会社主導のキャリア開発から「自律創造型人財」の育成へ転換
~JTB流・自律的なキャリアデザインへの支援~

公開日 2022/09/27

社員の自律的なキャリア形成支援を行う企業を表彰する厚生労働省の「グッドキャリア企業アワード」で大賞を受賞したJTB。同社では2018年度から社員と会社の関係性を変えていく「キャリア改革」を進めている。その中心にあるのは、会社主導から個人の自律性に基づくキャリアデザインへの転換。持続的な価値創出が求められる中で、社員自らがこれまでのスキル・知識を見直し、新しく学び続ける、まさにアンラーニングを促す人財育成と言えるだろう。自律創造型人財の育成を目指すJTBの挑戦とはどのようなものか、話を聞いた。

田中 篤 氏

グループ本社 人財開発チーム 人財開発チームマネージャー
JTBユニバーシティ運営事務局長兼務
 田中 篤 氏

1972年栃木県生まれ。1995年上智大学法学部卒業後、日本交通公社(現JTB)入社。14年間の法人営業後、2011年社内公募制度にて一橋大学大学院経営学修士コース(MBA)取得、本社経営企画担当マネージャー、2014年株式会社JTB総合研究所コンサルティング第二部長、2018年同社事業企画部長などを経て、2020年4月より現職。

株式会社JTB

1912年創立、国内最大手の旅行会社
従業員数19,510名(グループ全体 2022年3月31日時点)

  1. JTBが目指す「自律創造型人財」の育成とは
  2. 「キャリア改革」をスタートした理由
  3. 「履修主義」から「修得主義」へ研修を転換
  4. コロナ前に比べキャリアデザイン支援研修受講者数は2倍以上に増加

JTBが目指す「自律創造型人財」の育成とは

――JTBにおける人財育成の根底にある考え方はどのようなものですか。

人々の交流を創造することを経営理念に掲げるJTBグループでは、創立以来社員一人ひとりを大切にし、人財が幾多の事業を支え、推進する考え方が根付いています。今年度から当社の中期経営計画が回復・成長のフェーズに移ることに合わせ、より経営戦略に連動した人財戦略に変更しました。人財に対する基本理念をこれまでの「最大の経営資源」から「持続的な価値創出の源泉」と置き換え、社員の成長・活力が企業グループ及び各事業の成長・飛躍・変革を支えるものであるとしました。また、グループの経営理念・経営方針を具現化できる目指すべき人財像として「自律創造型人財」を定義し直し、「自ら考え、努力し、成長し続けることで、組織の能力を最大化する自律創造型人財の育成」を人財開発の基本方針(JTBユニバーシティのミッション)としました。


――自律創造型人財とはどんな人財像か、具体的に教えてください。

会社は社員に挑戦と成長の機会を最大限提供していく一方、社員はグループ共通の価値観であり日々の判断や行動の基準となる「One JTB Values」に共感し、グループ経営方針を体現していく。そんな関係性の中で、自律創造型人財は「マーケットや外部環境の変化をチャンスと捉え、自ら課題を立て、迅速に行動し、挑戦し続ける人」「自らの意思と努力で専門性を磨き、夢と好奇心で未来を描き、自己成長し続ける人」「国際的な視野をもち、多様性を持つ社内外のメンバーと協働し、新たな価値を創造し続ける人」と定義しています。


実は自律創造型社員という言葉自体はこれまで10年以上使ってきましたが、今回改めて必要なマインドとスキル、行動について整理した上で再定義しました。表現がすべて「し続ける人」で終わっているのは、常に成長し続けて欲しいとの意思を込めているからです。自律創造型人財を育成するのが我々人財開発チームに与えられた最大のミッションで、これまでは研修をすること自体が目的化しがちな傾向がありましたが、ミッションの実現に向けて、研修の内容やキャリア開発の進め方、及びその再設計について本気で議論を続けています。

「キャリア改革」をスタートした理由

――「グッドキャリア企業アワード2020」大賞受賞で評価された「キャリア改革」を実施したきっかけを教えてください。

当社のビジネスモデル変革、及び組織変革を進め、よりお客様に正対し、その結果社員がイキイキと働けるようにするためです。JTBグループでは2006年から地域別、機能別に分社化し、人財の採用、育成も各社で行っていました。しかし事業環境やお客様の旅行に対するニーズが劇的に変化する中で、分社化した体制ではマーケットの要望に対応しきれない状況が生まれてきました。例えば、夜に旅行のテレビ番組を見て思い立ったら即座にウェブサイトから旅行の予約を入れるような流れや、団体旅行やパッケージ旅行商品を利用しない個人海外旅行のFIT化(Free Independent Tour)など、お客様の申し込み方やニーズが急速に変わってきたのです。


