公開日 2024/11/29
コラム「2035年1日当たり1,775万時間の労働力不足―深刻化する労働力不足の解決策」では、労働力不足緩和のための方策について解説した。そこでは、シニア就業者や副業者などの労働力を増やす方策だけでなく、「ヒトの成長」や「テクノロジー」への投資による労働生産性の向上が大きなインパクトを及ぼしうることを中心に紹介している。ただし、そのインパクトは均一に生じるのではなく、産業ごとに異なる点に注意が必要だ。
そこで本コラムでは、労働生産性の向上策について、効果が不均一である点に注目しながら考えてみたい。
労働生産性の向上策の議論に進む前に、この先の労働生産性の見通しについて確認するところからはじめよう。図表1は、労働生産性と前年比伸び率の見通しを示している。まず棒グラフは、1時間就業した際に生み出されるGDPを表している。これは1時間当たりの労働生産性と呼ばれるもので、その数値を具体的に確認すると、2023年の4,515円から、2035年に5,033円まで伸長する見通しである。その労働生産性の各年の伸び率を示しているのが折れ線グラフだ。最も低い年で前年比0.69%増、高い年で1.05%増となっており、この先おおむね1%前後の成長が見込まれていることが分かる。こうした値以上の成長を意図して提案したのが、「ヒトの成長」や「テクノロジー」への投資である。これらの投資によって、労働力不足を補うというのが基本的な考え方である。
図表1:時間当たり労働生産性と労働生産性の前年比成長率
出所:パーソル総合研究所・中央大学「労働市場の未来推計2035」
それでは、「ヒトの成長」への投資によって緩和される労働力不足はどのくらいあるのだろうか。この時に前提とされているのは、適切な教育訓練機会を提供すれば、ヒトが成長し、生産性が向上するという考え方である。そして、適切な教育訓練機会の提供のためには、費用がかかる。そこで、これまでにどのくらいの費用が拠出されてきたのか確認してみよう。厚生労働省「能力開発基本調査」を基に作成された図表2は、2007年以降の年間Off-JT(業務命令に基づき、通常の仕事を一時的に離れて行う教育訓練)費用の平均額を示している。最も費用支出が大きかった2007年には2.5万円を記録したが、以降は2015年を除き2万円を超えていない。金融危機での落ち込みや、新卒採用を基盤とした手厚い教育研修システムから、即戦力となる中途採用へとシフトすることによる教育訓練費用の抑制などの影響から、現在に至るまで顕著な回復に至っていないものと考えられる。その結果、直近では1.5万円である。こうした教育訓練費用の伸び悩みは、裏を返せばそれだけ伸び代があるともいえる。伸び悩んでいる教育訓練投資額が、今後継続的に伸びた場合、効果をどのくらい見込むことができるのだろうか。
図表2:企業が1年間で就業者1人当たりにかけたOff-JT費用の平均額
出所:パーソル総合研究所・中央大学「労働市場の未来推計2035」
パーソル総合研究所と中央大学が共同で実施した「労働市場の未来推計2035」では、教育訓練投資1%の増加が約0.03%の労働生産性の向上に結び付くという先行研究※1を基に試算を行っている。図表3に示しているように、その結果は2035年までに年間2万円に増え、労働生産性が伸長した場合、1日当たり853万時間相当の労働力の増加を見込むことができる。また、2.5万円の場合には、1日当たり1,438万時間となる。標準シナリオでは、1日当たりの労働力不足が1,775万時間と算出されていることから、2万円の場合には約5割、2.5万円の場合には約8割の緩和となり、そのインパクトの大きさが理解できるだろう。
※1 森川 正之 (2018). 企業の教育訓練投資と生産性 RIETI Discussion Paper Series 18-J-021.
