公開日 2024/06/13
コロナ禍を経た現在もなお、戦争や貧困、自然災害など、社会は混沌の度合いを深め、ビジネスにおいてもさまざまな影響を受けている。この世界情勢を表す新たな概念として「BANI」を提唱したJamais Cascio氏に、混沌とした時代に立ち向かうためのヒントを伺った。
未来研究所(IFTF) 特別研究員 Jamais Cascio 氏
未来学者、作家、講演家。人類の未来、情報化時代の教育、創発技術など、さまざまなテーマで講演・執筆を行う。2009年、『フォーリン・ポリシー』誌の「グローバル・シンカー・トップ100」に選出。2017年5月、そのライフワークが認められ、アドバンシング・テクノロジー大学から名誉博士号を授与された。
私が「BANI」のアイデアを思い付いたのは2018年の終わりのことです。世界を取り巻くカオスな状態を「BANI」と名付け、私が所属する未来研究所のカンファレンスで紹介しました。COVID-19によるパンデミックが2020年の初めに発生したとき、BANIのアイデアをもっと公にしたほうがいいと多くの人に言われ、同年4月にエッセイを発表したところ、爆発的に読まれました。今やBANIは、変動性や不確実性といった言葉よりも現代にフィットしているでしょう。
BANIは、単に脆弱な仕組みや体系などのシステムそのものについて話すための材料ではなく、崩壊したシステムのレジリエンス(柔軟な回復力)を高めるにはどうすればよいのかを考えるためのキーワードです。現在のカオスな世の中がもたらす困難をどう乗り越えるか。誰もが不安を抱えている世界で、私たちに何ができるのか。それを考えるためのヒントがBANIにはあり、私たちが次に進むべき道筋を照らしてくれるでしょう。
BANIのコンセプトは、企業組織の課題解決や戦略立案にも有用です。例えば、次の4つの対応策などは参考になるでしょう。
1つは、問題が発生した際にカバーできるワークフローや体制といったシステムを構築することです。カリフォルニアの多くの企業は、地震発生時に橋が通行止めになり、高速道路が使えず、人々が自宅で仕事をしなければならなくなった状況に対処するための対策計画を用意しており、COVID-19のパンデミックのときにそれを応用することができました。
「ジャスト・イン・タイム(必要なものを、必要なときに、必要な分だけ)」で製造するのではなく、材料が足りなくなった場合に備えて常に余分を用意したり、サプライチェーンが壊れた場合に備えたりすることが必要なのです。そうしたシステムを備えていれば、戦争や気候変動、災害、パンデミックなどに対して、組織として衝撃を吸収し、前進し続けることができるでしょう。
2つ目は、他者の気持ちに「共感」することです。不透明で理解し難い状況の中では、仕事以外にもさまざまなストレスがあるでしょう。従業員の様子が何かおかしいと感じたら、何を恐れ不安に感じているのか、相手に寄り添って話を聴いてください。「自分は理解されている」と従業員が認識することに意味があるのです。
3つ目は、「即興(アドリブ)力」を付けることです。私は、多くの経営層が「あなたが医者だとして、飛行機が墜落しそうなとき、どう行動しますか」というような即興演技のトレーニングを受けるのを見てきました。緊急事態への対応として、チェックリストを基に行動するという方法もありますが、即興的なアプローチでは、与えられた条件の中でどのように工夫するかを瞬時に考えます。
あるプロセスの結果を容易に予測できない非線形の世界では、変化に素早く適応する準備が必要で、それを助けるのが即興力、言い換えると「インテリジェンス(何をすべきか分からないときに、すべきことを見つけ出す能力)」なのです。即興的で柔軟な対応は、組織の課題解決やコミュニケーションにおいても効果的なアプローチになるでしょう。
4つ目は、「多様な視点」を持つことです。私が以前、働いていた組織では、クライアント企業が抱えている問題に対処するために、SF作家や服飾デザイナーなど、その業界や分野とはまったく関係のない人たちを雇っていました。異分野の人々は時に、その特定の分野にどっぷり浸かっている人には見えないような方法で問題の構造を捉えることができます。
これらの対応策を実施するに当たり、BANIという環境下で、組織のリーダーや従業員に求められることは何でしょうか。
まず、リーダーが「失敗は良いことだ」と認識することが重要です。なぜなら、失敗は「何がうまくいき、何がうまくいかないのか」という新しい学びを得る機会になるからです。多くの文化圏で失敗は悪いことだとされているため、組織やチームのメンバーは、常軌を逸した行動を少しでも避けようとします。しかし、失敗からの教訓を吸収することで、組織にはレジリエンスが発生します。
BANI時代のリーダーは、システムの複雑さがもたらす結果を認識し、失敗が次に何をすべきかを考えるプロセスの一部となることを知るべきなのです。テクノロジーや人間関係などの本質は大きく変化しており、1世代前に作られたルールブックに従うだけではもはや通用しないでしょう。
一方、企業の従業員にとって最も重要なスキルは、適応力だと思います。専門性が求められる時代なので、特定の技術や分野を勉強する必要がありますが、適応力があれば、専門的に学んだことをさらに別の業界で生かすことができます。
よく使われる例として「範囲の経済性」という言葉を考えるときに、車椅子の人が利用しやすいように歩道の縁石を丸くカットする話があります。そうすれば、ベビーカーを押す人や食料品を積んだカートを押す人、車椅子ではないが足が不自由な人も歩きやすくなる。つまり、縁石をカットすることで、歩道は多くの人たちが利用しやすくなります。この話を参考に、どうすれば「自分だけの範囲の経済」を構築できるのか、自分が持っているスキルを生かして、何か違うことができないかを考えてみることです。
カオスの時代というと、漠然としていてどのようにして立ち向かえばよいのか、戸惑う人もいるでしょう。しかし、BANIは実際にはあり得ない悲劇ではなく、対峙しなければならない現実です。地球に暮らし、文明を築き、組織の一員として生きてきた私たちに、BANIは新しいことに挑戦するよう促しています。
コロナ禍を経て、世界は古いルールに従うだけではうまくいかないということがあらわになってきました。私たちは、新しい世界を見るための新しい視点とアプローチを見つける必要があるのです。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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