公開日 2025/03/12
コラム「「安心」から「信頼」に基づくマネジメントへの転換 ~上司と部下の信頼関係構築のヒント~」 では、社会的な関係の中で他者に搾取され酷い目にあってしまう可能性を指す社会的不確実性が高く、ビジネス環境の見通し付けが難しい今日では、「《安心》が底流する職場から、《信頼》に基づく職場づくり」が求められていることを提起した。また、これに伴って上司と部下の間の信頼関係構築の新たなモデルとして「信頼のらせん関係」を紹介した。
本コラムでは、上司と部下の間での信頼を基盤とした組織マネジメントを文化として根付かせていくことが、感情論にとどまらない組織戦略となり得る根拠の一端を示す。そして、上司と部下の信頼関係を構築・深化させるための具体的な介入観点について、筆者らの研究成果を紹介しつつ考えていきたい。
コラム「「安心」から「信頼」に基づくマネジメントへの転換 ~上司と部下の信頼関係構築のヒント~」では、上司と部下の間の信頼関係について、双方の「信頼」と相手から信頼されていると感じる「被信頼感」の4つの要素からなる「らせん的循環構造」を示すモデルを紹介した。筆者らが検証に用いた上司・部下のペアデータについて、実際の信頼関係を類型化したところ、3つの型を導出することができた。
1つ目の型は、上司と部下共に関係が良好で、4つの要素が総じて高い状態にある「信頼の《正》のらせん関係」を示すペアであり、全体の26.4%を占めていた。次いで、4つの要素が総じて低い「信頼の《負》のらせん関係」を示すペアで、21.1%であった。特筆すべきは、もっとも多く確認された3つ目の型であり、「部下の被信頼感」、「上司への信頼」、「上司の被信頼感」の3つの要素は高いものの、「部下への信頼」が低い状態を示すペアで、全体の52.4%を占めていた。上司側は部下からの信頼を自覚している点で部下側の《信頼の片想い状態》であり、「信頼の一方向不全関係」と命名した。この状態が長引けば、負のらせん関係に陥るリスクが高まると考えられるため注意が必要だろう。
あくまで今回の調査協力を得た5組織のデータであって日本的企業の縮図とは言い切れないが、他の組織においても同様の状態が確認される可能性はあるため、ご自身や周りの状況を省みておくとよいのではないだろうか。
図表1:職場における「信頼のらせん関係」の類型
出所:パーソル総合研究所・九州大学(2025)「上司と部下の信頼関係に関する研究」
ビジネスにおいて高い信頼関係は、コミュニケーションに関わる労力を低減する。例えば、信頼がない間柄では、相手との過去の取引実績などの信用調査を経て、リスクを計算し、取引条件を明文化したうえで契約を締結することになる。慎重な契約過程は重要だが、一定の時間と労力が割かれるため、ビジネス遂行の速度は落ちる。
通常、このような過程を同組織内の上司と部下の間で行うようなことはないだろうが、部下に仕事を頼む際、懇切丁寧に依頼する業務内容と手順を指示し、相手側の理解度を確認しつつ進捗を管理することなどは同様に手間がかかる。上司と部下の間に良質な信頼関係があれば、このようなコミュニケーションコストが軽減されることは、私達は日々実務の中で経験してきていることだろう。
では、上司と部下の間の信頼関係は、ビジネス上の成果と関係するのか。簡易な分析ではあるが、先述した3類型ごとに、成果指標との関係を確認したのが図表2である。ご覧のように、個人の「職務パフォーマンス」や「業績」、「Well-being」といった成果指標のいずれも、「正のらせん関係」にあるペアの平均値が最も高く、「負のらせん関係」ペアが低い傾向を示した。
特に、「職場業績」と働くことを通じて幸せを感じている「はたらく幸せ実感」の平均値ギャップが大きい点に着目したい。上司と部下との間の信頼関係は、個人の職務パフォーマンスの発揮度合い以上に、チームとしての成果との関係が強いことが示唆された結果と考えられる。すなわち、単なる感情論ではなく、チームワークが求められる職場においては、組織マネジメントとして職場の信頼関係の構築・深化を図り、モニタリングし、根付かせていくことが経営として取り組むべき組織戦略となり得る。
図表2:職場の信頼関係がもたらす効果
※課題パフォーマンス:上司の指示や与えられた仕事には、忠実かつ、ミスなく確実に取り組んでいる程度、文脈的パフォーマンス:職場内で生じた問題状況に対し、自発的に同僚を支援し、解決しようとしている程度、プロアクティブ・パフォーマンス:将来や先々の仕事をイメージしながら、自分なりの工夫や調整を前向きに行っている程度、業績:自職場の組織的な成果(主観的職場業績)、はたらく幸せ実感:はたらく事を通じて、主観的幸福感を得られている程度(職業生活Well-being)、はたらく不幸せ実感:はたらく事を通じて、主観的に不満や苦痛を感じている程度。
出所:パーソル総合研究所・九州大学(2025)「上司と部下の信頼関係に関する研究」
