公開日 2022/11/30
変化が激しい現代社会において、リスキリングの重要性が語られる中、組織のボリュームゾーンとなるミドル・シニア層の活性化に向けた取り組みが注目されています。企業人事は、この世代の社員に向けてどのような支援を行っていけばよいのでしょうか。『日本の人事部』で「プロティアン・キャリア ゼミ」を連載しているタナケン教授こと法政大学 キャリアデザイン学部の田中 研之輔氏と、働き方改革、ミドル・シニア層の活性化、転職行動とキャリア選択など労働・組織・雇用に関する多様なテーマの調査・研究を行っているパーソル総合研究所・上席主任研究員の小林 祐児 が、ミドル・シニア人材にまつわる課題と、活性化に向けた打ち手について議論しました。
法政大学 キャリアデザイン学部 教授/一般社団法人プロティアンキャリア協会 代表理事 田中 研之輔 氏
UC. Berkeley・University of Melbourne元客員研究員 日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。社外取締役・社外顧問を33社歴任。個人投資家。著書29冊。新刊『CareerWorkout』
――なぜ今、ミドル・シニア人材のキャリア活性化が求められているのでしょうか。
田中氏:大きく3つの背景があります。1つ目は、「人生100年時代」と言われるようになった現代社会において、個人の働く期間が長くなったことです。健康寿命が延び、80代になっても働く人が増えていく中で、50~60代はまだ「若手」と言える時代が来ています。
2つ目は、変化の激しい情勢において、社会に適応し続ける姿勢が必要になってきたこと。そして3つ目が、そもそも日本の人口におけるミドル・シニア層のボリュームが大きいこと。企業の中で集団としての規模が最も大きい世代なんですね。この世代を多く抱える日系大企業では、すでに「ミドル・シニア人材の再活性化」が非常に関心の高いテーマになってきています。
テクノロジーで世の中に良い変化を起こすDX推進と並行して、今こそ、人々の働き方や生き方をより良いものへと変革させるCX(キャリアトランスフォーメーション)に取り組んでいくべきなのです。
小林:田中先生がおっしゃった企業の課題感に、深く共感します。2020年に「企業のシニア人材マネジメントに関する実態調査」を行ったところ、企業はミドル・シニア人材に対してモチベーションとパフォーマンスの低下を大きく感じています。ところが、年功序列の影響が根強く残っているこの世代は、給与などの処遇が高いまま。このアンバランスさが、企業内の停滞感や閉塞感に影響しています。
日本では昨今、終身雇用への期待感が薄れ、働く個人が自分のキャリア形成に責任感と主体性を持ち取り組む姿勢、つまり「キャリア自律」の重要性が叫ばれるようになりました。現代社会に生きるミドル・シニア層にとって「定年」はまだ先の話。ミドル・シニア層こそ、「キャリア自律」の考え方を取り入れる姿勢が必要なのです。
――ミドル・シニア人材の活用において、具体的にどのような課題があるのでしょうか。
田中氏:私は「組織内キャリア依存」と呼んでいますが、ミドル・シニア層の社員は、自分でキャリアを形成しようとせず、組織にキャリアを預けてどんどん自分の居場所を守ることに固執する傾向があります。「私は今まで〇〇をやってきたのだから、それしかできません」などと、キャリアに対して頑なになってしまうんです。
その課題に対して、ミドル・シニア活性化の施策を打てている企業と打ててない企業で、大きく二極化しているのが現状です。これからは、この世代の人材が生きがいを感じながら充実感を持って働けることが、業績や企業の経営状況にもひもづいてくる時代がやってくるでしょう。
小林:既存のビジネスが堅調な大企業も、DXや人的資本経営の流れのなかで、いよいよ変わらなければいけないフェーズに立たされていると思います。それなのに田中先生のおっしゃるように変化を拒む人材が多いと、社内に大きな温度差が生まれてしまうんです。
さらに言うと、国内企業の大半は、社内でのキャリア開発施策に根深い課題を抱えています。まず、人事の育成施策が新人研修や若手に偏重してしまっていることです。社会人になってからの数年間で精力的に育成施策を展開した後は、階層別研修に移行します。職業別・ジョブ別の専門的研修などはあまり用意されておらず、いわゆる幹部層候補だけが研修対象になっていきます。裏を返すと、幹部層候補になれなかった社員に対しては何も対策を講じていないんです。
