海外のHRトレンドワード解説2025 - FOBO/Algorithmic Management/Workplace Incivility

2024年に発表されたHRに関する海外の主要な学術ジャーナルやレポートを調査し、日本でも今後重要性が増すと考えられる3つのテーマを選定しました。

《FOBO》《Algorithmic Management》《Workplace Incivility》──これらが注目される背景や最新動向を整理し、海外識者の見解を紹介していきます。

  1. FOBO《Fear of Becoming Obsolete(時代遅れになることへの恐怖)》
    変革期の従業員の「不安や恐怖」に組織はいかに応えるか
  2. Algorithmic Management《アルゴリズミックマネジメント》
    新時代のマネジメントをどのように位置付けるべきか
  3. Workplace Incivility《職場での無礼》
    ハラスメントとの違いを認識し、インシビリティ対応をどう進めるか

FOBO《Fear of Becoming Obsolete(時代遅れになることへの恐怖)》

いわゆる生成AI(GenAI)であるChatGPT-3.5が公開されたのは、2022年12月1日(JST)のことだった。専門家でなくとも誰でも使えるサービスとしての登場は、従来のAI技術とは一線を画しており、リリースからわずか2カ月で1億人のユーザーを獲得した。

気付けば、日常的に使用しているパソコンやスマートフォンにも生成AIが搭載され、情報検索や文書作成、画像・動画生成などにより私たちの行動は確実に変容している。こうした新たな技術の恩恵を享受する一方で、既存のビジネスモデルや業務フローの抜本的な見直しを余儀なくされている組織や就業者も少なくないだろう。そうした状況下で、近年注目されているのが「FOBO」である。

FOBOとは?

FOBOとは、「Fear of Becoming Obsolete」の頭字語であり、「時代遅れになることへの恐怖」を意味する。これは、SNSの普及を契機に注目された心理的現象を表す「FOMO(Fear of Missing Out/取り残されることへの恐怖)」から派生した用語と考えられる。FOMOは、他者のきらびやかな体験や成功などを見聞きし、自分だけが取り残されているのではないかという不安感や焦燥感を表す言葉だ。他方で、FOBOは職業的な文脈で語られ、自身のスキルや仕事の価値が時代に合わなくなり、社会から不要とされるのではないかという不安や焦燥感を指す。近年、ビジネスメディアでも取り上げられ、AIの急速な進歩に伴う新たな人材マネジメント課題として注目されている。

いつの世も、時代の変化についていけないと感じる人は一定の割合で存在するだろうが、今日のように技術革新が社会全体の構造に変革を迫る時代においては、その影響範囲はかつてないほど広がっている。AIなどの新技術によって自分の仕事が不要になるかもしれないと感じる不安は、誰しも他人事ではなくなりつつある。

FOBOを感じている人は増えている

アメリカの調査会社Gallupが2023年に実施した調査(※1)によれば、「技術の進化により自分の仕事が時代遅れになるのでは」と不安を抱く人の割合は22%に達し、2021年の15%から2年で7pt上昇した。このうち特に変化が大きかったのは大卒者(+12pt)および18〜34歳の若年層(+11pt)である(図表1)。これは、AIの影響を受けにくいと従来考えられていた「高度人材」や「ホワイトカラー業務」にまで影響が及んでいることを示唆している。さらに、世帯収入10万ドル未満層では27%がFOBOを感じており影響が大きいが、10万ドル以上層においても2年で5pt増加している。つまり、FOBOはもはや特定の職種・立場の人々に限定された問題ではなく、広範な層に広がりつつある社会的現象といえる。

図表1:FOBOを感じている割合

図表1:FOBOを感じている割合

※アメリカでフルタイムまたはパートタイムで就業している成人を対象とした調査。
出所:※1を基にパーソル総合研究所作成

FOBOは、一見すると個人の主観的な不安や焦燥感に見えるが、実際には職場の在り方や組織文化といった環境的要因から大きな影響を受けている。Gallupが2024年に発表した欧州11カ国の大手企業40社を対象とした調査(※2)において、AI導入の進捗は単に技術や資金の問題ではなく、「文化的受容体制」の有無によって左右されることが示された。文化的受容体制とは、組織としてAI活用に向けた明確な戦略を掲げ、経営陣から現場の従業員に至るまで必要なスキルを認識し、それを養成することで新技術の導入を受け入れるための土壌を整えていることを指す。こうした準備体制は、AIに対する期待やリスク認知、リーダーシップ、部門間連携の度合いなど、組織文化の影響を受ける。

