公開日 2018/03/23
企業にとって人手不足が深刻です。採用やリテンションのためにも、魅力的な働き方を提供する必要性が従来よりも高まっています。また、政府は働き方改革の一環として「副業・兼業」の容認を進めており、今後多くの企業において対応が必要になると考えられます。そこで本コラムでは「副業・兼業」注1について、現在の動向と企業にとって解決すべき重要な課題について説明します。
政府が推進する働き方改革においては、柔軟な働き方を積極的に支援するため、副業や兼業を容認する方針が明確にされています。今年3月に政府が発表した働き方改革実行計画では、「合理的な理由がない限り副業・兼業を認める方針を周知し、企業向けの指針を策定する」と述べています。
現在、民間企業で働く多くの方は、副業や兼業は勤務先で認められていない、と考えるのではないでしょうか。全国の商工中金取引先の中小企業を対象にした調査注2によれば、現在、従業員の副業・兼業を容認している企業はわずか7.6%という結果であり、中小企業の多くは従業員の副業・兼業を認めていないのが実態です。実は労働基準法には従業員の副業・兼業を禁止するといった規定はありません。しかし、厚生労働省の「モデル就業規則」で副業・兼業の原則禁止が前提とされていることが、多くの企業が就業規則や雇用契約で従業員の副業・兼業を原則的に禁じている背景の1つになっています。働き方改革実行計画では「副業・兼業の推進に向けたガイドラインや改定版モデル就業規則の策定」を行うことを挙げており、これまでの原則禁止から原則容認へとモデル就業規則を改定することが決まっています。
日本企業の平均寿命(企業の存続期間)は25年程度注3と言われています。また、日本企業の特長と言われた終身雇用も危うくなっているいま、働く個人にとっては自身のキャリアを1つの会社に依存することが難しくなっています。こうした状況のなか、個人にとって副業や兼業は、企業への依存によるリスクの回避や、本業の所得を補填する手段、あるいは自己実現や成長機会の獲得など、様々な目的で期待されています。
一方、企業に対してはどのような効果をもたらすでしょうか。従業員の副業・兼業を通じて企業に期待できる主なメリットを説明します。
自社の業務で得ることのできない経験とスキルの獲得は、人材育成の手段としても有用であり、従業員の成長を通じて本業に還元されることになります。
従業員が社外での活動を通じて得られた多様な価値観や社外での人脈は、本業において新たな価値を生み出す可能性があります。企業のイノベーション研究においても、社外のコミュニティへのパスを持つメンバーがイノベーション実現において重要な役割を果たすことが知られています。
副業・兼業を通じて得られる経験は言うまでもなく本人に蓄積され、成長の糧になります。副業・兼業が容認され、このような成長機会を得られること自体が、その企業で働くモチベーションとして機能します。
従業員の副業・兼業を容認することは、従業員の社外での経験が本業に還元されるだけでなく、働く環境としての魅力を高め、採用力やリテンションが向上するといった企業にとっての効果が期待できます。副業・兼業の容認は、個人と企業の双方にメリットをもたらす施策だと言えます。
副業・兼業の容認に向けて、企業は今後どのように取り組めば良いでしょうか。その実現にあたっては解決すべき課題が少なくありません。従業員が副業・兼業を行っている場合に、本業が疎かにされてしまう、などの懸念があります。また、情報漏洩のリスクや過重労働につながる恐れなども指摘されています。原則容認に舵を切るためには、こうした状況を防ぐため、副業・兼業を容認する"範囲"と"手続き"を各企業で定めることが必要になります。これはすなわち就業規則自体を見直す作業でもあります。
以下では、今後企業が解決すべき課題のうち、最も根本的な2つの課題について説明します。1点目は複数の業務を持つ従業員の労務管理上の課題であり、2点目は従業員が企業に対して提供する「労働の価値」に関する課題です。
副業・兼業の容認は、従業員の長時間労働、過重労働を助長する懸念があると指摘されています。
副業・兼業によって就業先(雇用主)が複数となる場合、労働時間の把握がこれまでよりも困難になります。そして労働時間の把握ができない場合、雇用主に課せられている労働者の健康を確保する義務を果たすことや、時間外労働割増賃金の支払いが難しくなります。副業・兼業によって複数の雇用主が存在する場合、それぞれがどの程度雇用主としての義務を負担すべきか、例えば時間外労働割増賃金を誰が払うかといった整理が必要になります。これはガイドラインにより国が指針を示すべき事項ですが、企業は国の示す指針に合わせた規程類の改定と行動が必要になります。
副業・兼業は結果として本業へのコミットメント不足を招くのではないかとの懸念もあります。
副業や兼業は労働時間を本業と配分することになるので、時間が成果に直結するような仕事には向いていません。しかし一方で、時間が成果に単純に対応しない職種の場合には、そもそも何をもって本業への"コミットメント"とするかが明確ではありません。言い換えれば、従業員が企業に対して労働の成果として何を提供するか、ということです。これまで多くの日本企業では、知的生産を行うホワイトカラー職種においても、労働時間で成果を評価することが一般的に行われてきました。今後、従業員が複数の業務を持つ場合、企業側は何によって従業員の労働の成果を評価するかを明確にしなくてはいけません。
これは企業と従業員間の認識の問題であり、双方による合意が必要になります。
副業・兼業の容認に向けては、解決すべき多くの課題があります。これらの対応については国による指針が不可欠であり、「副業・兼業の推進に向けたガイドライン」や「改定版モデル就業規則」の公表が待たれます。
本コラムでは、副業・兼業の容認が、従業員と企業の双方に多くのメリットをもたらすことを確認しました。人材不足を背景に、企業は働く人たちから選ばれる環境、魅力ある職場を整備する必要に迫られています。従業員の副業・兼業には多くの課題がありますが、こうした状況を背景として、実現に向けた前向きな対応が必要だと考えます。
※注1:「副業・兼業」について、本コラムでは「収入を得るために携わる本業以外の仕事」とされる一般的な意味で使用します。
※注2:「中小企業の『働き方改革』に関する調査」商工中金(2017)
※注3:2014年の倒産企業の平均寿命は23.5年(東京商工リサーチ)
本コラムは「冷凍食品情報(2017年10月号)」(一般社団法人日本冷凍食品協会発行)に掲載いただいたものを再編集して掲載しています。
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