公開日 2025/06/26
ハラスメント対策を講じている企業は多いが、職場の活性化を阻んでいる原因は「インシビリティ(無礼)」にあるかもしれない――。20年以上にわたってこのテーマを研究しているChristine Porath氏に、シビリティ(礼節)のある職場文化を醸成するための組織づくりについて伺った。
ノースカロライナ大学 チャペルヒル校 キーナン・フラグラー・ビジネススクール 教授 Christine Porath 氏
南カリフォルニア大学、ジョージタウン大学の教員などを経て現職。Google、国連など、多数の組織で講演やコンサルティングを行い、活気ある職場環境の構築を支援。その研究は全世界で150以上のメディアで取り上げられ、ハーバード・ビジネス・レビューやニューヨーク・タイムズなど多くの媒体に寄稿。
ワークプレイスインシビリティは個人のみならず、組織全体に深刻な悪影響を及ぼします。職場で無礼な言動に直面した従業員は、注意力がそがれ仕事に集中できず、パフォーマンスや生産性が低下するのです。また周囲と協力しようという気持ちも失われます。さらに、無礼な言動が頻繁に見られる環境で働いていると、自分が直接の被害者でなくても同様の影響を受けることが分かっています。その結果、組織を離れる従業員が増え、離職率が上がることが大きな問題となっています。
職場で無礼な言動が発生する大きな要因は、従業員が仕事にストレスや重圧を感じていることです。「やることが多過ぎる」「責任が大き過ぎる」といった状況が、最大の引き金になっています。特に、地位や権力のギャップが大きく、ヒエラルキーが根強く残っているような職場、例えば、医師と看護師、弁護士と若手スタッフなどは、無礼な言動が起こりやすいことが、私の調査から分かりました※1。病院は同業者だけでなく、患者やその家族からの心無い言動によってストレスフルな環境にあり、その意味では駅やカフェなど、一般の人と日常的に接する職場でも無礼な言動が起こりやすいといえるでしょう。
※1 https://hbr.org/2022/11/frontline-work-when-everyone-is-angry
https://hbr.org/2021/05/frustrated-patients-are-making-health-care-workers-jobs-even-harder
他の要因として、「リーダーやお手本となる人たちが無礼だから」「職場にインシビリティについての明確な規範がない」「こうした問題に対する研修を受けたことがない」といった声も挙がっており、インシビリティに対処するスキルを提供してくれない会社側に原因があると、従業員は不満を感じています。
プレッシャーやストレスの多い職場環境で礼節を保つ、もしくは無礼な言動に対応するにはどうしたらよいでしょう。最も重要なのは、「自分自身の心身のケア」と「相手への丁寧なフィードバック」の2つだと考えます。
まずは、自分にとって効果的なストレス解消法を見つけることです。体を動かして気分転換をする、十分な睡眠をとる、瞑想やヨガをして気持ちを落ち着けるなど、どんな方法でも構いません。また、プライベートで満たされている状態であれば、職場でのストレスにも上手に対処できます。無礼な言動に遭遇しても、「この人は何か不愉快なことがあったのかもしれない、自分のせいではない」と考えられるようになり、個人的に受け止め過ぎず、やり過ごすことができるでしょう。
そして次に「相手へのフィードバック」ですが、多くの場合、インシビリティは自分の言動が相手にどう受け取られているかに気付いていない「自己認識の欠如」によって起こります。そのまま見過ごすと、改善される機会がないまま繰り返されてしまうため、相手に気付きを与える形で伝えることが重要です。
とはいえ、相手の気分を損ねないようフィードバックを伝えることは簡単ではありません。そこで私は、KimScott※2が提唱する「RadicalCandor(徹底した率直さ)」というフィードバック法を参考にしています。思いやりと敬意を持ちながらも、相手が学べるように率直に意見を伝えることで、建設的なフィードバックが可能になるのです。
※2 アメリカの著述家・経営コンサルタント
ひとつの方法として、自分からフィードバックを求めるのが効果的です。「私の仕事の進め方はどうですか?改善できる点があれば教えてください」と相手に投げかけることで、お互いにフィードバックを伝えやすい空気が生まれるからです。そして、相手にフィードバックを伝える際には、「では、私からも少しお伝えしてよろしいですか?」という配慮のひと言を添えるとよいでしょう。
面と向かって伝えにくい場合は、匿名でフィードバックを出し合う「チーム・チューンアップ」もおすすめです。5〜6人ほどのメンバーで、その人がチームに貢献している行動と、より貢献するために改善できそうな行動とを、匿名でカードに書き合うというワークです。強みと改善点を伝えることで、個人攻撃にならずに、チーム全員がフィードバックを受け取れます。
昨今はインシビリティの振る舞いが多様化しており、ハラスメントとの線引きも難しくなっています。こうした中、従業員はお互いに何が無礼な振る舞いで、相手にどう接したらいいのかを理解する必要があるでしょう。そのためには、まず職場におけるシビリティについてのガイドラインを明確に設定し、組織内で共有することが求められます。「相手の話を注意深く聞く」「丁寧に応対する」「会議中はスマホを触らない」など、行動指針を具体的に示して明文化することで、礼節を意識し重んじる企業風土が醸成されるのです。
ある組織では、「10のシビリティ原則」を制定して壁に掲示したり、名札の裏にプリントしたりして周知していました。「7番に該当するね!」というふうに、従業員同士で気軽に言い合える雰囲気が醸成され、フィードバックの即時性が高まり、結果的にインシビリティが解消されていきました。
また、ワークショップや研修など、シビリティに関する対話と学びの場を提供することも効果的です。職場での礼節とはどういったものか、それがなぜ大切なのかをチーム全体で理解し、共有することで、インシビリティの防止につながります。
人事部門は、無礼な言動がどの部署でどのくらいの頻度で起きているのかといったデータを定期的に集めるとよいでしょう。インシビリティの状況を把握することで、戦略的な対応が可能になるからです。「退職者が多い部署」や「同じリーダーに苦情が寄せられている」といった「ホットスポット(問題が集中している場所)」は、注意すべきサインです。
私がこの研究を始めた当初、「どうせ会社は何もしてくれない」という恐れや諦めから、インシビリティに悩んでいても、多くの人が何もできずにいました。そのため、従業員が問題を報告しやすく、フィードバックを引き出しやすい環境や仕組みの整備にまず着手すべきでしょう。その土台ができて初めて、「どこに課題があるのか」「どこから解決に取り組むべきか」が見えてくるのです。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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