さらに、スタンフォード大学が2022年~2024年に実施した国際調査(※3)によれば、中国、インドネシア、タイといったアジア太平洋諸国では、AIについて「メリットがデメリットを上回る」と評価する割合が80%前後に達している。一方で、日本(26%)やアメリカ(39%)、ベルギー、カナダなどでは、懐疑的な見方が優勢であった。これは、AI技術やAI企業への信頼の低さ、雇用や倫理への懸念といった文化的導入ハードルが、組織の受容度を左右していることを示唆している。

つまり、FOBOは従業員個人の心理現象でありながら、組織文化に深く根ざした構造的な課題だといえる。戦略なき技術導入は不安と抵抗を助長し、むしろFOBOを悪化させる要因ともなり得る。

FOBOを避けるために人事部門が果たす役割

こうした状況を踏まえると、FOBOに対して人事部門が果たす役割は極めて大きい。しかし、ベルギーのVlerickビジネススクールが実施した調査(※4)では、回答企業の人事部門のうち、59%がAIを「ほとんど、またはまったく使用していない」と答えており、他部門に比べてAI活用に後れをとっている実態が報告されている。

日本企業においても、個人レベルでのAIの実務活用は進んでいる一方で、組織的な利活用を促すトレーニング機会の提供に人事・人材開発部門が主体的に関与している事例は少ない。FOBOの緩和に対し、組織文化への介入が重要なのであれば、人事部門は、中長期の視点で新技術の導入事案について積極的に関与する必要がある。

AI時代においても、ビジネスの中核が人である限り、人事部門は、自らAIや先端技術への理解を深め、変化をけん引する役割を担うと考える。人事部門は変化のフォロワーではなく、「学びを促し、部門の壁を超えて人と人をつなぎ、変化を受容する」といった組織文化を育み、根付かせるデザイナーとして機能することが期待される。

日本企業への示唆

FOBOの背景を踏まえると、日本企業が注目すべきポイントは少なくない。第一に「代替不可能性(Irreplaceable)」。すなわち、AIには代替できない人間ならではの共感力、創造力、対話力などに再注目し、トレーニングや評価などを見直してみることだ。第二に、AI活用に対する適切な理解と業務での実践的な応用力を養うための教育機会を提供することである。そして第三に、AI導入を前向きに受容する文化的土壌をいかに整えるかという観点だ。技術による変化を「学びと成長の契機」と従業員が捉えられるようにすることは、人事部門が主導すべき継続的な課題である。

FOBOは、誰もが抱え得る不安や恐れといえる。しかし、それを「変化を拒む理由」とせず、自らの行動を見直し、変化と向き合う契機としたい。そのためにも、柔軟な思考、継続的な学び、そして「自分(あるいは組織)は変われる」という希望が欠かせない。人事部門には、学びや変化を組織全体に波及させる変革の触媒として機能することが期待されている。

※1 https://news.gallup.com/poll/510551/workers-fear-technology-making-jobs-obsolete.aspx
※2 https://www.gallup.com/workplace/652784/culture-of-ai-and-adoption-report.aspx
※3 https://hai.stanford.edu/ai-index/2025-ai-index-report
※4 https://dam.vlerick.com/m/69796b542585bce9/original/HR-Barometer-2025.pdf

《FOBO》の注目ポイント

  • 「FOBO」とは「Fear of Becoming Obsolete」の頭字語で、AIなど技術の進歩により、自分の仕事が時代遅れになる恐怖を意味する。

  • FOBOは特定の職種や立場に限定されず、広範な層に広がりつつある。

  • 人事部門は、AIや新技術の導入を受け入れる文化的土壌を整える役割を果たすことが求められている。

Algorithmic Management《アルゴリズミックマネジメント》

アルゴリズミックマネジメントとは何か。アルゴリズミックマネジメントは、技術的な進展の早さから実務的な理解に差が生まれやすく、また観点の違いから学術的にもさまざまな理解がなされ、定義は多岐にわたっている(※5)。しかし、概ね共通していえることは、データを収集・分析し、従来人間のマネジャーが行っていた機能・役割を支援・代替するという点である。

