就業者のアンラーニングを阻むのは何か

アンラーニングコラムイメージ画像

今、HRM(Human Resource Management=人材マネジメント)の潮流の中で「アンラーニング」が注目を集めている。もともと組織論研究の文脈では、組織単位のアンラーニングが注目されてきたが(※1)、近年、「個人」を単位とした研究が増え始め、日本でも一気にHRM界隈で市民権を得る言葉となった。今や個人向けの一般書も書店に並ぶほどになっている。

学術的な定義を確認しておけば、個人のアンラーニングとは、「個人が自分の知識やスキルを意図的に棄却しながら(捨てながら)、新しい知識・スキルを取り入れていくプロセス」を指す(※2)。スキルや知識を蓄積していくだけではなく、凝り固まった古いものを「捨てていく」、「ときほぐしていく」という動的な過程を強調するのが「アンラーニング」のコンセプトだ。

アンラーニングが注目される背景には、学び直しやリスキリングへの注力が高まったことがある。DXブームもコロナ禍による環境変化も、こうした知識とスキルの新陳代謝の必要性を増大させている。ビジネスと事業の変化速度が上がるにも関わらず個人のキャリアが長くなれば、キャリアの中で古くなってしまった知識を捨て新しいものを取り入れていくことは重要性が増す。

企業の立場から見ても、経済成長が鈍化して久しい日本において、「過去のビジネスのやり方を捨てられない」という組織課題をもっている企業は多い。「今までこの方法でやってきたから」といつまでも同じ知識やスキルに固執する従業員ばかりでは、会社としてのイノベーティブな価値発揮は難しくなる。多くの企業が促進したいと考えている「挑戦的な仕事」の中には、「これまでのやり方にとらわれない」というアンラーニングの要素が包含されている。

では、組織はいかに従業員のアンラーニングを進めていけばいいのだろうか。実践的な示唆が得られる研究はまだまだ蓄積が始まったばかりだ。そこで今回は、パーソル総合研究所で実施した「リスキルとアンラーニングについての定量調査」から見えた示唆を紹介したい。

先んじて述べれば、組織において個人のアンラーニングを妨げているのは、しばしば指摘されるような「過去の成功体験」や「過去へのしがみつき」ではなく、「現在の中途半端な成功体験」であり、また、促進のヒントもその中にある。

(※1)
Hedberg, B. How organizations learn and unlearn. In P.C. Nystrom & W.H. Starbuck(Eds), Handbook of organizational design, Vol. 1. Oxford: Oxford University Press,1981, pp. 3–27.

(※2)
松尾睦, 2021, 「仕事のアンラーニング 働き方を学びほぐす」 ,同文舘出版

  1. 誰が、どのようなアンラーニングを行っているのか
  2. 「役職への滞留」と「中途半端な評価」がアンラーニングから遠ざける
  3. アンラーニングを促進する「限界認知」とは
  4. 「限界認知」が得られる仕事は何か
  5. 「現在の中途半端な成功」がアンラーニングを妨げる

誰が、どのようなアンラーニングを行っているのか

まずは簡単にアンラーニングの実態を見ると、全体では約5割の就業者(正社員)が何かしらのアンラーニングを直近で実施したと答えている(図1)。ただ、一口にアンラーニングといっても、仕事の計画や手続きを変えるなどの浅いレベルのものもあれば、意思決定プロセスや顧客についての考え方を変えるといった、深いレベルのものもある。より分かりやすく、具体例を見てみよう。

図1:アンラーニングの実態

図1:アンラーニングの実態

出所:パーソル総合研究所「リスキリングとアンラーニングについての定量調査」


アンラーニングの具体例

「遠慮をしながら業務を進めていだが、上の立場になったので、遠慮ばかりではなく、自身の経験も踏まえて、年次が上の社員に対しても指導という立場で指示を出すように変えた。」(男性40代、金融業、保険業、経営・経営企画)(アンラーニングのきっかけ:昇進・昇格)


「顧客のニーズには必ずしも完全に応える必要はないということ。顧客の手元で発生している問題についての解決策を示すことで顧客が自主的に行動することもあり、コミュニケーションで解決することもある(男性50代、製造業、顧客サービス・サポート)(アンラーニングのきっかけ:同僚からの助言)


「完璧主義的な思想を持っていたが、7,8割の完成度で納得するような考え方に変えた。また、楽観的思想を持つように変えた。」(男性30代、情報通信業、IT系技術職)(アンラーニングのきっかけ:ライフイベント)

出所:パーソル総合研究所「リスキリングとアンラーニングについての定量調査」


働く人々は、キャリアや業務上で起こるイベントをきっかけとして、このように仕事のやり方をさまざまにチューニングしたり変更したりしている。アンラーニングのきっかけとなるイベントは、時節柄もあり「コロナ禍などビジネス環境の変化」が23.2%とやはり多いものの、その他のきっかけは、「職場メンバーの変更」や「自分のキャリアの振り返り」など多岐に渡る。

