医療・福祉業は、今後も賃上げできるのか

公開日 2024/12/26

執筆者:シンクタンク本部 研究員 田村 元樹

労働推計コラムイメージ画像

超高齢社会の日本において、サービスの需要が増す医療・福祉業の労働力不足緩和は喫緊の課題である。特に、パーソル総合研究所と中央大学が共同研究した「労働市場の未来推計2035」によると、2035年の労働力不足はより顕著になると予測されている。慢性的な労働力不足は現場の負担を増大させ、サービスの質を低下させる恐れがあるため、早急な対策が必要だろう。

しかし、医療・福祉業は準市場※1のため、他産業と比較して収益が上がりにくく、結果として賃金が大きくは増えない。このことから、労働力不足の一因となっている可能性がある。そこで、本コラムでは医療・福祉業の現状を踏まえたうえで、継続的な賃上げをするためにはどうすべきか。現状を踏まえ、考察を行った。

※1 政府や公共機関が市場(競争)原理を取り入れつつ、特定のサービスや商品を供給するもの
※1 真野俊樹(2012).社会保障と準市場の考え方.共済総合研究,65(2012.9),96-113.一般社団法人 JA共済研究所.https://www.jkri.or.jp/report/research/vol65.html (アクセス日:2024年11月22日)

Index

  1. 2024年のサービス報酬改定は賃上げが焦点
  2. 政府目標のベアが達成されても、他産業の賃上げ率には及ばない
  3. 賃上げに対する中長期的な方向性や基準を示すべき
  4. まとめ

2024年のサービス報酬改定は賃上げが焦点

2024年は、医療・介護・障害福祉等サービス報酬(公定価格)の同時改定が行われた。改定の焦点のひとつになったのは賃上げであり、政府が掲げる2024年度にベースアップ(以下、ベア)+2.5%、2025年度にベア+2.0%の実現に向けて※2、それぞれが保険財政・利用者の負担増加を意味する「プラス改定(サービス報酬の価格引き上げ)」となった。

※2 首相官邸ホームページ(2024).賃上げと投資による所得と生産性の向上.岸田内閣主要政策.https://www.kantei.go.jp/jp/headline/seisaku_kishida/neweconomicstage.html(アクセス日:2024年11月22日)

しかし、本コラム執筆時点で足元の医療・介護・障害福祉の経営状況が芳しくないことが公表されている。医療では、病院において2024年6月の医業損益は同時期比が減収・減益と報告されている※3(図表1)。介護では、社会福祉法人や特別養護老人ホームの収益を費用が上回る状態が続いており、厳しい経営状況であることが分かっている※4。また、障害福祉では2022年度の障害者支援事業者のうち、37.2%にあたる1427事業者が「赤字」運営となり、こちらの割合は2013年度以降で最高であったことが報告されている※5

※3 全日本病院協会(2024).医療機関における賃金引上げの状況に関する調査.2023年度病院経営定期調査 中間報告 緊急速報.https://ajhc.or.jp/siryo/20230417report.pdf(アクセス日:2024年11月22日)
※4 福祉医療機構(2024).社会福祉法人経営動向調査.2024年9月調査.https://www.wam.go.jp/hp/sh-survey/(アクセス日:2024年11月22日)
※5 帝国データバンク(2024).「障害者支援施設」動向調査.障害者施設、倒産・廃業が急増 過去最多~22年度は4割が「赤字」事業者増で競争激化~.https://www.tdb.co.jp/report/industry/o5_txgc9biq/ (アクセス日:2024年11月22日)

図表1:病院の医業利益率

図表1:病院の医業利益率

出所:全日本病院協会2024年度 病院経営定期調査-中間報告- 緊急速達より抜粋


これらの原因は、各サービス報酬が2~3年に1度の頻度で改定され、公定価格が都度変動するからである。政府は、改定ごとに誘導したいサービスの報酬単価(公定価格)を高くし、そうではないサービスの報酬単価を下げる。これより保険財政に与える影響をコントロールしているが、この誘導に対応が遅れる、もしくは十分に対応できなかった事業者は減収・減益傾向になることが多い。

