仕事と私生活をうまく切り分ける6つの要素―ライフ・オーナーシップを意識して境界マネジメントの実践を

公開日 2025/01/06

執筆者:シンクタンク本部 研究員 砂川 和泉

境界マネジメントコラムイメージ画像

あなたは、仕事と私生活をうまく切り分けられているだろうか。仕事も私生活も充実させるためにメリハリのある生活を送りたいと願いつつも、実際にはその切り分けが難しいと感じることが多いのではないだろうか。例えば、職場で周囲に気を遣って残業し、プライベートの時間が削られてしまうことがあるかもしれない。また、家で子どもと過ごしている時に仕事のことが頭から離れず、自己嫌悪に陥る人もいるだろう。逆に、家族のことが気になって仕事に集中できない場合もあるかもしれない。特にテレワークが普及した現代では、オンとオフの切り替えが難しくなり、仕事と私生活の境界が曖昧になる傾向がある。

こうした仕事と私生活の「境界」を管理することを「境界マネジメント」(Boundary Management)と呼ぶ。学術的には、「個人が自分の周囲において、仕事と私生活の役割を効果的に調整するために、境界を創り出し、維持し、変化させる方法」に関する概念である(Allen et al.,2021;Ashforth et al.,2000; Nippert-Eng,1996)。簡単にいえば、仕事とそれ以外の生活をうまく切り分けるための工夫である。

海外では2000年頃からこの境界マネジメントに関する研究が進められているが(Allen et al.,2021;Kossek,2016; Kreiner et al.,2009など)、日本ではまだ広く知られていない。しかし、近年では、共働き世帯の増加やテレワークの普及により、仕事と私生活の切り分けの重要性が増している。そのため、仕事と私生活のバランスを取りたいビジネスパーソンにとって、境界マネジメントは今後欠かせないセルフマネジメントスキルとなるであろう。

そこで、本コラムでは、パーソル総合研究所が行った「仕事と私生活の境界マネジメントに関する定量調査」の結果を基に、「境界マネジメント」の具体的な方法について紹介したい。

Index

  1. 仕事と私生活を切り分ける「境界マネジメント」の6つの要素
  2. まずは「切断」と「感情制御」から実践
  3. まとめ

仕事と私生活を切り分ける「境界マネジメント」の6つの要素

では、どのようにすれば仕事と私生活の境界をうまくコントロールできるのだろうか。海外の研究や日本の正社員に対する事前ヒアリングで得られた知見を基に、境界マネジメントの方法について定量的に調査した結果、仕事と私生活を切り分けるための6つの要素が明らかになった。

図表1:境界マネジメントの6つの要素

図表1:境界マネジメントの6つの要素

出所:パーソル総合研究所『仕事と私生活の境界マネジメントに関する定量調査』

*1 Kreiner et al.(2009)やAllen et al.(2021)の定性的研究において抽出された概念を参考に、日本の正社員に対するヒアリングで得られた要素を加味して項目を作成した。

1. 切断

退勤時間にきっぱりと仕事を終えるなど、物理的・時間的な面でオンとオフを明確に分ける方法である。例えば、仕事用品を持ち帰らない、残業を避けて定時で仕事を終える、子どもの前で仕事の話をしないなどが挙げられる。

2. 感情制御

感情を意識的にコントロールする方法である。家で仕事のことを考えないようにする、リラックスできる音楽を聴く、アロマを焚く、仕事後に散歩や本屋に行って気分を切り替えるなど、オフの時間に感情をリセットする工夫が含まれる。

3. 計画

どの仕事にどれくらいの時間をかけるかを計画する方法である。例えば、テレワーク時に終業時間を明確にする、勤務時間外にプライベートの予定を入れるといったことがある。

4. 縮小

負担を減らすための方法で、力をかけないことや止めることを選ぶことである。これは海外の先行研究では見られなかった要素であるが、日本の正社員に話を聞くと、特に女性から「いろいろ捨てている」という声が挙がりやすい。真面目な人ほど自分の手で完璧に家事や育児、仕事をすべて行わなくてはいけないという呪縛にとらわれがちであるが、この「捨てている」は、自分で行わなくてはいけないという思い込みを捨てることと言い換えられるであろう。具体的には、時短家電やミールキット、食材の作り置きサービスを活用してやりくりするといった例がある。日本では、男性の労働時間が長く、家事や育児の負担が女性に偏りやすい。そのような中、女性は家事や育児、男性は仕事の負担を意識的に縮小させることで、時間やエネルギーを効率的に使えるようになると考えられる。

