公開日 2024/03/22
令和5年、政府の「三位一体の労働市場改革の指針」において、就業者のリスキリング支援が拡充されることが示された。企業の教育投資への支援だけでなく、個人主導のリスキリング支援によって自律的なスキルアップや成長産業への労働移動を促すことが狙いだ。ところが、日本は先進諸国と比較しても企業の能力開発投資が少なく、就業者がリスキリングをしていない傾向がある。とりわけ、就業人口の半数超を占める35歳~65歳のミドル・シニア就業者は、若手就業者と比べ自主的に学ぶ人が少ない。
他方で、業務時間外に趣味を楽しく学ぶミドル・シニア就業者もいる。終業後や休日に、語学や音楽、スポーツなど、仕事とは無関係に自分の好きなことを学ぶ人だ。趣味の学習は、企業内の部活動として社内活性化につながったり、思わぬ所で副業や本業に生かされたりするなど、意図せず仕事で役立つことがある。
パーソル総合研究所では、このような趣味を学ぶミドル・シニア就業者に着目し、その特徴や、趣味の学びを学び直し※1に生かす方略を探った。本コラムは、2023年3月に実施された調査「ミドル・シニアの学びと職業生活についての定量調査【Part2】」 に基づいている。
※1 本コラムでは、仕事・キャリアに関する業務外学習を学び直しと定義。
業務時間外に、仕事・キャリアについて継続的に学習しているミドル・シニア就業者(「学び直し層」)は14.4%だ。年代が上がるにつれ、その割合は減少する。ところが、学びたいと考えているが行動に移していない「口だけ層」は29.8%と、それより多い。
また、ミドル・シニア就業者の約7割が、「何歳になっても学び続ける必要がある時代だ」について肯定的に回答している。学び直しに意味があるという認識は広く浸透しているが、行動に移すかは別問題だ。
口だけ層が行動に移せていない理由は、「学ぶためのお金の余裕がない」「学ぶ時間が作れない」「学ぶための精神的な余裕がない」と、金銭的・時間的・精神的余裕のなさが上位を占めた(それぞれ約3割)。今後のキャリアや仕事のために学びたい気持ちはあるが、プライベートの時間を割くだけの余裕がないミドル・シニア就業者の多さが分かる。
他方で、継続的に趣味を学習しているミドル・シニア就業者は12.6%だった。本調査では、「仕事以外の時間で継続的に学習をしている」と答えた人をカウントしており、終業後に趣味の活動をしていても、継続的に学習していると本人が認識していない活動は含まれない。そのうち、仕事のことは学んでいないが、趣味だけを継続的に学んでいる人々を、「趣味学習層」と名付けた。趣味学習層は、ミドル・シニア就業者の8.2%だ(図1)。
図1:ミドル・シニア就業者の趣味の学習実施率
出所:パーソル総合研究所+産業能率大学 齋藤研究室「ミドル・シニアの学びと職業生活についての定量調査【PART2】」
趣味学習層は具体的に何を学んでいるのだろうか。多岐にわたるが、「英語」が約15%と最も多く、次いで「語学」、「音楽」、「その他スポーツ※2」、「資産形成・資産運用」と続いた(図2)。男女で差があり、男性では「資産形成・資産運用」、「歴史」、「IT」、「スポーツ」が多いが、女性では「語学」や「英語」、「音楽」、「手芸・DIY」、「書道」が多い。
図2:趣味の学習内容
※2 ゴルフ、格闘技、筋トレ、テニス、ランニング、ダンス、サッカー、野球以外のスポーツに関する回答全体。競技名を記載しない「スポーツ」等の回答も含む。
出所:パーソル総合研究所+産業能率大学 齋藤研究室「ミドル・シニアの学びと職業生活についての定量調査【PART2】」
このような趣味の学習は、仕事に生きる場合もある。趣味学習層に、趣味の学習による仕事や収入への効果を尋ねると、「人間関係が広がった」が約半数と最も多いが、「将来の生活への不安が減った」「仕事に対するモチベーションが高まった」も約4割が実感していた。将来の生活や仕事のモチベーションへの効果を感じる人も少なくないことが分かる。