そこで旅行という商品のバリューチェーンを再構築し、よりお客様に正対するため、分社化していたグループ15社を2018年に経営統合しました。ここで大きな課題となったのが、12年間の分社化で生まれた各社間のカルチャーや企業風土の隔たりです。これを解決するため、JTBではダイバーシティを基盤としたイノベーションあふれる風土の実現を目指す「カルチャー改革」を掲げました。


キャリア改革は、カルチャー改革の柱の1つという位置づけで、
 1.主体的なキャリア開発への転換
 2.活躍領域の拡大と新たな能力開発の拡充
 3.メンバーのキャリア開発を支援するマネジメントへの転換


という3つの変革を起こす取り組みです。以前は会社が絵を描き、そのステップに沿って社員を育成する形だったキャリア開発を、対話を通じて会社の経営方針の具現化と個々の社員のキャリア実現のベクトルを合わせるような形に転換する。社員は自律的に自らのキャリアを描く「自律創造型人財」を目指し、会社は最大限の支援をしていく。そのために、キャリアデザインを社員自身とその上長が対話を通じながら一緒に描いていくためにミドルマネジメントを強化する。こうした点が従来と大きく変わりました。


――人財に求める能力や資質に関しても、従来とは変わってきたのでしょうか。

旅行業は旅行業法という法律のもとに旅行の催行や旅程管理が行われるので、決められた枠の中でオペレーションを回すことに関して、当社は非常に秀でています。しかし経営環境の変化の中でビジネスモデル変革への挑戦や、新しいサービス創出をしようとすると、不得手な部分も見えてきました。


これまでの延長線上にあるビジネスなら、従来のままでも対応できると思いますが、そもそも消費者の旅行に対するニーズが変わってきています。我々の事業ドメインも、旅行業ではなく交流創造事業と定義しており、新たな事業を生み出すために外部のパートナーとも協業しながら価値を創出することが求められるようになりました。そこで、経営課題・事業課題を解消するためにも、自律的にキャリアを選択し、自身のビジョンに基づいて自ら学んでいく人財を本気で育てる方向に大きくシフトしていったのです。

「履修主義」から「修得主義」へ研修を転換

――会社が社員へのアプローチをアンラーンしたといえますね。アワードでは「学びの支援」や「キャリア支援」が評価されていましたが、自律創造型人財育成のために、どんな支援をされていますか。

大きく3つの柱を立てました。
 1.能力開発支援(人財開発・育成)
 2.キャリア開発支援
 3.「学び」を基軸とした組織風土改革支援
です。「1.能力開発支援(人財開発・育成)」については、育成プラットホームであるJTBユニバーシティが、集合研修やウェビナーの実施、eラーニングの作成・配信などを行っています。さらに2021年度からはJTBユニバーシティ研修改革も進めています(下図参照)。これには5つの柱があり、その中心となるのが研修自体の「在り方」の見直しです。


研修改革のイメージ

研修改革のイメージ


従来の研修は、会社が社員の成長をデザインするとの考えに基づく履修主義で、例えば課長職になった人は課長研修を必ず受講するという、あるポジションになったときに受講する研修がメインの設計でした。しかし経営環境の変化が激しい現在は、スピーディに社員を成長させていかなければなりません。そこで、履修主義から修得主義へ、研修の在り方を見直しました。


例えば「支店長になりたい」という人は、支店長になってから必修の研修を受けるだけではなく、会社としてマネジメントやリーダーシップなどの仕事を学ぶための研修を用意しておくので、自分のキャリアデザインの具現化に向けて、いつでも受けたいときにどんどん受けてくださいという形に変更したのです。


――研修の「仕組み」も見直したそうですね。

我々がJ-Campusと呼んでいるラーニングマネジメントシステム(LMS)を今年から本格的に導入しました。これまでは研修の申込窓口となるポータルサイトがあったのですが、それでは必要なときに必要な学びを提供することがおぼつかなくなります。個人が常時、能動的にポータルサイトを覗きにいくのは難しいからです。


LMSはまだ完成していませんが、近い将来、それぞれの社員が自分のWill(ウィル)、Can(キャン)、Must(マスト)を棚卸した上で、今後のキャリアデザイン上必要な研修があれば、LMSからレコメンドが飛ぶようにしたいと考えています。現在は手動的にレコメンドを開始しており、マネジメント研修の案内を組織運営職に1to1マーケティングでプッシュ配信したところ、すぐに10人の申込がありました。「必要な時に、必要な学び」の具現化に一歩踏み出せたと感じています。


――研修内容そのものについても見直しましたか。

自分の行動変容につながる具体的なイメージが持てるよう研修の再設計を行い、研修後のアンケートでも行動変容を主要なヒアリングポイントの1つにしました。社内では「レッスンルーブリック」と呼んでいますが、「研修で変容させたい項目」「その到達レベル」「到達レベルをあげるために求められる具体的な行動基準」を1つの表として示しています(下図参照)。「この研修を受けるとレベル2の人がレベル3(※)になれます」と、事前に研修を受ける目的を明確化できるようにし、将来的には、あるべき姿から逆算して自分たちがどの研修を受け、業務を通じどんな経験を積んでいけばよいのかを極力明示していきたいと考えています。


