公開日 2018/09/20
最終更新日 2020/03/06
今回のテーマは「役職定年制度が40代~60代のミドル・シニアの躍進に与える影響について」です。前回のレポート『50代からではもう遅い?40代から始めるキャリア支援のススメ ミドル・シニア躍進のために企業が取り組むべきこと』、前々回のレポート『40~60代のミドル・シニアを部下に持つ年下上司に求められる『年齢逆転マネジメント』のヒント』では「上司によるマネジメント」「企業のキャリア支援」「個人のキャリア意識」といった要因がミドル・シニアの躍進に与える影響についてお伝えしてきました。これまで見てきた人材開発・キャリア開発の視点(ソフト要因)からの考察に加え、今回は報酬や職務に直接影響する人事制度の視点(ハード要因)から、ミドル・シニアの躍進について考えてみたいと思います。
そこで、今回と次回のレポートでは、特にミドル・シニアの働き方やキャリアに関連の深い人事制度として『役職定年制度』『定年再雇用制度』を取り上げ、それらがミドル・シニアの躍進にどのような影響をもたらすかについて考えていきます。今回のテーマは『役職定年制度』です。
『ミドルからの躍進を探求するプロジェクト』では、
「ミドル」「シニア」の定義を【ミドル:40歳~54歳】【シニア:55歳~69歳】としています
『役職定年制度』とは、一定の要件(部署・役職・年齢など)を満たした社員を対象に一律で役職を退任させる制度のことを指します。年功賃金体系のもとで高騰する人件費の抑制、組織の新陳代謝と若手人材への抜擢機会の提供などが主な目的で、日本の大企業の約半数が導入しています([注1])。
私たちが実施した『ミドル・シニアの躍進実態調査』によれば、『役職定年制度』の対象年齢は50歳から55歳に設定されているケースが多いことが明らかになっています。ミドル・シニアの躍進実態を年代別に見ると、躍進層の割合が最も少ないのは「50代前半」という調査結果(詳しくは第1回レポート『「働かないオジサン」は本当か?データで見る、ミドル・シニアの躍進の実態』を参照)と合わせて考えると、『役職定年制度』がミドル・シニアの躍進を阻害する要因となっている可能性が示唆されます。
しかし『役職定年制度』が働く個人にもたらす影響については、必ずしも多くのことが明らかになっているわけではありません。経営・人事の視点から『役職定年制度』の制度設計や運用の実態を明らかにする事例調査はあっても、『役職定年制度』によって働くミドル・シニアの意識や行動がどのように変化するのか、という個人の視点に着目した調査は過去に例がないといっても過言ではありません。
そこで、本レポートでは、役職定年を経験したビジネスパーソン300名を対象にした調査の分析結果を手掛かりに、これまでベールに覆われた「『役職定年制度』が40代~60代のミドル・シニアの躍進に与える影響」について明らかにしていきたいと思います。
まず、役職定年によって一体、何が変化するのでしょうか。『ミドル・シニアの躍進実態調査』によれば、「年収」「上司」「部下人数」について7割を超える人が「変化した」と回答しているのに対して、「仕事内容」が変化したと回答した人は全体の6割弱という結果でした(図1)。言い換えれば、約4割のミドル・シニアは、役職退任前後で担当する業務の内容は大きく変化していないということです。これは、役職ごとに明確な職務記述書が存在せず、仕事内容がポストではなく「個人」に紐づいているという日本型雇用慣行の特徴を反映した結果といえるでしょう。
それでは、こうした役職定年後の変化に対して「個人」はどの程度、事前にイメージすることができていたのでしょうか。先に見た「役職定年によって変化する割合」に対して、「事前にイメージできていた割合」を比較してみると、「上司」「部下」「年収」は、約7割が変化するにもかかわらず、事前にイメージできている割合は4割~5割程度にとどまり、その差は約30ポイントもあることが分かりました(図1)
また「仕事内容の変化」について、前もってイメージできていた人は4割弱と最も少なく、事前に変化をイメージすることの難しさが伺えます。
【図1】役職定年後に対する事前イメージと実際の変化との比較
※「あてはまる」と回答した割合(単位は%)
それでは、役職定年は40代~60代のミドル・シニアの働き方に対してどのような変化をもたらすのでしょうか。
ここでは「環境レベルでの変化」と「行動レベルの変化」に分けて見ていきましょう。まず、環境レベルでの変化では「会議に呼ばれることが少なくなった(41.0%)」「社内の情報が入ってこなくなった(35.7%)」など、社内でのコミュニケーションに関する変化が上位を占める結果となりました(図2)
