公開日 2025/01/09
はたらく個人が充実した人生を送るためには、仕事と私生活を適切に切り分けることが重要である。仕事と私生活の境界をコントロールできれば、より満足度の高い人生を実現する一助となることは想像に難くない。
では、従業員が仕事と私生活を切り分けることは、果たして組織にとってもメリットをもたらすのだろうか。企業は往々にして、従業員が仕事と私生活を切り分けることで、仕事へのコミットメントが下がるといったネガティブな側面を懸念しがちである。確かに、かつては長時間労働が成果に直結し、性別役割分業によって男性の「滅私奉公」が合理的とされる時代もあった。しかし、終身雇用が保証されず、時間と成果が直結しない仕事が増え、共働き家庭が増加する現代では、ワーク・ライフ・バランスの重要性がますます高まっている。このような状況下で従業員が仕事と私生活を切り分けることは、組織にとってマイナスではなく、むしろ従業員のモチベーションや組織へのコミットメントを向上させ、組織全体の成長を促進すると考えられる。
本コラムでは、パーソル総合研究所が実施した「仕事と私生活の境界マネジメントに関する定量調査」の結果を基に、仕事と私生活の切り分けが組織に与える影響について考察していく。
仕事と私生活の切り分けによる組織にとってのメリットに触れる前に、まずは、個人にとってのメリットを確認しよう。「仕事と私生活をうまく切り分けられている」「働く時間を自らコントロールできている」「仕事のストレスを私生活にもちこんでいない」など、従業員が仕事と私生活の境界を適切にコントロールできると、本人にとってどのような効果が期待できるだろうか。境界をコントロールできている人※1は、できていない人と比べて人生への満足度が高く、はたらくことを通じて幸せを感じる「はたらく幸せ」もより強く実感している(図表1)。つまり、仕事と私生活の境界をコントロールすることは、より幸せな生活や充実した人生(ウェルビーイング)に結びついているといえる。
※1 仕事と私生活で時間や気持ちの切り分けができている状態(「境界コントロール実感」)は、Kossek (2016)における境界コントロールの概念や日本の正社員に対して実施したヒアリングを参考にして図表2の項目で測定した。
図表1:仕事と私生活の境界をコントロールすることによる個人のメリット[境界コントロール実感の高低別]
出所:パーソル総合研究所『仕事と私生活の境界マネジメントに関する定量調査』
図表2:境界コントロールの定義
出所:パーソル総合研究所『仕事と私生活の境界マネジメントに関する定量調査』
さらに深堀って、多くの人が抱える「時間不足」について考えてみたい。仕事と私生活を両立させ、充実した人生を送りたいと考えていても、日々の忙しさにその実現を妨げられることが多い。「もっと時間があれば、人生がより充実するのに」と感じる人も少なくない。特に、仕事や家事、育児をこなすワーキングマザーにとって、時間不足の悩みは深刻である。実際、中学生以下の子どもを持つ正社員の女性の約6割が「毎日時間に追われている」と感じていることが同調査で明らかになっている。
しかし、たとえ時間不足を感じていても、仕事と私生活の境界を適切にコントロールできている人は、人生の満足度が高い。つまり、単に時間不足を解消することよりも、仕事と私生活の境界を適切に管理することが、人生の満足度を高めるためにより効果的であるといえる。
図表3:時間不足感や境界コントロール実感と人生満足度との関連性
出所:パーソル総合研究所『仕事と私生活の境界マネジメントに関する定量調査』
次に、仕事と私生活の切り分けによる組織にとってのメリットを見てみよう。仕事と私生活の境界をコントロールできている人は、「今の勤務先で継続して働きたい」という意欲(継続就業意向)や「自発的に貢献したい」という意識(自発的貢献意欲)が高く、バーンアウト(燃え尽き)傾向が低い。このことから、企業が従業員の境界コントロールを支援することは、従業員のモチベーションやコミットメントを高め、組織全体のパフォーマンス向上に寄与すると考えられる。また、従業員が幸せを感じることが、こうした継続就業意向やモチベーションの源泉になるとすれば、先述した個人のメリットも企業にとってのメリットにつながるものといえよう。
図表4:仕事と私生活の境界をコントロールすることによる組織のメリット[境界コントロール実感の高低別]
出所:パーソル総合研究所『仕事と私生活の境界マネジメントに関する定量調査』
では、仕事と私生活の境界コントロールが有効なのはどのような層なのか。個人と組織双方にとってメリットがあると考えられる人生満足度との関係を見てみよう。従来、仕事と私生活の切り分けの問題は育児期の女性に限定されることが多かった。しかし、パーソル総合研究所の調査では、育児中の女性に限らず、幅広い層で境界コントロールの有効性がうかがえる。特に、20代の男性や中学生以下の子どもを持つ男性(育児期男性)では、境界コントロール実感が人生満足度と強く関係している。つまり、育児中の女性に限らず、こうした男性も境界コントロールによって人生への満足度を高められると考えられる。
