公開日 2018/12/05
最終更新日 2020/03/06
今回のテーマは「定年後再雇用」です。
2013年の高年齢者雇用安定法の改正により、65歳まで従業員の雇用機会を確保することが企業に義務付けられるようになりました。2017年時点では、65歳まで雇用機会を確保している企業は99.7%になっています。一方、定年年齢は60歳に据え置きという企業が77.7%です[注1] つまり、大半の企業において、60歳以降65歳までは1年ごとに再雇用契約を結ぶことが通例化しており、これがいわゆる「定年後再雇用」です。
『ミドルからの躍進を探求するプロジェクト』では、
「ミドル」 「シニア」の定義を【ミドル:40歳~54歳】 【シニア:55歳~69歳】としています
私たちが行った40代~60代のミドル・シニア2300名を対象とした「ミドル・シニアの躍進実態調査」では、半数以上に及ぶ57.3%のシニアがいまの職場で再雇用されることを望んでおり、完全なリタイアを考えている人は5人に1人程度(19.7%)にとどまることが明らかになりました。年金支給年齢の引き上げなど、わが国の社会保障制度を考慮すると、定年後再雇用というキャリアを選ぶ人はこれからも増えていくことが予想されます。
また、企業としても定年を迎えるシニア社員の再雇用をめぐる議論は重要な経営課題となっています。特に、バブル景気に新卒社員として大量採用されたバブル世代(1986年〜1991年に新卒で企業に入社した世代)が今後10年以内に60歳を迎えることで、定年後再雇用に伴う人件費の高騰が無視できないほど大きな経営インパクトをもたらすことになります。しかし、定年後再雇用によるシニア社員の雇用や働き方に対する人事施策の多くは法改正の施行に伴う対症療法的な措置にとどまり、躍進を見据えた就業環境の整備や制度の見直しまでには至っていないのが現状です。
2017年時点で121万人であった人手不足数が、今後2030年には約644万人にまで達する[注2]とされる未曾有の人手不足時代において、定年を迎えたシニア社員を安価な労働力のひとつとしてではなく、価値を生み出す競争優位の源泉として捉え直し、彼(女)らの躍進を促す打ち手を一刻も早く講じる必要があることは明らかです。
そこで、本レポートでは、今後数年以内に迫り来る大量の定年後再雇用予備軍を前に、企業としてどのような雇用・人材活用のあり方を検討すればよいのかという問題について、法政大学大学院石山恒貴研究室と共同で実施したミドル・シニアに対する大規模調査の結果を手掛かりに考えていきたいと思います。
まず、定年後の再雇用前後で働く個人にどのような変化が生じているかについて見てみましょう。私たちの調査によると、9割を超える方が年収の変化を経験していることが分かりました【図1】 年収の変化を詳しく見てみたところ、定年後再雇用への切り替え直前と比べて、年収ダウン率は平均47.5%で、「5割以上減少した」と回答した方が全体の半数を超えることが分かっています【図2】
素直に考えれば、この結果は担当する仕事の内容が定年後の再雇用において大きく変化したことによる影響だと推測できます。しかし、そうした予想に反して、定年後の再雇用における仕事の内容がこれまでと比べて変化した人は、全体の3割弱にとどまるという結果がわかりました【図1】 つまり、日本企業の定年後再雇用の傾向として、「担当業務は変わらないにもかかわらず、給与が大幅にダウンする」という特徴が浮き彫りになりました。仕事の内容やその成果ではなく職務遂行能力という名の年功給で賃金報酬が決定される日本的雇用慣行の影響が反映された結果とみることができます。
【図1】定年後の再雇用に伴い変化した内容(単位:%)
※縦軸は「あてはまる」と回答した割合
【図2】定年後の再雇用に伴う年収ダウン率(単位:%)
それでは、シニア社員は定年後再雇用のキャリア・働き方について、何をどの程度イメージし、準備していたのでしょうか。「定年前に行なっていた準備」について尋ねたところ、「事前準備はしていない」層が最も多く、全体の約4割が「備えとして行なっていたことは特にない」と回答していることが分かりました【図3】
こうした「事前準備をしない」傾向は、定年後再雇用に限った話ではありません。前回のレポート「ベールに覆われた『役職定年制度』の運用実態とその功罪」で取り上げた「役職定年後の変化」についても、同様に「事前準備をしない」傾向が示されています。長期の雇用保障と引き換えにキャリアのオーナーシップを会社側に預け、自らのキャリアについて主体的に意思決定をしないまま長期間経過すると、自分の身に迫り来る環境の変化を事前に察知し、柔軟に適応することが難しくなることを示唆する結果とも考えられます。
一方、事前準備していた内容としては、「仕事に対する考え方の見直し」(30.3%)、「家族との話し合い」(29.7%)、「職場メンバーとの良好な人間関係の構築」(28.3%)など、仕事に対する意識や人間関係に関する内容が上位を占める結果となりました。また、仕事の専門性を高める努力をしていた層は全体の2割程度と決して高くはありません。しかし「定年前にやっておけばよかったこと」に関する調査結果では「専門性を広げること」「専門性を深めること」がそれぞれ第2位・第3位となっていることから、「仕事の専門性」は定年後の再雇用に伴い初めてその重要性が認識されるという特徴を持っていることも示唆されます。
これは一体どういうことでしょうか。後ほどご紹介しますが、60代になると仕事の社会貢献性・社会的意義に対する実感、また仕事における成長実感を持っている人ほど活躍していることがわかっています【図6】 つまり、定年後、再雇用社員になることで会社内での役職や肩書きにとらわれることなく、一個人としての社会貢献や仕事を通じた成長を重視するようになることで、初めて「自分ができること」と「やりたいこと」に気づき、仕事の専門性を高める重要性を認識するようになるのではないかと考えられます。
