精神障害者雇用の現在地 ~当事者個人へのヒアリング結果から見る質的課題の検討~

公開日 2023/04/20

執筆者:シンクタンク本部 研究員 金本 麻里

精神障害者雇用コラムイメージ画像

少子高齢化による人手不足や、SDGs・ダイバーシティ・インクルージョン(D&I;多様性包摂)の機運が高まる中、障害者雇用に世間の注目が集まっている。

2018年には身体障害、知的障害に加えて新たに精神障害者(発達障害者を含む)が雇用義務の対象となり、法定雇用率※1が上昇した。雇用率算定の対象として追加されたこともあり、企業における精神障害者の雇用数は急速に増加している。しかし、同時に精神障害者を雇い入れたが定着しない、トラブルが起きるといった課題感も顕在化してきている※2

そのような中、パーソル総合研究所では精神障害者(定義は下記参照)の雇用に着目し、研究プロジェクトを立ち上げた。本コラムでは、「精神障害を抱えながら障害者雇用枠で就労する当事者」へのヒアリング結果を参照しながら、精神障害雇用の質的課題について問題提起を行いたい。

※1 法定雇用率:企業や国、地方公共団体が達成を義務付けられている、常用労働者に占める障害者の雇用割合を定めた基準のこと。
※2 久保修一(2018)「職場にいるメンタル疾患者・発達障害者と上手に付き合う方法」 日本法令

本調査における「精神障害者」の定義
精神障害者の定義は場面によって様々だが、本調査では気分障害や神経症性障害、統合失調症、依存症、てんかん、およびそれらの関連疾患を抱えている方(高次脳機能障害、認知症、発達障害、性同一性障害は除く。)と定義。つまり、後天的に発症することが多い心の病気を抱える方を対象としている。
  1. 精神障害者雇用の課題は量から質へ
  2. 当事者に聞いた精神障害者雇用の状況
  3. 安定雇用にいたるまでの課題
  4. まとめ

精神障害者雇用の課題は量から質へ

日本において、精神障害の患者数は年々増加している。気分障害や神経症性障害、統合失調症とその関連疾患の患者数は、1996年の162万人から、2020年には384万人と2倍以上に増加した※3。生涯を通じて5人に1人が心の病気にかかるといわれるが※4、精神障害は、技術や医療が発達した現代でも増え続ける人類社会の困難のひとつといえる。

だが、医療の進歩により、通院・服薬を行いながら自立して生活できる精神障害者は増えている。障害を持ちながら(完全に治癒しないまま)働くことを希望する精神障害者の数も増加しており、全国の精神障害者(発達障害を含む精神障害者保健福祉手帳保持者)の就職件数は、2021年には約4万6,000件と10年前の2倍以上になった※5。企業側からすると、新たに障害者を採用しようとすると、平均的に見て、応募者の約半数は精神障害や発達障害者からの応募という状況だ。

しかし、精神障害者雇用の就職件数が増加する中、精神障害者が早期離職する、職場でトラブルになるといった課題が顕在化している。障害者職業総合センターが行った2017年の調査では、精神障害者の職場定着率は49.3%と、他の障害種と比べて低いことが分かっている(図1)。

図1:障害者の職場定着率(障害種類別)

図1:障害者の職場定着率(障害種類別)

出所:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター(2017)
「障害者の就業状況等に関する調査研究」


なぜ精神障害者の雇用は難航しているのか。その原因は、精神障害特有の障害特性に多くの企業が対応できてないことにあるといわれる。例えば、精神障害者は調子が良い時と悪い時の波があり、勤怠やパフォーマンスが不安定であることが多い。このような場合、納期のある仕事や欠員が出ては困るような人員配置の職場では雇用が難しい。また、障害が原因で自己や他者、物事のとらえ方にゆがみが生じ、人間関係や仕事上のトラブルが発生する、職場の人間関係に馴染めないといったことがある。そのため、周囲の社員が精神障害者の対応で疲弊することもある。さらに、低い定着率の背景には、疲れやすい、ストレスに弱いといった障害特性もある。

