就活に「やりたいこと」は必要なのか

就活に「やりたいこと」は必要なのか

就活における「将来やりたいこと」とは?

2021年卒の学生の就活が、一気に騒がしくなってきています。就活をスタートさせた時期、インターン参加や業界研究などを初めたころの学生と話すと、「自分のやりたいことがわからない」「興味ある業界が特に無い」といった迷いの声をよく耳にします。
この就活における「やりたいことの無さ」は、面接のやり方やエントリーシートの書き方といった就活ハウツー「以前」の悩みです。学生の苦悩の中でもアドバイスが難しい悩みですが、実は、このことが悩みとして顕在化することには、社会的な背景があります。本コラムでは、この学生を悩ませる「やりたいこと」探しがもつ構造的な困難と、その乗り越え方について、独自調査のデータを元に考えていきたいと思います。

売り手市場の就活における「リアリティ・ショック」問題

就活のゴールを目指すにあたって、将来の「やりたいこと」が明確になっていることはやはり重要です。ここで言う「就活のゴール」とは、単純な「内定獲得」という意味ではなく、入社後に訪れる「事前イメージとのギャップ」を防ぎ、仕事人生への充実したスタートを切ることです。

売り手市場にある日本の就職において最も重要な問題は、「内定が一つももらえない」ことよりも、入社後に起こる「こんなはずじゃなかった!」という事前イメージとのギャップにあります。人気企業の内定獲得は相変わらず高倍率ですが、たとえ第一志望群の企業に受かったとしても、元々抱いていた企業のイメージが不正確なら何の意味もありません。現実から乖離したイメージで志望した企業ですから、本来なら応募すらしなかった可能性もあります。

入社後に感じる現実とイメージとのギャップは、「リアリティ・ショックReality Shock」と呼ばれ、経営・組織論において多くの研究が蓄積されてきました。この入社後のショックの可能性を直視しない就活は、例えるなら、人気アーティストのライブに行きたい人が、「入場チケットを手に入れる」ことだけを目的に一喜一憂しているようなものです。本当に大切なのは、開演後に待っている「楽しいライブの鑑賞」という経験そのもののはずです。

入社後の「こんなはずじゃなかった」という何らかのイメージ・ギャップは、8割近くの新入社員が経験することもわかっています。そこで本コラムでは、この入社後のリアリティ・ショックを防ぐためにはどのような就活をすればいいのか、そしてそのことと、「やりたいこと」を持つということの関係を見ていきたいと思います。

就活生の「やりたいこと」の実態

では、今の大学生にとって「将来やりたいこと」とは、どの程度見えているものなのでしょうか。まずは、その実態を我々がパーソルキャリアのキャリア教育支援プログラムCAMPと共同実施した調査データ(※)から見てみましょう。
(※全国の大学1-4年,社会人1-3年生合計1700人を対象とした定量調査)

図1.学生の就職活動開始時期と、「将来のやりたいこと」の決定時期
図1.学生の就職活動開始時期と、「将来のやりたいこと」の決定時期

【図1】は、就活経験した学生に「将来のやりたいこと」が決まった時期を聴取したデータです。単純な折れ線グラフですが、ここからはいくつかのことが見えてきます。

まず、多くの就活生は、仕事を通じてなにかしらの「やりたいこと」があってそこから就活を始めるのではなく、就活を開始してから「やりたいこと」の輪郭をつかんでいっています。大学生3年生の秋-冬にインターンを中心に本格的に就活をはじめ、その後に「やりたいこと」が徐々に固まってくる格好です。

しかし、最終的に就活を終え、入社企業が決まっていてもなお「やりたいこと」が見つかってはいない学生も2割弱存在します。この数字が多いか少ないかは意見が分かれそうなところですが、常識的な感覚とはあまり乖離していないデータでしょう。

就活の〈選択前-選択〉としての「やりたいこと」

ここで、議論の補助線として、就活における「やりたいこと」の意味をすこし俯瞰的に考えてみます。90年代後半以降、就活はあふれる過剰な情報との戦いになりました。ネットを検索すれば、就活メソッドから各業界の情報まであらゆる情報であふれています。企業口コミサイトも多く存在し、リアルな業界別のセミナーも数多く開かれています。ナビサイトであらゆる企業に応募できるようになったネット時代の就活は、「全ての選択肢を調べてから、自分にあったベストの業界・企業を決める」ということは到底できません。かの有名な「ジャムの法則」が明らかにするように、多すぎる選択肢は、逆に人の選択を「不可能」にします。

つまり、現代の就活では、どの業界・希望を志望するかを決めるより「前」に、そもそも「どの業界・企業の情報をとりにいくのか」を決める必要があります。そうでなくては、どんな情報も、検索ワードを打ち込むことすらできない、ただ流れ去る「情報の渦」です。この、いわば〈選択前-選択〉として、自分の側にある興味、好きなこと、ひいては「やりたいこと」を必要とするのです。

かつては、社会に働き方の安定したモデルが存在し、学生は、眼の前のある程度限られた選択肢を通じてその「社会人」の世界に入っていきました。現在、膨大な情報を前にして、「自分の内面」をまず見つめ、コミットできる/すべき選択肢を「自ら作っていく」ことが必要になります。ここに、自分の内面の声=「やりたいこと」が決定的に重要になった背景があります。

