも傾向として見られた。

図4:視野の広さの詳細

図4:視野の広さの詳細

出所:パーソル総合研究所・ベネッセ教育総合研究所・中原淳「就業者の社会貢献意識に関する定量調査」


視野や思考の奥行や高さ、幅の広さは、当然ながら仕事を行う上でさまざまな良い影響を与えるだろう。また、思考の広がりを通じて、「工夫の余地」を探し出し、ジョブ・クラフティングの余地が高まることも考えられる。逆に捉えれば、ソーシャル・エンゲージメントが低い者は、こうした視野が狭い傾向にある。因果関係を把握できるものではないが、一見して社会への志向性と仕事のパフォーマンスとの間には、このような想像力とパースペクティブの広さ・深さが大きく関連していそうだ。

補足すれば、このソーシャル・エンゲージメントの測定は、あえて「社会」という言葉を定義せずに測定している。「社会」といったものへの想像力が及ぶ範囲は人それぞれであり、一義的に規定することに意味がないと考えたためだ。

では、実際、どのような範囲を「社会」と考えているか。自分の身近な範囲しか社会として捉えられない者は、ソーシャル・エンゲージメントが低く、日本や地球規模の大きな範囲で社会を想像できている人ほど、ソーシャル・エンゲージメントが高いという傾向にある(図5)。また、ソーシャル・エンゲージメントが高い就業者は、環境への配慮行動や、人権配慮行動を行っている割合が高いこともわれわれの調査で分かっている。

図5:「社会」として思い浮かべる範囲(複数回答)

図5:「社会」として思い浮かべる範囲(複数回答)

出所:パーソル総合研究所・ベネッセ教育総合研究所・中原淳「就業者の社会貢献意識に関する定量調査」

向社会的行動の少なさ

さて、社会への積極的な志向性であるソーシャル・エンゲージメントが高いことが、多くの成果にポジティブな影響を与え得るということを傍証してきたが、国際的に見ると日本人は「社会」的なものへの感度や関心が低いことが、いつかのデータで示されてきている。例えば、日本財団の若者への国際意識調査によれば、「自分は責任がある社会の一員だ」といった意識や「自分の行動で、国や社会を変えられる」と思う日本の若者は、各国と比べてかなり少ない。

図6:若者の国や社会に対する意識

図6:若者の国や社会に対する意識


ボランティアや地域活動など、社会的な活動への参加率も、日本は低いことが知られている。つまり、相対的な意味でソーシャル・エンゲージメントが高い人が「貴重」な存在である国ということだ。貴重だからこそ、「社会のために働く」といった回路を開くことができた就業者が、ウェルビーイング(Well-being)やパフォーマンスが目立って高くなるという事態が現れるとみることもできよう。

一方で、先ほど紹介した図6で「国や社会に役立つことをしたい」と思う日本の若者は、他国と比較して低いものの、それほど差は大きくない。これは、潜在的な社会貢献への欲求が眠っているようにも見ることができる。例えば就活の現場を観察していても、「社会のために貢献できるような仕事がしたい」という力強い思いや夢を持っている学生に出会うことは多々あるだろう。

ソーシャル・エンゲージメント概念の意義

筆者は、こうした社会への志向性にフォーカスするエンゲージメント概念を提起する意義は、以下のような意味で大きいと考えている。

まず、ソーシャル・エンゲージメントというコンセプトはパーパス経営やCSV(Creating Shared Value)経営など、企業の社会的な側面を重視するトレンドにとって重要である。このコンセプトを用いることで、社会的責任や社会課題への貢献の追求と、個人や組織のパフォーマンス向上を繋ぐ論理が開かれる。そうした活動などにしばしば向けられる「会社として何の意味があるのか」という疑問に対して、「従業員の社会への志向性を喚起することが、結果的に、一人ひとりの思考の広さや成果につながっていく」というロジックで説明することが可能になる。