例えば、ライドシェアやフードデリバリーを中心に各国で拡大しているギグワークでは、人間のマネジャーがおらず、アルゴリズムによって指示が出されることが特徴だ。「地点Aから地点Bまでハンバーガーセットを届けてください」といった指示は、人間ではなくアルゴリズムによって出される。こうしたアルゴリズミックマネジメントの仕組みがギグワークのビジネスモデルを支えてきた。

また、最近ではギグワークにとどまらず、伝統的な職場にもアルゴリズミックマネジメントは徐々に広がっている。例えば、これまで人間のマネジャーが担っていた採用、目標設定や評価などの業務を支援するツールがそれに当たる(※6)。他方、国によって導入状況は異なっており、日本の導入率が40%であるのに対し、アメリカでは90%を記録している(図表2/※7)。

図表2:アルゴリズミックマネジメントのソフトウェアを導入する企業の割合

図表2:アルゴリズミックマネジメントのソフトウェアを導入する企業の割合

※マネジャーに対し、自社がさまざまなタスクの自動化を部分的または完全に実現するためのソフトウェアを導入しているかを尋ねたもの。
出所:※7を基にパーソル総合研究所作成

アルゴリズミックマネジメントの利点

アルゴリズミックマネジメントが広がることで、その利点が知られるようになってきた。まず、その特徴から明らかなように、マネジャーの工数不足に対する効果がある。例えば、これまで自身で分析していたものがツールによって行われれば、そこに費やしていた時間は分析のさらなる深堀りや、別の業務に使えるようになる。実際に、アルゴリズミックマネジメントによってマネジャーの60%が意思決定の質向上を、53%が職務満足の改善を自認している(※7)。

また、こうした改善によって恩恵を受けるのは上司だけではない。アルゴリズミックマネジメントの導入によって、より分析的な目標設定・評価がなされれば、従業員にとってもメリットがある。マネジャーの癖や好き嫌いに左右されにくくなるからだ。

他にも、育成やキャリア開発においてもメリットがある。ラーニングプログラムのおすすめや、学習の進捗状況に基づいたアドバイスなどの質も向上している。時間を問わずリアルタイムでフィードバックが得られることや、適切なタイミングでのフォローアップが可能なことも、従来のコーチングやキャリアカウンセリングとの大きな差である。

そして、これらに共通して、データが収集されることで品質向上が期待できることも重要な特徴であり、しかも、規模の拡大が容易で、展開しやすいのも注目すべき点である。

アルゴリズミックマネジメントが抱えるリスクに注意

利点の一方で、リスクも抱えている。度々指摘されることは、差別の助長である。アルゴリズミックマネジメントにおいては、データが重要になる。しかし、そのデータに何らかのバイアスがあった場合、それを基に作られたツールはバイアスを取り込むことになる。その結果、性差別や人種差別などを助長・強化することにつながる。

こうした差別のリスクは、将来的に軽減されていくと考えられる。しかし、品質が向上することで生じる懸念もある。ツールが導き出した結果に対するマネジャーの過度な信頼である。当初は、支援システムとして導入したものでも、結果が概ね満足できるものであることが続くと、次第に精査することなく、右から左へと結果を流すだけになりやすい。また、従業員から説明を求められても、判断の過程がブラックボックスになっており、応答できないという弊害も生じる。

図表3:マネジメントの自動化レベル

図表3:マネジメントの自動化レベル

出所:※9を参考にパーソル総合研究所作成

日本企業への示唆

アルゴリズミックマネジメントの導入において、日本は後塵を拝している。使用によって生じるリスクに対する懸念が一因と考えられるが、使わないリスクを抱え得ることも認識しておきたい。「罰ゲーム」(※8)と呼ばれる多忙な日本企業のマネジャーの現状を打破するために、アルゴリズミックマネジメントの導入は有効な手段のひとつだ。導入企業では、ツールを使いこなせなければ、時代遅れのマネジャーとみなされるようになるだろう。変化への抵抗感とFOBO(6~7頁)の間で揺れる心情は想像に難くないが、まずは身近なAIツールからでも実際に使ってみる学習機会を設けることだ。知ってはいても、未だ触ったことがない人も少なくない。

