公開日 2024/09/03
近年の社会の急速な変化に伴い、若手就業者※1の意識が変化している。 パーソル総合研究所が実施する「働く10,000人の就業・成長定点調査」 では、2017年から毎年、全国の就業者に「人生で何歳まで働きたいと思いますか」と、リタイア希望年齢を聴取している。20~30代の若手男性就業者において、この質問への回答結果が年々若返る傾向があることが明らかになった。つまり、「早期リタイア(アーリーリタイア)」したいと考える若手男性が増えている。本コラムでは、このような若手就業者の「早期リタイア」への意識変化に着目し、その実態と要因を見ていきたい。
※1 若手就業者とは、本コラムでは20~30代就業者と定義。
まず、若手就業者の「早期リタイア」希望の実態を見てみよう。
図表1を見ると、20代男性就業者において、リタイア希望年齢を一般的な定年よりもかなり早い「50歳以下」とした割合は、2017年には13.7%であったのに対し、2024年には29.1%と2倍以上に増加した。30代の男性の就業者では、「55歳以下」が2017年の14.3%から、2024年には28.1%と、同様に大きく増加している。
一方、20~30代の女性就業者については、ほとんど変化がない。若手の女性と男性を比較すると、男女差が年々縮まり、2024年にはリタイア希望年齢に男女差がほぼなくなったといえる。従来、20~30代の女性就業者では、結婚・出産等を想定して早期リタイアを希望する人が男性よりも多かったが、その差が縮まったとみることができる。
図表1:若手就業者のリタイア希望年齢の変化
聴取方法:「あなたは人生で何歳まで働きたいと思いますか。希望する年齢をお知らせください。」という質問に対し、「15歳~100歳(1歳刻みで提示)/生涯働ける歳まで働きたい/まだ考えていない/わからない」で回答を求めた。「まだ考えていない/わからない」は除外して集計。平均年齢は、生涯現役を101歳として、15歳~101歳までの回答の平均値
出所:パーソル総合研究所「働く10,000人の就業・成長定点調査」より筆者作成
また、図示はしないが、40代以上の就業者では、40代男性のみで若干早期リタイア希望者が増加傾向にあるものの、いずれもほとんど横ばいである。つまり、20~30代の男性就業者において特異的に、早期リタイアしたいと考える人が増えている。
この傾向が特定の社会属性にのみ起きているのか、全体的な傾向なのかを、企業規模、学歴、婚姻・子ども状況、個人年収別に分析し確認した。すると、大企業でも中小企業でも、大卒でも高卒でも、独身でも子あり者でも、高年収でも低年収でも、若手男性の早期リタイア希望者が増加していた。全国の若手男性就業者一般に起きている意識変化のようだ。
では、このような早期リタイア希望は、いわゆる「Z世代」のように、若い世代に特徴的な価値観の表れなのだろうか。20代男性就業者には学生アルバイトも含まれるため、学生アルバイトと社会人を分けて分析した。すると、学生アルバイトの平均リタイア希望年齢は2024年時点で66歳と高齢であり、経年変化もみられない(図表2)。一方、社会人では57歳と、学生と比べて約10歳若返る。
このことから、若手男性が学生の時から早期リタイアを希望しているわけではなく、学生から社会人になりさまざまな経験をした後、何らかの意識変化が起こり、早期リタイアを希望するようになることがうかがえる。若い世代が固定的にもっている価値観というよりは、社会人になった後の意識変化である。そして、そのような意識変化をする若手男性が年々増えている。
図表2:20代男性の学生アルバイトと社会人のリタイア希望年齢の変化
出所:パーソル総合研究所「働く10,000人の就業・成長定点調査」より筆者作成
なぜ近年、若手男性就業者の早期リタイア希望者が増加しているのだろうか。その理由を探るため、早期リタイア希望者(20代では50歳以下、30代では55歳以下のリタイア希望者)の、その年齢でリタイアしたい理由を確認した。
図表3を見ると、理由としては「働くことが好きではないから」が約3割と突出して多い。次いで、「家族や友人との時間や趣味などプライベートな生活を充実させたいから」、「趣味などに充てる資金を得たいから」が続く。単純に働きたくない、あるいはプライベートや趣味を充実させたいというのが、主な理由のようだ。一方、「リタイア後の生活のための蓄えが十分あるから」という回答も15%程度と比較的多かった。収入や貯蓄を考慮して答えている人も一定数いることが分かる。
図表3:20~30代男性が早期リタイアしたい理由(2024年)
聴取方法:「人生で何歳まで働きたいと思いますか。」という設問への答えについて、そのように答えた理由を聴取。早期リタイア希望ではない回答者にも同じ選択肢で聴取しているため、早期リタイアの理由としてそぐわない選択肢も含まれる。
出所:パーソル総合研究所「働く10,000人の就業・成長定点調査」より筆者作成