このような障害特性に配慮することが雇用する企業には求められるが、近年、精神障害者の就職が急速に増加する中、精神障害者の雇用ノウハウを蓄積した上で雇用できている企業は少ない。すなわち精神障害者雇用の課題は、量の改善から、質の改善へと移行してきている。

※3 厚生労働省「患者調査」における総患者数
※4 厚生労働省HP「知ることからはじめよう みんなのメンタルヘルス総合サイト」
※5 厚生労働省「令和3年度 障害者の職業紹介状況等」

当事者に聞いた精神障害者雇用の状況

このような状況をふまえ、本プロジェクトでは、「精神障害を抱えながら障害者雇用枠で就労する当事者」に対してヒアリングを行った。ヒアリングは、2022年7月~8月にかけて、当事者13名に対して行い、仕事で満足している点、不満な点などについてお話を伺った。

* 13名は、パーソルチャレンジ社(調査当時。現在はパーソルダイバース社)が運営する障害者のための転職・求人サービス「Dodaチャレンジ」を通じて企業に就職した方々である。一般に、民間の転職・求人サービスを通じて障害者を採用する企業は、障害者雇用に力を入れていることが多いため、全国平均と比べ就職先企業の障害者雇用の質が高い点にはご留意いただきたい。

当事者の方が、現在の勤務先の雇用の質について、満足していた点、不満を感じていた点を以下に整理した(図2)。

図2:当事者ヒアリングから見えてきた雇用の質のポイント

ポイント1:相談しやすさ・気遣い

ポイント2:能力・適性に合った業務

ポイント3:業務内容に見合った待遇

ポイント4:区別されない人間関係

ポイント5:柔軟な働き方

当事者ヒアリングから見えてきた雇用の質のポイント

ヒアリングの発言録をもとに筆者作成


大きく分けて、「相談しやすさ・気遣い」「能力・適性に合った業務」「業務内容に見合った待遇」「区別されない人間関係」「柔軟な働き方」といった5つのポイントが浮かび上がった。

まず、当事者の方から多く聞かれたのは、「相談しやすさ・気遣い」についてだ。精神障害があると体調面や業務量・職場環境の調整など、仕事をする上での相談事が多い。また、人に相談することでストレスが軽減される効果もある。当事者の声から、相談しやすい環境と相談者の誠実な対応がとても重要なことが分かる。信頼できない相談者では、障害に配慮するどころか障害がより悪化しかねない。

次に、「業務内容・キャリア形成」については、「やりがいのある仕事ができて満足」という声と、「単純作業が多くて不満」という声に分かれた。障害者雇用枠の場合、重要度の低い簡単な業務しかないことも多いが、後天的疾患である精神障害者の中には、高い能力・キャリア・意欲を持った方が多くいる。今回のヒアリングの対象者は、ほとんどが障害発生前にも仕事をしていた。このような場合、能力や適性に見合った業務分担がより重要になるだろう。

「業務内容に見合った処遇」については、業務内容や成果に応じて昇給や昇進がある場合は満足度が高いが、障害者を一括りにし一律で処遇する、障害者雇用枠では昇進が難しいといった場合、不満が生じていた。障害者であることを理由とした不利益な処遇は法律で禁止されているが、実際には障害者雇用枠では昇進や昇給ができない企業も多い。少なくとも自社の処遇を応募者に説明し、納得してもらった上で採用する配慮が必要だろう。

「区別されない人間関係」についても多く語られた。「一般社員と同じように接してくれることに満足」という声がとても多かった。一方で、「勤務時間や業務量等について配慮を受けているために、同僚から不満や小言を言われた」という話も聞かれた。特別な配慮があることが同僚の心象を悪化させる原因にもなるため、同僚に障害者雇用や配慮等の考え方について一定の説明は必要そうだ。

「柔軟な働き方」について満足という声も多かった。障害者雇用とテレワークは相性がよいことが知られているが、精神障害においても、「通院時に柔軟に休める」、「調子に合わせて休憩をとれる」、「人間関係のストレスが減る」といったメリットが聞かれた。