導入を検討する際には、人が行うべきマネジメントとして、何をどの程度残すのかもポイントになる。導入するか、しないかの観点で捉えがちだが、実際には軽度なアシストから代替まで大きな幅が存在している。例えば、図表3では車の自動運転のレベル分類を参考に、レベル感が整理されている(※9)。レベルが高まるほどに人からアルゴリズムへとマネジメントが移行されていることが分かる。技術的な発展とともに今後、高次のレベルを担うツールが増えていくだろう。しかし、マネジメントにおいては人間らしさが重要となる場面も少なくない。より高いレベルのアルゴリズミックマネジメントが自社にとって望ましいのかについては慎重に考えるべきである。

これらのツールは、導入やその後の安定的な運用に関心が向きがちだが、中長期的な視点を持つと見え方が少し変わってくる。多くのツールと同様に、恒久的に使えるとは考えにくく、将来的にリプレイスが必要となるからだ。特にツールを切り替えた場合、アルゴリズムの根本的な部分も変わる。その結果、例えば人事評価ツールを切り替え、アルゴリズムが変わったことで、最終的な評価に影響が及ぶことが想像できる。特に問題となるのは、低評価が出やすくなった場合だろう。他方で、ツールの変更という選択肢を排除することも考えにくい。企業は、直近の導入や安定運用だけでなく、中長期的なインパクトの考慮も不可欠だ。

※5 Keegan, A., & Meijerink, J. (2025). Algorithmic Management in Organizations? From Edge Case to Center Stage. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 12(1), 395-422.
※6 https://business.linkedin.com/talent-solutions/hiring-assistant
https://www.sap.com/products/hcm/performance-goals.html
※7 Milanez, A., Lemmens, A., & Ruggiu, C. (2025). Algorithmic management in the workplace: New evidence from an OECD employer survey. OECD Artificial Intelligence Papers.
※8 小林祐児 (2024).『罰ゲーム化する管理職─バグだらけの職場の修正法』集英社インターナショナル
※9 Wood A.J. (2021). Algorithmic Management: Consequence for Work Organisation and Working Conditions. JRC Working Papers Series on Labour, Education and Technology.

《Algorithmic Management》の注目ポイント

  • アルゴリズミックマネジメントはギグワークにとどまらず、採用、目標設定や評価などの業務支援へと広がっている。

  • アルゴリズミックマネジメントは、データのバイアスによる性差別や人種差別などを助長するリスクや、判断の過程がブラックボックス化することで従業員への説明が困難になるという課題もある。

  • 企業がアルゴリズミックマネジメントを導入する際には、自社にとって望ましい自動化レベルを慎重に考える必要がある。

Workplace Incivility《職場での無礼》

アメリカでは、労働者が1日当たり2億2200万件を超えるインシビリティを目撃・経験しており、それに起因する生産性の低下や欠勤によって、1日当たり27億ドルの損失が生じているという(※10)。

インシビリティはやや聞きなれない英単語かもしれないが、一般に「無礼な言動」と訳される。特に、職場を対象とした学術研究においては、ワークプレイスインシビリティと呼ばれ、以下の定義によって理解されている。ワークプレイスインシビリティとは、「相互尊重という職場の規範に反し、対象者を傷つける意図が曖昧な低強度の逸脱行為」のことである(※11)。定義の文言からは若干イメージしにくいが、当人のいないところで否定的な話をすることや、人の話を遮ったり、話している間にスマートフォンを触ったりする行為などが挙げられる。

なぜワークプレイスインシビリティの注目度が高まったのか

先の定義が示された論文は1999年のもので、その後25年ほど経っている。また、礼節を欠いた行為は時代を問わず一定程度見られ、特徴的とも言い難い。それにもかかわらず、ワークプレイスインシビリティがここにきて脚光を浴びたのはなぜだろうか。この背景には、複数の要因が潜んでいると考えられる。ひとつずつ確認してみよう。