加えて、近年も実質プラス改定ではあったが材料費の高騰も相まって、賃上げするための十分な事業収益を得られてこなかった。そのため、今回の賃上げを加味したプラス改定に対する労働者の期待は大きい。

しかし、このプラス改定による賃上げは他産業と比べてどの程度の水準なのだろうか。

政府目標のベアが達成されても、他産業の賃上げ率には及ばない

厚生労働省の「令和6年賃金引上げ等の実態に関する調査」によれば※6、1人平均賃金の改定額(予定を含む)は11,961円(前年9,437円)、1人平均賃金の改定率は4.1%(同3.2%)とされている。この1人平均賃金とは、1カ月1人当たりの所定内賃金(諸手当等を含むが、時間外・休日手当等の割増手当、慶弔手当等の特別手当を含まない)の改定前との差額を指す。これを各産業順に並べてみても、医療・福祉業は、それぞれ6,876円(前年3,616円)、2.5%(同1.7%)と、相対的に低いことが分かる(図表2)。

※6 厚生労働省(2024).「令和6年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況」.https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/jittai/24/index.html (アクセス日:2024年11月22日)

日本最大の労働組合の全国組織である連合は、2025年春闘で基本給を底上げするベースアップを「3%以上」、定期昇給分を含めて「5%以上」の賃上げを要求する方針を固めたことが既に報道されている。医療・福祉業は、政府が掲げる程度の賃上げ率が実現しても、他産業の賃上げに及ばないことが分かるだろう。

図表2:医療・福祉業の賃上げは、相対的に低い

図表2:医療・福祉業の賃上げは、相対的に低い

出所:厚生労働省 「令和6年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況」より筆者作成※6


こうした中で、日本は将来に向かって地方から徐々に人口が減り続け、伴って患者・利用者が少なくなっていくことは周知の事実である。医師などの労働力不足が報道される一方で、患者・利用者不足も起きてくるだろう。そのうえで、サービス報酬の誘導に対して対応が遅れることや、患者・利用者の減少が起きることは事業経営にとって大きなダメージになる。なおかつ、準市場であるため、自ら価格を変更することは出来ない。保険外のサービスによって多少の儲けを増やすことも考えられるが、それにも限界がある。この仕組みを考えたときに、医療・福祉業が継続的に賃上げをするためにどうすればよいのだろうか。

賃上げに対する中長期的な方向性や基準を示すべき

先述の通り、2024年のサービス報酬改定では賃上げを目的とした評価項目を設けた。しかし、今後も公定価格が改定される中で、引き続き賃上げができる点数が付くのか、その動向や対応は不透明である。

政府は持続的な経済成長を掲げており、引き続き物価も上昇していくだろう。事業から見れば、材料費などの仕入れコストは更に上がるということだ。そして、改定により足元の経営状況は悪化している。その中で物価上昇率を超える継続的な賃上げができない限り、医療・福祉業の労働者が他の稼げる職業への流出もあり得る。

つまり、「このまま働いていても、給与も上がらないのであれば、別の仕事に就くしかない」といった危機感すら漂っている。既に、医師・歯科医師・薬剤師・看護師を除く医療関係職種(コメディカル)の給与の平均は、全産業平均より低いことが厚生労働省の審議会で報告されているからだ※7。また、日本医療労働組合連合会は、医療職・介護職の2024年冬のボーナスに関する調査の結果を公表し、組合の4割超がボーナスを減額されることを明らかにした※8。現状は賃上げどころか、危機的な状況である。

※7 厚生労働省(2023).中央社会保険医療協議会 総会(第561回)資料.https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000212500_00220.html(アクセス日:2024年11月22日)
※8 Joint編集部. (2024年11月27日). 看護職・介護職らの冬のボーナスが大幅減に 4割超の組合が引き下げ=日本医労連. 介護ニュースJoint. https://www.joint-kaigo.com/articles/32102/(アクセス日:2024年11月29日)

こうした現状を踏まえ、これらの専門職が今後も医療・福祉業で安心して働き続けるためには、中長期を見据えた上で賃上げの原資をどう確保していくか、その方向性や基準を示す必要があるのではないか。現時点では、賃上げのための評価項目と賃上げ促進税制を原資にしているが、公定価格で十分に原資を確保できないからこその措置だ。このような状況において、医療・福祉業の労働者が中長期を見通したうえで安心して働くことは難しいだろう。

