公開日 2015/01/15
P&G社で採用を担当しながら、兼任で組織担当人事(ビジネスパートナー)を経験した木下氏は、人事としての引き出し(修羅場経験)をもっと増やし、さらなる成長を志して、日本GEへと転職します。今回からは、日本GEに入社してからのキャリアについて、お話を伺います。まずは、日本GE入社後すぐ挑戦したHuman Resource Leadership Program (以下、HRLP)と呼ばれるリーダーシップ・プログラムの経験からお話いただきました。
-P&G社で5年間採用経験を積み、その後、GE社へ転職したきっかけは何だったのでしょう。
木下氏:人事としての幅をさらに広げたいと思ったことです。P&G社内で異動や新たなチャレンジができる環境ではあったのですが、日本GE社を選んだ大きな理由は「HRLP」と呼ばれるリーダーシップ・プログラムがあったからです。このプログラムは、2年間、世界中のHRLP同期と一緒に半年ごとに実施されるグローバル人事開発セミナーに参加しながら、8カ月ずつ計3回にわたり異なる実務経験を通して、次世代の人事リーダーを育てるもの。特に面白い特徴が、3回の実務ローテーションのうち1回は人事以外の仕事も経験できるということです。
-木下さんが経験された3回の実務はそれぞれどのような仕事だったのですか。
木下氏:まず日本での営業育成に携わり、次に米国・カナダで財務の仕事を経験し、最後にタイにある現地工場で工場人事を担当しました。特に財務の業務経験は、戦略的ビジネスパートナーになるための必須要件と考え、強く希望しました。大学で会計の基礎を勉強していましたが、直前にも米国会計を短期集中で勉強し、財務知識に関する社内試験では、財務業務を2年間経験した社員と同等のレベルに達していました。
ところが、北米で待っていたのは大きな2つの壁。1つは英語です。前職も外資系企業ですから英語は使い慣れているつもりでしたが、日本人が話す英語に慣れている外国人を相手にしたものでしかなかった。米国のオフィスでは、現地のアメリカ人を相手に、私のスピードやボキャブラリーは圧倒的に不足していたうえ、発音も聞き取りにくく、思うように自分の英語が通じない。これだけでも最初の1カ月間のストレスは大きなものでした。
もう1つの壁は、自分自身のプライドというか甘えです。私の専門は人事ですから、財務の仕事で分からないことがあるのは仕方がないという思いもあった。また周囲に迷惑をかけてはいけないという思いから、仕事上で分からないことが生じたら、まずは持ち帰って自分で調べて、それでも分からなかったら聞く、というアプローチをしていたのです。1カ月ほど経って、突然上司に呼ばれ、「達夫は何をやっているのか分からない。スピードが遅いのに自分や周囲に助けを求めに来ない。チームとの会話も少ない。ここへ何をしに来たのだ?」と叱られました。あんなに強く叱られたことはありませんでした。
今から考えると典型的な抱え込み問題社員になっていたわけですが、厳しい叱責を受けて、「こんなはずではなかった。自分はまったく認められていない」とずいぶん落ち込みました。悩んで悩んで...、ある日吹っ切れたのです。せっかく米国までやって来たのに悩んでいるよりも、まずはできることを何でもやってみよう! と。そこで、プライドも甘えも捨てて、新入社員の時のように分からないことはすぐ聞き、何でも学ぼうとする姿勢で仕事に向かい始めました。また、北米の職場では、まだ日本では広まっていなかったチャットを使って上司や同僚と報告・相談を活発に行っていたことがわかったので、チャットも積極的に使い始めました。今までやってきた自分の仕事の仕方や習慣をアンラーニングした経験とも言えます。独りよがりのプライドを捨てて、とにかく謙虚に、自分の英語が聞き取られずに怪訝な顔をされても、気にせず自分から積極的に話しかけました。そうして、だんだん環境にも慣れてきて周囲とも分かり合えてきました。これは一皮むけた経験でした。今でもグローバルチームとコミュニケーションをとる時に生きています。
-その後、タイの工場へ赴任し、HRLPの一連の実務経験を完遂されたのですね。HRLPの後は人事に戻られたのですか。
木下氏:実は、次の仕事は人事ではなく営業部門に配属になりました。日本GEプラスチックス(当時)で18カ月限定のシックスシグマ・プロジェクトのリーダーである営業ブラックベルトを任されたのです。
