公開日 2023/11/16
2022年7月、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」が改訂され、企業は副業の容認状況を公表し、条件付き容認の場合はその条件を自社のホームページなどで明示することが推奨されるようになった。こうした動きもあり、さらに副業解禁の動きが加速する昨今、「副業によって従業員の視野が広がる」「副業は従業員のスキルアップやキャリア形成の役に立つ」といったメリットが多く見受けられるようになった。その一方で、副業を容認することは、人材流出リスクなどを高める可能性も指摘され、自社の従業員が副業することに消極的な企業経営者や人事担当者はまだまだ多いのではないだろうか。
副業がもたらす効果や副業容認の在り方に関する知見は、これまでにも一定示されてきているが、パーソル総合研究所が2023年7月に実施した「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」 からも、示唆に富んだ知見が得られている。本コラムでは、そうした調査データを紹介しながら、今後の副業容認の在り方について改めて考えていきたい。
副業容認の在り方を検討する上で、まずは、副業が従業員にもたらす効果について見ていこう。副業を行っている正社員2,000名に対して、「副業からの学びが、本業に対して何らかの良い効果があったか」を尋ねたところ、およそ7割が「良い効果があった」という結果であった(図1)。具体的な効果の詳細を見てみると、「視野が拡大した(30.4%)」が抜きん出て高く、次いで「業務で役立つスキル・知識が身についた(19.0%)」「モチベーションが高まった(18.8%)」が続く。従業員にとって、副業は、視野の拡大やスキルアップの機会だけでなく、前向きな意識変容を促すきっかけにもなっている様相がうかがえる。
図1:副業からの学びによる効果実感
出所:パーソル総合研究所「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」
また、副業を行うことは、副業者本人のみならず、周囲のメンバーにとっても意味を持つ。図2は、周りに副業者がいるメンバーに対して、「副業者からの学びが、仕事に対して何らかの良い効果があったか」を問うた結果である。副業先で関わるメンバー、本業先で関わるメンバー※1のいずれも、副業者から良い効果を感じている割合が多い傾向だ。副業は、それを行う本人を通して、周囲のメンバーにより良い波及効果をもたらす。こうした傾向は、本コラムのテーマ「副業容認の在り方」を考える上で注目すべきポイントといえよう。
図2:副業者からの学びによる効果実感
出所:パーソル総合研究所「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」
※1 ここでいう「副業先」とは副業者を迎え入れる企業(副業受入れ企業)、「本業先」とは副業者を送り出す企業(副業容認企業)のことを指す。
具体的な効果はどうか(図3)。副業者自身が感じる効果は前述した通りであるが、周囲のメンバーが感じる効果は、その様相がやや異なる。「視野の拡大、モチベーションの向上」が副業実施者・副業先メンバー・本業先メンバーの三者に共通して見られる中、本業先メンバーでは「チャレンジ」に関する効果が上位を占めていることが分かる。確かに、本業先メンバーの視点で捉えると、他社で副業を行っている身近なメンバーの姿を見て「自分も頑張ろう」「あの人のように、新しいことに挑戦しよう」と感化される光景は想像に難くない。副業を容認することは、副業を行う本人のみならず、周囲のメンバーにもポジティブな意識変容を促す効果が期待される。
図3:副業(者)からの学びによる効果の傾向
出所:パーソル総合研究所「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」
再び副業者の視点に戻り、副業がもたらす効果を見ていこう。本調査では、厚生労働省が示す※2就業能力に関する15項目を副業者に提示し、「副業によってそれらの能力が高まったか」を回答してもらうことで、個々人の「エンプロイアビリティ(労働市場価値を含んだ就業能力)」の向上度を測定している。その結果が図4だ。副業を通じて、どの就業能力も高まっている傾向であるが、特に「傾聴力(48.3%)」や「主体性(47.4%)」のスキルは向上している割合が多い。
図4:副業による「エンプロイアビリティ」の向上実感
出所:パーソル総合研究所「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」
※2 厚生労働省(2001)「エンプロイアビリティの判断基準に関する調査研究報告書」参照
エンプロイアビリティは「企業を越えて通用する就業能力」とも称されるが、こうした能力の向上は、企業が不安視する「人材流出リスク」につながるのではないだろうか。結論から述べると、本調査からは、この仮説とは異なる示唆が得られている。
図5は、エンプロイアビリティの向上が、本業先での「継続就業意向」「上昇意向(昇進したいか/管理職になりたいか)」、ならびに「転職意向」に与える影響を分析した結果である。これを見ると、他企業への「転職意向」には、統計的に有意な影響は確認されず、本業先での「継続就業意向」「上昇意向」には、良い影響を与えていることが分かる。副業先への「転職意向」についても影響が見られているが、「継続就業意向」「上昇意向」への影響のほうが強い。すなわち、副業によるスキルアップが人材流出リスクを高めるというよりは、むしろ本業先への就業意欲の向上につながりやすいという傾向が明らかになったといえよう。