図表5:境界コントロール実感と人生満足度との関連性(属性別)
出所:パーソル総合研究所『仕事と私生活の境界マネジメントに関する定量調査』
近年、特に若い男性の間で、ワーク・ライフ・バランスや家事・育児への参画意識が高まっている。しかし、依然として、男性が仕事と私生活を両立することは難しい。たとえば、短時間勤務や看護休暇といった両立支援制度は、女性のためのものとみなされがちな面がある。実際、子どもの体調不良を理由にした早退や有給取得についても、女性であれば当然のこととして認められやすいが、男性が家庭の事情で早退や休暇を取得することに難色を示す職場が多いのが現状である。こうした背景から、特に若い男性や育児期の男性にとって、仕事と私生活の境界をコントロールできることは、人生の満足度向上に直結しやすいと考えられる。
さらに、仕事と私生活の境界コントロールはハイパフォーマー層(優秀層)にも重要である。人事評価が高いハイパフォーマー層※2を対象に、境界コントロール実感の高低が自社での継続就業意向や管理職への昇進意向、バーンアウト(燃え尽き)傾向にどのような影響を与えるのかを比較した。の結果、継続就業意向は変わらないものの、昇進意向やバーンアウト傾向には明確な違いがみられた。
※2 直近の人事評価について5を平均とした0ー10の数値での回答が8-10の人、割合でいうと全体の14%程度をハイパフォーマー層として分析した。
ハイパフォーマー層で仕事と私生活の境界をコントロールできていない場合は、バーンアウト(燃え尽き)傾向が高く、意欲や熱意が減退しやすい傾向が見られる。一方、境界コントロールができているハイパフォーマー層は、管理職への昇進意向が高い。境界コントロールができていると、仕事で成果を上げつつも私生活も充実できる見通しが持てるため、昇進にも前向きになれるのではないかと考えられる。
これらのことを踏まえると、優秀な人材に長く活躍し続けてもらうためには、仕事と私生活の境界コントロールの実感を持てる環境を企業が整えることが不可欠であるといえる。
図表6:ハイパフォーマー層における境界コントロールの影響
出所:パーソル総合研究所『仕事と私生活の境界マネジメントに関する定量調査』
従業員が仕事と私生活の境界をコントロールできることは、従業員個人のウェルビーイング(幸せ)に寄与するだけでなく、組織にとっても重要である。「仕事と私生活をうまく切り分けられている」「働く時間を自らコントロールできている」「仕事のストレスを私生活にもちこんでいない」など、従業員が仕事と私生活の境界を適切にコントロールできると、「今の勤務先で継続して働きたい」という意欲や、「自発的に貢献したい」という意識が高く、バーンアウト(燃え尽き)傾向が低いことから、組織全体のパフォーマンス向上に寄与すると考えられるためである。
「境界コントロール実感」を高めるには、従業員個人が自らの仕事と私生活の境界を時間的・物理的・感情的にコントロールする「境界マネジメント」を実践することが有効である(コラム「仕事と私生活をうまく切り分ける6つの要素―ライフ・オーナーシップを意識して境界マネジメントの実践を」参照)。よって、企業は、境界コントロールの重要性や、そのための「境界マネジメント」の技法を認識し、従業員がこれを実践できるよう支援することが望ましい。
企業における具体的な支援の在あり方については別のコラムで考察するが(近日公開予定)、まずは人事部門が仕事と私生活を意図的に切り分ける方法や感情の切り替えなど、境界マネジメントの技法を学び、社内で共有することから始めるとよいだろう。また、個人が自律的に働けるように柔軟な働き方ができる環境を整えることも大切である。こうした支援によって従業員の境界コントロール実感が高まることで、離職防止や自発的な貢献意欲の向上、ハイパフォーマーのバーンアウト防止や管理職意向の醸成が期待でき、組織の中長期的な発展につながる。
<参考文献>
Kossek, E. E. (2016). Managing work–life boundaries in the digital age. Organizational Dynamics, 45(3), 258–270.
シンクタンク本部
研究員
砂川 和泉
Izumi Sunakawa
大手市場調査会社にて10年以上にわたり調査・分析業務に従事。定量・定性調査や顧客企業のID付きPOSデータ分析を担当した他、自社内の社員意識調査と社員データの統合分析や働き方改革プロジェクトにも参画。2018年より現職。現在の主な調査・研究領域は、女性の就労、キャリアなど。
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