同様に、昨今注目される「ウェルビーイング」についても、個人の心理的な幸せという「個」の単位に閉じがちな議論を、「社会」という回路を経由することにより、より多くのトピックとの接点を増やすことができる。例えば、従業員のウェルビーイングをいかに高めるかという点について、「マインドフルネス」などの個人的・かつ単発的な介入ではなく、プロボノや地域での課題解決学習のような社会性の強い活動によってウェルビーイングとパフォーマンス向上を両立可能になることが明らかにできるだろう。ソーシャル・エンゲージメントを高めることが、その媒介として役に立つことが検証できれば、ウェルビーイングを高めるための施策の幅は大きく増える。

働く個人にとっても、「会社に人生を捧げる」ことの意味が見えにくくなっている時代の中で、「自分がなんのために働くのか」という難しい問いに悩む者は多い。そうした「お金のため」「会社のため」でもない、「社会のために働く」ということを考えるヒントを与えるものだ。こうした意味で、ソーシャル・エンゲージメントは、これからの資本主義を考える上での一つの重要な指標になりうるものである。持続可能な社会を実現していくことと、企業が行う営利活動とそのパフォーマンスを具体的に「つなぐ」ものであるからだ。

一方で、国際的に比較すればソーシャル・エンゲージメントが相対的に低いと思われる日本社会においては、この概念そのものが実感を伴って理解されにくいかもしれない。残念ながら、社会への貢献や社会課題の解決といったトピックに対して、非ビジネス的な「青臭さ」や「リアリティのなさ」を感じる感性は、この国のビジネスパーソンに広く蔓延しているように思われる。国際的に見ても「社会」に対する思考や行動が低い日本において、このコンセプトのポテンシャルをどこまで引き出せるか、われわれも探求を続けていく予定である。

まとめ

本プロジェクトは、定性的・定量的なリサーチを通じて、就業者のウェルビーイングやパフォーマンスにポジティブな影響を与えるものとして、「ソーシャル・エンゲージメント」という新しいコンセプトを提起した。このエンゲージメント概念は、これまでの「仕事」や「組織」へのエンゲージメントでは捉えられない領域を照らすものであると同時に、パーパス経営や社会貢献活動といった、企業が社会性を持つことの意義を再照射できるコンセプトでもある。一方で、国際的な比較からは、そうした社会への志向性が日本においては貴重な心理的資本であることも示唆される。

「会社」や「金銭」「顧客」のためだけではなく、「社会」のために働くということ。このことの意味を正確に捉えることは、これからの個人のキャリアはもちろん、持続的な社会の構築と営利的活動をいかにして両立するかという難しい課題について、新しい議論の扉を開くものである。


[注1] 具体的には、以下のように「幸せな活躍」を定義した。「はたらく幸せ実感」はパーソル総合研究所×慶應義塾大学 前野隆司研究室 「はたらく人の幸せに関する調査」より「はたらく幸せ実感」の項目を使用した。

本調査での「幸せな活躍」の定義と測定
「はたらくことを通じて、幸せを感じている」などの7項目を「個人の主観的な幸せ(はたらく幸せ実感)」として測定し、「顧客や関係者に任された役割を果たしている」「担当した業務の責任を果たしている」などの5項目を個人のジョブ・パフォーマンスとして測定した上で、全体分布の中でともに高い層を「幸せな活躍層」として定義。

[注2]Bakker, Arnold B., et al. "Work engagement: An emerging concept in occupational health psychology." Work & stress 22.3 (2008): 187-200.

[注3]ジョブ・クラフティング: 仕事の自律的再創造に向けた理論的・実践的アプローチ 単行本 – 2023/3/18 高尾 義明 (編集), 森永 雄太

[注4]Frederick, Donald E., and Tyler J. VanderWeele. "Longitudinal meta-analysis of job crafting shows positive association with work engagement." Cogent Psychology 7.1 (2020): 1746733.

執筆者紹介

小林 祐児

シンクタンク本部
上席主任研究員

小林 祐児

Yuji Kobayashi

上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。


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