公開日 2020/12/09
近年、ジョブ型人事について議論が増えている一方で、それらの議論の多くは、企業の経営・人事における顕在化した問題への対症療法的な視点に偏っている。ジョブ型人事を導入しても、重要な人事課題である中長期的な人材開発が進まなければ、経営課題の一時的な解決にしかならないだろう。
それでは、人事はジョブ型を導入しながら、どのように人材開発を進めていくべきなのだろうか。
今回は、多くの企業が中長期的な人材開発として取り入れているキャリアデベロップメントプランについて解説しながら、キャリアデベロップメントプランにジョブ型人事が与える影響について解説していく。
2020年は、新型コロナの感染拡大により、多くの企業がさまざまな経営課題に直面し、判断・決断を迫られた1年だった。人事領域でも、この危機と共存しながら事業を継続すべく、感染拡大を防ぐための働き方の多様化から苦渋の決断たる雇用調整に至るまで、その課題は多岐にわたった。
その中で、働き方や雇用の在り方、賃金管理といった視点から、ジョブ型人事についても議論が増え、今後は必要不可欠だとする向きも増えたように感じる。一方で、そういった視点でジョブ型人事の必要性が問われるのは、いずれも重要ではあるものの、顕在化した問題への対症療法的な視点に偏っている。
中長期的な人事課題で最も重要なものは、やはり人材開発である。メンバーシップ型からジョブ型という人事の根幹を変える変革テーマでありながら、最重要かつ中長期的な課題である人材開発との関係性を議論しないことは、企業にとっても社員にとっても、将来大きな損失を招く。そこで本コラムでは、特に多くの企業が中長期的な人材開発として取り入れている「キャリアデベロップメントプラン」について、ジョブ型人事を導入することによってどのような影響があるのかを考えてみよう。
多くの企業は人材開発に力を入れており、サクセッションプランやキャリアデベロップメントプランを取り入れている。しかし、次期経営層の育成を担うサクセッションプランに比べ、より広い範囲の社員を対象にしたキャリアデベロップメントプランは、目論見通りに機能しきれていない、という話を聞くことが多い。その背景にはキャリアデベロップメントプランに対する2つの大きな誤解がある。
1つ目は、キャリアデベロップメントプランは専門職の育成プランという誤解。
キャリアデベロップメントプランは特定の専門性を求めるが、それはビジネスパーソンとしての強みを持つことを意味しており、専門性の習熟だけを求めているわけではない。キャリアデベロップメントプランは、あくまでも成長戦略を実現する人材の開発が目的で、どのような環境であっても自身の強みを活かして、新たな価値創造や問題を解決する能力を求めている。
2つ目は、キャリアデベロップメントプランは会社が提供する教育プログラムという誤解。
サクセッションプランは、会社の意思によって選抜された一部の優秀層が対象になり、ある意味では受け身のプログラムである。しかし、キャリアデベロップメントプランはそうではない。ここでいう「キャリア」とは職務経験のこと。つまり、キャリアデベロップメントとは、社員が将来を見据えて、次の職務経験を自律的に選択することであり、さらにいえば、社員が職務経験を選択することによる成長機会を獲得するためのプランである。
キャリアデベロップメントプランが機能していない企業の多くでこの誤解が見られ、社員が目指すキャリアのゴールを明示できていないか、明示できていたとしてもそこに至るキャリア(=職務経験)を明示できていない。そして、社員のキャリア権(※)もないために自らキャリアを選択する機会もなく、会社が社員に専門教育や階層教育を施すための教育プランに留まっている。
※ 諏訪康雄法政大学名誉教授が提唱。「働く人が自分の意欲と能力に応じて希望する仕事を選択し職業生活を通じて幸福を追求する権利」という意味合いで使用される。
※ キャリア権と人事権については、機関誌HITOvol. 15 42頁『日本型雇用システム改革の指針』にてご紹介
図. ジョブと連動したキャリアデベロップメントプラン
もしジョブ型人事を導入したら、こうしたキャリアデベロップメントプランの状況にどのような影響があるだろうか。まず、これまで曖昧だったキャリアのゴールやそこに至るまでのキャリア(=職務経験)をジョブと連動させて明示することができる。そして、ジョブが労働市場と社員とをつなぐプロトコールとなるため、会社は人材開発の促進と人材流出防止の観点から社員にキャリア権を与え、会社の人事権と適正にバランスを取らざるを得ない。そうすることで、形骸化していたキャリアデベロップメントプランも機能し始めるはずだ。
では、キャリアデベロップメントプランとジョブ型人事を、いかに連動させるか。その前に、ジョブ型人事に対するありがちな誤解も解消しておきたい。それは、ジョブ型=専門職ではない、ということ。ジョブ型人事が職務を前提にすることや、AIといった高度高難度の技術を持つエンジニアを高給で処遇する受け皿として議論されることが多いため、専門職制度のように理解されることがあるが、決してそうではない。
ジョブ型人事におけるジョブとは、あくまでも企業の成長戦略の実現に必要なジョブである。そして、そのジョブに必要な知識、スキルの獲得に向けて、経験すると有益であるジョブが何かを検証し明確にしていくことで、ジョブとキャリア(=職務経験)を連動することができる。つまり、ジョブ型は人事異動や育成目的のローテーションを阻害するものではない。キャリアデベロップメントプランは、ジョブ型人事を導入し、成長戦略に必要な人材を「どのようなジョブが遂行できるか」で定義した上で、社員の自律的なジョブ=キャリアの選択が可能な運用を実現させることで、加速的に機能することが期待できるのだ。
極論をいえば、ジョブ型人事を導入することで人材調達や総額人件費の調整といった経営課題を一時的に解決しても、中長期的な人材開発が進まなければ、企業の競争力は損なわれるだけである。 決して容易い取り組みではないが、ジョブ型人事を顕在化した問題の解決策に留めることなく、企業の競争力の源泉である人材の価値向上に寄与する仕組みへと昇華させる覚悟と行動が、人事に求められている。
※本記事は、機関誌HITO vol.16 「はたらく人の幸福学~組織と個人の想いのベクトルを合致させる新たな概念の探求~」からの転載です。
本記事はお役に立ちましたか?
