公開日 2023/09/29
「若手社員は管理職になりたがっていない」と主張する議論がある。本コラムでは、パーソル総合研究所が2017年から実施してきた「働く10,000人の就業・成長定点調査」に基づいて、若手社員の管理職意向に関する実態を明らかにしたい。こうした議論は近年始まったことではなく、2000年頃にはあったとの指摘もなされている[注1]。どの時点からこの議論があったのか、その時代その社会状況において若者の管理職意向がどうであったかを検証することは本コラムの課題を超えるため、2023年調査時点に限定して検討する。続いて、実際管理職に就いているミドル社員がその就労生活をどのように評価しているのか見ていく。最後に、どのような組織文化や上司との関係が若手社員の管理職意向に影響するのかを見ていきたい。
若手社員が管理職になりたがらないのだとすれば、組織にとっては大きな問題であろう。本コラムでは、こうした危機を回避するための手掛かりをつかみたい。
※若手社員とは20~30代の民間企業正社員、ミドル社員とは40~50代の民間企業正社員と定義。
若手社員のうち何割が管理職になりたいと思っているのだろうか。それを見たのが図1である。管理職になることに対して消極的な層(「そう思わない・計」)は若手社員の2人に1人であり、他方で積極的な層(「そう思う・計」)は3人に1人となっている。「若手社員のうち管理職になりたくないと考える層は半数にとどまる」と解釈することも可能であるが、積極的な層よりも消極的な層の割合が高いことを考えると、「若手社員が管理職になりたがっていない」という主張はそれなりに根拠のあるものであることが分かる。
図1:若手社員の管理職意向(管理職になりたい)
しかし、若手社員の管理職意向はそれぞれの背景によって異なる。図2は性別・子供有無・学歴・企業規模から見たものである。男性は女性よりも管理職になりたいと考える割合が高く、16.1ポイントもの差がある。子供がいる若手社員は子供のいない若手社員よりも管理職になりたいと考えている。図としては示さないが、子供のいる男性若手社員の管理職意向は45.1%であるのに対して、子供のいる女性若手社員は19.4%とおよそ25ポイントもの差があることにも注意すべきであろう。大企業の若手社員は中小企業の若手社員よりも管理職になりたいと考える割合が高くなっている。学歴別では、大学院を出た若手社員のおよそ4割が管理職意向を持っているのに対して、専門・短大・高専卒では約2割に過ぎない。
図2:若手社員の管理職意向(管理職になりたい)(性別、子供有無別、学歴別、企業規模別)
業種別に見るとどうであろうか。図3は業種を5種類に大別したものである[注2]。
金融業や保険業などの「ビジネスサービス」で働く若手社員の約4割が管理職になることに対して積極的である一方、医療・福祉などコロナ禍において「エッセンシャルワーカー」といわれた層も含まれる「社会サービス」では約2割に過ぎない。「社会サービス」の管理職意向の低さは、5種類の業種の中で最も女性割合が高いこと、専門・短大・高専卒の割合が学歴構成の中で最大割合を占めていることと強く関係していると思われる。
図3:若手社員の管理職意向(管理職になりたい)(業種別)
以上、見てきたように、管理職になりたいと考える若手社員は確かに少数である。また、性別、子供有無別、学歴別、企業規模別、業種別に見ると、若手社員の管理職意向は一様ではないことが分かる。特に女性、子供無し、専門・短大・高専卒、中小企業、「社会サービス」といった属性の若手社員の管理職意向が低くなっている。
背景によって一様ではないものの、全体として見たとき、管理職になりたいと考える若手社員は確かに少数である。それでは、実際に管理職として働いているミドル社員は自身の仕事や就労生活をどのように評価しているのであろうか。ミドル社員のうち、管理職(課長以上の役職者)と一般社員(係長以下の社員)を比較してみよう。図4は会社全体、職場での人間関係、仕事内容への満足度を見たもの、図5は仕事を通じた幸せと不幸せの実感を見たものである。