次に、アンラーニングの実態を性年代別に見ると、いくつかの特徴が見えてくる。まず、高齢層では「意思決定のプロセスや方法」「顧客のニーズについての考え方や信念」など、深層的なレベルのアンラーニングが減少する傾向が見られる(図2)。やはり歳を重ねるごとに仕事の根本的な信念や、やり方を変えるのは難しくなるようだ。

もう一つ気にかかるのが、「女性の中高年」が他の層よりもアンラーニングができなくなっていることだ。女性の社会進出とともに、正社員として働き続ける女性も少しずつ増えてきた昨今だが、女性の中高年は同年代の男性よりもアンラーニングの程度が低い傾向にある。これについては重要な論点なので後述したい。

図2:性年代別アンラーニング実態

図2:性年代別アンラーニング実態

出所:パーソル総合研究所「リスキリングとアンラーニングについての定量調査」

「役職への滞留」と「中途半端な評価」がアンラーニングから遠ざける

アンラーニングの実態からは、さらにいくつか興味深いデータが得られている。

一つは「役職の滞留年数」とアンラーニングの関係だ。役職についてからの期間とアンラーニングの関係を見ると、役職に就いて3カ月から半年未満でアンラーニングがピークに達し、その後下降している様子が見られたのだ(図3)。一人のサンプルを追跡調査したものではないが、実にきれいな傾向がでている(ちなみに、就業年数の影響をコントロールして分析しても、役職滞留年数はアンラーニングに対して有意にマイナスの影響が確認できた)。

管理職は、その役職についてから半年から1年程度でこれまでの仕事のやり方を捨て、新たな仕事のやり方を模索するプロセスを盛んに行っているようだ。逆にいえば、最初の3カ月程度はこれまでのやり方を温存し、「しばらく様子見」の時期を取っているといってもいいだろう。これは、どの企業でも行っている管理職研修の実施時期や研修フォローアップの時期について考えさせる結果だ。

図3:役職滞留年数別アンラーニング

図3:役職滞留年数別アンラーニング

出所:パーソル総合研究所「リスキリングとアンラーニングについての定量調査」


また、一つのポストに5年以上就き続けると、最初の頃よりもアンラーニングはさらに減少している。昇格も降格も異動もせず、安定的な地位にいることで「同じ仕事のやり方や自分のスキルに固執する」ということだろう。これは役職の洗い替えや昇格・異動といったポジションの変更周期を検討するにあたって参考になる。

 次に、「人事評価」について見てみよう。個人が組織から受けている人事評価とアンラーニングの関連を見ると、「アンラーニングしていればしているほど評価が高い」という単純な関係では無い。実際には、5段階中「4」の評価が最もアンラーニングが低いという非線的な傾向が見られた(図4)。最も良い評価を得るような人材は古いやり方に固執しないのかもしれないし、逆に低い評価をつけられている従業員はまずいと感じてアンラーニングを進めるのかもしれない。

図4:人事評価別アンラーニング

図4:人事評価別アンラーニング

出所:パーソル総合研究所「リスキリングとアンラーニングについての定量調査」


次に考えるべきは、「こうした評価を受ける人がどのくらいいるのか」という問題だ。日本の目標管理プロセスでは、評価の中心化傾向がしばしば指摘されてきた。上司部下間の一次評価が人事交えた評価会議で相対分布へとならされることで、個々人の評価差は縮まりがちだ。実際の企業の評価分布を見てみても、何段階の評価システムだろうと、端と端のような尖った評価はほとんどつかないのが慣例だ。

図4を見ると、そうした尖った評価をつけられない「半端」な評価慣行は、アンラーニングを遠ざける方向に作用していそうだ。目標管理プロセスについては「人事評価制度と目標管理の実態調査」でも詳しく検討したが、見直しの重要性が示唆される結果である。高評価にも低評価にも振り切れない半端な評価しかつけられない目標管理は、従業員に「アンラーニングしなくてもいい」という心理を与え続ける可能性がある。

アンラーニングを促進する「限界認知」とは

さて、こうしたアンラーニング実態の背景にあるものはなんだろうか。パーソル総合研究所の調査では、アンラーニングと紐づいているものが明らかになっている。それは筆者が「限界認知」と呼んでいる経験だ。限界認知とは、「これまでの仕事のやり方を続けても、成果や影響力の発揮につながらない」という自身の仕事の限界を感じることだ。

具体的には、これまでの仕事のやり方を続けても「会社や組織全体に影響を与えられない」「メンバーがついてこない」「プライベートと両立できない」と感じる経験が、就業者のアンラーニングを促進していた(基本属性を統制した重回帰分析でも有意。調整済R2乗値:0.171)(図5)。「このままではいけない」「変えなくてはならない」というある種の切迫感が、個人のアンラーニングを促進しているということだ。