※会社側で見える化している職種別、および全社共通のスキル・能力のレベル


レッスンルーブリック

レッスンルーブリック

コロナ前に比べキャリアデザイン支援研修受講者数は2倍以上に増加

――自律創造型人財育成支援の3つの柱の「2.キャリア開発支援」はどのような内容でしょうか。

制度としては、所属個所における目標設定と連動した中長期的なキャリア開発における上長との年3回の対話の場があります。5~10年先のキャリアビジョンを描き、自分の強み・弱みを棚卸し、そのビジョン具現化のためにこの1年間どんな取り組みを行っていくかを共有し、上長は対話を通じ支援を行っていきます。部下のキャリア開発を支援することで自身の上長のマネジメント強化にもつながっていきます。一方で、短視眼的かつ上長の経験に基づいたキャリア開発になりがちな点を埋めるべく、研修を通じたキャリアデザイン研修・面談を拡充し「キャリアに対する気づき・築き方」の選択肢も広げています。具体的には28歳、30・40・50代を対象としたキャリアデザイン研修と29歳に対する人事担当によるキャリア面談があります。また、昨年度50代社員を対象にスタートした社内キャリアコンサルタントによるセルフキャリアドックを30代以上の社員に拡充して、主体的・能動的なキャリア開発をサポートしています。


さらに、新たに自律創造型人財が備えるべき「JTBグループ共通能力」を策定しました。グループとして今後、新たな領域に挑戦していかなければならないことを考えれば、従来とは異なるスキルや能力が必要です。どんな環境になろうとも、どんな職種を担おうとも身に付けておいて欲しいスキル・能力を見える化したもので、セルフチェックできる仕組みも導入しました。


用意された質問項目に答えていくと、問題解決力やコミュニケーション力、分析力といった能力について、ざっくりと自分の立ち位置が分かるようになっていて、自分の得手不得手も明確になります。我々としてはこれを上長との面談で活用し、「僕はこの能力が弱いので、1年かけて勉強しようと思います」、「それならこんな研修があるから受講するといい」といった会話が促進されることを意図しています。


――仕組みを整えても学ぶ風土がないと、社員が動きません。同3つの柱の「3.学びを基軸とした組織風土改革支援」は、どのように取り組んでいますか。

自律的な若手は、周りに自分の成長を促進してくれる環境がないと、限界を感じ外に目を向け始めます。そこで「学び合い、学び続ける組織風土」の醸成を目指し、1人で孤立して学ぶのではなく、周囲の成長から刺激をもらい頑張っていけるような「互学互習」の風土、「学び」を基軸としたインナーコミュニケーション機能を高めようとしています。


そのために、ウェブの社内報で社員や組織の学びに関する取り組みを共有しているほか、昨年から「学びのサマーフェスティバル」を開催しています。これは社員が自らの強み・スキルをグループ社員に共有できる参加型オンラインイベントで、今年は「みんなでつくる学びのサマーフェスティバル」をコンセプトに全部で69プログラムが集まり、延べ国内外の一般社員から役員まで7,272人が参加しました。


――連の取り組みによる成果、あるいは組織の変化にはどのようなものがありますか。

新型コロナ以前の2019年と現在(2022年)の研修のリアル・オンライン比率を比べると9対1くらいから4対6程度(2020年度は1対9)になっています。その中で学びの延べ人数は2倍以上に増加し、年間の研修受講者数は約1万4,000人になりました。ウェビナーによる提供の手段を増やしたことや、eラーニング学び放題の拡充等が功を奏し、「必要なときに、必要な学び」を提供するという我々の狙いはある程度、具現化できていると思います。嬉しかったのは、これまで子育て世代や介護世代から「研修に参加したいができない」との声がかなりあったのですが、確実にその人たちが参加しやすくなった点です。


組織にどんな変化が生まれたかは、これから客観的に、中長期的に追っていきたいと思います。目に見える変化としては、一昔前の支店長なら研修よりも営業を優先する雰囲気がありましたが、中長期的な人財開発が必要であると意識が変わってきており、「この研修を受けたほうがよいのでは」と個の成長と横の繋がりを願い、積極的に研修受講を勧めるように組織が変化しつつあり、支店や部門によっては、学んだことを持ち帰って広めるような、学び合う組織文化ができつつあることです。


――最後に、今後の展望を教えてください。

もはや以前のような一律的な教育は難しく、自律的にキャリアを描ける人を増やし、手を挙げた人に会社は最大限支援していく必要があります。当社グループの経営ビジョン『地球を舞台に「新」交流時代を切り拓く』。「自律創造型人財」である社員一人ひとりがその担い手として体現していく。それができればJTBグループは組織として、さらに強くなれると考えています。


※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。


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