図4:ミドル社員の満足度(会社全体、人間関係、仕事内容)
図5:ミドル社員の仕事を通じた幸せと不幸せの実感
図4と図5から見えてくるのは、管理職のミドル社員は同年代の一般社員と比較したとき、会社全体への満足度、職場の人間関係満足度、仕事内容への満足度、仕事の幸せ実感が高いということである。すなわち、若手社員が管理職になりたくないと考える一方で、実際に管理職として働くミドル社員は充実した就労生活を送っているのだ。
パーソル総合研究所では過去に管理職を対象とした調査(「中間管理職の就業負担に関する定量調査」)を行っており、管理職の置かれた状況の厳しさについて指摘している。しかし、上記のことから浮かびあがるのは、「管理職は大変だが、やりがいがある」ということである。若手社員には前半部分の「管理職は大変」だけが伝わっており、後半部分の「だが、やりがいがある」ということが十分には伝わっていないのではないだろうか。管理職として働くことの魅力をめぐる世代間のディスコミュニケーションが生じている可能性が示唆される。
それでは、どのような組織文化、上司がいかなるコミュニケーションをとれば、若手社員の管理職意向にプラスの影響があるのだろうか。それを見たのが図6である。組織文化については7項目、上司とのコミュニケーションについては19項目を検討した[注3]。その結果、組織文化では「上の者に対しても言いたいことが言える」などの「自由闊達・開放的」であること、上司とのコミュニケーションでは「上司にプライベートな話も聞いてもらっている」などの「自己開示できる親密さ」が若手社員の管理職意向に対してプラスの影響があることが分かった。上司の顔色をうかがうこともなく、比較的自由に意見が言える職場であること、そして自分のプライベートな話もできるほど上司との関係が親密であること、こうした要因が、若手社員の管理職になりたいという思いに結びついているのである。
管理職であるミドル社員の見せる「大変さ」が若手社員にとって「重い」と感じることはあるだろう。図としては示さないが、若手社員にとって管理職になりたくない最大の理由は「責任が重すぎる」であった。若手社員が管理職になりたいと思うには、管理職の職務に関わる「重さ」を解除していくことが必要である。そして、それだけではなく、管理職自身が感じている「やりがい」が若手社員に伝わるような組織文化やコミュニケーションの在り方も重要であろう。自由闊達で開放的な組織文化と自己開示ができる親密な関係性を築くことは、若手社員に管理職の「やりがい」を伝える手段として有効ではないだろうか。
図6:若手社員の管理職意向(管理職になりたい)の要因
本コラムでは、「若手社員は管理職になりたがっていない」論を、「働く10,000人の就業・成長定点調査」の結果(2023年)に基づいて検討した。
本コラムのポイントは、次の通りである。
・管理職になることに対して消極的な層は若手社員の2人に1人おり、積極的な層が3人に1人であることを考えると、「若手社員は管理職になりたがっていない」論は妥当であることが分かった。また、性別、子供有無別、学歴別、企業規模別、業種別に見ると、女性、子供無し、専門・短大・高専卒、中小企業、医療・福祉などの「社会サービス」といった属性の若手社員の管理職意向が特に低くなっていた。
・管理職として働くミドル社員は、同年代の一般社員と比較したとき、会社全体への満足度、職場の人間関係満足度、仕事内容への満足度、仕事の幸せ実感が高くなっていた。若手社員が管理職になりたくないと考える一方で、実際に管理職として働くミドル社員は充実した就労生活を送っていた。パーソル総合研究所の先行調査(「中間管理職の就業負担に関する定量調査」)において、管理職の置かれた状況の厳しさを指摘していることを勘案すると、若手社員に対しては管理職の大変さだけが強調され、そのやりがいが十分に伝わっていない可能性が示唆された。
・どのような組織文化、どのような上司によるコミュニケーションが若手の管理職意向にプラスの影響があるのかを見ると、上司の顔色をうかがうこともなく、比較的自由に意見が言える職場であること、また自己開示できるほど上司との関係が親密であることが重要であった。