図5:限界認知とアンラーニング

図5:限界認知とアンラーニング

出所:パーソル総合研究所「リスキリングとアンラーニングについての定量調査」


先程の管理職の滞留年数や人事評価とアンラーニングとの関係も、この「限界認知」と関連付ければより明確に理解できる。実際に、滞留年数と人事評価という2つの要素と限界認知の傾向は、アンラーニングについての傾向と相同的な動きを示していた。

「限界認知」が得られる仕事は何か

では、どんな具体的業務が、こうした限界認知の機会を与えているだろうか。それさえ分かれば、機会を従業員に与えていくことによってアンラーニングを促進する実践的な示唆が得られるだろう。具体的な業務経験と限界認知の関係を分析してみると、限界認知経験とプラスの関係があったのは、「業務上の修羅場」、「越境的業務」、「新規企画・新規提案の業務」の3つの業務経験だった。

1.業務上の修羅場

顧客との大きなトラブル、事業・プロジェクトの撤退、大きな損失計上など、仕事上において乗り越えなくてはならない修羅場の経験は、既存の仕事のやり方を捨てなければならない限界を感じさせている。

修羅場経験の重要性は、これまでリーダーシップ研究の中でしばしば指摘されてきたが、リーダーに限らず、アンラーニングにもこうした経験は役に立っているようだ。やはり、分かりやすく大きな「壁」にぶつかったとき、人の成長は促されよう。

2.越境的業務

他組織との共同プロジェクト、副業・兼業、海外での勤務など、自分のホームの環境ではないアウェイの環境で働いた経験は、限界認知を促している。昨今では「越境学習」が注目され、副業解禁の流れも続いているが、アンラーニングと越境もやはり紐づいているようだ。

3.新規企画・新規提案の業務

新規のプロジェクトの立ち上げや、新しいアイデアや事業を提案することは、これまでの仕事のやり方の延長線上では通用しないことがほとんどだ。公募型のアイデア公募や事業の社内コンペなどを行っている企業も多く、そうした目の前の仕事にはない新しい仕事の種をまくことは、ヘルシーな「壁」となって限界認知につながっているようだ。

そうした業務の経験率を性年代別に見ると、顕著に「女性の中高年」が低いことがわかる(図6)。先ほど、図2で中高年女性のアンラーニングが顕著に下がっていっているデータを見たが、その背景には、「自身の仕事の限界」を感じるような経験や体験が不足しているという事態がある。

図6:限界認知を促進する業務の経験率

図6:限界認知を促進する業務の経験率

出所:パーソル総合研究所「リスキリングとアンラーニングについての定量調査」


ますます予見しにくい変化が今後も起こってくる長いキャリアの中で、アンラーニングを促進するような業務の経験における男女の非対称性は極めて危ういものだ。女性活躍推進については筆者らが担当した「女性活躍推進に関する定量調査」で更に詳細を調査しているが、こうした偏りには、管理職などの役職に就く女性が少ないことが影響していることに加え、補佐的な職務に就く女性が多いことも影響していよう。やはり上位役職に就いている就業者ほど限界認知の経験は高い。

また、この非対称性の背景には、マネジャーによるジョブアサインや期待の配分が圧倒的に男性に偏り続けていることが背景にある。「アンラーニング」や「リスキリング」といった文脈でジェンダー格差が話題になることは少ないが、注意を要するポイントだ。

「現在の中途半端な成功」がアンラーニングを妨げる

まとめよう。人材マネジメントの現場において「過去の仕事のやり方や知識にしがみついてしまう」ことが問題になるとき、しばしば「過去の成功体験に縛られている」といったことが指摘されてきた。しかし、筆者はそうした指摘を聞くたびに気軽に首肯できない想いを抱えてきた。バブル崩壊からすでに30年の時が立ち、誇るような成功体験を持つ人はそれほど多くないはずだからだ。人が「変われない」ことのメカニズムの中心は、「思い出」や「回顧的記憶」であるわけがない。

今回紹介したデータ群が明らかにしているのは、アンラーニングを妨げているのは、「過去の成功」ではなくむしろ、就業者が今もなお浸り続けている、「現在の中途半端な成功体験」であるということだ。限界を感じることのない、安定的な仕事で半端な評価を受け続けることが、「変わらなさ」「捨てられなさ」を導いている。

そうであるならば、形骸化した目標管理の在り方から、幅広い業務経験の不足まで、従業員の「今」の就業環境を再設計していくことが、アンラーニングや新しい価値の創造へとつながっていくはずだ。眼の前の従業員に対して、「過去の成功体験によって、この人はもう変わらないのだ」という人事やマネジャーの認識こそ、最初に捨てられる=アンラーニングされるべきなのかもしれない。

執筆者紹介

小林 祐児

シンクタンク本部
上席主任研究員

小林 祐児

Yuji Kobayashi

上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。


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