公開日 2015/10/22
これまで非正規社員は、中核業務を行う正社員とは異なる「周辺的人材」として位置づけられてきた。正社員の育成に関してはOJTや定期的な配置転換、内部昇進などを積極的に行ってきたのに対し、周辺業務を行う非正規社員には積極的な教育投資を避けてきた。「平成25年 能力開発基本調査」(厚生労働省)によれば、非正規社員に対する教育訓練は、計画的なOJT、OFF −JTのいずれにおいても正社員のそれと比較して約半数であることが分かる(下図参照)。
非正規社員に対する積極的な人材育成を行われてこなかった理由は主に2点挙げられる。第1に、業務の専門性である。非正規社員が扱う業務の専門性は正社員のそれと比較して相対的に低く、教育投資に対するインセンティブが働きにくい。第2に、教育投資の回収可能性である。長期雇用を前提としない非正規社員の場合、投資収益の回収期間が短いため、企業は教育投資するインセンティブを持たない。以上の理由から、非正規社員に対する人材育成・教育投資に企業は消極的であった。
しかし、こうした前提は今や崩れつつある。非正規社員がビジネスモデルの中核を担う現象も珍しくない中、教育投資の必要性は今まで以上に高まっている。加えて、法改正の対応やキャリアラダー整備等により、雇用期間、すなわち投資回収期間が今まで以上に長くなることが見込まれる。今や、非正規社員に対していかにして積極的な人材育成投資を行い、能力開発を促すかは企業にとって大きな課題となっている。
それでは、非正規社員の能力開発におけるポイントとは何か。ここでは、先に述べたキャリアラダーを活かした「経験学習」の考え方をご紹介したい。人材育成においてキャリアラダーを活用する利点は、個人の成長に大きな影響を与える「一つ上のレベルの仕事」と、その仕事に必要な「能力・スキル」が可視化されている点だ。
例えば、国内有数の人材育成企業として知られるスターバックス コーヒージャパンでも、「一つ上の仕事を任される経験」が本人の成長において最も効果的であると考えている(※)。そうしたチャレンジングな仕事経験を、店長をはじめメンバーとともに振り返ることで、その仕事に対する自分なりの方法論を持つようになり、それが次の更なるチャレンジに活かされる。
こうした経験学習サイクルは、「仕事を通じて成長実感を持つこと(自己効力感)」と「仕事に意義を見出すこと(有意味感)」がモチベーションの両輪として機能するとき、最も効果を発揮する。ここで留意すべきは、自己効力感はOJTを通して高められるが、有意味感はOJTだけでは不十分であるという点だ。
先に挙げたスターバックスコーヒー ジャパンの場合、80時間にも及ぶ入社後研修を行い、企業理念や組織文化を徹底的に伝えている。そうした弛まぬ教育投資によって、当初は「コーヒーが好き」という動機で入社したアルバイトも「組織の一員としての自覚」が芽生え、自ら主体的に仕事の意義ややりがいを見出すようになるという。
果たして、我々は非正規社員に対して適切な能力開発機会を提供し、その可能性を最大限引き出すことができているのだろうか。今一度問い直す時期が来ているのではないだろうか。
機関誌HITO vol.7では、モチベーションマネジメントを取り入れた人材育成の事例として、先進的な日本マクドナルド社の取り組みを紹介している。ぜひご参照いただきたい。>>機関誌HITO vol.7 多様な正社員の未来
※目黒勝道「感動経験でお客様の心をギュッとつかむ! スターバックスの教え」(朝日新聞出版,2014)
※本記事は、機関誌「HITO」vol.07 『多様な正社員の未来』からの抜粋記事です。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のもの。
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