第一に、政治的分断がある。特に2024年のアメリカは、大統領選挙によって、職場での政治対話の難しさが如実に表れていた。かつてとは異なり、近年は職場において政治の話はタブーではなくなりつつあるが、それでもやはりセンシティブであることは確かで、一歩間違えればインシビリティへとつながりかねない。ロシアやイスラエルなどグローバルな政治的緊張もあり、アメリカ以外においても、同様である。

これに関連して、研究領域も広がっている。ワークプレイスインシビリティは、これまでHR関連領域を中心に研究されてきた。しかし、政治やビジネス倫理の文脈に位置付けた研究が見られるようになってきている。インシビリティが蔓延する職場では、男性に比べて女性は沈黙を選択する傾向にあるという論文(※12)がビジネス倫理学のトップジャーナルに掲載されたのは、その一例だ。反DEIが進行する中で、インシビリティというHR領域の知見とビジネス倫理上の問題意識が接近した結果といえるだろう。

そして第二に、前号(2024年vol.22)で取り上げたVoice of Employee《従業員の声》(※13)が背景にある。従業員の声は情報を伝える点に主眼を置いているが、実務的にはその伝え方やフィードバック方法が重要になってくる。先の点とも関連するが、政治的分断が起こる中においても、コミュニケーションが礼節にかなった形で行われているのか。従業員の声のその先に、インシビリティの問題が浮上してきたといえる。

第三に挙げられるのは、出社回帰である。新型コロナの影響が落ち着き、テレワークから出社へと方針転換する企業が見られるようになっている。多数がテレワークする職場では、コミュニケーション機会の減少から、インシビリティの発生機会も抑えられていた。しかし、日常的に出社するようになることでコミュニケーション機会が増え、インシビリティの発生機会も再び増えた。また、出社回帰とはいえ、コロナ前と比較すれば対面コミュニケーションが少ないことから、出社時に密に行おうとすることで、結果的に地雷を踏んでしまうといった状況も生じるようになったと考えられる。

ワークプレイスインシビリティとハラスメントとの違いは何か

このような背景から、海外ではワークプレイスインシビリティへの注目度が高まったが、興味深いのはハラスメントとは切り分けて考えられている点である。定義を見てみると、その違いのひとつに「意図」がある。一例としてハラスメントは、「他の従業員を意図的に傷つけることを目的とした対人関係上の行為」とされている(※14)。冒頭で示したように、インシビリティは「対象者を傷つける意図が曖昧」なものである。また、「継続性」にも差があると考えられている。インシビリティは「何気ない一言のような一過性のもの」、ハラスメントは「日々繰り返される嫌がらせのような継続性のあるもの」が該当する。

さらに、特にアメリカにおいて、インシビリティは一般的に法的な問題とされない。一方で、継続性があり標的が明確なハラスメントについては、法的対応が必要になってくることがある。これらの特徴を深刻さの観点からシンプルに整理したのが、次の図表4だ。

図表4:インシビリティとハラスメント

図表4:インシビリティとハラスメント

※パーソル総合研究所作成

図表4では行為を3つのレイヤーに分けている。左側に「標準的な行為」、反対側にあるのが「ハラスメント」で、その間に「ワークプレイスインシビリティ」がある。この図表4には2つのポイントがある。まず、それぞれの境界がナナメになっている点である。このナナメの境界が表していることは、どちらとも解釈できるグレーゾーンの存在だ。グレーゾーンは、国ごとの法制や文化の差、実務と学術の異なる観点からも生じている。もうひとつは、境界の曖昧さはありつつも、インシビリティは標準的な行為よりも悪く、ハラスメントほど深刻ではない点がある。このようにして考えることで、ハラスメントとワークプレイスインシビリティのそれぞれの特徴を理解できるはずだ。

日本企業への示唆

昨今の日本では、あまり望ましくない行為が直ちにハラスメントとして取り扱われるかのような雰囲気がある。それによって、本来であればワークプレイスインシビリティとみなされるようなものでも、ハラスメントとして指摘されることで、管理職層の萎縮につながっているのではないだろうか。セクハラ、パワハラなど、〇〇ハラと表現することは時に便利で、想像しやすいものだが、安直なラベリングは、萎縮や誤解を招きかねない。他方、存在するグレーゾーンや知識の不足から、従業員にとっては職場で生じるどの行為がインシビリティに当たるのかは、必ずしも判断がつかない場合があるだろう。

