公開日 2019/02/27
多くのビジネスパーソンが「42.5歳」で大きな壁にぶつかる──。その壁を前に、「私の会社人生、こんなはずじゃなかった」と嘆き後悔しないためには、20代30代からどんなことを意識すべきなのか。
ベテラン社員4700人に大規模リサーチを行い、書籍『会社人生を後悔しない 40代からの仕事術』でキャリアの停滞感の正体を世に知らしめた法政大学大学院・石山恒貴教授とパーソル総合研究所取締役副社長・櫻井功氏が、パフォーマンスを出し続けるために必要な考え方を語り合う。
―― 石山教授とパーソル総研が実施した大規模調査に興味深いデータがありました。現代のビジネスパーソンに立ちはだかる「42.5歳の壁」とはいったい何なのでしょうか?
櫻井:これは「出世に対する意欲の変化」を示したグラフです。
「出世したい」と「出世したいとは思わない」の割合が、42.5歳を境目に逆転しています。しかも、「出世したいとは思わない」の比率はその後、右肩上がりで伸び続けています。
石山:なぜ、42.5歳がキャリアのターニングポイントとなるのか。これには日本型の雇用制度が影響しています。
グローバルな企業は単年度で社員を評価し、昇進も短期間で決まっていくのに対し、日本企業はその期間が長い。
新卒一括採用で入社し、部署をいくつか異動しながら、5年、10年かけてだんだん評価が定まっていくのが一般的です。
そうすると、40歳くらいまでは多くの社員に出世の可能性が残されており、社員から見れば「まだ勝負がついていない」ように見えるんです。
櫻井:このなかには、本当に「出世したくない」方もいらっしゃるでしょうが、「出世は無理」と諦めた人も含まれると思います。
同期に対して、大きく後れをとってしまった。でも自尊心がありますから、「したくない」という言葉で正当化している。この昇進の罠(わな)に直面すると、「こんなはずじゃなかった」という失望感が広がり、モチベーションの低下にもつながります。
「どれくらい活躍しているか」を表すジョブ・パフォーマンスの数値も42歳ころから大きくガクンと低下することもわかりました。
石山:この結果からいえるのは、そもそも働くうえで出世という動機づけだけでは、長期にもたないということです。例えば、「この会社で部長まで上がりたい」といった組織上の肩書を目標にした意欲は、昇進しているうちはいいですが、どこかで必ず限界がきます。
入社以降ずっと出世だけを目的にしていると、40歳を超えてから、いきなり転換し、違う動機づけをするのは難しいですよ。70歳まで働く時代はもうすぐです。まだまだ若いのに、その先数十年にわたって仕事に対するモチベーションを失ったままになります。
出世したいという意欲も大事なのですが、それだけではない、自分らしい意味に基づく内的な動機づけが同時に必要です。調査からも、ミドル・シニア世代(40〜69歳)で生き生きと働いている人は、動機づけの中心が出世ではなく、「自分の専門性をより高めていきたい」など、仕事そのものにあることがわかりました。
―― そもそも、なぜミドル・シニア期のビジネスパーソンの調査研究を?