さらに、早期リタイア希望の理由にも経年変化がみられた。2020年から4年間の変化を見ると、主な理由である「働くことが好きではないから」「家族や友人との時間や趣味などプライベートな生活を充実させたいから」は、20代男性、30代男性ともに10pt程度減少した。つまり、2020年には早期リタイア希望者の4割が、「働くことは好きではないから」と答えていたが2024年には3割に減少したということになる。一方、「リタイア後の生活のための蓄えが十分あるから」は5pt程度増加した。
早期リタイア希望の理由として、従来多かった「仕事に対する消極的な姿勢」が減っており、「収入・貯蓄を考慮した計画的な姿勢」が増えているのも大きな変化だと考えられる。
図表4:20~30代男性の早期リタイア希望理由の変化(2020年と2024年の比較)
出所:パーソル総合研究所「働く10,000人の就業・成長定点調査」より筆者作成
このように計画的な早期リタイア希望が増加している背景には、近年アメリカ発のFIRE(Financial Independence, Retire Early;経済的自立と早期リタイア)に代表されるように、資産運用や節約、副業などのさまざまな手段で、早期リタイアを計画する活動が注目されていることがあると考えられる。また、近年、NISAやiDeCo、不動産運用などの資産運用がブームとなり、コロナ禍前に比べ20~30代の若い世代を中心に資産運用を始める人が増加した※2。コロナ禍による株価の割安感の影響で、2024年にかけて利益が出やすい状況にあったことも拍車をかけた。
※2 金融広報中央委員会(2016、2019、2022)「金融リテラシー調査」 https://www.shiruporuto.jp/public/document/container/literacy_chosa/ (2024年8月6日アクセス)によれば、18~29歳で過去に1カ月の生活費を超える金額のお金を運用した人の割合は、2016年の11.6%から2022には20.2%に増加した。
他に、共働き・共育て化や婚姻率の低下も影響している可能性がある。第1子出産前後の妻の就業継続率が、2015~19年に出産した妻では約7割となり、5年前の5割台から大幅に増加した※3。妻と夫のダブルインカムの家庭はますます増加し、夫婦とも高収入のいわゆる「パワーカップル」に代表されるように、男性ばかりが一手に家計を支える状況が減った。また、独身者は一般的に子あり世帯に比べれば支出が少ない。このように、十分な世帯収入を元手に資産を増やせば、男性ばかりが高齢まで働き続ける必要はないと考える若手男性が増えている可能性がある。
※3 国立社会保障・人口問題研究所(2021)「第6回出生動向基本調査」https://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou16/doukou16_gaiyo.asp(2024年8月6日アクセス)
他方で、働くことが好きではない、プライベートを充実させたい、といった理由も依然多くを占めており、計画的にではなく仕事への消極的姿勢から早期リタイアを望む若手男性も増えている。そもそも、早期リタイアを計画する背景には、働くことに生きがいを感じられないといった心理もありそうだ。
また、若手女性では早期リタイア希望者は横ばいだが、2017~24年の8年で労働市場における女性活躍が進んだことを考えると、若手女性の早期リタイア希望者が減っていてもおかしくない。実は、女性活躍に相殺されて表面上横ばいになっているだけで、男女問わず若手就業者全体に、漠然とした早期リタイア希望が増えている可能性がある。実際、調査データを見ると、若手女性の早期リタイア希望の理由として、「子育て・子供の養育費がかかるから」「働くことが一般的な年齢だから」などが減少している(図表5)。一方、「理由はとくにない」が増加傾向にある。つまり、女性活躍の影響で、養育費や一般常識を理由とすることが減り、代わりに理由はないが漠然と早期リタイアしたいという若手女性が増えている。
図表5:20~30代女性就業者の早期リタイア希望理由の変化(2020年と2024年の比較)
出所:パーソル総合研究所「働く10,000人の就業・成長定点調査」より筆者作成
このように若手就業者に早期リタイアを望む心理が拡大している背景には、さまざまな社会環境の変化があると考えられる。
1つに、「プライベート重視」の若手の増加があげられる。これについてはさまざまな調査で確かめられており、例えば、新入社員に「仕事中心」か「私生活中心」か「両立」か、と尋ねたところ、2012年(6.6%)から2019年(17.0%)にかけて、「私生活中心」の割合が増加しているという※4。また、2011年から2021年にかけて、「できれば仕事はしたくない」と答える若者(25歳~29歳)が約3割から約6割に増加している※5。働き方改革等により、ワークライフバランスが見直された世相が反映されていると考えられる。
※4 日本生産性本部(2019)「新入社員『働くことの意識』調査」 https://www.jpc-net.jp/research/assets/pdf/R12attached.pdf(2024年7月26日アクセス)
※5 独立行政法人労働政策研究・研修機構(2022)「大都市の若者の就業行動と意識の変容―「第5回 若者のワークスタイル調査」から―」 https://www.jil.go.jp/institute/reports/2022/0213.html(2024年7月26日アクセス)
