労働力は「人手」から「時間」で捉える時代へ

公開日 2024/10/22

執筆者:シンクタンク本部 研究員 中俣 良太

労働推計コラムイメージ画像

―2035年、日本の労働市場では1日当たり1,775万時間の労働力が不足する―
これは、パーソル総合研究所と中央大学の共同研究「労働市場の未来推計2035」 の推計結果である。これを初めて見聞きした際、労働力不足を「時間」で捉えることに疑問を抱いた読者も少なくないかもしれない。従来、労働力は「人手」として捉えることが主流であった。現に、労働力不足の問題を取り上げる報道の多くが「人手不足」という言葉を使って報じている。また、私たちが前回行った推計でも「2030年に644万人の労働力が不足する」と結論しており、これも人手で捉えていた。

確かに、労働力を人手で捉えることで具体的なイメージを持ちやすくなるだろう。しかし、そのイメージする人手不足は、本当に将来必要な「労働力」といえるのだろうか。多様な働き方を許容する動きが進む昨今の日本社会において、労働力を人手よりも時間、つまり「労働投入量(人手×労働時間)」で捉えたほうがより現実的だと私たちは考えている。本コラムでは、労働力を人手で捉えることの問題点に触れることで、「労働市場の未来推計2035」 において未来の労働力不足を時間単位で推計するに至った理由を述べる。

Index

  1. 「労働力=人手」で捉えることの問題点①:「人手」では正確さに欠ける
  2. 問題点②:「人手」の大きさが変わってきている
  3. 問題点③:「人手」では今後の働き方を捉えられない
  4. まとめ

「労働力=人手」で捉えることの問題点①:「人手」では正確さに欠ける

労働力不足が深刻化する中で、労働力をどのように捉えたらよいだろうか。これまでの労働力は「人手」、つまり働き手の人数が主に用いられている。だが、「人手」だけでは労働力の大きさを正確に把握することは難しいと私たちは考えている。例えば、フルタイムの就業者とパートタイムの就業者を同じ「1人」としてカウントすることは、労働力の大きさを正確に反映していないのではないだろうか。同じ働き手の人数であっても、労働時間や働き方が違えば、実際の労働力の大きさは異なる。より解像度の高い労働力の大きさを測定するためには、「労働投入量」(人手×労働時間)の考え方で捉える必要がある。

問題点②:「人手」の大きさが変わってきている

上記を前提の上で、「人手」と「労働投入量」の現状についても見ていこう。図表1は就業者数と延週間就業時間(全就業者の週間就業時間の総数)の推移であり、就業者数は「人手」、延週間就業時間は「労働投入量」ということができる。2000年~2023年の長期的視点では、就業者数は増加傾向となっている一方で、延週間就業時間は減少傾向をたどっていることが分かる。つまり、人手と労働投入量のギャップが年々大きくなっているのだ

図表1:就業者数と延週間就業時間の推移【2000年~2023年】

図表1:就業者数と延週間就業時間の推移【2000年~2023年】

出所:総務省「労働力調査」より筆者作成(2011年は欠損値)


このような状況の中で、今後も労働力を人手として捉え続けるとしたらどうなるだろうか。おそらく国や企業は、労働力不足に関する適切な施策を打ちにくくなるのではないかと考えられる。現在の就業者と、未来の就業者とでは、生産性や労働時間の観点から1人当たりの労働力の大きさが異なる可能性が高い。そのため、今の感覚で未来の労働力不足を埋めるための策を考えてしまうと、施策が誤った方向性に進んでしまう危険性がある。最近では物価高や円安などが叫ばれているが、「100円」という価値の大きさが今と昔で異なるように、「人手」という労働力の大きさにおいても、その時々で変わる前提を持つ必要があるだろう。