HRLPは人事リーダーになるためのプログラムですから、北米で財務を経験している間も人事部所属のままですが、このときは完全に人事部の管轄から出て営業部所属。良い人事リーダーになるには、ビジネスに関わるいろんな仕事をしておいたほうがいい。HRLPで財務は経験したものの、やはり本当にビジネスを理解するにはフロントの仕事をしておきたいと常々思っていました。そんな折、HRLPの1ローテーション目の営業育成の担当時代に一緒に働いた営業マネジャーが、ちょうど空いた営業ブラックベルトのポジションに私を推薦してくれたのです。
業務内容は、当時問題を抱えていた価格承認などの営業向けグローバルシステムの改善や、営業社員の生産性の向上、営業会議運営など、いわゆる営業企画に近いものでした。また、日本GEプラスチックス(当時)はそれまで外部の商社に委託していた販売機能を、2001年に自社販売体制へシフト。60名ほどの新たな営業部隊を立ち上げたため、その採用や営業育成なども担いました。日系企業からの中途入社者も多かったので、製品や技術の知識獲得に加え、GEならではのワークアウトやリーンシックスシグマ、リーダーシップを学びたいという意欲が高い人が多く、様々な問題の解決やプロジェクトを通じて営業の皆さんと仲間意識を深めていくことができました。
-本格的に人事から離れて営業を経験されてみて、いかがでしたか。
木下氏:営業部門に所属したことで、営業現場で日々どのような大変さ・やりがいがあるかを体感できました。お客様からの要望に応えるだけでなく、お客様の先を読んだ提案を仕掛ける、常に競合の動きを意識して迅速に動く、差別化を図る。時には値上げ交渉など厳しい話もありましたが、そんな時こそお客様との信頼関係が試されることがわかりました。
そして同時に痛感したことは、営業だけが孤軍奮闘しても勝ちには限界がある、営業の現場は"ビジネスの総合力"が試される真実の瞬間(Moment of truth)であって、部門を超えた総力戦でなければ勝ち続けることはできない、という当たり前のことでした。
商社を通して販売していた時は、顧客からの要望・クレームなどは商社がまず受け止めていたので、顧客の率直な声が社内に伝わりにくい状況がありました。しかし、自社直販体制になったことで、品質や納期、今後の開発に対する顧客の要望が、自社の営業を通してダイレクトに届くようになります。その結果、開発・製造・物流部門と顧客との距離が縮まることで、顧客により大きな付加価値を与える"顧客志向のモノづくり体制"を構築する、それが直販営業部隊のミッションでした。
しかし30年の歴史がある同社の栃木工場は、直近5年間で海外への生産移管が進み、生産量がピーク期の半分に。度重なる人員削減が続いたことで疲弊していました。その上、営業社員は全員中途入社で自社製品や製造・技に関する知識についてゼロからのスタートで、営業を支援する工場の社員の負荷がアップしていました。以前は商社の担当者が当たり前のようにできていたことが、新しく中途採用で入社した営業社員ができない事例が出るたびに、直販体制にしたことによって営業力がダウンし、いずれ工場そのものが閉鎖になってしまうのでは...という、悲観的な声も少なくありませんでした。
このように工場と営業との精神的な距離はとても遠かった。そこに大きな改善機会があると私は考え、栃木工場への異動を決意し、自ら手を挙げたのです。「開発・製造・物流を担う工場と営業が顧客志向で一体化することが、このビジネスの未来を切り拓く。親しくなった営業の仲間と連携しながら、人事に戻って工場の組織文化の変革に貢献したい」と意気込んでいました。
ところが、栃木工場で私を待ち受けていたのは、大きな無力感に落ち込む日々。そこで、これまでの多様な経験がとても役立つことになるのです。
※大志とともに異動した栃木工場で何があったのか。今でも、人事のやりがいを問われれば、まず栃木工場での仕事を思い浮かべるというほどの貴重な経験をされたそうです。次回は、その経験について詳しく伺います。
>>第3回へ
■ 木下 達夫(きのした・たつお)氏
日本GE株式会社 人事部長
外資系消費財メーカーP&G人事部を経て、2001年日本GE株式会社入社。北米・タイ勤務を経験。その後、プラスチックス事業部ブラックベルト、06年同事業部栃木工場人事責任者、07年金融事業部人事ディレクター、その後同事業部アジア人材組織開発リーダーとして活躍。12年5月より現職。
※内容・肩書等はすべて取材当時(2014年12月)のもの。
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