図表3:教育訓練投資のポテンシャル
出所:パーソル総合研究所・中央大学「労働市場の未来推計2035」
次にテクノロジーへの投資のポテンシャルについても見てみよう。今回の試算では、テクノロジーへの投資として、生成AIに焦点を当てている。つまり、生成AIの活用が進むことで自動化が進み、労働生産性が向上することで、どのくらい労働力不足が緩和するかを試算しようというものだ。この際に問題となるのは、労働生産性が今後どのくらい伸びるかという点にある。ここでは労働生産性向上の伸びとして、既存の研究※2によって求められた年率0.1%から0.6%の値を採用し、試算に用いている。労働生産性の0.1%や0.6%の伸びと聞くと随分小さいように感じるかもしれないが、先に紹介した通り、推計では労働生産性の伸びが毎年1%前後と予測している。ひとつのテクノロジーである生成AIの効果によって、この成長率の何割かを実現するポテンシャルがあると考えると、数値以上にその影響力を感じられるのではないだろうか。
※2 McKinsey & Company (2023). 生成AIがもたらす潜在的な経済効果─生産性の次なるフロンティア Retrieved October 25, 2024, fromhttps://www.mckinsey.com/~/media/mckinsey/locations/asia/japan/our%20insights/the_economic_potential_of_generative_ai_the_next_productivity_frontier_colormama_4k.pdf
この成長率の値を基に労働力不足の緩和を試算した結果を示したのが図表4である。具体的に見ていくと、年率0.1%の最小シナリオで1日当たり398万時間の省力化、中間のシナリオでは1日当たり1,410時間の省力化、そして年率0.6%の最大シナリオで1日当たり2,450万時間の省力化が見込まれる。労働生産性の向上の程度で、労働力不足に与えるインパクトが大きく変化していることが分かるだろう。なお、年率0.6%のシナリオでは、1日当たりの労働力不足1,775万時間を超えているが、実際にこの水準まで生成AIの活用が進んだ場合には、さらなる経済成長が実現し、一層の需要が生じている可能性も考えられることから、労働力不足が解決しているとは限らない点には注意が必要だ。
図表4:生成AIの活用による省力化ポテンシャル
出所:パーソル総合研究所・中央大学「労働市場の未来推計2035」
上記のような試算結果は、あくまでも2035年の日本を対象としたものだ。その中には、さまざまな産業が含まれている。そして、ヒトの成長への投資とテクノロジーへの投資のいずれについても、あらゆる産業で均一な効果が見込まれるわけではない。つまり、投資によってヒトが成長し、労働生産性が向上しやすい産業もあれば、しにくい産業もあり、またAIの活用で省力化しやすい産業も、しにくい産業もあるということだ。順に確認していこう。
まず、ヒトへの投資について見てみよう。試算の際に依拠した先述の論文では、全産業の値の他に製造業とサービス業の結果が算出されている※1。その値を見ると、製造業では教育訓練投資1%の増加が約0.01%の労働生産性の向上となるのに対し、サービス業では約0.04%の労働生産性の向上に繋がることが示されている。全産業の値は約0.03%であるため、投資効果という点において、製造業はやや低め、サービス業はやや高めであることが分かる。
生成AIについても同様で、見込まれるインパクトは産業ごとに異なる。産業ごとに生成AIの担うことのできるタスクには差がある。つまり、生成AIに任せることで、どのくらい業務を自動化できるかには、産業ごとに異なると考えられている。アメリカを対象にした分析結果にはなるが、図表5は産業別の自動化ポテンシャルをまとめたものだ。自動化ポテンシャルの高さは、タスクに対する人間の関与の程度を減らすことで省力化が進みやすいことを意味する。つまり、上位に並ぶ銀行業や保険業などの金融セクターでは省力化が進みやすく、下位の天然資源や化学では省力化が進みにくいことが分かる。日本ではなくアメリカをもとにしていることから解釈には注意が必要だが、こうした結果は、日本においても共通したものとしてイメージしやすいのではないだろうか。
図表5:生成AIによる産業別の自動化ポテンシャル
出所:Accenture※3をもとにパーソル総合研究所作成
※3 Accenture (2023). A new era of generative AI for everyone Retrieved October 25, 2024, from
https://www.accenture.com/content/dam/accenture/final/accenture-com/document/Accenture-A-New-Era-of-Generative-AI-for-Everyone.pdf
このように、労働生産性の向上といっても、見込まれるインパクトは産業ごとに異なる。そのため、自社にひきつけて労働生産性の向上について考える際には、教育やテクノロジーへの投資などの選択肢の中から効果の高さに着目して意思決定をすることが重要だ。
ここまで見てきたように、「労働市場の未来推計2035」で示した「ヒトの成長」や「テクノロジー」への投資による労働生産性の向上のポテンシャルは非常に大きなものだ。「ヒトの成長」への投資では、年間Off-JT費用が2万円に増えた場合、1日当たり853万時間の労働力増加が見込まれ、2.5万円に増えれば1,438万時間の増加が期待される。「テクノロジー」への投資においても、生成AIの活用により労働生産性の伸び率が年率0.1%から0.6%の場合、最小シナリオで1日当たり398万時間、最大シナリオでは2,450万時間の省力化が期待される。いずれも、見込まれる労働力不足を一定程度緩和するポテンシャルがある。
しかし、本コラム後半で見てきたように、その労働生産性向上についての効果は産業ごとに大きく異なる。労働力不足がさらに深刻となる中で、「自社にとって、どのくらいの投資効果が見込めるか」について深く考え、適切な投資戦略の立案と意思決定をすることの重要性はさらに高まっていくだろう。
※このテキストは生成AIによるものです。
Off-JT
Off-JTとは「Off The Job Training」の略。職場を離れて行う研修・教育訓練を指す。企業が1年間に就業者1人当たりにかける平均額は伸び悩んでいる。
シンクタンク本部
研究員
今井 昭仁
Akihito Imai
London School of Economics and Political Science 修了後、日本学術振興会特別研究員、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科助手を経て、2022年入社。これまでに会社の目的や経営者の報酬など、コーポレートガバナンスに関する論文を多数執筆。
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