では、上司と部下の間の信頼関係の構築・深化には、具体的にどのような介入が有効なのか。上司が部下からの信頼を得るための要件については、従前よりさまざまなリーダーシップ論の知見が蓄積している。よって、ここでは上司の視点から「どうすれば部下を信頼できるようになるのか」という論点について、本研究の結果を紹介したい。
「上司と部下の信頼関係に関する研究」 の予備調査(企業の管理職へのインタビュー)では、「(上司が)部下を信頼するのは当然であって、そうしないと始まらない」といったコメントが複数寄せられた。しかし、他者を信頼することにはリスクが伴うため、部下が期待に応えられなかった場合の失敗や、その結果生じる影響を考慮すると本来的に容易なことではないはずだ。
実際の上司と部下のペアデータを用いて行った実証的な分析では、上司が部下を信頼するために影響すると想定された要素の中で、「能動的で忠実なフォロワーシップ行動」のみが有意な効果を示した。これは、単に上司から言われたことに忠実であることではなく、上司からのメールへの早い返信や報告、連絡、相談を先取りして行うなどの行動を指す。このような能動的な先取り行動が見られると、上司は部下への信頼を高める。しかし、たとえ上司に貢献する想いであったとしても、指示を超えた無謀な挑戦と見られる部下の行動は、信頼を損なう結果を示していた。
上司が部下のことを信頼できるかどうかは、部下の行動が上司の抱く期待と判断基準に対してどれだけ適切であるかという上司自身の判断に依存する。細かく指示をせずとも、上司の抱く期待に反しない能動的な行動は信頼を高める一方で、過剰に部下自身の判断を優先しすぎる行動は、リスクと見なされることがある。
では、部下を信頼するために、上司自身が対処可能な方略はどうか。まずは、部下への期待のかけ方が挙げられる。期待のかけ方には、自己基準(自身が同じ仕事をしていた時や同じ年齢だった時にはできていた、など)で部下へ期待をかけてしまうことで、結果的に部下を信頼しにくくなることが示唆された。部下のことを信頼したいのであれば、他者基準(メンバーそれぞれの役職やキャリアなど)に照らして、相応の期待をかけることが有効である。
次に、上司の人材観も影響していた。人材に対する基本的な考え方として、「人は自律的に働きたい、成長したいと考えている存在であり、その能力は環境により可変的である」と考える「拡張型の人材観」は部下への信頼を促進するが、「人は指示をしないと動かず、変わろうとしない存在であり、その能力の伸びしろはある程度決まっている」と考える「固定型の人材観」が強いと部下への信頼を抑制する効果が確認された。
人の価値観は容易に変え難いかもしれないが、期待のかけ方は意識することで比較的対処可能な観点だといえそうだ。
図表3:「メンバーへの信頼」の形成メカニズム
出所:パーソル総合研究所・九州大学(2025)「上司と部下の信頼関係に関する研究」
本コラムでは、上司と部下の間での信頼を基盤とした組織マネジメントを文化として根付かせていくことが、感情論にとどまらない組織戦略となり得る根拠の一端を示すとともに、上司が部下を信頼するための具体的な介入観点について紹介した。
・部下は上司を信頼しているものの、上司の「部下への信頼」が低い「信頼の片想い」ペアが52.4%*
*本調査、協力企業5組織の実証データによる数値として
・上司と部下との間の信頼関係は、個人のパフォーマンス以上に、チームとしての成果との関係が強い
・上司が部下を信頼するには、部下側の「メールへの早い返信や報告、連絡、相談を先取りして行うなど」のフォロワーシップ行動が有効
・上司が部下を信頼するためには、「職位やキャリアなどの他者基準で期待をかける」と共に、「人は環境次第でいかようにも自律的に成長すると考える」価値観を育むことが大事
次のコラムでは、相手から信頼されていると感じる「被信頼感」に着目し、「上司からの被信頼感」の形成メカニズムについて紹介していきたい。
※このテキストは生成AIによるものです。
信頼のらせん関係
信頼のらせん関係とは、上司と部下の信頼関係が4つの要素から成り立つ循環構造を指す。この構造は、時間が経つに連れて深化することもあれば、悪化することもあるため、持続的な構築が重要となる。
拡張型の人材観
拡張型の人材観とは、人は環境次第で成長し、能力を開花させると考える人材観を指す。この考え方を持つことは、部下の信頼を促進する効果がある。
固定型の人材観
固定型の人材観とは、人の能力や特性が固定的で変わらないという考え方を指す。この考え方は、部下に対する信頼を抑制する効果がある。
シンクタンク本部
上席主任研究員
井上 亮太郎
Ryotaro Inoue
大手総合建材メーカーにて営業、マーケティング、PMI(組織融合)を経験。その後、学校法人産業能率大学に移り組織・人材開発のコンサルティング事業に従事した後、2019年より現職。
人や組織、社会が直面する複雑な諸問題をシステマティック&システミックに捉え、創造的に解決するための調査・研究を行っている。
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