育成対象から遠ざかって久しい社員が、定年退職の数年前に、急にキャリア研修に呼び出されるとどうなるか。彼らにとって必要なアドバイスを受け入れがたく、聞く耳を持たなくなってしまうわけです。これが、ゆがみを生む要因になります。企業側の個人に対するキャリア形成支援のあり方や仕組みを、今こそ見直さなければなりません。
しばしば見られるキャリア開発施策の問題点
――企業側が、社員に対するキャリア支援の方法を変えていかなければならないと。
田中氏:私はさまざまな企業と、社員の方々のキャリア開発に取り組んでいますが、経営陣が人事部をどのような機能として見ているかが、施策推進のカギを握っていると感じます。企業の人事部門を単なる人員配置やリソースの調整機能としか見ていない場合、いわゆる「人的資本」の考えに基づく個人のキャリア開発施策をコストとして捉えてしまう可能性が高い。その状態では、人事部門に今本当に求められていることをなかなか実現できません。
小林:残念ながら、「なぜ会社が個人のキャリアを支援しなければならないのか?」とおっしゃる経営層の方もまだまだ多くいらっしゃいます。すると企業の人事部門も「今年度の研修計画をどうするか」という、紋切り型の議論や立案に留まってしまい、プロフェッショナリティを発揮しづらいのではないでしょうか。私から見ても、経営陣を巻き込まずに教育担当者・研修担当者だけが話し合っているようでは、この問題は解決できないと強く感じています。
――ミドル・シニア層の活躍を推進するために、企業人事が行うべきこととは何でしょうか。
田中氏:まず取り組んでほしいのは、経営層を巻き込みながら組織の成長や競争力を高める「経営戦略」としての人事施策を打ち出していくこと。そして、長期的な視点を持って施策をやり切ることです。
私は、「人事部門とは『人的資本経営』を最大化させるグロースユニットである」とよく言っています。ミドル・シニア層の活性化において成果をあげている企業は、きちんと全社的な評価制度の改定やキャリア設計の仕組みを整えているんです。そういった企業では、優秀な人材の流出も起こりにくく、社員一人ひとりが社内において自律的なキャリアを歩めるようになっています。昨年度の施策の延長線上で物事を考えていては、決してうまくいきません。組織全体を改革する覚悟を持って、浸透するまで継続する姿勢が不可欠です。
小林:おっしゃる通りだと思います。人材育成は、すぐに狙った成果が表れるとは限りません。じっくりと時間をかけて社員一人ひとりのキャリア支援を継続していくと言い切れるかどうか。企業人事として、「何歳でも成長が可能だ」というビジョンをしっかりと掲げ、覚悟を持って臨むことが肝心です。結局最後は、そういった人事側の熱意が、経営陣を含めて周りの人たちを動かすエネルギーになると信じています。
田中氏:ただ、長期的なキャリア支援にあたって、社内のリソースだけで継続するには限界があると思います。社員も、社内にとどまって研修を受けるだけでは、なかなかキャリアの変容は起こせません。だからこそ、組織の外での学びや実践も取り入れていくことが必要なんです。最近では、企業間のレンタル移籍や副業推進などに積極的に取り組む企業も増えてきました。
そういう施策は若手層に向けて提供している企業が多いのですが、私は「ミドル・シニア層にこそ、部署や会社を越えたチャレンジの機会を」と提言しています。組織にいながら新しいチャンスをつかんでキャリアを広げていけるという実感を持てると、必ず良い方向へ進んでいくでしょう。具体的な行動変容に表れるまで、単発の施策でなく、継続的な伴走型の支援を行なうことが求められています。
――全社的な人材育成計画の見直しが企業にとって急がれますが、すぐに変革を起こすことはなかなか難しいとも思います。ミドル・シニア活性化に向けた第一歩として、どんなことを行うとよいのでしょうか。
小林:先ほどもお伝えした通り、キャリア研修を長らく受けてこなかったミドル・シニア層の社員に対して、いきなり「今後のキャリアを考えましょう」「“WILL”を持ちましょう」と伝えても、いきいきとキャリアを思い描くことはなかなか難しいのではないでしょうか。
