大人が学び続ける組織文化(ラーニング・カルチャー)をいかに醸成するか
~ミドル・シニア就業者の学び直しの実態調査より~

ミドルシニア学び直しコラムイメージ画像

政府が推進する「三位一体の労働市場改革」では、成長分野への労働力移動を促し、リ・スキリングによる能力向上の支援が強調されている。今日のビジネス環境は、人材不足が深刻な事業の継続性の問題を引き起こしており、生成AIを含む新しいデジタル技術の導入も加速している。この変化に対応するため、企業と就業者にとって、政府の当該指針は極めて重要である。しかし、2022年にパーソル総合研究所が実施した国際調査*1では、日本の就業者の成長志向が他国に比べて顕著に低く、自己啓発に対する投資も不足していることを示した。そこで、本コラムでは、特に35歳から64歳のミドル・シニア層を対象に、「学び直し*2」の実態とその捉え方、企業としての介入ポイントに焦点を当てる。筆者らの実施した9,000人のミドル・シニア層を対象とした定量調査*3の結果を基に、企業が従業員の学習意欲を高める方法について探求したい。

*1 パーソル総合研究所 「グローバル就業実態・成長意識調査(2022年)」
*2 学び直し;業務外に、仕事やキャリアに関して継続して学習すること
*3 パーソル総合研究所+産業能率大学齊藤弘道研究室「ミドル・シニアの学びと職業生活についての定量調査」

  1. ミドル・シニア就業者の学び直しの実態
  2. 大人の学びを阻むバイアスの存在
  3. いたずらに危機感をあおっても、大人の学びは行動化しない
  4. まとめ 学びを行動化し、その成果を組織としての資産にするには
  5. おわりに

ミドル・シニア就業者の学び直しの実態

調査の結果、ミドル・シニア就業者の70%は、「何歳になっても学び続ける必要がある時代だ」と感じており、63%は「学び直しは将来のキャリアに役立つ」と考えていた。一方で、実際に学び直しを行っている人の割合は14.4%にとどまり、77.3%が学び直しに取り組んでいないことが確認された(図1)。学び直しに取り組んでいない人のうち、29.8%は「何らか学び直す必要がある」と感じているにもかかわらず、行動に移さない理由として「時間がない」「お金がない」という回答が多くあがった。また、「何を学べばいいかわからない」「学び方がわからない」といった理由も上位にあがった。

しかし、実際に学び直しを行っている人は労働時間が長い人たちほど多く、年間の学習予算は平均10万円なのに対し、実際の支出額は平均3万円だった。学び直しへの取り組みが必要だと理解しつつも実際に行動に移せていない人が、「時間がない」「お金がない」と回答する理由は、業務外の時間における学びへの資源配分の優先順位の問題であり、学習意欲の低さを示唆する結果と考えられる。

図1:ミドル・シニアの学び直しタイプの割合

図1:ミドル・シニアの学び直しタイプの割合

出所:パーソル総合研究所+産業能率大学 齊藤研究室「ミドル・シニアの学びと職業生活についての定量調査」

大人の学びを阻むバイアスの存在

日本の就業者の学習意欲の低さの背後には、複雑な要因が絡み合っているため単純化して論じることには注意が必要だが、調査結果の中で筆者らが着目したのは、学習観などのバイアスの存在である。回答者の70%は「仕事のことは、仕事の中で学ぶのが一番だ」と考えており、「業務時間外の仕事に関する学習は、パフォーマンスにつながりづらい」(45.6%)とも感じていた。学び直しに対する「現場バイアス」である。

図2:学び直しに対するミドル・シニアの意識[現場バイアス]

図2:学び直しに対するミドル・シニアの意識[現場バイアス]

出所:パーソル総合研究所+産業能率大学 齊藤研究室「ミドル・シニアの学びと職業生活についての定量調査」


また、学び直しを行っている人の46.4%は「研修や資格取得こそが学びだと思う」、37.8%は「机に向かって黙々とやるものだ」と考える「机上・独学バイアス」があった。学び直しとは、学生時代の受験勉強や新人らの職業訓練の一環のように狭く捉えられがちなのだろう。

この他、手っ取り早く学び、「学んだ成果をすぐに実感したい」(60.4%)という「タイパバイアス」や、これまで学び直しなどをしなくても何とかなってきたという「現状維持バイアス」なども確認された(図3)。また、学んでいることを「周囲に言わない雰囲気がある」(56.2%)という、学びを秘匿化する「コソ勉バイアス」なども根深く、大人が学ぶこと自体の楽しさや意義を見出しにくい組織文化・風土の影響も浮き彫りとなった。

図3:学び直しに対するミドル・シニアの意識[タイパバイアス]

図3:学び直しに対するミドル・シニアの意識[タイパバイアス]

出所:パーソル総合研究所+産業能率大学 齊藤研究室「ミドル・シニアの学びと職業生活についての定量調査」

いたずらに危機感をあおっても、大人の学びは行動化しない

では、ミドル・シニアの学びを行動化するにはどうすればよいのか。組織(職務)・上司・個人の3つの観点でそのヒントを探った。まず、職務の観点としては、「職務の専門性」は学び直しとの相関が高そうだ。職務の専門性が低いと自認している就業者は、将来への危機感が強い群ほど学び直しの必要性を感じていた(図4)。しかし、職務専門性の低い人は、実際には学び直しをほぼ行ってはいなかった(図5)。

逆に、職務の専門性が高いと自認している層は、将来への危機感が高い群も低い群も半数以上が学び直しの必要性を感じており、同等に学び直しを行っていた。つまり、いたずらに将来への危機感をあおったところで(学び直しの必要性は喚起できるかもしれないが)行動には至らず、行動に移すには「高い専門性を担保する必要性」といった別の要素が影響することが示唆される。

