公開日 2020/04/07
働き方改革は、関連法案の施行から半年以上が経過した。歴史的に見ても大きな労働環境の変化が、今まさに進行中であり、今後の日本の働き方を占う、重要な局面に立っている。
しかし、法令遵守という目的が前面に出過ぎた働き方改革は、現場を蝕むような副作用をいくつかもたらしている。その中でも極めて深刻なのが、「中間管理職の過剰負荷」の問題だ。今、多くの企業で中間管理職が疲弊し、機能不全に陥っている。
その背景にあるのは、本来、人々の働き方を変えるはずの働き方改革が、二重の意味で矮小化されているという状況である。「働き方」の変革のはずが、実際に企業で行われているのは業務目標もプロセスも変えずに残業の上限設定や承認制度だけを取り入れた、いわば「働く《時間》改革」だ。しかも、その減らされるべき時間とは、非管理職の一般従業員における「管理されている労働時間」にさらに矮小化されてしまっている。この働き方改革の「二重の矮小化」による最大の被害者といえるポジションが、現場で働く中間管理職だ。
部下のマネジメントのみならず、プレイヤーとしての成果を求められる管理職が抱える課題は、働き方改革だけではない。ハラスメント防止法への対応、職場のダイバーシティ推進、コンプライアンス遵守の圧力、部下のメンタルヘルス問題......。世間でも話題になることの多いこれらの組織課題の多くが、管理職の双肩に重くのしかかっている。
論より証拠である。パーソル総合研究所は、管理職の中でも現場に近いファーストライン・マネジャーが置かれている状況を把握すべく、一般的に「課長」クラスである2,000人を対象に調査した。データからは、働き方改革が進んでいると回答した企業のほうが、進んでいない企業に比べて、昨年から管理職自身の業務量、そして組織の業務量までも増加していると答えている。
図1.働き方改革と去年からの変化
働き方改革が行われているのになぜ業務量が増加しているのか。働き方改革が、「働く《時間》改革」にとどまっているために労働密度が上がり、業務量の負担感が増しているものと思われる。同時に、「働き方改革が進んでいる」と回答した管理職は、「付加価値を生む業務に着手」もできず、67.2%が「後任者の不在」の課題を感じている。グラフは割愛するが、ストレス度合いや疲労蓄積の度合いも高く、学びの時間を確保できておらず、転職意向も高いことが明らかになっている。
つまり、管理職の現状を簡潔にまとめれば、「休めない」「学べない」「(付加価値を)生み出せない」「育てられない」の4重苦だ。自分の職場のこうした現状を見た部下は、この会社では管理職になりたくない、と出世意欲をなくしていくか、離職していく。
図2.管理職負担の構図
さて、こうした状況において、企業人事はどう考えているだろうか。中間管理職は、企業にとって時代の捨て石かというと、そうではない。むしろ、日本企業の中間管理職、ミドル・マネジャーへの期待感は伝統的に強い。QC活動や小集団活動など、現場を中心とした改善による生産性向上こそ、ものづくりを中心に経済発展した日本企業の《強み》でもあった。部下育成や業務遂行はもちろん、「知識創造」や「イノベーション」といった企業にとっての新しい価値の創出においてもまた、中間管理職が果たす役割が大きいものとみなされている。世の中でいくら斬新な「中間管理職不要論」が飛び交おうとも、「中間管理職こそ、自社の要」と考える経営は多い。
この状況をサッカーに例えれば分かりやすい。かつてよりも、サッカーのゲームのスピードは上がり、戦術は高度化・複雑化した。その中で、職場というフィールドのキャプテンたる中間管理職は、今、コンプライアンス遵守というディフェンスも、イノベーションというオフェンスも、ともに全力でプレイすることを強いられる。他のメンバーはロスタイム(=残業)無しに球場をあとにしてしまうし、監督たる経営・人事は、最終的な試合の勝ち負け(=業績)しか見ることができていない。これでは、キャプテンは疲弊する一方である。
図3.人事側が感じる自社の中間管理職への課題感
そうした期待感も背景にあってか、多くの人事は、さまざまな組織課題に対して、個々の管理職の「マネジメントスキル」を向上させることで対応しようとする。人事側が考える、中間管理職の課題感のトップは、「マネジメントの知識・スキルが高まらない」というものだ。「スキル開発」といえば聞こえはいいが、こうした課題感の裏にあるのは、環境変化や問題が発生するたびに「今のマネジャーではスキルが不足している(そのために、課題に対応できない)」とするロジックだ。事実、人事がこうした課題感を持っている企業では、管理職への「研修によるスキル開発」をより多く実施している傾向にあった。
