公開日 2025/03/26
2010年代後半以降、上司と部下の1on1ミーティング(以下、1on1)が拡がっている。1on1が部下の成長にとって効果的であるとの見解が拡がったことや、2020年コロナ禍でテレワークが急拡大し、上司・部下の関係構築が課題として浮上したことがあると考えられる。「罰ゲーム」とも評されるほど管理職の負担が大きい状況で*1、1on1は部下育成の切り札として期待を集めてきたともいえるであろう。
しかし、1on1は普及に伴ってさまざまな課題が指摘されるようになった。管理職を対象としたある調査では、「つい一方的に喋りすぎてしまう」「他業務が忙しく1on1実施時間の確保が欲しい「どうやるのが正解なのか分からない」が課題上位三つとなっている*2。これ以外の調査でも同様の課題が示されているが、上司や部下が何をすれば1on1で部下の成長を促せるのかを調査から考察した研究は多くない。このコラムでは、パーソル総合研究所「部下の成長支援を目的とした1on1ミーティングに関する定量調査」の結果から、その点について論じたい。
なお、同調査における1on1を通じた部下の「成長」とは、デイビット・A・コルブの「経験学習」サイクルにおける「内省的観察」と「抽象的言語化」ができるようになることと定義している。具体的には、「仕事の成功や失敗の要因について分析できるようになった(内省的観察)」、「さまざまな場面で応用できそうな仕事のノウハウを見つけた(抽象的言語化)」を統合した項目をもって1on1を通じた部下の「成長」としている。
それでは、上司のいかなる行動が1on1を通じた部下の成長を促すのであろうか。上司の行動を独立変数とし、1on1を通じた部下の成長を従属変数とした多変量解析を行った。その結果である図表1から見えてくるのは、次のことである。1on1時に部下に「本音を話す」こと、日頃から部下のアイデアを尊重したり、業務進捗を確認したり、部下を励ますといった部下への「配慮」、そして、部下が自分ひとりではなかなか気づかない「新たな視点」から助言をすることが、1on1を通じた部下の成長にプラスの影響を与えていた。
重要なのは、1on1時の上司の行動に加えて、日頃の上司の行動の影響があることだ。部下からすれば、日頃から上司が自分のアイデアを尊重してくれたり、自分を励ましてくれたりすれば、上司に対して信頼が蓄積されるであろう。そうした信頼の上で、1on1時に上司が自分に率直な言葉をかけてくれば、部下は上司の言葉を真摯に受け止めて成長の糧にしようと考えるのではないだろうか。1on1に関する議論は往々にして1on1時の上司の行動だけに注目するが、日頃の上司の行動の影響もあるのだ。
図表1:上司のマネジメント行動と部下の成長
出所:パーソル総合研究所「部下の成長支援を目的とした1on1ミーティングに関する定量調査」
次に、部下のいかなる行動が1on1を通じた部下の成長に繋がっているのかを見てみよう。図表2から見えてくるのは、次のことである。1on1時に部下が「本音で話す」ことや部下が上司の話を「傾聴」することは、1on1時に上司が本音を話すことにプラスの影響がある。社会心理学には「返報性(Reciprocity)」という知見がある*3。他者から何らかの行為や恩恵を受けたときに、同じような行為や恩恵を返そうとする傾向や規範のことである。1on1時の上司と部下の本音にはこうした「返報性」のルールが作用していると思われる。
先述したように、1on1時に上司が本音を話すことは、1on1を通じた部下の成長にプラスの影響、それも最も強い影響を与えていた。つまり、1on1時に部下が本音を話したり傾聴したりすることは間接的に1on1を通じて部下自身の成長に影響を与えているのだ。
図表2:部下の行動と1on1時の上司の本音
出所:パーソル総合研究所「部下の成長支援を目的とした1on1ミーティングに関する定量調査」
1on1は上司と部下の言葉を介したコミュニケーションの一形態である。当たり前であるが、1on1に関する議論はコミュニケーションの一方の当事者である上司の行動に焦点をあてる傾向がある。それらの議論には、上司の働きかけ次第で部下は変わるという前提がある。これまで見てきたように、上司の特定の行動は確かに1on1を通じた部下の成長に影響を与える。