そこで一つの手段としてお伝えしたいのが、社内で関わりの薄い社員同士を集めて、「3年後、5年後の自分たちのキャリア」について語り合うというピア・カウンセリングやキャリア・イベントの取り組みです。日本の企業では、業績について触れる評価面談を実施するパターンは多いけれど、個人のキャリアについて自己開示をするような対話の機会が圧倒的に少ないんです。自発的にキャリアを考えることは難しくても、他者との対話によって自らの思考が深まったり、周りの意見から良い影響を受けたりするといった効果が見込めます。
対話型ジョブ・マッチングシステムの構築
田中氏:私が注目しているのは、HRテクノロジーの活用を通じて、データとして「キャリア資産の可視化」をはかる取り組みです。いわば、キャリアの健康診断のようなものです。たとえば、社内健康診断で良くない結果が出たら、ミドル・シニア層の社員はきっと再検査に向かうと思います。客観的かつ明確なデータを示されると、正しい自己認知が生まれ、改善のための行動変容を起こすようになる。数字で見えると納得感があるんですね。それと同じで、自身が持つキャリア資産も数値化できると、何歳からでも、ビジネススキルを高めたり、キャリアに対して前向きに行動しようとしたりするのではないでしょうか。
小林:データでの可視化は、非常に良いアイデアですね。対話の場でお互いの本音をぶつけ合うと、どうしても感情的になってしまい、うまく自己開示できないといったケースが少なくありません。いわゆる組織に対するエンゲージメントサーベイなどでも、データとして客観的に見つめることで受け入れやすくなります。具体的な数値で示すことは、経営陣を説得する材料の一つにもなりそうですね。
田中氏:2022年は、「人的資本経営」元年でした。2023年は、あらためてHRテクノロジーが注目されるのではないかと思っています。今まで、キャリアは非常に主観的なものであると見られてきました。それゆえ、上司と相性が合わなかったり、良いフィードバックがもらえなかったりすると、キャリア支援がうまくいかなくなってしまう。また、育成施策や研修の効果を検証するにも、受講者の満足度や感想をヒアリングするにとどまっているのが現状です。しかし、個人のキャリア形成への取り組みを、こんなに偶発的、属人的なままにしていてよいのでしょうか。あらゆる人事施策が、もっとデータドリブンに、再現性のあるものとなっていくために、私もアセスメントの開発などに鋭意取り組んでいきたいと考えています。
――最後に、ミドル・シニアの活性化に取り組む企業人事に向けて、メッセージをお願いします。
田中氏:ミドル・シニア層の社員がいかに個人の能力を発揮し、活躍してくれるかは、人事の皆さんの努力にかかっています。私は、そこであらためて「外部連携」と「テクノロジーの活用」が肝だとお伝えしたいですね。私もぜひ力になりたいと考えていますので、社内だけで悩まずに、組織をひらいていってください。
ミドル・シニアの活性化は、長期的な視点が求められるため、なかなか一筋縄ではいかないことも多いでしょう。ですが、嘆いているだけのフェ―ズは終わりました。日本に約800万人いる団塊世代が後期高齢者となる2025年問題は、すぐそこに迫っています。その中で、生涯寿命、健康寿命だけではなく「働く寿命」も持続的な形で延ばしていけると、国全体の活性化にもつながるはずです。
小林:ミドル・シニア人材の研究に携わっていて気になるのは、日本において、中高年男性の生活幸福度が著しく低いスコアになっていること。特に、孤独・孤立にまつわる問題は深刻です。そこで、自分の望むキャリアを考え、意志を表明することは、社会とつながる手段の一つにもなり得ると思います。まずは個人のウェルビーイングを高めることで、企業の競争力も生まれてくるし、いきいきと働けるミドル・シニア層も増えてくるのではないでしょうか。
その中で、企業人事が果たせる役割は非常に大きいと考えています。熱意とビジョンを持って、ミドル・シニア層のキャリア活性化に取り組んでいくことを期待しています。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
※このページは「日本の人事部」に掲載された内容を転載しています。
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