続いて、行動レベルの変化では、「重要な仕事は若手や中堅メンバーに譲るようにしていた(26.7%)」「自分にどんな役割が求められているのか、よくわからなかった(26.7%)」「新しいことに挑戦しなくなった(24.7%)」が上位を占めています(図2)。
この結果から『役職定年制度』は、躍進するミドル・シニアに共通する行動特性である「仕事を意味づける」「まずやってみる」の実践に対してブレーキをかける「負の効果」が示唆されます。(「躍進するミドル・シニアに共通する行動特性」は第2回のレポート『躍進するミドル・シニアに共通する5つの行動特性』参照)
【図2】役職定年後の働き方の変化
※「あてはまる」「ややあてはまる」と回答した割合の合計(単位は%)
続いて、役職定年がもたらす意識の変化について見てみましょう。
役職定年によって、「自分のキャリアと向き合う機会になった(30.3%)」「プレッシャーが無くなり、気持ちが楽になった(30.3%)」などポジティブな変化を経験する人も一定数いますが、それ以上にネガティブな変化を経験する人の割合が多いことが明らかになりました。具体的には、「仕事に対するやる気・モチベーションが低下した(37.7%)」「喪失感・寂しさを感じた(34.3%)」「会社に対する信頼感が低下した(32.3%)」が上位を占めています(図3)
また、実際に役職定年を経験した人からは、「同期でトップ出世を果たしてきたのに、なぜ役職をはく奪されるのか。疑問と喪失感で夜も眠れない日が続いた」(58歳・男性・卸小売業)といった印象的なコメントも寄せられています。『役職定年制度』によって変化するのは「ポスト」であり、仕事内容そのものには大きな変化が見られないケースは4割近くにのぼります。上記の「役職をはく奪される」という表現からも、仕事内容以上に社内のポストに自らのアイデンティティを求めるミドル・シニアのキャリア意識が伺えるのではないでしょうか。
また、先にお伝えした「行動レベルでの変化」に関する調査結果を重ねると、役職定年に伴う働く意欲の減退が「仕事を意味づける」「まずやってみる」といった躍進行動にブレーキをかけていることが示唆されます。
【図3】役職定年後の仕事に対する意識の変化
※「あてはまる」「ややあてはまる」と回答した割合の合計(単位は%)
なぜ、役職定年によってここまでネガティブな意識が生じるのでしょうか。
真っ先に考えられるのは「年収の減少」による影響です。今回の調査によれば、役職定年直後の平均年収ダウン率は「23.4%」であることがわかりました。そこで、年収ダウン幅の大きさが役職定年後の仕事に対する意欲の減退に少なからず影響を与えているのではないかという考えに基づき、年収のダウン幅と仕事意識の変化の関連を分析しました。具体的には、年収ダウン幅を「年収1~2割減少」層と「年収3割以上減少」層に分けて、両者の仕事に対する意識の変化を比較したのが【図4】です。大変興味深いことに、年収のダウン幅の大きさと役職定年後のネガティブな変化には有意な関連がないということが明らかになりました。
例えば、「環境の変化に戸惑いを感じた」や「会社に対する信頼感が低下した」など一部のネガティブな意識変化については「年収3割以上減少」層の方がやや高い傾向が見られる一方、「喪失感・寂しさを感じた」については「年収1〜2割減少」層の方が高い傾向が示されています。いずれも両者の差はわずかであり、明確な傾向を示すものではありません。 こうした結果から、年収ダウンの差が、役職定年後のネガティブな変化の差をもたらす主たる要因ではないことが明らかになりました。
【図4】年収ダウンの大きさ別に見た役職定年後の仕事に対する意識の変化
※「あてはまる」=5点、「ややあてはまる」=4点、「どちらとも言えない」=3点、「ややあてはまらない」=2点、「あてはまらない」=1点とし、その平均値を求めた。
それでは、役職定年後の意識の変化に影響する要因は一体どこにあるのでしょうか。
役職定年後の変化に対して事前準備がどの程度影響しているのかを分析したところ、興味深い結果が明らかになりました。まず、役職定年後に備えて40代~60代のミドル・シニアが行なっていた事前準備の内容について確認しておきましょう。役職定年を控えたミドル・シニアが行なっていた事前準備として最も多かったのは「備えとして行っていたことは特にない」という項目で、全体の3割が事前準備をしていないという実態が明らかになりました(図5)
繰り返しになりますが『役職定年制度』とは、(一部の例外を除いたほぼ全ての)役職者が会社で定められた対象年齢に達すると一律に役職を退任する仕組みです。役職定年を経験した元上司や先輩社員の事例を目にすることで、ある程度は事前にイメージを持ち、前もって必要な備えを行うことができるようになると思われます。しかし「役職退任後については極力考えないようにしていた」と回答した割合が2割以上いるという結果からは、迫り来る「役職退任後の自分」を意識的に遠ざけたいという心理的な抵抗を見て取ることができます(図5)