副業は、副業者本人の成長を促し、その成長は継続的に本業先の企業に還元される。さらに、周囲のメンバーの意識変容も促し、組織全体の成長につながる。副業を容認することで失うものよりも、得るもののほうがはるかに大きい様相がうかがえてくるのではないだろうか。
図5:エンプロイアビリティ向上との関係性
出所:パーソル総合研究所「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」
副業容認の在り方を考える上で無視できないのが、本業先の企業が副業者に対してどのような働きかけを行っているかという点である。まず、本業先からの働きかけの実態を見ると、働きかけがあった副業者は2割ほどしかいない(図6)。「副業をただ認めるだけ」になっている企業の多さがうかがえよう。他方で、先ほど紹介したエンプロイアビリティと就業意欲の関係性について、本業先からの働きかけの有無によって様相が異なる。本業先からの働きかけがある副業者のほうが、ない副業者よりも、エンプロイアビリティ向上に伴う、本業先での就業意欲の高まりが強く、副業先への転職意向の高まりは弱い傾向が分かる。
転職意向については、「第二回 副業の実態・意識に関する定量調査」 において、副業開始時に、上司とのコミュニケーションが減少したり、責任のある仕事を任せてもらえなくなったりしたと感じるようなケースにおいて、転職意向が高まる傾向が示されている。つまり、こうした知見もあわせて考えると、企業が副業を容認する際は、企業が積極的に副業者をサポートし、副業を後押しする姿勢が重要であるといえよう。裏を返せば、副業をただ放任的に認めたり、副業に消極的な姿勢をとっていたりすると、かえって人材流出リスクを高める恐れがあるということだ。
図6:本業先から副業者への働きかけの実態と影響
出所:パーソル総合研究所「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」
図7は、より詳細に本業先から副業者への働きかけの影響を分析した結果である。主だった傾向として、【副業前】の働きかけは、副業者本人が「本業先への組織コミットメント」を高め、【副業中】の働きかけは、副業者本人が「副業からの学び」を高める。そして、【副業後】の働きかけは、 本業先メンバーが「副業者からの学び」を高める傾向が明らかになった。本業先から副業者へのフォローは、副業者や周囲のメンバーの成長をサポートするだけでなく、副業探しや副業のやり方のアドバイス、人事や上司との定期的な面談などにより、副業者との関係性を深める良い機会にもなり得るということであろう。
図7:本業先から副業者への働きかけの影響
出所:パーソル総合研究所「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」
本コラムでは、パーソル総合研究所の「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」のデータを基に、企業が副業を容認することの有効性や、本業先企業の働きかけが与える影響について見てきた。
コラム「副業における最新動向とその課題 ~副業の活性化には「歯車連動型」副業への転換がカギ~」でも述べた通り、今後は、企業と個人がそれぞれ働きかけ合い、好循環をもたらすような「歯車連動型」の副業が重要と考えるが(図8)、ここでポイントになるのが、今回紹介した「本業先企業の働きかけ」である。基本的に副業は、それを行う本人と、副業人材を受け入れる企業との間で成立するもののため、就業者(正社員)と副業受入れ企業(副業先)の二者の関わり合いが中心となる。有り体に言えば、この中に必ずしも副業容認企業(本業先)が関わる必要はない。事実、本調査からも本業先の企業から副業者への働きかけは非常に少ない現状が分かっている。しかし、そうした働きかけが、副業者や周囲のメンバーの学びを促し、組織的な成長につながること、また、人材流出リスクを下げることが同時に分かっている。つまり、本業先の企業にとっても、副業推進に携わることはメリットが大きいということだ。
最近では、本業先の企業が従業員の副業を積極的に後押ししているケースも出てきている。副業を放任的に認めるのではなく、積極的に認めて働きかけを行っていくことが、自社にとっても、これからの日本社会にとっても肝要ではないだろうか。
図8:「パズルはめ込み型」の副業と「歯車連動型」の副業イメージ
出所:パーソル総合研究所「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」
シンクタンク本部
研究員
中俣 良太
Ryota Nakamata
大手市場調査会社にて、3年にわたり調査・分析業務に従事。金融業界における顧客満足度調査やCX(カスタマー・エクスペリエンス)調査をはじめ、従業員満足度調査やニーズ探索調査などを担当。
担当調査や社員としての経験を通じて、人と組織の在り方に関心を抱き、2022年8月より現職。現在は、地方創生や副業・兼業に関する調査・研究などを行っている。
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