5. 調整

希望する働き方などを職場や家族に伝え、コミュニケーションを図って予定を調整する方法である。例えば、職場の共有カレンダーに出退勤時間を書き込む、上司や同僚に直接伝える、夫婦でカレンダーアプリを共有して家事育児の調整を行うといったことがある。

6. 優先

仕事や家族の優先順位を明確にする方法である。業務内容によって優先順位をつける、定時を過ぎたら子どもを第一に考えるなど、状況に応じて優先順位を切り替えることが挙げられる。

まずは「切断」と「感情制御」から実践

仕事と私生活の境界を管理する方法として、まず多くの人が考えるのは時間や場所を明確に分ける「切断」であろう。しかし、物理的な時間や場所をコントロールすることだけでなく、感情面でのオンとオフの切り替えも大切である。また、自分だけでなんとかしようとするのではなく、「調整」や「縮小」といった方法で他者に働きかけたり、負担を軽減したりして、環境を変える視点を持つことも意識したいものである。

では、これらの6つの要素の中で、どの方法が効果的なのだろうか。パーソル総合研究所の調査結果からは、特に「切断」や「感情制御」を実践していると、仕事と私生活の境界をコントロールできているという実感が高いことが分かっている。そのため、これらの方法から始めることを推奨したい。ただし、具体的に何をするとよいかは個々人の状況によって異なるため、自分にとって負担になりにくいものや、逆に楽しいと感じる方法を見つけることが大切である。例えば、負担を減らす「縮小」に取り組もうとする場合、料理を外注することの有効性は人によって異なる。料理は一部の人には負担が大きいため外注が有効であるが、他の人にはストレス解消の手段であり逆効果になりうる。まずは、さまざまな方法があることを知り、自分に合っていると思う方法を試してみるとよいだろう。

まとめ

ワークライフバランスの重要性がますます高まる中、仕事と私生活の境界を管理する「境界マネジメント」は注目に値する。これは、自らの意思で仕事と私生活のオンオフを切り替え、両方を充実させるための能動的な方法である。周囲の環境や状況に依存するのではなく、個人がセルフマネジメントのスキルを磨くことで、より充実した生活を実現することができるのである。

仕事と私生活を両立し充実させるためには、「自分自身の人生のかじ取り」を意識すること、すなわち「ライフ・オーナーシップ」を持つことが欠かせない。この意識があれば、主体的に境界マネジメントを実践することができるのである。そして、境界マネジメントの6つの要素(①退勤時間になったら仕事を止めるといった「切断」、②自分の感情をコントロールするように心がけるといった「感情制御」、③どの仕事にどのくらいの時間をかけるかを事前に計画するといった「計画」、④力をかけないことや止めることを選ぶといった「縮小」、⑤希望する働き方を職場で伝えるといった「調整」、⑥仕事の優先順位をつけるといった「優先」)を意識し、自分に合った方法を日常生活に取り入れることで、仕事と私生活の切り分けが容易になるだろう。このようなセルフマネジメントスキルは、充実した人生を歩むための力強い支えとなるに違いない。

<参考文献>
Allen, T. D., Merlo, K., Lawrence, R. C., Slutsky, J., & Gray, C. E. (2021). Boundary management and work‐nonwork balance while working from home. Applied Psychology, 70(1), 60-84.

Ashforth, Blake & Kreiner, Glen & Fugate, Mel. (2000). All in A Day's Work: Boundaries and Micro Role Transitions. Academy of Management Review. 25. 472-491.

Christena, E. Nippert-Eng. (1996). Home and work: Negotiating boundaries through everyday life. Chicago: University of Chicago Press.

Kossek, E. E. (2016). Managing work–life boundaries in the digital age. Organizational Dynamics, 45(3), 258–270.

Kreiner, G. E., Hollensbe, E. C., & Sheep, M. L. (2009). Balancing borders and bridges: Negotiating the work-home interface via boundary work tactics. Academy of Management Journal, 52(4), 704–730.

執筆者紹介

砂川 和泉

シンクタンク本部
研究員

砂川 和泉

Izumi Sunakawa

大手市場調査会社にて10年以上にわたり調査・分析業務に従事。定量・定性調査や顧客企業のID付きPOSデータ分析を担当した他、自社内の社員意識調査と社員データの統合分析や働き方改革プロジェクトにも参画。2018年より現職。現在の主な調査・研究領域は、女性の就労、キャリアなど。


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