また、終身雇用や年功序列などの日本型雇用の減少によって、従来のように1つの会社に勤めあげれば定年まで年功序列で昇給することが保証されなくなった。加えて、テクノロジーの進歩による産業構造の変化、賃金の低迷、働き方の多様化など、キャリアを取り巻く環境が急速に変化している。そのため、若手社員の「キャリア自律」を促進する動きがあるが、新たな時代に適合したキャリア形成のモデルが多様で、不明瞭なために、長期的なキャリアがイメージしづらい。そのため、シニアまで働き続けてどうするのか、という明確で安定したビジョンが持てず、早期リタイアを希望しやすくなっている可能性がある。一方で、シニア活躍が進み、70歳前後まで働く人が身近に増えたため、自分がシニアまで働き続ける将来像に直面させられ、かえってそうなりたくない・自分にはできないという反発が起きていることも考えられる。
最後に、若手就業者の今の仕事に対する意欲が低下しているわけではないので、誤解を避けるため確認しておきたい。早期リタイア希望者は、仕事で成長を感じられていなかったり(20代の傾向)、ワーク・エンゲイジメント※6が低かったり(30代の傾向)する傾向があるのは確かだが、成長実感やワーク・エンゲイジメントの経年変化を見ると、2017~24年の8年間で大きな変化がない(図表6)。
※6 ワーク・エンゲイジメントとは、仕事に誇りとやりがいを感じ、熱心に取り組み、仕事から活力を得て、いきいきとしている状態を表す。ユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度(UWES)3項目版を一部改変して使用。
図表6: 若手就業者の成長実感やワーク・エンゲイジメントの経年変化
※成長実感は2017年と2024年の間に統計的有意差なし。ワーク・エンゲイジメントは30代女性を除き、2017年と2024年の間に統計的有意差なし。
※成長実感は、「過去【1年間】を振りかえったとき、あなたは仕事を通じた成長を実感しましたか。」に対し、「7.とても実感した~1.まったく実感しなかった」の7段階で聴取し得点化
出所:パーソル総合研究所「働く10,000人の就業・成長定点調査」より筆者作成
早期リタイア希望者の増加が示すのは、若手就業者の現在の就労意欲の低下というよりも、さまざまな社会環境の変化による長期的なキャリアの展望の変化だと考えられる。しかし、この傾向が続けば、将来的には少子高齢化社会における労働力確保や国内消費への影響が懸念されるため、今後も動向を注視する必要があると考えられる。
本コラムでは、若手就業者の「早期リタイア希望」の高まりについて、「働く10,000人の就業・成長定点調査」 のデータから、その実態と要因を考察した。本コラムのポイントは以下の通りである。
・20~30代男性就業者の早期リタイア希望者は、2017年から年々増加し2024年には約3割に。若手女性就業者は横ばいの傾向であり、2024年に男女差がほとんどなくなった。
・20~30代男性の早期リタイア希望の理由は、「働くことが好きではないから」が最も多いが、「リタイア後の生活のための蓄えが十分あるから」も15%あり、近年増加している。このような計画的な早期リタイア希望者が増える要因として、FIREや資産運用がブームになっていること、ダブルインカムの家庭や独身者が増加していることなどが考えられる。
・20~30代女性についても、女性活躍の影響をさし引くと、漠然とした早期リタイア希望者が潜在的に増加しており、男女問わず、若手に早期リタイアを望む心理が拡大していることが示唆される。近年の社会環境の変化により、若手にプライベート重視の価値観が広がっていることや、長期的キャリアを描きにくいこと、現状のシニア活躍への反発等が影響している可能性がある。
本コラムが若手就業者の動向を把握するための一助になれば幸いである。
※このテキストは生成AIによるものです。
早期リタイア(アーリーリタイア)
早期リタイア(アーリーリタイア)とは、一般的な定年より早く仕事をリタイアすること。20代男性就業者において、リタイア希望年齢を一般的な定年よりもかなり早い「50歳以下」とした割合は、2017年13.7%から2024年29.1%と2倍以上に増加した。
FIRE(Financial Independence, Retire Early)
FIRE(Financial Independence, Retire Early)とは、経済的自立と仕事の早期リタイアを目指す動き。近年、資産運用や節約、副業を通じて早期リタイアを計画する若手が増加。このトレンドはアメリカに端を発して広がっている。
シンクタンク本部
研究員
金本 麻里
Mari Kanemoto
総合コンサルティングファームに勤務後、人・組織に対する興味・関心から、人事サービス提供会社に転職。適性検査やストレスチェックの開発・分析報告業務に従事。
調査・研究活動を通じて、人・組織に関する社会課題解決の一翼を担いたいと考え、2020年1月より現職。
本記事はお役に立ちましたか?