しかし、部下の特定の行動もまた部下の成長を促す上司の行動に影響を与える。部下の本音が上司の本音を促し、上司の本音が部下の本音を促し、また部下の本音が上司の本音を促す……という循環的な関係があるように思われる。つまり、1on1で上司が部下の成長を促すというよりも、1on1における上司と部下の相互作用(対話)が部下の成長を促すと考えるべきなのだ。
企業が1on1を通じて部下の成長支援を行うことを目指すのであれば、上司だけではなく部下にも働きかける必要がある。例えば、上司だけに説明会を開催し、1on1に関連する研修を行うのではなく、部下にも説明会への参加を求め、部下を対象とした研修を行う必要もある。また、説明会や研修以外にでもできることはあるだろう。
従業員が本音を話すことにリスクを感じるような組織風土があれば、1on1にとってそれは妨げとなる*4。中原淳は、対話には「フラットな関係性」が重要であると指摘し、「フラットな関係性」を確保するには「心理的安全性」が必要であり、「心理的安全性」を育むために次のような実践から始めることを勧めている*5。どんなことでもよいので誰でも話せるような内容(例えば、仕事をしていて最近嬉しかった経験)をテーマに選び、そこから発話を始めて、それをメンバー全員で十分聞き合うという経験をすることで、「何を言っても大丈夫だ」という雰囲気が生まれる。そして、どんなに耳の痛いことでもその内容をまずは聞いて受け止めることが大切だという。こうした対話をめぐる実践は、1on1で部下の成長を促進させる組織風土を作るうえでも大きな意義を持つと思われる。
・2010年代後半以降、1on1の普及とともに上司が一方的に話してしまう、他の業務が忙しく1on1のための時間が確保できない、何をするのが正解かわからないなど、さまざまな課題が指摘されるようになった。
・上司の行動に着目すると、1on1時に部下に「本音を話す」こと、また日頃から部下のアイデアを尊重したり、業務進捗を確認したり、部下を励ますといった部下への「配慮」や部下が自分ひとりではなかなか気づかない「新しい視点」から助言をすることが、1on1を通じた部下の成長にプラスの影響を与えていた。
・部下の行動に着目すると、1on1時に部下が本音で話すことや部下が上司の話を傾聴することが1on1時の上司の本音を促していた。1on1時の上司と部下の本音には社会心理学における「返報性」のルールが機能していると考えられる。そして、1on1時の上司の本音が1on1を通じた部下の成長にプラスの影響を与えていたことを踏まえると、1on1時に部下が本音を話すことや傾聴することは間接的に1on1を通じた部下の成長にプラスの影響を与えていることになる。
・1on1に関する議論は上司の行動に焦点を当てる傾向があるが、部下の行動にも焦点を当てる必要がある。1on1において上司が部下の成長を促すというより、1on1における上司と部下の相互作用(対話)が部下の成長を促すと理解したほうがよい。
・先行研究によれば、職場で対話を行うには「フラットな関係性」があることが重要であり、そのために「心理的安全性」を確保することが必要だという。このことは、1on1を通じて部下の成長を促す組織風土を作るうえでも示唆的である。
・部下の成長促進に1on1の活用を考えている企業は、上司だけではなく部下にも働きかけることが必要になる。上司だけではなく部下にも1on1に関する説明会や研修への参加を求める必要がある。
*1:小林祐児(2024)『罰ゲーム化する管理職:バグだらけの職場の修正法』(集英社インターナショナル)https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/books/20240207.html(2025年3月11日アクセス)
*2:株式会社ZENKIGEN(2022)「1on1ミーティングに関する意識調査」https://zenkigen.co.jp/news/1308/(2025年3月7日アクセス)
*3:ロバート・B・チャルディーニ(2014)『影響力の武器[第三版]:なぜ、人は動かされるのか』(誠信書房)https://www.seishinshobo.co.jp/book/b177759.html(2025年3月11日アクセス)
