公開日 2022/06/24
本コラムは、『日本の人事部はどこに向かっていくのか?〜調査「人事部大研究」から見えてきた人事部の現在地~』と題し、日本企業を人と組織の側面で支える人事部に着目して、その現在地とあるべき姿を明らかにする(全3回)。
第1回のコラムでは、戦略人事が着目されるに至った背景や戦略人事の要諦について解説してきた。第2回の本コラムでは、日本企業の戦略人事がどこまで進んでいるのか、その現在地を、2021年にパーソル総合研究所が実施した調査「人事部大研究」の結果から明らかにする。
戦略人事の定義にはさまざまな言い回しがあるが、本調査では「経営資源の一つである『ヒト』の価値を最大化するために、経営戦略と連動した人事戦略を策定・実行すること」と定義している。つまり、戦略人事の意味するところは、どのような企業経営においても求められる戦略的な人材マネジメントの在り方だ。このような戦略的な人材マネジメントを、これまでオペレーショナルな業務を中心に担うことが多かった人事部の役割と位置づけ、経営の強化を図るというのが戦略人事の考え方だ。それには、①これまで中心的に担ってきたオペレーション業務を削減し戦略業務を実行できる体制を整えること、②事業戦略実現のパートナーとなるため、経営のみならず事業部との連携を強化していくこと、の2つが主に求められる(図1)。
図1:戦略人事実現のために求められる人事変革
では、人事部の現場において、戦略人事とは「何をすること」を意味しているのだろうか?その内容について、日系企業の経営層/人事部管理職層※に尋ねたところ、最も多く回答されたのが、「次世代人材の発掘・育成」だ(図2)。次いで「事業部の人的資源の調整」、「経営戦略に紐づいた人事」、「緊密な社内連携」、「従業員への支援」、「人事ポリシーの明確化」と続く。
次世代人材の発掘・育成や、事業部の人員計画・異動配置といった人的資源の調整・配分は、戦略的な人材マネジメントの要であり、戦略人事の主要な実行内容といえる。また、そのような人事戦略が経営戦略や事業戦略と紐づいていることや、そのために人事部が経営層や事業部と緊密に連携していることが必要だ。
また、従業員の支援も戦略的な人材マネジメントの一つであり、人材マネジメントの方針を人事ポリシーとして明確化し社内で共有することも重要だ。このように読み解くと、これらの要素はいずれも戦略人事の主要な要素といえよう。
※本調査では従業員数300名以上の人事部管理職、事業部管理職、経営層を対象に調査を実施
図2:戦略人事の内訳
出所:パーソル総合研究所「人事部大研究」
本調査において、「自分の会社では戦略人事を実現できている」と答えた日系企業経営層/人事部管理職は、全体の29.7%であった。「実現できていない」との回答は41.6%にのぼり、できていないと自己認識する企業の方が多いことが示唆された。では、どのような要素が実現できており、どのような要素が実現できていないのか。
その内訳を、縦軸を実現度、横軸を戦略人事として認識される度合とした散布図でみると、「経営戦略に紐づいた人事」、「緊密な社内連携」などは、比較的実現度が高く図3の右上に付置している。実際に、経営との連携については、日系企業経営層/人事部管理職の約65%が、自社の人事最高責任者が経営会議に参加しており、決定への影響力を持っていると答えている。しかし、「次世代人材の発掘・育成」や「事業部の人的資源の調整」、「従業員への支援」、「人事ポリシーの明確化」については比較的実現度が低い図3の右下に付置している。つまり、人事部が経営や事業部と連携し戦略を理解することは比較的行われているが、次世代人材の発掘・育成や事業部の人的資源の調整といった戦略的な人材マネジメントの施策実行までには至っていない状況がうかがえる。
また、ここで注目しておきたいのが、「データドリブンな意思決定」、「HRテクノロジーを使いこなす」という項目の実現度の低さだ(図3の左下)。この項目は、戦略人事として認識される割合も十数%と低く、戦略人事とは別個の話題と捉えられているように見える。しかし、第3回のコラムで述べるように、人事データ活用は戦略人事実現と密接に関係していた。
図3:戦略人事の実現状況
出所:パーソル総合研究所「人事部大研究」
人事部の役割を人事・経営・事業部に尋ねた所、49.4%が人事部は「定例・定型的な人事労務管理」が中心的な役割であると回答していた。このようにオペレーショナルな業務を中心に担ってきた人事部が、次世代人材の発掘・育成や事業部の人的資源の調整といった戦略的な機能を担うためには、定例・定型的な業務の効率化・アウトソーシングと人事の専門性の強化が必要だ。いわば、本社人事のリソースの「選択と集中」が求められる。しかしながら、現状を見ると、人事部の業務効率化と専門性の強化に対する課題感は強く、人事部の人手不足は人事・経営・事業部の43.6%が、人事部員の専門性不足は47.7%が実感している。
