公開日 2024/09/06
オンライン会議などのデジタルコミュニケーションが普及する今日であっても、出張は企業において組織の成長と発展に欠かせない活動の一つである。出張者は、短期間ながら現地のビジネス慣習や文化に触れ、地域にも貢献し得る存在だ。しかし、出張者を関係人口(地域と関係を持ち続ける人々)として捉える政策は少なく、ビジネス関連では大規模なカンファレンスや観光を伴うワーケーション(仕事と休暇を兼ねた旅行)誘致施策にとどまっている感がある。多拠点居住や地方副業への関心が高まる中、出張で地域を訪れる就業者と地域経済との結びつきをより強くすることはできないだろうか。
本コラムでは、企業の出張者と地域経済への貢献に焦点を当てた「出張に関する定量調査」*1の結果を基に、出張者が地域への関心と愛着を高めるためのヒントを紹介する。
*1 予備調査および2回の定量調査を実施した
出張者と出張先地域の関係は、その日限りとなることもあるが、仕事が継続している限りは同地域に定期的に訪問するケースもある。調査では、直近3か月以内に出張経験を有する就業者の73%が当該地域について初めての訪問ではなかったと回答していた。この結果だけで出張者全体の実態を語ることはできないが、定期的に同地域を訪問する出張者が少なくない割合で存在することが示唆される結果とも考えられる。
また、出張者は、出張先地域に対して経済的にも貢献する。出張者が地域滞在中に支出する金額は平均34,284円*2であり、特に飲食費や娯楽サービス費といった支出については自己負担している割合が高いことが確認された。海外からの旅行者よりは少ない額かもしれないが、日本人国内旅行者の平均支出額とほぼ同額*3であり、定期的な訪問が期待できる分、歓迎すべき貢献であろう。
*2 交通費を除き、宿泊費や飲食・娯楽費等を合算(平均滞在日数:2.8日)
*3 観光庁(2024)「観光統計 旅行・観光消費動向調査2024年1-3月期(速報)」(日本人国内宿泊旅行:61,736円/人)
https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001742886.pdf(2024年8月19日アクセス)
図表1:出張中の支出金額
出所:パーソル総合研究所(2024)「出張に関する定量調査」
その地域を大切に想い、つながりを持ち続けたいと考える傾向を学術的には(情緒的)「地域愛着」と称する。調査において、出張をきっかけに当該地域に対して愛着を抱いている人が3割程度確認された。
図表2:出張先地域に対する愛着
出所:パーソル総合研究所(2024)「出張に関する定量調査」
また、出張先地域について「ふるさと納税を利用したいという気持ちが高まった」との回答が25.6%あり、出張者の4人に一人は出張後の継続的な経済的貢献意欲(地域消費意向)を示していた。更に、出張を期に地域への愛着が高まったと回答した人は、そうでない人と比較して地域での消費やふるさと納税の意向におよそ5倍の差が確認された。定期的に同地域を訪問する出張者が少なくないならば、貴重な関係人口として地域との好ましい関係を構築・維持するための施策は重要となろう。
図表3:出張者の地域貢献意識と地域愛着との関係
出所:パーソル総合研究所(2024)「出張に関する定量調査」
地域愛着について注目すべきは、訪問回数との関係にもあった。出張者の出張先地域への愛着は、2回目、3回目と訪問回数が増す度に上昇する傾向が見られた。ただし、この効果は持続的ではなく3回目をピークとして4回目の訪問では概ね低下する傾向が確認された。
図表4:出張先への訪問回数と地域愛着[平均値・pt]
出所:パーソル総合研究所(2024)「出張に関する定量調査」
出張ついでに観光や娯楽サービスを楽しんだとしても、主な見所は2-3回の訪問で回れてしまうのかもしれない。そうなると、当初新鮮に見えていた地域での高揚感が低下してしまうのも理解できる。
これが観光旅行者であれば、よほど当該地域に愛着が湧かなければ4回目の訪問自体が期待できないが、出張者の場合は業務として訪問する理由があるため、このような傾向が確認できたものと考える。地域における関係人口創出政策においては、訪問3回目までの体験のデザインは重要な観点だといえよう。
では、どのような経験が地域への愛着を育むのか。地域愛着の形成に関する研究は少なくないが、調査では出張時の業務時間外の過ごし方に着目した。出張者を「宿泊先に籠っている群(巣籠群)」・「関係者らとの懇親会などに参加している群(懇親のみ群)」・「個人的に観光やご当地グルメ、その他娯楽を体験している群(娯楽のみ群)」・「懇親会と観光・娯楽の両方を体験している群(懇親+娯楽群)」の4群に分けて地域愛着の度合いを分析した。
その結果、初めて当該地域に赴いた人の中で地域愛着が低かったのは、「懇親群」と「巣籠群」であった。例えば、業務が終わった後、コンビニエンスストアで弁当を買って宿泊先で仕事をしながら食事を済ます場合、また、付き合いで懇親会には顔を出したが、その後は宿泊先に戻るだけといった場合が想像できるが、地域との関りが少なく愛着が育まれるとは思えない。
