公開日 2015/03/11
トマ・ピケティの「21世紀の資本」が話題となって久しいが、r>gという結論はもとより、300年という膨大な年月まで遡り、歴史的観点から経済の変遷を読み取ったことに大きな意義を感じた読者も多いことと想像する。
かつて一橋大学の野中郁次郎教授が、経営やプロジェクトを成功に導いたリーダーや、歴史的転換点で活躍した人物を研究した結果、それらには「歴史的構想力」が備わっていたという。 歴史的構想力とは、現在から過去を再構成し、未来を創造する力を指している。
ピケティを引き合いに論じる話でもないが、一般のビジネスマンにおいても歴史を時間軸や空間軸で広く深く見渡して、関係性を洞察するような歴史考察の力が求められるのは、予測がつきにくく非連続的変化にさらされている昨今においては、必然なのであろう。
筆者には残念ながらそこまでの高度な構想力は備わっていないが、仕事上で多少の機会に触れてきた身として、データなどの実証的な考察というよりも過去の現象的な事実をもとにこれまで人事マネジメント領域で歴史考察をしてきたことを、2回にわたってご紹介させていただきたいと思う。
初回のテーマは「グローバル化」である。
多くの日本企業が掲げる経営課題に、経営や人材の「グローバル化」がある。しかし時代を遡ってみると、日本企業におけるグローバル化は、その意味合いが時代とともに変質していることがわかる。
以前、私は京都に本社をもつメーカーの中国現地法人にて、20年近くにわたって総経理を務めている日本人経営者から、相談があると上海に呼ばれたことがあった。聞けば、これまでその現地法人の幹部というのは、日本で実績を上げてきた人材を本社が赴任させ、総経理の次、もしくはその次の地位に就かせる人材配置を行なってきたため、上位は日本人が占めているという。
一方、中国のマーケットは急速に伸び、海外から多くの企業が参入。競争が激しくなるにつれ、自国のマーケットや政情をよく知るローカル人材が貴重な存在になってきた。しかし、同現地法人にはローカル人材を引き上げる仕組みができていない。そこで、そんな人材を急いでつくり育てて欲しいという要望であった。さらに詳しく聞けば、赴任してくる幹部のマネジメントスタイルはもはや現地で通用しにくくなっているにもかかわらず、本社からは相変わらず類似の人材が送り込まれてくるという。
この現地法人の例のように、グローバル化が加速していく中で、必要な人材像は変化する。では具体的に何がどのように変化しており、我々はどう対応すべきなのか。人事マネジメント領域における歴史をふまえ、考察してみよう。
まず、日本企業のグローバル化の歴史は戦後の高度成長時代にはじまり、現在3.0時代にあるといえる。ソニーやホンダが優れた商品を開発し、海外に広めた0.0時代は「輸出型」のグローバル化。「多国籍企業」と言われたように、国ごとに開発・生産・販売をフルセットで持ち、国の習慣や慣行に合わせて最適化を狙った80年代の「多国籍型」が1.0時代。その後、89年のベルリンの壁崩壊を境にして、95年の国際資本の完全移動性の実現、インターネットの普及などで、モノに加えてカネ、情報が国を超えて世界が1つになり、グローバル化は国ごとの最適化よりも、グローバルでの最適化という2.0時代に入った。
現在は、国ごとの最適化とグローバルでの最適化の両立を目指し、マトリクス型組織で動かす3.0 時代にあると言えるが、この段階にある企業は世界でもGEやP&G、ABBなど、一握りの企業であろう。
今の日本企業における取り組みの中心は、ヒトのグローバル化である。では、ヒトのグローバル化の変遷過程において、組織や制度、人材開発といった人事マネジメントはどのように変化してきたのだろうか。1つ言えることは、前述の1.0時代と2.0時代の間に大きな変化があったということである。
1.0時代までの輸出型や多国籍型にみられるグローバル化は、工場や販社の海外移転が中心であったため、現地で求められる人材は工場の作業員や販売営業職が多く、人事部門の役割はブルーカラーを中心とした労務支援が主であった。
しかし、2.0時代以降は、新興国仕様の商品企画やグローバルでのマーケティングなど、グローバルな視野で活躍できるマネジャーやマーケター、エンジニアといった高度なホワイトカラーが求められるようになった。そのため、現地でいかに優秀な人材を採用し、引き留めができるかが人事の重要な役割となってきた。
日本の企業人事はこの変化を十分に認識しているが、ここでつまずいているケースが多い。前述の事例のように中国をはじめとする新興国での日本の現地法人は、昨今優秀なローカル人材の採用や、とりわけ定着で苦戦している。その原因は、現地に赴任する日本人マネジャーのマネジメントが、1.0時代まで通用していた指示命令を中心とする管理監督型のスタイルが依然として多く、欧米企業のようにトップが示すビジョンや戦略を幹部が自分の言葉で語ったり、多様な人材を活かし、引き上げるといった権限委譲型のマネジメントスタイルがとられていないことにある。
慶應義塾大学ビジネススクール(現・法政大学)の高木晴夫教授は、管理監督型に見られるように、強いリーダーシップで部隊を率いようとすればするほど、実際にはひとり相撲の色彩が強くなり、「浮く」あるいは「支配と服従」という関係を生み出す盲点が生じると指摘している。不甲斐ない部隊に対して鼓舞しようと、もっと強いリーダーシップをとると、部隊はますます支配と服従に向かい悪循環を生み出すことになる。メンバー一人ひとりの力を発揮させること、あるいはチームワークの相乗効果が必須である、と高木教授は説く。
以上のように歴史的背景を知った上で変化をとらえることで、対応にも違いが出てくるのではないだろうか。20XX年、次はどんな変化を迎えるか。この問いに明快に答えられるのならば、野中教授の言うところの歴史的構想力を持ち合わせているということであろう。これを機に、ぜひとも読者の皆様も一考してみていただきたい。
さて、高木教授が最近出版された書籍で、「プロフェッショナルマネジャーの仕事はたった一つ」(副題「配る」マネジメント)では、そのマネジメントのあり方をわかりやすく提示している。次回は、この「配る」マネジメントを中心に、昨今の女性管理職の強化の取り組みや、プレイングマネジャーの増加に見られる組織の弱体化の裏に潜む背景を、歴史考察の視点でさらに踏み込んで、明らかにしていきたい。
シンクタンク本部
上席主任研究員
佐々木 聡
Satoshi Sasaki
株式会社リクルート入社後、人事考課制度、マネジメント強化、組織変革に関するコンサルテーション、HCMに関する新規事業に携わった後、株式会社ヘイ コンサルティング グループ(現:コーン・フェリー)において次世代リーダー選抜、育成やメソッド開発を中心に人材開発領域ビジネスの事業責任者を経て、2013年7月より、パーソル総合研究所 執行役員 コンサルティング事業本部 本部長を務める。2020年4月より現職。また立教大学大学院 客員教授としても活動。
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