櫻井:日々、さまざまな企業の経営者や人事の方とお会いしますが、「最近、40代50代が元気ないよね」という話を聞く機会が増えたと感じていました。「昔はあんなに光っていた人たちが、50歳くらいになると、みんなしゅんとして輝きがなくなってしまっている」と。
石山:この問題は、ちょうど私も関心を寄せていたテーマでした。私は普段、人材マネジメントや人材育成について研究していますが、おそらく、現代の日本型雇用が抱える課題が最も如実に表れているのは、このミドル・シニアの問題なんです。この世代の元気がないように見えるのは、彼らだけではなく、日本の働き方全体、あるいは個人のキャリア全体の問題です。
櫻井:そのとおりです。にもかかわらず、社会的にはミドル・シニアに対して「あの人、働かないよね」と個人をあげつらうような風潮が蔓延しています。
我々パーソル総研は調査するだけでなく、その結果が企業の経営者や人事の方に届き、日々の経営や組織運営に役立つことが非常に大事だと考えています。「会社に働かないオジサンがいる」と文句をいって留飲を下げるだけでは、何も解決しない。
そこで、より構造的な実態を探るため、石山先生とともにリサーチプロジェクトを立ち上げました。今回、調査結果を分析し、ジョブパフォーマンスに影響を与える要因を因数分解した結果、導き出されたのが「PEDAL(ペダル)」です。
キャリア迷子にならないために必要な「自走力」が高い人に共通して見られた5つの行動特性の頭文字から名付けました。
石山:これはミドル・シニア世代に限らず、同じ職場で長く仕事をしていて、仕事がうまく回せるようになってしまったがために、マンネリ化して成長が止まってしまうという罠を避けるためにも有効な方法です。
もちろん、PEDALを実践し、もっと他の場で活躍できると思えば転職してもいいし、独立してもいいでしょう。
―― ひとつめの「Proactive(まずやってみる)」が大切なことは理解できますが、年を重ねると腰が重くなる要因はどこにあるのでしょうか。
櫻井:年齢が上がるにつれ、失敗を恐れる傾向が強くなっていきます。失敗も成功もたくさん見て経験しているので、それがバリアとなり、新たなチャレンジに臆病になっていく。
石山:新しいことを始めると、「このポイントでつまずくだろうな」というのが取り組む前から見えてきますよね。「あの部署の〇〇さんと〇〇さんが必ず文句を言ってくる」とか(笑)。
先ほどの話と関連して、出世だけを動機づけとしている人は、"社内専門家"になり、社内で人脈を作ることや減点されないことに注力してしまう傾向があります。いかに社内をうまく泳ぐかを考えて行動してしまう。
学術的には、組織への「過剰適応」と呼ばれる問題です。これは若くから社内で評価されている人、はた目には活躍しているように見える人ほど、かえって陥りやすい罠かもしれません。
櫻井:そういう意味でも、「Explore(仕事を意味づける)」が非常に重要です。なぜ、この仕事をするのか、という意味づけをきちんと自分のなかで持つということ。それがないとProactiveにはなかなか動けないでしょう。
ただ、誤解してほしくないのは、その仕事に「意味があるのかないのか」を考えるのではなく、自分でどう「意味づけるか」が大事ということです。仕事を外側から評価しろということではありません。
石山:仕事の意味づけを考える際に問題になることのひとつが、「では、意味づけとは"自分のやりたいことをやる"とイコールなのか」ということ。今、大学のキャリア教育では「やりたいことが大事」だと言われますが、そうすると意に反した配属で"やりたい仕事"ができないからとすぐ離職することにもなりかねない。
でも、本当は、目に見えるようにパッケージされたものだけがやりたいことではなくて、人間ってずっと"やりたいこと"を模索するんだと思います。
経験を積んでいくと、視野が広がり新しく挑戦したいことや、だんだんできるようになって楽しめることが増えていく。40歳、50歳と年を重ねていくとともに時代が変化していくので、やりたいことは一生模索していくものとして捉えたほうが今の時代には合っている。その一方で、「じゃあ経験が大事なんだから、自分がやりたいことなんて考えずに言われたとおりになんでもやればいいんだ」と受け身モードになってもそれはそれでおもしろくないと思うんです。
その際に、自分がなにを大切にしているのか、どんなときに達成感を感じるかなど、基礎となる自分自身の価値観が大事になってくるのだと思います。具体的な「やりたいこと」「達成したいこと」からもう一段抽象度を上げ、バックボーンとなる価値観のレベルの見極めです。
櫻井:ただ、自身の価値観や関心を自ら探るのってけっこう難しいんですよね。我々はその手法として、リフレクション・シートの活用をおすすめしています(リフレクションシートはこちら)