【図5】役職定年後の変化に対する事前準備
※「あてはまる」「ややあてはまる」と回答した割合の合計(単位は%)
やや前置きが長くなりましたが、ここからはこれまで見てきたような事前の準備活動が役職定年後の変化に対してどのような影響を与えているのかについて見ていくことにしましょう。
分析の結果、役職定年直後のポジティブな変化を促しているのは、「仕事に対する考え方を変えていた」という項目であることがわかりました。一方、全体の2割近くいる「役職定年後について考えないようにしていた」という人ほど、役職定年直後にネガティブな変化を経験していることが分かりました。さらに、具体的なキャリアプランを計画することもネガティブな変化を阻止する上で重要な備えであることが明らかになりました(図6)。
【図6】役職定年後の心理変化に影響する事前準備
※「ネガティブな変化」とは、「自分の存在価値を見失ったと感じた」「喪失感・寂しさを感じた」「役職を降りることに納得できなかった」「仕事に対するやる気・モチベーションが低下した」「会社に対する信頼感が低下した」「環境の変化に戸惑いを感じた」から構成される因子(α=.906)
「ポジティブな変化」とは、「マネジメントから解放され、今まで取り組めなかったことをやる気になった」「プレッシャーが無くなり、気持ちが楽になった」から構成される因子(α=.796)
今回のレポートでは、これまでベールに覆われた「『役職定年制度』が40代~60代のミドル・シニアの躍進に対して与える影響」についてお伝えしてきました。これまでご紹介した一連の調査結果を通じていえることは、『役職定年制度』にはミドル・シニアの働く意欲を大きく減退させる「負の効果」があるということです。こうした意欲の減退が、躍進するミドル・シニアに共通する行動特性である「仕事を意味づける」「まずやってみる」の実践にもブレーキをかけている可能性が示唆されます。
しかしその一方で、冒頭にもお伝えしたように『役職定年制度』によって、高止まりする賃金カーブの抑制や、組織の新陳代謝・若手人材の抜擢が図られている、という企業側の側面も無視することはできません。したがって、現在の日本的雇用慣行を前提とするならば(それ自体の抜本的な改革が急務であることは論を待たないのですが)、安易に「『役職定年制度』の廃止」を訴えることは非現実的な議論と言わざるを得ません。むしろ、現在の『役職定年制度』を前提としつつ、役職定年という一大キャリアイベントをいかにスムーズにトランジション(移行)すればよいかを考える方が現実的といえるでしょう。
そこで、キーワードとなるのが「事前準備」です。役職定年後にポジティブな変化を経験する人とネガティブな変化を経験する人を分ける差が、役職定年に向けた「事前準備の内容」にあることが明らかになりました。具体的には、いかに前もって役職定年後の具体的なキャリアプランを考え、仕事に対する考え方を見直す機会を持てるかが鍵であるといえます。どのような変化が訪れるのかは精緻に予測することはできませんが、変化に対して柔軟に対応できる考え方を身につけておくことは十分に可能です。
前回のレポート『50代からではもう遅い?40代から始めるキャリア支援のススメ ミドル・シニア躍進のために企業が取り組むべきこと』では、「40代から始めるキャリア支援の重要性」についてお伝えしてきましたが、それは決して遠い将来ではない役職定年後のキャリアから目を背けず、社内ポストに依存しすぎない働き方やキャリア意識への転換を図る機会という意味でも有効な施策であると考えます。
[注1]平成21年度 賃金事情等総合調査(中央労働委員会)によれば、役職定年制度を導入している大企業の割合は47.7%である。
株式会社パーソル総合研究所/法政大学 石山研究室 「ミドル・シニアの躍進実態調査」 |
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調査方法 | 調査会社モニターを用いたインターネット調査 |
調査協力者 | 以下の要件を満たすビジネスパーソン:300名 (1)従業員300人以上の企業に勤める50代の男女 (2)正社員 (3)年齢を基準に役職を退任した経験がある |
調査日程 | 2017年5月12日~14日 |
調査実施主体 | 株式会社パーソル総合研究所/法政大学 石山研究室「ミドル・シニアの躍進実態調査」 |
※引用いただく際は出所を明示してください。
出所の記載例:パーソル総合研究所・石山恒貴(2017)「ミドル・シニアの躍進実態調査」
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