公開日 2024/09/05
2023年5月以降、COVID-19の5類移行に伴って企業などにおける出張制限は徐々に解除され、現在では多くの企業が出張関連予算をコロナ禍以前の水準に戻しているとの報告がある*1。
一般的に出張は、現地・現物確認やコミュニケーションの円滑化などが期待される業務だが、偶発的なビジネス機会の創出や個人としての気分転換、学び・成長機会といった副次的な効用も期待できる。オンライン会議が普及する今日においても、出張は企業にとっては組織の成長と発展に不可欠な活動の一つであろう。
そこで、本コラムでは、企業における出張業務とその副次的な効用に着目して実施した「出張に関する定量調査」 *2の結果を基に、今日の就業者の出張に対する姿勢や実際に現地に出向いて相対する意義について考察を交えて紹介していきたい。
*1 株式会社JTB・株式会社JTBビジネストラベルソリューションズ(2024)「2024年度版 出張領域マーケット&トレンド最前線」
*2 予備調査を含め2回の定量調査を実施
出張とは、仕事でありながらも非日常でありワクワクする機会だとポジティブに考える人は、今日どれほどいるのだろうか。2020年以降、COVID-19のパンデミックによって企業などの出張機会は大幅に減少したが、この間にオンライン会議ツールなどが普及したことによって、実際に現地に出向いて取引先の担当者と相対する必要性がコロナ禍以前よりも薄らいでいることはないのだろうか。
直近で宿泊を伴う国内出張を経験した就業者に対し、出張前の意識として「今回の業務は、出張でないと遂行できないと考えていたか」と聞いたところ、75.8%の就業者は必要だと肯定的に考えていた。しかし、実際に出張した後の感想では「オンラインでも充分だった」と述べる割合は34.1%であり、出張に対して否定的な感想を抱く群は21.5ポイント増加していた。
図表1:出張への意識
出所:パーソル総合研究所(2024)「出張に関する定量調査」
出張後の意識を年代別に見ると、「オンラインでも充分だった」と回答した割合は、20代や30代などの若年層で顕著であった。出張業務に対して、「時間の無駄」「行きたいと思わない」と忌避する傾向は若年層ほど強く、40~60代と年齢を経るごとに出張業務を肯定的に捉える割合が増えることが確認された。これらの結果から、今日の出張業務に対する考え方には明確な世代間ギャップが存在することが浮き彫りとなった。
では、今日の就業者はどのような理由から出張を忌避しているのだろうか。想定できる理由を選択肢として列挙し回答を得た結果、回答者の全体傾向として最も多く挙がったのは「長距離の移動が面倒くさい(21.4%)」であった。次いで「移動時間が無駄だと思う(15.8%)」、「経費以外の余計な支出が増える(14.5%)」といった項目が挙がった。
この結果を20・30代に着目して確認したところ、最も多かった項目は全体傾向と同じものの、20代の次点は「慣れない場所でのストレスは避けたい(17.1%)」、「同行者がいると気疲れする(16.8%)」であった。30代では、「同行者がいると気疲れする(19.9%)」、「生活リズムを崩したくない(16.2%)」が上位となった点も特徴的だ。
若年層就業者の多くは出張を頭から忌避しているわけではないが、出張に伴う同行者への気疲れや環境変化へのストレス、生活リズムが乱れるといった煩わしさを感じているようだ。他方で、特に50代以降は忌避する理由を上げる割合自体が少ないものの、「疲れていて体調を崩しそうだ」「余計な支出が増える」といった身体的・経済的理由が上位に挙がっていた。
図表2:年代別 出張に行きたいと思わない理由[複数回答・%]
出所:パーソル総合研究所(2024)「出張に関する定量調査」
ところで、今日の就業者は出張業務に対してどのような効用を期待しているのだろうか。自由記述のアンケート調査から「出張の11機能(31項目)」を導出した。
図表3:出張の11機能と31項目
出所:パーソル総合研究所(2024)「出張に関する定量調査」
この11機能に基づいて出張の効用を確認したところ、直接的な効用として、「現地・現物確認」「コミュニケーションの円滑化」「関係強化」が多く挙がった。これは多くの就業者にとっても想定通りの結果であろう。
では、副次的な効用としてはどうだろうか。企業・チームなどの組織的な効用と就業者自身の個人的な効用との両側面から分析した結果、「新たな気づき」、「前向きな態度変容」、「偶発的なビジネス拡大」が共通して確認された。例えば、出張先で担い手不足を克服している地元の祭りの運営方法について話を聞く機会があり、自社の人材不足解消と従業員エンゲージメントの向上施策への新たな着想を得たり(新たな気づき)、出張先で専門性を発揮できた経験から仕事に自信や活力を得たり(前向きな態度変容)、宴席でたまたま紹介された地場の経営者と新たなビジネスについて話が弾む(偶発的なビジネス拡大)など、人によってさまざまな経験が思い当たるのではないだろか。
図表4:出張の効用・メリット[企業・チーム/個人]
出所:パーソル総合研究所(2024)「出張に関する定量調査」