図3:趣味の学習の仕事・収入への波及効果
出所:パーソル総合研究所+産業能率大学 齋藤研究室「ミドル・シニアの学びと職業生活についての定量調査【PART2】」
趣味が仕事や収入につながる背景には、趣味の習熟度や趣味の内容、学び方の影響がある。
趣味の習熟度が「報酬を受け取れる/社会に認められる」以上と答えたミドル・シニア就業者(趣味学習層の6%)は、半数以上が仕事や収入への効果を実感していた。好きなことを極めた人は、副収入につながったり、本業に生かされたりすることが多いということだ。
ただし、趣味の学習内容によって、収入源につながりやすい趣味とそうではない趣味があった。収入源につながりやすい趣味学習の筆頭は、「資産形成・資産運用」だ(図4)。保険や株式投資を学べば、多くの場合収入につながる。また、類似した「経済・金融」や、機械や電気工学などの「科学技術・工学」、「介護」や「IT」も、副収入を得る方法が多くあり、収入につながりやすい。反対に、「宗教」や「読書」全般、「歴史」などは収入につながりづらい。
また、コミュニティに参加して仲間と学ぶ人は、仕事・収入につながりやすい傾向もあった。仕事とは無関係の友人からの情報や人脈が、仕事にも生きると考えられる。
図4:趣味の学習内容別 収入源へのつながりやすさ
出所:パーソル総合研究所+産業能率大学 齋藤研究室「ミドル・シニアの学びと職業生活についての定量調査【PART2】」
趣味の学習は、仕事の学習よりも短期間で「楽しい」と感じられる傾向があった。学習の継続には、「学習習慣」の形成が重要だといわれる。趣味の学習も仕事の学習も、学習方法は書籍やWebを通じたものが多く、大差がない。まずは楽しく趣味を学ぶことを通じて、例えば日曜の朝は読書をするといった学習習慣を身に付けることは、ゆくゆくは仕事の学び直しにも生かされると考えられる。
趣味を学ぶミドル・シニア就業者は、仕事・キャリアについて学び直すミドル・シニア就業者に近い特徴を持つことも見えてきた。図5は、プロットの位置によって仕事・趣味の学習がどの職種で多いのかを表しており、趣味学習層が多いほど右側、学び直し層が多いほど上側にプロットされている。
例えば、「広報・宣伝・編集」「コンサルタント」「教育関連」「Webクリエイティブ」「商品開発・研究」などの知的でクリエイティブな職種は、学び直し層、趣味学習層ともに多いことが分かる。個人の好奇心や学習意欲が元々高い職業であることや、趣味で学んだことが仕事での発想に生かされやすいといった背景があると考えられる。
他方で、「IT系技術職」や「建築・土木系職種」は、学び直し層は多いが、趣味学習層は少ない。業務外で仕事について学習することで、資格を取りスキルアップを図るタイプの職種だ。「資材・購買」「受付・秘書」「幼稚園教諭・保育士」は、趣味学習層が多いが学び直し層は少ない。
そのほか、学歴や職位が高いほど、学び直し層も趣味学習層も多くなる傾向がある。
図5:職種別の趣味学習層と学び直し層の割合
出所:パーソル総合研究所+産業能率大学 齋藤研究室「ミドル・シニアの学びと職業生活についての定量調査【PART2】」
ここまで見ていくと、学び直し層と趣味学習層は、オーバーラップする部分があるように感じられるのではないだろうか。調査では、ミドル・シニア就業者の学び直しを促進するさまざまな要因(学生時代の学習姿勢やキャリア意識、人間関係、教育研修受講経験、職務特性など)を確認したが、いずれも、趣味学習層は学び直し層に近い傾向が見られた(図6)。
図6:学び直し層と比較した、意欲あり趣味層の特徴(学び直しの促進要因の比較)
出所:パーソル総合研究所+産業能率大学 齋藤研究室「ミドル・シニアの学びと職業生活についての定量調査【PART2】」