はたらく幸せ/不幸せの特徴《仕事・ライフサイクル 編》
オンライン時代の出張の価値とは~出張に対する世代間ギャップと効用の再考~
データから見る対話の「効果」とは
職場で「本音で話せる」関係はいかに実現可能か
「本音で話さない」職場はなぜできるのか
キャリア対話に関する定性調査
働く10,000人の就業・成長定点調査
仕事をもっと楽しく──ジョブ・クラフティングでより前向きに、やりがいを感じて働く人を増やしたい
《ポテンシャルの解放》個人の挑戦を称賛する文化が時代に先駆けた変化を生み出す
《適時・適所・適材》従業員が最も力を発揮できるポジションとタイミングを提供
シニア就業者の意識・行動の変化と活躍促進のヒント
会社員が読書をすることの意味は何か
「若手社員は管理職になりたくない」論を検討する
コロナ禍で「ワーク・エンゲイジメント」はどう変化したのか?ー企業規模に注目して
20代の若者は働くことをどう捉えているのか?仕事選び・転職・感情の観点から探る
派遣社員のリスキリングに関する定量調査
人事部非管理職のキャリア意識の現在地
多様性の推進と成長の加速に必要なのは、自己認識と自律的なキャリアの歩み
人生100年時代に必要なのは、自分の軸を持ちキャリアを構築する「キャリアオーナーシップ」
人的資本と同時に《組織文化資本》が重要に。挑戦と失敗を受け入れる組織文化が自律型人財を育てる
自律性、主体性が求められる時代、人事施策成功のカギは《個の覚醒》にあり
人事は、いかにミドル・シニアを活性化させていくべきか 待ったなしの今、取り組みへのポイントは?
20代若手社員の成長意識の変化 -在宅勤務下の育成強化も急がれる
グローバル就業実態・成長意識調査(2022年)
20代社員の就業意識変化に着目した分析
個に寄り添い、個を輝かせる。カインズのキャリア自律支援
「キャリア自律」促進は、従業員の離職につながるのか?
「キャリア自律推進」の背景とその落とし穴 啓発発想からビオトープ発想へ
Change in the growth orientation of employees in their forties What is needed to allow middle-aged workers in their forties to continue to experience growth at work?
40代社員の成長志向に変化 40代ミドル層が仕事で成長を実感し続けるには?
従業員のキャリア自律に関する定量調査
働く10,000人の成長実態調査2021
ジョブ型人事が加速させるキャリアデベロップメントプラン
特別号 HITO REPORT vol.6『APAC就業実態・成長意識調査2019』
APAC就業実態・成長意識調査(2019年)
キャリア自律が生み出す社員の成長と組織への恩恵 副業・兼業解禁は企業と個人に何をもたらすのか
働く10,000人の成長実態調査2017
キャリアの曲がり角は42.5歳ミドル・シニア正社員と成長の関係
岐路に立つ「正社員」
非正規社員の無期転換のために必要な支援とは?
仕事を作れる社員に ~入社3年間でスキル強化~
下積み期間が重要 ~段階踏まえて仕事を熟達~
問題発見能力が重要 ~自ら考え行動する習慣を~
follow us
メルマガ登録&SNSフォローで最新情報をチェック!