これは自身のキャリアや生活を振り返りながら、同時にその背後にある価値観を可視化できるフォーマットです。 自分が今この状況に至った契機や、過去の行動の理由などを振り返ってみることは、この先のキャリアをより深く考えていく上で非常に重要です。
櫻井:加えて、価値観の可視化や仕事の意味づけに有効なのが「越境」の体験です。 社外の人と関わることで改めて自分の強みや弱みがわかったり、価値観が際立ったりしてくる。広い意味でいう、ライフのリフレクションですね。
石山:例えば、NewsPicksが主催するイベントに参加して「これが最先端の考え方だ!」と意気揚々と会社に持ち帰っても、職場では誰にも受け入れられないなんてことは多々あるでしょう。 でも、そこでもめながらも対話するところに価値があって、そこから新しい意味が生まれるわけです。 外部での学びを中に取り込もうとして、「そんなのうちにはいらない」とか「よそにかぶれてんじゃねぇよ」などと言われ迫害された人ほど、その後に成長していることが研究からもわかっています。
一方、いくら外で学んでも、それをリフレクションして内部に持ち込むなどの取り組みをせず、学びっぱなしになってしまう人は、しばらくするとすっかり学びを忘れて風化してしまい、成長につながりません。 しばしば、自分の気持ちをわかってくれる居心地のよい場所で「愚痴っているだけ」になってしまう。 また、越境したからといって自分に合った価値観がパッと降りてくるわけではない。そこは確率の問題にもなってきます。
櫻井:越境しようとするときに「確率」というのはすごく重要なキーワードですね。例えば、お金を儲けたい、この分野に進出したいなど、目的ありきの越境は、その目的が達成されなければあまり意味がなくなってしまう。
石山:目的ありきではなく、ふわふわとした自己みたいなものをいろいろなところにぶつけてみる。その結果、はじめてなにかしらのひっかかりが生まれ、新しい学びや発見につながる越境の事例は、本当によくあります。
つまり、自分と同じ価値観の人だけが集まる勉強会にばかり行っていても、なかなかそうした「ひっかかり」の確率は上がりません。
越境の本質は、コンフォートゾーンから抜け出し、「居心地の悪さ」を感じる場所に身を置くことです。
櫻井:つまり、「学ぶこと」だけでなく、「学びを活かす(Learn)」ことまで含めて、ようやくジョブパフォーマンスへと影響することがわかっています。
石山:今後、雇用を取り巻く環境も変化していくでしょうが、私はミドル・シニアの憂鬱を生む構造的要因は一朝一夕では取り除かれないと考えています。 つまり、現在、20~30代の人が40代に差し掛かったとき、同じような「キャリアの憂鬱」を経験する可能性は高いです。
今、意気揚々と学び活躍している人ほど、停滞のリスクには気をつけたほうがよい。
今回は40代以上を対象に調査を行いましたが、実際のキャリアは20代からずっと地続きで境目はありません。今からPEDALを意識することで生涯活躍し続けるための処方箋としてくれるとうれしいですね。
(構成:尾越まり恵 編集:樫本倫子 写真:北山宏一 デザイン:砂田優花)
このページは「NewsPicks」に掲載された内容を転載しています。
転載元の記事はこちら→【42.5歳の壁】仕事ができる人ほど危険な"キャリアの罠"
法政大学大学院 政策創造研究科 教授
石山 恒貴
Nobutaka Ishiyama
一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科経営情報学専攻修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科政策創造専攻博士後期課程修了、博士(政策学)。
一橋大学卒業後、日本電気(NEC)、GE(ゼネラルエレクトリック)、バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社執行役員人事総務部長を経て、現職。人材育成学会理事。
取締役 副社長
櫻井 功
Isao Sakurai
日本の都市銀行(現メガバンク)において17年間、国内支店、国際金融部門、大企業営業部門、人事部門、米国現地法人等を経験したのち、ゼネラルエレクトリック、シスコシステムズ、HSBCの人事リーダーポジションを歴任。経営のパートナーとして、事業のオーガニックな拡大並びに買収・売却、オフショアリングなどの経営戦略遂行時に求められるカルチャー変革、人事制度改革、タレントマネジメント、グローバル人材育成体系の構築、人事トランスフォーメーション/プロセス改善などの戦略的人事サポートを提供してきた。
直近では大手リテールチェーンの人事担当役員として、人事制度改革並びにそれを通じた風土改革プロジェクトをリードし、IPO実現に寄与。2016年5月より現職。
※内容・肩書等は公開当時のもになります。
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