次いで、「娯楽のみ群」は地域愛着がやや高く、最も高かったのは「懇親+娯楽群」であった。「娯楽のみ群」は、能動的に地域を探索している分、地域への愛着も湧くのかもしれない。また、「懇親+娯楽群」は、懇親会で盛り上がり、そのまま地元の関係者らと私的にナイトライフを楽しんだり、翌日、紹介された観光名所を訪れたりするような場合が思い描かれる。
図表5:出張時の業務時間外の過ごし方×訪問回数別 地域愛着[平均値・pt]
出所:パーソル総合研究所(2024)「出張に関する定量調査」
他方で、地域への愛着を育むためには、必ずしも濃い人的交流が必要というわけではなさそうだ。簡単な挨拶や軽い会話といったちょっとした交流の多さが、地域への愛着形成に影響を与えることが示唆された(図表6)。特に、「懇親+娯楽群」に属する出張者は、地域住民との接点も多く、ポジティブな関係が築けているためか、訪問4回目においても地域愛着が高い水準で維持されている傾向が確認された(図表5)。
図表6:出張先での交流機会別 地域愛着[平均値・pt]
出所:パーソル総合研究所(2024)「出張に関する定量調査」
出張者と地域との交流機会を増やすには、出張業務の時間外に街に繰り出してもらうのが手っ取り早い。調査結果から最も容易に想定できる交流場面は、「居酒屋」であり、「カフェ・喫茶店」であった。
しかし、そのような場所に自ら赴き、見ず知らずの人に声をかけられる人がどれほどいるだろうか。調査では、77.5%の人が「交流のきっかけを作ってくれた人がいた」と回答していた。「つなぎ役」がいる人は、いない人よりも1.8倍交流機会が多いことも分かった。また、このような「つなぎ役」にはさまざまな人物像が想定されるが、「朗らかな人柄」や「ビジネスにおける専門性が高く、アイデアを刺激してくれるようなタイプ」などの特性を有する人が適している可能性も示唆された。いずれにせよ、地域での交流機会を増やすには、地域における媒介者が重要なカギを握っているようだ。
図表7:出張先地域住民との交流きっかけを作る「つなぎ役」がいた割合と、つなぎ役有無別 交流機会の割合
出所:パーソル総合研究所(2024)「出張に関する定量調査」
ここまで見てきたように、地域にとって出張者は貴重な関係人口となり得ることが確認できた。ポイントを整理すると以下の通りであった。
1. 出張者の一定割合は同地域に継続的に訪問しており、1回の出張につき(交通費を除き)平均で34,284円を地域で消費している。(平均滞在日数:2.8日)
2. 出張を通じて、4人に1人が当該地域への愛着が高まったと回答。地域愛着の高い人ほど地域での消費やふるさと納税への意向が高く、低い人と比較して5倍の差がある。
3. 地域への愛着は、訪問3回目でピークアウトする傾向。ただし、3回目の訪問までの間に地域においてポジティブな人的交流機会が多くあることで4回目の訪問であっても地域愛着は高く維持される。
4. 人的交流を促すためには、きっかけを作る「つなぎ役」の存在が鍵となる。
自治体の地域活性化政策として、移住促進やワーケーションを推進する事業の一環で、地域来訪者への交通費や滞在費などの時限的な補助を行う事例は少なくない。その点では、出張者は所属組織などが出張費や滞在費を用立てて来訪してくれる歓迎すべき存在である。それならば、出張者や所属組織などにとってもメリットとなるような地域活性化事業を検討する余地はあると考える。
例えば、新幹線で来訪する中核都市であれば、駅前などにラウンジ的なワーキングスペースを設け、軽い飲食の提供、荷物の一時保管、当日参加可能な地域イベントや地元の飲食店の紹介などのサービスを提供してはどうだろうか。訪問先や宿泊先のチェックインまでの時間調整や関係者との待ち合わせにも利用でき、出張者同士や地元企業、行政職員との交流を促進する場としても機能することを期待したい。その際、そのような場を機能させるには、適したスタッフの確保が重要となる。単にビジネススキルがあり管理業務が担えるかどうかではなく、出張者と気さくな挨拶が交わせ、親しみやすく地域にも精通したスタッフを配置することが鍵となるだろう。
※このテキストは生成AIによるものです。
関係人口
関係人口とは、各自治体において、地域や地域の人々と多様に関わる人々のことを指す。地域との交流を持つ出張者もこの関係人口に含まれ、地域の活性化に重要な役割を果たす。地域における関係人口創出政策においては、出張者の訪問3回目までの体験のデザインは重要な観点である。
ワーケーション
ワーケーションとは、仕事と休暇を兼ねた旅行のことで、観光とビジネスの両立を図る働き方のこと。出張を延長して行うこともあり、地域経済に対する継続的な経済的貢献が期待される。
シンクタンク本部
上席主任研究員
井上 亮太郎
Ryotaro Inoue
大手総合建材メーカーにて営業、マーケティング、PMI(組織融合)を経験。その後、学校法人産業能率大学に移り組織・人材開発のコンサルティング事業に従事した後、2019年より現職。
人や組織、社会が直面する複雑な諸問題をシステマティック&システミックに捉え、創造的に解決するための調査・研究を行っている。
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