若手社員の管理職意向に関する課題を若手社員個人の問題とするのではなく、組織文化や世代間コミュニケーションの問題として位置づけること――「若手社員は管理職になりたくない論」を検討して見えてきたのは、まさにこうしたことの重要性である。
注1:中原淳「「最近の若者は管理職になりたがらない」という言説には「意味がある」のか?」(『NAKAHARA-LAB net立教大学 経営学部 中原淳研究室』2023年6月12日記事)http://www.nakahara-lab.net/blog/archive/15120(2023年9月7日アクセス) 。
注2:分類については、次の論文を参考にした。長松奈美江「サービス産業化がもたらす働き方の変化」(『日本労働研究雑誌』666、2016年)、岩脇千裕「脱工業化社会と新規学卒者のキャリア」(『日本社会の変容と若者のキャリア形成』独立行政法人労働政策研究・研修機構、2022年)。
注3:組織文化の7項目は、「権威主義・責任回避」「自由闊達・開放的」「長期的・大局的志向」「柔軟性・創造性・独自性」「スピード感・迅速さ」「成果主義・競争」「チームワーク」である。「権威主義・責任回避」については「上層部の決定にはとりあえず従うという雰囲気がある」「社内では波風を立てないことが何よりも重要とされる」「物事は、オープンな議論ではなく、事前の根回しによって決定される」を合成した変数(α係数0.74)、「自由闊達・開放的」は「上司でも部下でも、分け隔てなく仲が良い」「上の者に対しても言いたいことが言える」「職場では、いつも活発な意見交換が行われておりにぎやかだ」を合成した変数(α係数0.80)、「長期的・大局的志向」は「目先の業務に縛られず、長期的視点で考えていくことが奨励されている」「目先の成果よりも、長期的成果の追求を重視するところがある」「利益と同じくらい「社会的な責任」が重視されている」を合成した変数(α係数0.79)、「柔軟性・創造性・独自性」は「独自性・創造性に富んだ意見・考えを持つことが求められる」「過去の慣習・既存のルールにとらわれることなく、柔軟に考えることが推奨されている」「他人に合わせるのではなく、自分の意思を明確に伝えることが歓迎されている」を合成した変数(α係数0.81)、「スピード感・迅速さ」は「まず行動をおこし、進めながら考えていくことが奨励される」「多少粗くても、迅速な意思決定が尊重される」「時間をかけて検討することよりも、タイミングやスピードが重視される」を合成した変数(α係数0.76)、「成果主義・競争」は「仕事のプロセスよりも、最終的な結果が重視される」「メンバー間の競争に勝つことが、評価の対象になる」「努力しても、結果を出せないと評価されない」を合成した変数(α係数0.67)、「チームワーク」は「チームとしてひとつにまとまっている」「自分勝手に仕事を進める人よりも、和を重視する人のほうが評価される」「一致団結して目標に向かっていく雰囲気がある」を合成した変数(α係数0.75)。分類については、パーソル総合研究所が過去に行った調査研究によって算出した項目に基づいた。上司とのコミュニケーションは、「上司にプライベートな話も聞いてもらっている」「上司は納得できる注意やしかり方をしている」「上司から職場全体の目標がしっかり伝えられている」「上司と一緒に個人的な仕事の目標を設定できている」「上司からスキルや能力が身につくような仕事を任されている」などを含む19項目となっている。
シンクタンク本部
研究員
児島 功和
Yoshikazu Kojima
日本社会事業大学、岐阜大学、山梨学院大学の教員を経て、2023年4月より現職。大学教員としてはキャリア教育科目の開発・担当、教養教育改革、教員を対象とした研修運営などを担当。研究者としては、主に若者の学校から職業世界への移行、大学教職員や専門学校教員のキャリアに関する調査に関わってきた。
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