また、当事者の方に「仕事において大切にしていること」を尋ねると、「休まず安定的に働くこと」や「体調管理」と答える方が多く、13名中9名に上った。本人がセルフケアを第一に考えることも、安定的に働くために重要であることがうかがえる。

これらはあくまで13名の方から伺った限られた例にすぎないが、精神障害者雇用の質を高める重要なポイントが現れているように思える。

安定雇用に至るまでの課題

当事者ヒアリングでは、現在の就職先に就職する前のことも伺った。複数名が、過去の仕事の中で精神障害を発症し、休職または退職、その後一般雇用枠で復職または再就職をしたが、一般雇用枠では「働き続けることが難しい」と感じたために、障害者雇用枠で就職し直していた。精神障害は再発が多いことが知られるが、一般雇用枠での復職・再就職により再発を経験したという方もいた。また、就職活動中に精神異常者だと誤解されているような理解のない対応を受けたという方もいた。障害発生後に安定して働き続けられる就職先がスムーズに見つからず、紆余曲折を経ており、安定雇用に至るまでにも大変な苦労があることがうかがえた。

このように紆余曲折となる原因の1つは、精神障害者が一般求人での就職をまず検討する構造があることだ。精神障害者は他障害と比べ、障害者雇用枠ではない一般求人での就職が多いが、その早期離職率は高いことが分かっている※6

この背景には、社会の偏見が根強いために、自身の障害をオープンにすることを躊躇する心理と、本人の内なる障害者や精神障害者に対する偏見によって、障害を受容できない心理があると考えられる。仮に障害をオープンにして就職したとしても、明るい未来を描けない社会の非寛容さが根底にある。

加えて、先に述べた通り、企業において精神障害者の雇用ノウハウが蓄積途上の段階であるため、障害者雇用枠であっても精神障害への理解が乏しい企業が多く、良い就職先が見つかりづらい。また、障害者求人は業務内容が単調で給与が低いものが多く、キャリアのある精神障害者にとって魅力的でないことも多い。精神障害者が障害者雇用枠での就労を選択肢に入れるための情報やロールモデルはまだ少ないのが現状だ。

また、精神障害は、目に見えない障害であるがゆえに、周囲はおろか自分自身でも、障害の状況を客観的に理解することが難しい。自己認知がゆがむことそのものが症状である場合もあるだろう。そのため、専門家からの適切なサポートがなければ状況を見誤りやすいといえる。

精神障害者の雇用においては、安定的に就労できる就職先を見つける前にも、多くの課題があることが分かる。

※6 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター(2017)「障害者の就業状況等に関する調査研究」

まとめ

以上の通り、本コラムでは当事者の声を紹介しながら、主に以下3つのポイントを中心に、精神障害者雇用の質的課題について問題提起を行った。

・企業の障害者雇用において、精神障害者の就職件数は年々増加しているが、職場定着やトラブルといった課題が顕在化してきており、精神障害者雇用の課題は量から質へと移行している。

・13名の当事者へのヒアリングからは、精神障害者雇用の質改善のポイントとして、「相談しやすさ・気遣い」「能力・適性に合った業務」「業務内容に見合った待遇」「区別されない人間関係」「柔軟な働き方」が浮かび上がった。

・精神障害者は、一般雇用枠での就職を経て障害者雇用枠で就職し直す、再発を経験するなど安定的な就職先に至るまでに紆余曲折を経ることが多い。原因として、社会の精神障害への偏見や障害受容の難しさ、企業の精神障害者雇用のノウハウ不足、自己理解の難しさがある。

パーソル総合研究所では、引き続き、精神障害者雇用の質的課題に関する調査研究に取り組んでいく。

執筆者紹介

金本 麻里

シンクタンク本部
研究員

金本 麻里

Mari Kanemoto

総合コンサルティングファームに勤務後、人・組織に対する興味・関心から、人事サービス提供会社に転職。適性検査やストレスチェックの開発・分析報告業務に従事。
調査・研究活動を通じて、人・組織に関する社会課題解決の一翼を担いたいと考え、2020年1月より現職。


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