60年代から90年代にかけて起こったこうした就活の変化を、教育学者の溝上慎一氏はかつて、「アウトサイド・イン」から「インサイド・アウト」への変化だ、と表現しました。安定した「外の世界(アウトサイド)」に自分が入っていく(イン)のか、「自分の世界(インサイド)」から「出ていく世界(アウト)」を選ぶのか、という違いです。就職情報産業のさらなる進展は、そうした流れを今も加速させています。この変化に伴って「自己分析」が流行し、「やりたいこと探し」が就活の第一歩、〈選択前-選択〉として定着しました。

「やりたいこと」は能動的な就活行動を導く

このように〈選択前-選択〉としての「やりたいこと」は、就活での具体的なアクションを取っていくための条件になっていきました。【図2】に示した就活行動のデータを見ても、将来の「やりたいこと」がみえている学生は、そうでない学生と比べて、如実に就活の行動に如実に差が現れます。

図2.就活の情報収集手段
図2.就活の情報収集手段

具体的には、やりたいことが決まっている層は、より多くの人に相談しにいき、教授や新聞含めて、能動的に足や頭を動かして情報収集に努めています。一方、やりたいことが決まっていない学生は、ナビサイトや合同説明会などの受動的な就活行動が多くなっています。大量にエントリしておき、書類選考に引っかかった企業から順に調べ始める、という本末転倒な事態がよく起こるのも、「やりたいこと」の無い受動的な就活行動の典型です。〈選択前-選択〉の難しさを回避して、自分を選ぶ「企業側」にその選択を委ねてしまうのです。

もう少し掘り下げましょう。こうした能動的就活がなぜ良いことなのでしょうか。実は、獲得する内定数がさほど大きく増えるわけではありません。こうした行動が、入社前の企業の理解を正確にし、先に述べた事前のイメージとのギャップ、リアリティ・ショックを防止するからです。データを深く分析すると、相談しに行く人の数や、インターンなどで人脈を得て、社員のリアルな意見をヒアリングすることで、企業とそこに対する自己の適性を理解することができ、結果リアリティ・ショックが防がれていました。

「やりたいこと」をどうやって見つけているのか

さて、とはいえ「やりたいこと」が簡単に見つかるなら、冒頭のような学生の苦悩はありません。そして、「やりたいこと」は自動的に見つかるわけではありません。見つかる学生と見つからない学生は、何かが異なっているはずです。そこで、大学三年の冬を一つのタイミングとして、そこでやりたいことが「決定している層」と「決定していない層」に分け、就活以外の学生生活の過ごし方の差からヒントを探っていきましょう。

図3.学生生活で最も重点を置いていたこと
図3.学生生活で最も重点を置いていたこと

図4.学生生活で時間をかけていた行動
図4.学生生活で時間をかけていた行動

【図3】【4】から見えてくることを簡単にまとめれば、授業以外の勉強や、異性含めた幅広い人間関係などを重視して過ごしていた学生が、結果的に就活で「やりたいこと」を見つけているということです。逆に、「趣味」や「アルバイト」のみに没頭したり、日々「なんとなく」過ごし、広い交友関係を築いていない学生は、やりたいことが見つかりにくい、ということです。

改めて、就活に「やりたいこと」は必要なのか

どうやら、学生生活全体の過ごし方が差を分けていました。しかし、「やりたいこと」という内発的な動機は、全ての人に見つかるわけではありません。また、「必ず見つけなければいけない」という性質のものでもないでしょうし、焦って探すべきものでもありません。教育心理学の研究では、「周りの人はやりたいことを考えている・決まっている」から「私も探さないと」という〈他者追随型〉のやりたいこと探しは、結局うまくいかない傾向にあることがわかっています。

しかし、「やりたいこと」の軸を決められない学生の問題は、就活の仕方まで受動的になってしまうことです。逆に、「やりたいこと」は見えなくても、能動的に動くことができた学生は、「やりたいこと」があっても消極的にしか動かない学生と比べ、会社理解に大きな差はありません【図5】。

図5.入社前の会社・適性理解の度合い
図5.入社前の会社・適性理解の度合い

大学生の8割程度は、何らかのやりたいことの落とし所を見つけているという事実を考えれば、それほど心配することも無いかもしれません。そして、「やりたいこと」は入社後でも見つかる人も多いでしょう。

繰り返し述べれば、最も大切なのは、せっかく希望の企業に入社しても入社後に「こんなはずじゃなかった」が起こるような就活を防ぐことです。それは内定獲得や入社決定という瞬間的な出来事よりも長く、深く、その人のキャリアに影響します。そのためにも、就活、そして学生生活の日々のなかで能動的に動き続け、「やりたいこと」はその結果として後からついてくる。データから示された現在の学生と「やりたいこと」の関係は、このようにまとめられそうです。

調査概要


パーソル総合研究所×CAMP 「就職活動と入社後の実態に関する定量調査」
調査方法 個人に対するインターネット調査
調査対象者 居住地域:全国 18歳以上30歳未満の大学生・初職入社1-3年の社会人(離職者含む)
合計サンプル数 1700人
調査日程 2019年2月22日~2月25日

※引用いただく際は出所を明示してください。
出所の記載例:パーソル総合研究所×CAMP 「就職活動と入社後の実態に関する定量調査」

執筆者紹介

小林 祐児

シンクタンク本部
上席主任研究員

小林 祐児

Yuji Kobayashi

上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。


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