*4:パーソル総合研究所(2024)「職場での対話に関する定量調査」によれば、従業員は職場で本音を話すことに対して6つのリスクを感じているという。①裏切り者リスク(組織に愛着が無いと思われそう)②拡散リスク(意図しない範囲に広まりそう)③低評価リスク(自分の評判が下がりそう)④身分不相応リスク(自分の立場では言えない)⑤無関心リスク(真剣に受け取ってもらえなそう)⑥関係悪化リスク(相手との関係が悪くなりそう)。https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/dialogue-culture.html(2025年3月11日アクセス)
*5:中原淳(2022)『「対話と決断」で成果を育む 話し合いの作法』(PHP研究所)の「第3章 対話の作法」https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-85184-6(2025年3月11日アクセス)
※このテキストは生成AIによるものです。
返報性
返報性とは、他者から何らかの行為や恩恵を受けた時に、同じような行為や恩恵を返そうとする心理的傾向のこと。1on1においても、上司と部下の本音には「返報性」のルールが作用していると思われる。
シンクタンク本部
研究員
児島 功和
Yoshikazu Kojima
日本社会事業大学、岐阜大学、山梨学院大学の教員を経て、2023年4月より現職。大学教員としてはキャリア教育科目の開発・担当、教養教育改革、教員を対象とした研修運営などを担当。研究者としては、主に若者の学校から職業世界への移行、大学教職員や専門学校教員のキャリアに関する調査に関わってきた。
本記事はお役に立ちましたか?
調査研究要覧2024年度版
上司と部下の信頼関係構築に不可欠な「被信頼感」の高め方
どうすれば上司は部下を信頼するようになるのか-「メンバーへの信頼」の形成メカニズム-
「安心」から「信頼」に基づくマネジメントへの転換 ~上司と部下の信頼関係構築のヒント~
部下の成長支援を目的とした1on1ミーティングに関する定量調査
OJTに関する定量調査
《人材の力を組織の力に》変革後も制度を改善し続け 人材の成長と組織貢献を最大化
《無自覚・無能からの脱却》企業成長に貢献する人事への変革は人事自身のアンラーニングからはじまる
常識の枠を超えて考える「哲学思考」の実践が、イノベーションや「より良く生きる」ことにつながる
はたらく幸せ/不幸せの特徴《仕事・ライフサイクル 編》
オンライン時代の出張の価値とは~出張に対する世代間ギャップと効用の再考~
早期リタイアを希望する20~30代の若手男性が増えているのはなぜか
データから見る対話の「効果」とは
職場で「本音で話せる」関係はいかに実現可能か
「本音で話さない」職場はなぜできるのか
「主体性」という曖昧な言葉に翻弄されないように。企業と学生の認識のギャップを解消したい
働く10,000人の就業・成長定点調査
「学び合わない組織」のつくられ方
学びを遠ざける「ラーニング・バイアス」を防げ
コソコソ学ぶ日本人――「学びの秘匿化」とは何か
仕事をもっと楽しく──ジョブ・クラフティングでより前向きに、やりがいを感じて働く人を増やしたい
学び合う組織に関する定量調査
ハタチからの「学びと幸せ」探究ラボ
「社会への志向性」はどう育つのか ソーシャル・エンゲージメントの上昇要因を探る
「キラキラした若者」はなぜ会社を辞めるのか ソーシャル・エンゲージメントの視点から
「社会」へのエンゲージメントが仕事で活躍し幸せを感じることに導く――ソーシャル・エンゲージメントとは何か
Changes in senior workers as tracked by surveys over time
経年調査から見る働くシニア就業者の変化
仕事で幸せを感じ活躍する若手社会人の学び特性と学生時代の学習・経験の関連 ―専門学校を経由した社会への移行に着目して―
学生時代のどのような学び経験が仕事で幸せを感じ活躍することにつながるのか
どのような若手社員が上司からサポートを受けているのか
《哲学的思考力》 混迷のVUCA時代に必要なのは、自分の頭で考えて探求する力
《ポテンシャルの解放》個人の挑戦を称賛する文化が時代に先駆けた変化を生み出す
《“X(トランスフォーメーション)”リーダー》変革をリードする人材をどう育成していくか