これらの効用は、出張の主目的とはなりにくいものの就業者個人にとっても企業などの雇用組織としても歓迎すべき効用だといえるだろう。オンライン会議ツールなどが普及してきている今日であるが、出張は在宅勤務や職場では得難い成長や経験の機会となることが再確認できる。組織として出張の可否を判断する際は、直接的な効用のみならず、副次的な効用も加味してその必要性を検討することが重要だ。
しかし、これら副次的な効用についても単に宿泊を伴う出張をすれば得られるのかといえばそのようなことはない。調査では、出張の移動時や業務時間外の過ごし方によって、これらの効用が得やすくなる可能性が示唆された。では、宿泊を伴う出張者は、出張業務時間外をどのように過ごしているのか。
調査では、「宿泊先等で仕事」をしているが17.3%、「特に何も行っていない」で宿泊先に籠っている人が26.5%確認された(巣籠り群)。また、「出張業務の関係者(社内)との懇親」をしている人が28.5%あり(懇親群)、個人的に「ご当地グルメを堪能(26.3%)」や「近郊の観光(13.2%)」を楽しんでいる人が確認された(娯楽群)。
図表5:出張時の業務時間外の過ごし方[複数回答・%]
出所:パーソル総合研究所(2024)「出張に関する定量調査」
出張業務時間外の過ごし方は個人の好き好きだが、副次的な効用を得やすいかどうかという観点で分析したところ、「巣籠群」が最も低調であり、「懇親+娯楽群」が最も副次的な効用を得ている傾向が確認された。先述した副次的な効用を積極的に得たいと考える人については、業務時間外に街に繰り出すことをいとわないほうが良さそうだ。とはいえ、なんのきっかけもなくただ街に繰り出すにしても腰が重いという人も少なくないだろう。調査では、業務時間外に街に繰り出している人の多くは何らかのきっかけがあり、媒介する人の存在が大きいことも確認された。この点については、地域活性化の観点も交えて別コラムにて紹介したい。
図表6:出張時の業務時間外の過ごし方別 3つの出張の機能[平均値・pt]
出所:パーソル総合研究所(2024)「出張に関する定量調査」
さて、ここまで見てきたように、出張には直接的な効用のみならず副次的な効用があることが改めて整理できた。ポイントは以下の通りであった。
1. 出張に対して、若年層ほど「移動が面倒くさい」「移動時間が無駄」だと考える傾向がある。ただし、組織にとって出張が必要であれば出張すること自体には肯定的な割合が世代を問わず高い。
2. 出張には11の機能があり、一般的に主目的となり得る機能と副次的な効用をもたらす機能がある。「新たな気づき」、「前向きな態度変容」、「偶発的なビジネス拡大」といった機能は、出張の主目的にはなりにくいが、組織と個人の双方にとって望ましい効用を生む。
3. 主張時の業務時間外に、当該地域において懇親会への参加や個人的に地域での娯楽を楽しむことができると、出張の副次的な効用を得やすくなることが示唆された。
これらのことから、マネジメントとして出張の必要性を判断する際には、組織としての目的(期待)を明確にし、オンライン会議などで代替し得ない理由をしっかりとメンバーと確認することが重要となる。調査において、若年層ほど出張は面倒くさく移動時間の無駄だと考える傾向は顕著であったが、組織としてメリットがある場合は出張を否定的には捉えていなかった。
出張は、組織の成長と発展に不可欠な活動の一つであり、従業員の専門性やモチベーションを高め得る貴重な学習機会でもある。ゆえに、単に業務効率を追求するだけでなく、従業員が移動時間を含めて時間を有意義に利用するための余裕が作れるようにマネジメントすることも重要だ。この点については、出張の前後に有休取得を推奨するなど、移動負荷(身体的・精神的)に配慮することも一案であろう。
※このテキストは生成AIによるものです。
出張の直接的効用
出張の直接的効用には、「現地・現物確認(現地・現物を直接自分の目で確かめられる、その場の雰囲気を肌で感じられる)」「コミュニケーションの円滑化(相手とのコミュニケーションが取りやすい、商談が円滑に進む、など)」「関係強化(相手とこれまで以上に仲を深められる、相手との信頼関係を築ける)」などがある。これらは業務遂行やビジネス関係の強化に不可欠である。
出張の副次的効用
出張による副次的な効用として、「新たな気づき」「前向きな態度変容」「偶発的なビジネス拡大」が企業・チームなどの「組織」と就業者「個人」に共通して確認された。また、出張先地域において懇親会への参加や個人的に地域での娯楽を楽しむことができると、出張の副次的な効用を得やすくなることが示唆された。
シンクタンク本部
上席主任研究員
井上 亮太郎
Ryotaro Inoue
大手総合建材メーカーにて営業、マーケティング、PMI(組織融合)を経験。その後、学校法人産業能率大学に移り組織・人材開発のコンサルティング事業に従事した後、2019年より現職。
人や組織、社会が直面する複雑な諸問題をシステマティック&システミックに捉え、創造的に解決するための調査・研究を行っている。
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