さまざまな専門職がいて成り立つ業界でありながら、一部の職種は十分な賃金がもらえているとは言い難い現実がある。医療・福祉業は、個人の健康やWell-beingに直結している、非常にやりがいのある仕事だ。しかし、仕事のやりがいだけでは生活していくことはできない。その対価に見合った報酬が必要である。

まとめ

医療・福祉業の労働力不足は、超高齢社会における深刻な課題である。本コラムでは、2024年の医療・介護・障害福祉サービス報酬改定に焦点を当て、賃上げの状況が他産業と比べて厳しい現状を指摘した。

労働者の定着と質の向上には、持続的な賃上げが必要であり、そのためには事業の収益改善が欠かせない。しかし、改定のたびに経営状況は悪化しており、医療・福祉業の労働者が中長期を見通したうえで安心して働くことは難しいだろう。

政府は、中長期を見据えた上で賃上げの原資をどう確保していくか、その方向性や基準を示す必要があるのではないか。医療・福祉職の待遇改善は急務であり、さらに労働者がやりがいを感じ、長く安心して働き続けられる労働環境が必要だ。

このコラムから学ぶ、人事が知っておきたいワード

※このテキストは生成AIによるものです。

公定価格
公定価格とは、医療・福祉サービスの報酬単価を決定するものであり、2~3年に1度の頻度で改定される。これが事業者の収益に直接影響を与える。

ベースアップ(ベア)
ベースアップ(ベア)とは、基本給の底上げを意味し、2024年度には+2.5%、2025年度には+2.0%が目標とされている。これが実現すれば、労働者の賃金が一定程度上昇する見込みである。

執筆者紹介

田村 元樹

シンクタンク本部
研究員

田村 元樹

Motoki Tamura

大学卒業後、2011年に大手医薬品卸売業社へ入社。在職時に政府系シンクタンクへ出向。その後、民間シンクタンクや大学の研究員、介護系ベンチャー企業の事業部長を経験。高齢者を対象に、余暇的な労働など多数の調査・研究に携わり、2024年1月から現職。専門分野は公衆衛生学・社会疫学・行動科学。


本記事はお役に立ちましたか?

コメントのご入力ありがとうございます。今後の参考にいたします。

参考になった0
0%
参考にならなかった0
0%

follow us

公式アカウントをフォローして最新情報をチェック!

  • 『パーソル総合研究所』公式 Facebook
  • 『パーソル総合研究所シンクタンク』公式 X
  • 『パーソル総合研究所シンクタンク』公式 note

関連コンテンツ

もっと見る

おすすめコラム

ピックアップ

  • 労働推計2035
  • シニア就業者の意識・行動の変化と活躍促進のヒント
  • AIの進化とHRの未来
  • 精神障害者雇用を一歩先へ
  • さまざまな角度から見る、働く人々の「成長」
  • ハタチからの「学びと幸せ」探究ラボ
  • メタバースは私たちのはたらき方をどう変えるか
  • 人的資本経営を考える
  • 人と組織の可能性を広げるテレワーク
  • 「日本的ジョブ型雇用」転換への道
  • 働く10,000人の就業・成長定点調査
  • 転職学 令和の時代にわたしたちはどう働くか
  • はたらく人の幸せ不幸せ診断
  • はたらく人の幸福学プロジェクト
  • 外国人雇用プロジェクト
  • 介護人材の成長とキャリアに関する研究プロジェクト
  • 日本で働くミドル・シニアを科学する
  • PERSOL HR DATA BANK in APAC
  • サテライトオフィス2.0の提言
  • 希望の残業学
  • アルバイト・パートの成長創造プロジェクト

【経営者・人事部向け】

パーソル総合研究所メルマガ

雇用や労働市場、人材マネジメント、キャリアなど 日々取り組んでいる調査・研究内容のレポートに加えて、研究員やコンサルタントのコラム、役立つセミナー・研修情報などをお届けします。

コラムバックナンバー

おすすめコラム

PAGE TOP