【図3】定年後再雇用に備えた事前準備
※縦軸は「あてはまる」と回答した割合
続いて、定年後再雇用を経験した人にはどのような心理的変化が訪れるのでしょうか。定年後の再雇用における意識の変化を調査した結果、興味深い発見は「仕事に対するやる気・モチベーションが低下した」というネガティブな意見と、「プレッシャーがなくなり、気持ちが楽になった」というポジティブな意見がともに約4割とほぼ同程度であることです。
なお、「給与のダウンに納得できなかった」という回答も同様に4割程度います。この結果は、先に見たように「仕事内容が変化していないにも関わらず、年収が大幅に減少する」という定年後再雇用の非合理的な人材マネジメントに対する不満の声を反映した結果といえるでしょう。
【図4】定年後再雇用における意識の変化
※縦軸は「あてはまる」と回答した割合
定年後再雇用に伴う満足度を調査したところ、仕事内容や職場の人間関係については約半数程度が満足しているという結果が得られました【図5】 一方、給与水準に対する満足度は著しく低く、満足している層は全体の2割に満たないという結果になっています。この結果についても、これまで見てきたデータと同様に、仕事内容に見合う報酬が得られていないことに対する不満の表れといえるでしょう。
「定年後も安い報酬でこれまで同様のアウトプットを求められることに辟易している」(61歳男性・製造業/生産技術・生産管理)といったコメントからは、仕事に求められる成果水準とのミスマッチも少なからず影響していることが考えられます。
いうまでもなく、就業満足度は仕事のパフォーマンスに影響を与える重要な要因です。定年後の、再雇用社員の生産性を高めることが喫緊の経営課題となっている日本企業にとって、給与水準に対する満足度の低さは決して無視できない結果として受け止める必要があると考えられます。
【図5】定年退職後の満足度
※縦軸は「あてはまる」と回答した割合
ここまで、定年後の再雇用前後で生じる変化や定年後再雇用に備えた事前準備の実態について見てきました。それでは、定年後再雇用において躍進して働いている60代には一体どのような特徴があるのでしょうか。
分析の結果、仕事観・キャリア意識において共通する傾向として、①「社会の役に立つ仕事をしている」 ②「今の仕事で成長を実感している」 ③「自分のやり方で仕事をしている」 ④「組織に影響力を発揮できている」の4点が明らかになりました。
ここで特に注目していただきたい点が2つ目に挙げた「仕事を通じた成長実感」です。定年後、再雇用社員の活用に関する議論では、これまで培ってきた知識・スキルをいかに発揮してもらうか、世代継承するか、といった「専門性の活用」が話題の中心になりがちです。
しかし、今回の分析結果からいえることは、定年後の再雇用社員の躍進の鍵は、専門性の〝発揮〟ではなく、〝さらなる向上〟(=成長)にあるということです。
定年を迎えた60代のミドル・シニアを「すでに成長の止まった人材」と捉えるか、それとも「今後も成長し続けられる人材」と見るか。定年後の再雇用社員のマネジメントに関わる全ての人が一度立ち止まって自らに発するべき問いではないでしょうか。
【図6】60代の躍進行動に影響を与える要因
※統計的有意水準(p<.05)を満たす項目のみ抜粋
また、ここでご紹介した4つの特徴は、あくまで「仕事観・キャリア意識」という個人の内的側面から見た場合の要点であり、給与水準など外部環境要因による影響を無視してその重要性を論じることはできません。
今後、更なる定年延長や定年廃止といった議論が現実味を帯びていく中、増加する定年後の再雇用社員の生産性向上が今まで以上に重要な経営課題となることでしょう。そこで今回の調査結果から示唆されるひとつの提言は、「職務の専門性を評価し、仕事内容(とその成果)に見合った処遇を提示する」ことです。それにより、給与水準に対する満足度の低さを是正するだけでなく、仕事を通じた成長をより志向するシニア社員の増加が期待できます。
もちろん処遇改善によって人件費の増加が見込まれることも想定されます。しかし、深刻な人手不足から新しく人を雇うコストが増大している今、すでにいる従業員のパフォーマンス最大化は一定の人件費増加を覚悟の上で検討すべき事項です。高齢化で膨れ上がった人件費を役職定年(ポストオフ)や定年後の再雇用によって一律にカットする、という現在の荒治療は見直す時期にきています。人は年齢を重ねても成長可能である、また人件費を「コスト」ではなく「投資」と位置づけ成果に応じた処遇をすることは、仕事や組織へのエンゲージメントを引き上げ、結果として生産性を向上させるという前提に立ち、ミドル・シニアに対しても成長度と成果に応じた評価報酬制度を整える、そうした議論が今後求められるのではないでしょうか。
[注1]:厚生労働省『平成29年『高年齢者の雇用状況』
[注2]:パーソル総合研究所・中央大学「労働市場の未来推計2030」
株式会社パーソル総合研究所/法政大学 石山研究室 「ミドル・シニアの躍進実態調査」 |
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調査方法 | 調査会社モニターを用いたインターネット調査 |
調査協力者 | 以下の要件を満たすビジネスパーソン:2,300名 (1)従業員300人以上の企業に勤める40~69歳の男女 (2)正社員(60代は定年後再雇用含む) |
調査日程 | 2017年5月12日~14日 |
調査実施主体 | 株式会社パーソル総合研究所/法政大学 石山研究室 |
※引用いただく際は出所を明示してください。
出所の記載例:パーソル総合研究所・法政大学 石山研究室「ミドル・シニアの躍進実態調査」
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