そこで必要になってくることは、自社の職場において、インシビリティとはどのような行為が当たるかを示すと同時に、組織として対処すべき行為と従業員自身で対処すべき行為の指針を策定し、現場に浸透させることだ。昨今、ハラスメントポリシーを定める企業は増えてきたように思われるが、インシビリティポリシーについてはどうだろうか。単に概念が増える、手間が増えるようにも見えるが、十把一絡げにハラスメントとされ、その対応に追われている職場において、特に必要なことではないだろうか。ワークプレイスインシビリティの重要性を認識すべき時が到来している。

※10 https://www.shrm.org/about/press-room/incivility-reaches-record-high-with-political-viewpoint-differen
※11 Andersson, L. M., & Pearson, C. M. (1999). Tit for tat?
The spiraling effect of incivility in the workplace. Academy of management review, 24(3), 452-471.
※12 Bain, K., Coll, K., Kreps, T. A., & Tenney, E. R. (2025). Silenced by Incivility. Journal of Business Ethics, 198, 107-125.
※13 https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/hito/global-trendword2024.html#02
※14 Bowling, N. A., & Beehr, T. A. (2006). Workplace harassment from the victim's perspective: A theoretical model and meta-analysis. Journal of Applied Psychology, 91(5), 998-1012.

《Workplace Incivility》の注目ポイント

  • ワークプレイスインシビリティは、相互尊重という職場の規範に反し、対象者を傷つける意図が曖昧な低強度の逸脱行為を指し、経験・目撃することで生産性の低下や欠勤による損失が大きい。

  • ワークプレイスインシビリティの注目度が高まった背景は、政治的分断による職場での対話の難しさ、従業員の声の重要性、そしてテレワークから出社回帰によるコミュニケーション機会の増加が考えられる。

  • 企業はインシビリティの具体例や対処指針を策定し、現場に浸透させることが重要。

機関誌HITO vol.24「海外のHRトレンド」コンテンツ

《Special Feature 1》海外のHRトレンド~調査から選定した3つの注目テーマ~

HR TREND 1 FOBO《Fear of Becoming Obsolete(時代遅れになることへの恐怖)》

  • インタビュー

Jeremie Brecheisen 氏

挑戦し失敗できる文化と信頼関係の構築を

Gallup EMEA マネージング・パートナー

Jeremie Brecheisen 氏

HR TREND 2 Algorithmic Management《アルゴリズミックマネジメント》

  • インタビュー

Mohammad Hossein Jarrahi 氏

AIの手綱を握り人的資本を強化する協働関係へ

ノースカロライナ大学 チャペルヒル校 教授

Mohammad Hossein Jarrahi 氏

HR TREND 3 Workplace Incivility《職場での無礼》

  • インタビュー

Ismaeel Tharwat 氏

自覚を促すフィードバック環境を整備し、課題と対応策を見いだしていく

ノースカロライナ大学 チャペルヒル校 キーナン・フラグラー・ビジネススクール 教授

Christine Porath 氏

佐藤 優介氏

海外主要ジャーナル調査から見えてきた 学術的研究におけるHRトレンド
「いかに個人が自律的に自己管理し他者と協働するか」

應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 特任講師

佐藤 優介 氏

甲谷 勇平 氏

慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 博士後期課程

甲谷 勇平氏

《Special Feature 2》Smart Downsizing《賢く縮む》~海外の大量解雇から学ぶ、組織最適化の実務~

本間 道治 氏

アメリカの雇用法制に見る日本企業飛躍のヒント

オグルツリー・ディーキンス法律事務所 インディアナポリス事務所 インディアナ州弁護士、ワシントン州弁護士

本間 道治 氏

Madeleine Pickles 氏

従業員の心理を理解し寄り添い支える姿勢が、解雇のネガティブな影響を軽減

リバプール ビジネス スクール 准教授

Madeleine Pickles 氏

Pascal Bornet 氏

人間ならではの能力を育みAIと共生・協働するかけがえのない人材に

AI・オートメーション専門家、作家

Pascal Bornet 氏

おわりに

  • 多重の不確実性と向き合う時代、HR部門をいかに再定義するか

パーソル総合研究所 上席主任研究員

井上 亮太郎

HITO vol.24「海外のHRトレンド」へ

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