* なぜ人手と労働投入量のギャップが拡大しているのか?
ギャップ拡大の背景には、「就業者の多様化」と「労働時間の短縮」という2つの要因が潜んでいる。2000年と2023年の就業者構成比を比べると、2000年よりも2023年のほうが女性とシニアの割合が高い(図表2左)。いずれの層も短い時間で働く就業者の割合が多くなる傾向のため、こうした就業構成の変化は全体の労働投入量を縮減させていくと考えられる。他方で、就業者1人当たりの就業時間も減少している(図表2右)。どの性別・年代で見ても、2023年のほうが就業時間が短い。さまざまな要因が影響しているが、中でも働き方改革による長時間労働規制の影響は就業時間減少を加速させているポイントだろう。2024年4月からは、運送業、建設業、医師の3業種でも時間外労働の上限規制が始まっており、今後はさらなる労働時間短縮が見込まれる。

図表2:就業者構成比、就業時間の比較【2000年・2023年】

図表2:就業者構成比、就業時間の比較【2000年・2023年】

出所:総務省「労働力調査」より筆者作成

問題点③:「人手」では今後の働き方を捉えられない

最近では働き方改革の影響もあり、多様な働き方が許容されるようになってきている。今後はより一層、副業・兼業やフリーランスといった従来の働き方に捕らわれない多様な働き方が当たり前になってくるだろう。働く時間についても、フルタイム勤務だけでなくスキマバイト(スポットワーク)をはじめとする短時間勤務など、柔軟な働き方も当たり前になるだろう。個人が1つの企業だけで働くのではなく、複数の企業で異なる仕事を行う「一人多役」の働き方を捉えるとなった際に、「一人一役」が前提となる従来の人手の考え方では限界がある。

また、日本は世界的に見ても少子高齢化のスピードが速く、働き手の数はいずれ頭打ちになっていくことは目に見えている。人口が減少する社会を見据える意味においても、労働力不足の問題を人手で捉えることには限界があるといえよう。近年では、ChatGPTをはじめとするAIの進化が目覚ましい。その影響は、あらゆる仕事や個々の働き方に及ぶと指摘されており、日本でもこうした技術をいかに活用するかが注目を集めている。労働力を増やす手段は決して人手だけではない、人手以外の手段も含めて労働力として考えることが重要だ。

まとめ

本コラムでは、労働力を「人手」で捉えることの問題点に触れてきた。主な問題点として考えられるのは以下の3点である。

① そもそも「人」という単位では労働力を測る上での解像度が低いこと。
② 最近では「人手」と「労働投入量」のギャップが拡大してきており、就業者1人当たりの労働力の大きさが変わってきていること。
③ 今後、多様な働き方が当たり前になる時代を見据えた場合、現在の人手の考え方では限界があること。また、人口減少が進み、働き手の数が頭打ちになる意味においても、労働力を人手で捉えることに限界があること。

国や企業がこのまま労働力を人手で捉え続けた場合、実態に即した正確な労働力を測れずに、誤った方向性の施策となってしまう危険性がある。未来の労働力不足に備える上で、まずは労働力不足の問題を「人手」ではなく「労働投入量」として捉え直すことが前提条件だ。

このコラムから学ぶ、人事が知っておきたいワード

※このテキストは生成AIによるものです。

少子高齢化
日本の少子高齢化は世界的にも進行が速く、2035年は1億1,664万人と2023年から800万人弱ほどの減少が見込まれる。一方で65歳以上の人口は増加していき、総人口に占める65歳以上人口の割合は、2023年の29%から2035年には32%まで上昇する見通し。
※推計の詳細はこちら「労働市場の未来推計2035」

働き方改革
働き方改革により長時間労働規制が導入され、多様な働き方が許容されるようになってきている。これにより、今後は短時間勤務やスポットワークなど、柔軟な働き方が増えるだろう。

執筆者紹介

中俣 良太

シンクタンク本部
研究員

中俣 良太

Ryota Nakamata

大手市場調査会社にて、3年にわたり調査・分析業務に従事。金融業界における顧客満足度調査やCX(カスタマー・エクスペリエンス)調査をはじめ、従業員満足度調査やニーズ探索調査などを担当。
担当調査や社員としての経験を通じて、人と組織の在り方に関心を抱き、2022年8月より現職。現在は、地方創生や副業・兼業に関する調査・研究などを行っている。


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