特に、学び直す意欲があるが、趣味の学習だけをしている「意欲あり趣味層」は学び直しの促進要因を数多く持っている傾向があった。中でも、「自分の関心があることを追求する力」や、「刺激を受けられる人間関係」、「学びに熱心な上司」、「主観的な仕事の負荷の低さ」、といった条件は、学び直し層と意欲あり趣味層で共通していた。
意欲あり趣味層は、最も仕事についての業務外学習を行うポテンシャルが高い、潜在的な学び直し層ともいえるのではないか。そもそも、業務外の学習習慣がある時点で、「口だけ層」よりも学び直しに近いのは当然かもしれない。
以上のことから、リスキリングが叫ばれる昨今、趣味の学習は、仕事やキャリアについての学び直しの出発点になり得ることを提案したい。変化の激しい今日、どのような学びが実務に直結し何がしないのかの線引きは、ますます難しくなっている。
個人にとっては、2つの方法がある。1つは趣味自体を将来的な仕事や副業にすること。もう1つは趣味の学習をきっかけに学習習慣を身に付け、徐々に関心を広げ、仕事・キャリアの学びにも取り組むことだ。
組織にとっては、学習のハードルを下げ、趣味の学習者の学びを周囲に共有する場を作ったり、部活動で一緒に趣味を学んだりといった活動を通じて、非学習者の学習意欲の喚起や、学び合う組織風土の醸成につながる。学び直しの促進には、これまで多かった個人が一人でこっそり勉強するやり方だけでなく、組織として学び合い、ともに成長することが重要だ。組織的な学習活動の中で、学びの裾野を広げ、趣味も含めることは、従業員の学習意欲喚起や社内活性化、仕事への思わぬ還元につながる可能性を秘めている。
また、趣味学習層は、学び直し層と比べて「仕事と自身の興味関心の一致度」や、「自分のキャリアの方向性の理解度(キャリアのセルフアウェアネス)」が低い傾向があった。つまり、自身のキャリアの自分ゴト化に改善の余地がある。また、これらが高い場合、趣味の学習による仕事や収入への波及効果も高い傾向があった。
仕事と興味関心の一致度やキャリアのセルフアウェアネスを高めるには、企業からのキャリア自律支援策(キャリア研修・相談、社内公募、副業制度など)や、丁寧な目標管理などが有効だ。このような施策を通じて、趣味学習層に学び直しにも目を向けてもらうとともに、趣味の学習をより仕事に生かしてもらいやすくなると考えられる。
本コラムでは、ミドル・シニア就業者の趣味の学習実態を通じて、学び直しに対する趣味学習の活用を提起した。本コラムのポイントは以下の通りである。
●ミドル・シニア就業者の8.2%は業務外で趣味だけを継続的に学んでいる「趣味学習層」。
●趣味学習層の約4割は、将来の生活不安の解消や仕事のモチベーションアップの効果を実感。趣味の習熟度や学習内容、学習方法によって効果に違いがある。
●趣味学習層は、仕事・キャリアに関する学び直しの促進要因を多く持っており、潜在的な学び直し層と位置づけられる。
●趣味の学習は、個人が学習習慣を身に付けることや、組織の学び合う文化の醸成などを通じて、学び直しを促進する可能性がある。特に、キャリア自律支援策や丁寧な目標管理は、趣味学習層に仕事関連の学び直しや趣味の学びの仕事への活用に目を向けてもらうことにつながる。
本コラムが、ミドル・シニア就業者の学び直しについての議論の一助となれば幸いである。
シンクタンク本部
研究員
金本 麻里
Mari Kanemoto
総合コンサルティングファームに勤務後、人・組織に対する興味・関心から、人事サービス提供会社に転職。適性検査やストレスチェックの開発・分析報告業務に従事。
調査・研究活動を通じて、人・組織に関する社会課題解決の一翼を担いたいと考え、2020年1月より現職。
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