具体的な実態を示すデータを見ていこう。まず、人事部管理職の7割が何らかの人事業務をアウトソーシングしていると回答しており、多くの企業が、定型業務を中心にアウトソーシングを実施している。しかし、それでも人事部管理職の60.8%が人事部の人手不足を実感していた(図4)。特に、「人事戦略・企画担当」、「人材開発・育成担当」、「HRテクノロジー推進/人事データ活用担当」といった高い専門性が求められる職域の人手不足感が強く、半数以上が不足を実感していた(図5)。ただし、今後人員を増やす予定があるのは2割に満たず(図4)、多くの企業で今後も人事部の人員不足が解消されない見込みであることがうかがえた。
図4:人事部の人員過不足感と今後の増員予定
出所:パーソル総合研究所「人事部大研究」
図5:人事部の職域別人員過不足感
出所:パーソル総合研究所「人事部大研究」
人手不足感を感じている人事部においては、オペレーション業務は回っているが、戦略的業務について成果発揮ができにくい傾向も見られた。戦略人事実現に向けては、このような人事部の人手不足、専門性不足の現状を、アウトソーシングや外部専門家の活用なども行いながら、いかにして解消していくのかが、重要な論点だと考えられる。
戦略人事の実現においては、事業戦略実現のため、人事部が事業部と密に連携し、事業部内の人材マネジメントを構想・実行することが求められる。そのための方法として、各事業部に事業部人事あるいはHRBP(HRビジネスパートナー)を設置し、本社人事のコントロール下に置きながらも現場人事に人事戦略を構想・実行する権限を与え、本社人事との役割分担を行うことが効果的だ。
本調査では、事業部人事(HRBPではない)を設置していると答えた人事管理職は27.5%、HRBPにおいては11.3%であった。その内、管理的な業務のみを行っている事業部人事は34.9%、HRBP では20.0%であり、多くの事業部人事/HRBPは事業部長とともに組織構想や人事構想を検討しているという結果だった。特に、事業部人事においても戦略的な業務まで担い、実質的にHRBPの機能を果たしているケースが多かった。
ただし、いくつか課題も見られた。一つは、事業部人事/HRBPには経営企画経験者、人材育成・コーチング経験者を置くべきという意見が多かったが、実際の配置率は低く、希望と実態に乖離が見られた(図6)。事業部社員の育成・コーチングができる人材や、経営感覚をもって人事構想ができる人材が求められていると推察されるが、そのような人材の不足感が強いことがうかがえる。
図6:事業部人事/HRBPの人員配置
出所:パーソル総合研究所「人事部大研究」
もう一つは、HRBPと名付けられている組織においては、本社から管掌されているケースが約7割と多く、本社人事からの信頼度も高かったが、事業部からの信頼度は事業部人事全体と変わらなかった。本社からのコントロールが強調され、事業部対応の狙いが道半ばとなっている可能性もうかがえた。
また、事業部人事/HRBPの役割の中でも、「事業部の組織活性化の支援」、「事業部の社員との面談」、「事業部の社員のキャリア支援」といった現場に寄り添い支援する役割が、特に人事部の事業成長への貢献度や戦略人事の実現度を高めている傾向があった。しかしながら、これらの役割は、人材戦略作りや本社人事との調整といった他の役割と比べてやや実施率が低く、その重要性を改めて認識すべきかもしれない。
本コラムでは、戦略人事の定義・進展度と、戦略人事実現のために求められる2つの観点「本社人事の選択と集中」「事業部人事/HRBPの強化」について、日本の人事部の現在地を調査データから読み解いた。本コラムのポイントは以下の通りである。
<ポイント1>
戦略人事の実現において、人事部は経営・事業部との連携や戦略理解は比較的実施できているが、次世代人材の発掘・育成や事業部の人的資源の調整・配分といった具体的施策の実行度は低い。
<ポイント2>
上記の実現のために、本社人事は定型・定例業務の効率化と専門性の強化が求められるが、約6割が人事部の人手不足を感じている状況にある。特に人事戦略・企画や人材開発・育成、HRテック推進・人事データ活用といった専門性の高い人材の不足感が強い。
<ポイント3>
事業部人事/HRBPは、過半数において事業部長と組織構想や人事構想を検討しているが、育成・コーチング経験者や経営企画経験者の人材配置が課題。
次の第3回コラムでは、このような現状を踏まえ、戦略人事実現に向けてどのような打ち手が考えられるのかについて、提言する。
シンクタンク本部
研究員
金本 麻里
Mari Kanemoto
総合コンサルティングファームに勤務後、人・組織に対する興味・関心から、人事サービス提供会社に転職。適性検査やストレスチェックの開発・分析報告業務に従事。
調査・研究活動を通じて、人・組織に関する社会課題解決の一翼を担いたいと考え、2020年1月より現職。
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【連載】戦略人事・木下達夫ができるまで
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