図4:キャリア不安の学び直し意識への影響[専門性の高低別]

図4:キャリア不安の学び直し意識への影響[専門性の高低別]

出所:パーソル総合研究所+産業能率大学 齊藤研究室「ミドル・シニアの学びと職業生活についての定量調査」

図5:キャリア不安×学び直しタイプ[専門性の高低別]

図5:キャリア不安×学び直しタイプ[専門性の高低別]

※「学び直し層」:学び直しをしている、「趣味学習層」:趣味の学習だけしている、「口だけ層」:自ら学びなおす意欲はあるが、特に学んでいることはない、「不活性層」:自ら学びなおす意欲がなく、特に学んでいることはない

出所:パーソル総合研究所+産業能率大学 齊藤研究室「ミドル・シニアの学びと職業生活についての定量調査」


次の観点としては、「上司のふるまい」に着目した。上司自身が仕事関連の学びに積極的であると、部下はその影響を受けて学び直しに積極的になる傾向が確認された。日頃の上司の学びへの肯定的な言動が、部下の学習意欲を促進し得ることは想像に難くない。危機感をあおり、学びをけしかけるのが北風であれば、上司の学びへの肯定的なふるまいは、太陽のように部下の能動的な学びを促す。

次に、個人では「キャリアのセルフアウェアネス(内面的自己認識)」に注目した。自己認識とは、自身の感情、長所・短所、欲求、衝動に意識を向け、深く理解することである。職業キャリアの全体感・方向感に関する自己認識とは、職業生活における過去・現在・未来という時間軸と立脚点が明瞭であり、自身についての内面理解が高い状態だといえる。このキャリアの自己認識が高い群は、低い群と比較すると学び直しに積極的な人が2.8倍も多いことが確認された。

図6:キャリアのセルフアウェアネスの学び直し行動への影響

図6:キャリアのセルフアウェアネスの学び直し行動への影響

出所:パーソル総合研究所+産業能率大学 齊藤研究室「ミドル・シニアの学びと職業生活についての定量調査」

まとめ 学びを行動化し、その成果を組織としての資産にするには

ここまで述べてきた結果から、従業員の学びを行動化し、その学びの成果を組織の資産としていくためには、以下のポイントがあった。

  1.学習観のバイアス、学びを秘匿化する職場風土などは、大人の学びを抑制する
 2.将来のキャリアへの危機感だけを高めても、大人の学び直し行動には至らない
 3.職務の専門性が高いと自認する従業員は、学び直しに積極的である
 4.上司が自身の学び直しに熱心だと、部下も学び直しに積極的になる
 5.キャリアの自己認識が高い従業員は、学び直しに積極的である

これらの点から、まずは役員層や管理職層の自己啓発を推進し、その姿を周囲に伝える機会を作ることは重要である。その際は、学ぶ内容や方法を限定せず、従来は「趣味」だと捉えられていたような内容であっても、役員層や管理職層がそこからどのような学びを得ているかを嬉々として語ってもらうことがポイントとなるだろう。これにより、学びを楽しむことを是とし、多様な学びに肯定的な姿勢が組織風土・文化として浸透していくことが期待できる。

さらに、従業員に対しては、単に危機感をあおるだけではなく、キャリアの自己認識を高める機会を提供すること、そして、現在の職務の再設計を通じてより高い専門性を求めることも学習意欲の向上に寄与すると考えられる。その際は、今後、生成AIなど新たな技術がさらに仕事に浸透してくることを踏まえ、職務充実(job enrichment)や職務拡大(job enlargement)の視点を盛り込むことが肝要となろう。

組織が従業員の多様な学びを推奨(許容)し、その学びの成果を秘匿化させずに組織の資産として生かすことは、人的資本経営が志向する人的資本への投資と可視化の好循環に相応する。企業の人事部門には「学び続ける組織文化(ラーニング・カルチャー)」の醸成を主導するという重要な役割が期待されている。

おわりに

「大人の学び」とは、学生時代の受験勉強や義務として課される教育訓練ではなく、能動的に喜びや楽しみを味わいながら行い、自分にとって意味のある教養・教訓を培うものと考えてみたい。例えるならば、「旅行」のようなものだ。誰かに指示されて嫌々行く旅行(出張)は面倒で苦痛かもしれないが、自分の興味から踏み出す旅行は楽しいものだ。ゆったりと静養したり、見知らぬ街を歩いて新たな発見を楽しんでみたり、気の合う仲間とワイワイおしゃべりしながらであれば、突然の雨や長距離移動の苦労さえ楽しい時間に思えるかもしれない。そこでの体験は、何らか意味づけされて記憶され、その後の個人の考え方や行動にも影響することだろう。ガイドブックを片手に、有名な観光スポットを最短ルートで確認して回るのも良いが、旅の楽しみ方は多様である。転じて、大人の学びもまた同様に多様だと考えたい。

本コラムが、ミドル・シニア就業者の学び直しについての議論の一助となれば幸いである。

執筆者紹介

井上 亮太郎

シンクタンク本部
上席主任研究員

井上 亮太郎

Ryotaro Inoue

大手総合建材メーカーにて営業、マーケティング、PMI(組織融合)を経験。その後、学校法人産業能率大学に移り組織・人材開発のコンサルティング事業に従事した後、2019年より現職。
人や組織、社会が直面する複雑な諸問題をシステマティック&システミックに捉え、創造的に解決するための調査・研究を行っている。


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