《適時・適所・適材》従業員が最も力を発揮できるポジションとタイミングを提供
社会人になってからのどのような経験が仕事で幸せを感じて活躍することにつながるのか
仕事で幸せを感じ活躍している若手社会人に見られる「5つの学び方」とは
人的資本情報開示にマーケティングの視点を――「USP」としての人材育成
シニア就業者の意識・行動の変化と活躍促進のヒント
会社員が読書をすることの意味は何か
「若手社員は管理職になりたくない」論を検討する
コロナ禍で「ワーク・エンゲイジメント」はどう変化したのか?ー企業規模に注目して
20代の若者は働くことをどう捉えているのか?仕事選び・転職・感情の観点から探る
従業員のリスキリング促進に向けて企業に求められる人材マネジメントとは~学び続ける人を増やし、組織の成長につなげる~
人事部非管理職のキャリア意識の現在地
目まぐるしく移り変わる人事トレンドに踊らされるのではなく、戦略的に活用できる人事へ
新卒者・中途採用者のオンボーディングから、子どもたちの《協育》まで。 誰もが幸せに働ける社会の実現を目指し、研究に挑み続けたい
20代若手社員の成長意識の変化 -在宅勤務下の育成強化も急がれる
グローバル就業実態・成長意識調査(2022年)
HITO vol.18『組織成長に生かすアンラーニング ~これまでの知識・スキルを捨て、入れ替える~』
アンラーニングしなければ、人と組織は成長を続けられない
What constitutes an approach to human resources management that promotes reskilling for workers?
従業員のリスキリングを促進する人材マネジメントとは
従業員のリスキリングを支える「3つの学び」とは
企業の新規事業開発の成功要因における組織・人材マネジメントの重要性
リスキリング・アンラーニングと変化抑制のメカニズム ~変化とは「コスト」なのか~
就業者のアンラーニングを阻むのは何か
20代社員の就業意識変化に着目した分析
リスキリングとアンラーニングについての定量調査
人を育てる目標管理とは従業員の「暗黙の評価観」が鍵
Change in the growth orientation of employees in their forties What is needed to allow middle-aged workers in their forties to continue to experience growth at work?
40代社員の成長志向に変化 40代ミドル層が仕事で成長を実感し続けるには?
HITO vol.17『ITエンジニアに選ばれる組織の条件 ~賃金と組織シニシズムの観点から考察する~』
働く10,000人の成長実態調査2021
コロナ禍における研修のオンライン化に関する調査
ITエンジニアの人的資源管理に関する定量調査
ジョブ型雇用への転換で教育・育成はどう変化するべきか?
特別号 HITO REPORT vol.6『APAC就業実態・成長意識調査2019』
APAC就業実態・成長意識調査(2019年)
リカレント教育はイノベーション欠乏症の処方箋たりうるか まずは「社会人の学び」のアップデートから
「日本人は勤勉」説は本当か──二宮尊徳と勤勉革命の歴史
働く10,000人の成長実態調査2017
転職で成長できるのは「2回」まで?転職は人を成長させるのか
キャリアの曲がり角は42.5歳ミドル・シニア正社員と成長の関係
【イベントレポート】次世代リーダーを効果的に育成するための秘訣とは?
成長実感の高い職種ランキング BEST10 職種別成長実態
成長「無関心」タイプが32.4%。2極化する成長意識 日本人の5つの成長タイプ
成長「実感」の効果は、「目指す」ことのおよそ3倍 成長実感と志向の効果比較
【イベントレポート】ケースメソッドを活用したリーダーシップ開発
アルバイト・パートの成長創造プロジェクト
価値創造型人材の発掘とパイプラインの構築
非正規社員に対する人材育成の在り方
正社員の価値発揮を阻害する人事制度上の3つの課題
今こそ、企業の包容力(2) 包容力はどう持てばいいのか
今こそ、企業の包容力(1) 人の成長を待つ余裕を持つ
創造型人材の重視を
follow us
メルマガ登録&SNSフォローで最新情報をチェック!