確かに、時代に応じたマネジメントスキルの向上やマネジメントスタイルの変更は間違いなく必要だ。だが、組織課題のすべてをマネジメントスキルの変革で乗り切ろうとするのはそろそろ限界だろう。今の管理職の窮状には、組織全体を見据えた構造的なサポートが必要だ。
この「受難」の時代をどう乗り切るべきだろうか。
まず、今後も新たな課題が生じるたびに、管理職負担が増えていくインフレ構造をどこかで断ち切るのが先決である。企業は、「働き方改革」「コンプライアンス」「ダイバーシティ」「組織開発」といった個々の組織・経営課題を、すべて「マネジャー頼み」「マネジメントスキル頼み」にすることを避けなければならない。それが上述のインフレ構造を解除するための第一歩だ。
その上で、現状の管理職が置かれているコンディションの正確な把握からスタートするべきだ。長年の組織運営で、管理職の役割が積もり積もっている場合も多い。①労働時間の面、②担っている役割の面から、現状を正確に把握したい。自社の管理職業務の洗い出しと整理から始めるべきだろう。
中間管理職は、「背負い込む」ことをやめなければならない。マネジメントの役割は大きく括ると「ピープル・マネジメント」と「オペレーション・マネジメント」に大別できる。動機づけ、育成、教育を行うのが前者、計数管理や進捗管理・全体の業務運営を統括するのが後者だ。複雑化したビジネス環境と働く価値観の多様化によって、ともに難易度を増している。
幸い、ICTの発展によって、職場内コミュニケーションのサポートツールはすでに多くの企業から提供されている。チャットでの情報連携やマニュアルの進捗管理、書類のデジタル回覧など、オペレーション・マネジメントを助けるツールがあるならば、積極的に投資するべきだろう。過度なセキュリティ管理の意識がこうしたITシステムの浸透を妨げていることも多いが、些末なリスク管理に拘泥していては、より大きな組織運営上の課題を放置することになる。
ピープル・マネジメントも部署内外のメンター制度やベテラン社員との役割のシェアなどで負担を軽くできる。若手のキャリアの相談に乗る余裕がないならば、外部のキャリア・カウンセリングの積極的利用も考えられる。日本企業には、リソースやノウハウが不足していても、「自組織内」でなんとかしようとする自前主義的な傾向があるが、組織外のリソースをいかに活用できるかは、管理職業務についても大切な視点だろう。
管理職にも、一人ひとりのキャリアがある。目の前の仕事を必死に回し続けるだけでは、新しいスキルの蓄積もできず、自分の将来を考えるための余裕も生まれない。出産・育児とのバランスをとるのも難しく、女性管理職や男性育休の推進とも折り合いが悪い。中間管理職が、これからも組織運営の要であり続けるためにも、働き方改革によって起こる「管理職の地盤沈下」を防がなくてはならない。
パーソル総合研究所 「中間管理職の就業負担に関する定量調査」 | |
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調査内容 | [中間管理職調査]管理職自身の就業実態と負担感、その他意識 [企業調査]自社の中間管理職に対する課題感と支援の実態 |
調査対象 | [中間管理職調査]全国・企業規模50人以上の企業の管理職(第1階層の管理職)n=2,000 [企業調査]全国・企業規模50人以上の企業の人事部に所属する従業員 n=300 ※企業設立年数5年未満を除外 |
調査手法 | 調査会社モニターを用いたインターネット定量調査 |
調査時期 | [中間管理職調査]2019年3月20日~3月21日 [企業調査]2019年2月7日~2月8日 |
※引用いただく際は出所を明示してください。
出所の記載例:パーソル総合研究所「中間管理職の就業負担に関する定量調査」
シンクタンク本部
上席主任研究員
小林 祐児
Yuji Kobayashi
上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。
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