公開日 2018/03/15
本連載の初回で「2025年に583万人の労働力が不足する」という推計結果をご紹介し、これまで主に「働き手を増やす」という観点から、女性や外国人に対する雇用・人材マネジメントのあり方を考えてきました。本号では、労働力不足の解消に向けたもう1つのアプローチである「生産性を高める」という観点から、現状の課題と今後の対策についてご紹介します。
日本の労働生産性は主要先進国と比べて著しく低い水準にあります。「労働生産性の国際比較2016年版」(公益財団法人日本生産性本部)によれば、2015年の日本の労働生産性(就業者1人当たりGDP)は74,315ドル(783万円)でした。OECD加盟35ヵ国中22位という結果からも、依然として欧米の先進諸国と比べると低い水準にあることが分かります。
現在、日本の労働生産性は年率平均0.9%伸びていますが、パーソル総合研究所(以下、パーソル総研)試算では現在の3割増に相当する年率1.2%まで向上することができれば、2025年に必要な人手は114万人分減少することが期待できます。労働生産性を高める上で、労働力人口のボリュームゾーンを占めるミドル・シニア人材(注1)の躍進が鍵を握ることは言うまでもありません。
大企業で働くミドル・シニア人材は、「貢献に対して報酬が高すぎる」というオーバーペイの問題から、しばしば「働かないオジサン」や「弱体化するミドル」などと揶揄され、製造業をはじめとする多くの大企業にとって頭を悩ます人事課題となっています。それでは、「ミドル・シニア人材の低い生産性」が大企業を中心に日本企業共通の人事課題として取り上げられる背景には、一体何があるのでしょうか。
1970年代の石油危機以降に確立した「日本型雇用システム」にその手がかりを見出すことができます。日本型雇用システムの本質は、「職務の定めのない雇用契約」です。端的に述べれば、職務の定めのない雇用契約によって職務遂行能力を持たない新卒学生を大量に一括採用し、幅広い異動経験と職場でのOJTを通じて企業特殊技能を養成し、遅い昇進と年功賃金によって帰属意識の高い「企業専門家」へと育成する仕組みです。配置転換など人事権を行使する代わりに、定年までの安定雇用と年功賃金を約束する、という企業−個人間の暗黙の了解(心理的契約)の上に成り立つ雇用契約とも言えます。社員の柔軟な配置転換によって経営環境の変化に対応することを可能にするこの仕組みは、高度経済成長期の日本企業の躍進を支えた優れた雇用システムとして世界から注目を集めました。
しかし、「長期雇用保障」と「年功賃金制度」に代表される日本型雇用システムは、給与水準の高いミドル・シニア層がボリュームゾーンを占める状況下では制度疲労を起こす、という構造上の矛盾を抱えています。団塊ジュニア世代の年齢上昇という人口構造上の問題に加えて、65歳までの継続雇用義務化による雇用保障期間の長期化や、関連会社による雇用受け入れの困難化などが重なったことで、今日、「ミドル・シニア人材の低い生産性」が社会問題として顕在化することになりました。
それでは、ミドル・シニア人材の生産性向上に向けた打ち手とは一体どのようなものでしょうか。まず、抜本的な解決策として考えられるのが、先に述べた「日本型雇用システムの改革」です。
具体的には、「職務の定めのない雇用契約」から「職務に基づく雇用契約」に改め、職務遂行に必要なスキル・責任・難度などを基に職務を定義・評価し、昇進や賃金設定の基準に用いる仕組み(=職務主義)を導入するというアプローチです。職務主義に基づく雇用システムへシフトするには、企業単体の変革だけでなく、日本の労働市場全体の大きな構造改革を必要とするため、よりマクロな視点から中長期的に取り組むべき打ち手と言えるでしょう。
その中でも、企業として取り組むべき打ち手の一例についてご紹介します。
今年、パーソル総研が従業員300名以上の企業に在籍するミドル・シニア人材2,300名を対象に行なった調査によれば、躍進するミドル・シニア人材の特徴として、仕事のやりがいを「社会貢献」に求め、今後も仕事の専門性を高めることを志向するキャリア観を持っていることが明らかになりました。ミドル・シニア期になると、人によっては昇進昇格の天井が見え始め、キャリアの終わりを意識し始める時期でもあります。かつての部下が上司になることも珍しくありません。職位や給料など外部からの評価を重視する「外的キャリア」の意識が強い人ほど、この時期に長年忠誠を尽くした会社組織に対する失望感が先行し、仕事に対する意欲が減退する傾向にあります。そこで、いかに「外的キャリア」から、仕事のやりがいや意義を重視する「内的キャリア」へシフトできるかが重要になります。
とは言っても、日本型雇用システムの中で、入社以来、長年かけて形成されてきたキャリア観を見直すことはそう簡単なことではありません。多くの場合、上司や専門家によるサポートを必要とします。しかし、残念ながらミドル・シニア人材のキャリア支援体制は十分とは言い難い状況です。前述の調査によれば、直属上司から「中長期のキャリアについて共に考え、支援してくれる」と回答した人は、約4人に1人に過ぎず、また直近10年以内にキャリアカウンセリングを受講した経験のある人もわずか6.7%という結果でした。
以上の結果から、上司による日々のマネジメントや社内外の研修を通じて、キャリアを見つめ直す機会を提供することが、ミドル・シニアの躍進を促すための重要な第一歩になるのではないかと考えます。
以上、本号ではミドル・シニア人材の躍進を阻む日本的雇用システムという構造上の課題を指摘し、企業が取り組むべき打ち手の一例をご紹介しました。先にも述べたように、労働生産年齢人口のボリュームゾーンを占めるミドル・シニア層には、今後、更なる躍進を通じて生産性を向上させる役割が期待されていますが、その働き方や就業意識の実態については、全くと言っていいほど明らかになっていません。
そこで、私たちパーソル総研では、雇用政策・人材マネジメントを専門とする法政大学大学院の石山恒貴教授をプロジェクトリーダーに迎え、大手製造業とミドル・シニア人材の働き方や就業意識に関する実態、およびミドルからの躍進に影響する要因を定量的に調査分析し、実践可能な知見を創出する調査研究プロジェクトを発足しました。今秋より弊社ウェブサイトやSNSを通じて、より詳細な調査結果をお届けする予定ですので、参考にしてください。
(注1)ミドル・シニア人材...40歳〜54歳をミドル人材、55歳以上をシニア人材と定義する。
本コラムは「冷凍食品情報(2017年9月号)」(一般社団法人日本冷凍食品協会発行)に掲載いただいたものを再編集して掲載しています。
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