早期リタイアを希望する20~30代の若手男性が増えているのはなぜか
出張に関する定量調査
データから見る対話の「効果」とは
職場で「本音で話せる」関係はいかに実現可能か
「本音で話さない」職場はなぜできるのか
キャリア対話に関する定性調査
転勤に関する定量調査
男性育休の推進には、前向きに仕事をカバーできる「不在時マネジメント」が鍵
男性が育休をとりにくいのはなぜか
男性の育休取得をなぜ企業が推進すべきなのか――男性育休推進にあたって押さえておきたいポイント
「ジョブ型」や「キャリア自律」で異動配置はどう変わるのか
日本的ジョブ型をどう捉えるか
調査研究要覧2023年度版
仕事をもっと楽しく──ジョブ・クラフティングでより前向きに、やりがいを感じて働く人を増やしたい
「ジョブ型/キャリア自律」時代の人事異動・配置
なぜ、日本企業において男性育休取得が難しいのか? ~調査データから紐解く現状、課題、解決に向けた提言~
輸入型マネジメントを考察する研究 ~時間軸と空間軸によるアプローチ~
《ポテンシャルの解放》個人の挑戦を称賛する文化が時代に先駆けた変化を生み出す
《適時・適所・適材》従業員が最も力を発揮できるポジションとタイミングを提供
職務給に関するヒアリング調査
企業理念と人事制度の浸透に関する定量調査
男性育休に関する定量調査
派遣社員のリスキリングに関する定量調査
人事部非管理職のキャリア意識の現在地
企業の競争力を高めるために ~多様性とキャリア自律の時代に求められる人事の発想~
多様性の推進と成長の加速に必要なのは、自己認識と自律的なキャリアの歩み
人生100年時代に必要なのは、自分の軸を持ちキャリアを構築する「キャリアオーナーシップ」
人的資本と同時に《組織文化資本》が重要に。挑戦と失敗を受け入れる組織文化が自律型人財を育てる
自律性、主体性が求められる時代、人事施策成功のカギは《個の覚醒》にあり
ガラパゴス化した日本の人事制度を「補完性」の観点から国際比較分析
2023年版 人事が知っておきたい 法改正のポイント - 育児休業取得率の公表/中小企業の割増賃金率の引き上げ/男女間賃金格差の開示義務
人事は、いかにミドル・シニアを活性化させていくべきか 待ったなしの今、取り組みへのポイントは?
人的資本の情報開示の在り方 ~無難な開示項目より独自性のある情報開示を~
人的資本経営の実現に向けた日本企業のあるべき姿 ~人的資本の歴史的変遷から考察する~
個に寄り添い、個を輝かせる。カインズのキャリア自律支援
「キャリア自律」促進は、従業員の離職につながるのか?
「日本的ジョブ型雇用」転換への道プロジェクト
「キャリア自律推進」の背景とその落とし穴 啓発発想からビオトープ発想へ
従業員のキャリア自律に関する定量調査
ジョブ型人事制度に関する企業実態調査
DX企業へ変革しイノベーションを起こすための富士通のジョブ型人事制度
ジョブ型の長所と自社らしさを活かす 「KDDI版ジョブ型人事制度」
職能資格からジョブ型へ、 そして「人財力」重視の人事運営に ~ジョブ型を先行導入したJ.フロント リテイリング人事制度の変遷~
日本企業が目指すべき人材マネジメントの在り方
日本的ジョブ型雇用で労使関係はどう変わるか?
「日本型雇用の先にある人事の姿とは?戦略的人的資源管理から見えてくること」~第3回目:戦略人事となるために~
「日本型雇用の先にある人事の姿とは?戦略的人的資源管理から見えてくること」~第2回目:古典理論から見えてくる今の姿~
ジョブ型雇用への転換で教育・育成はどう変化するべきか?
国内外共通のジョブ型人事制度導入のポイントとは?
日本的ジョブ型雇用における人事機能の課題
日本企業における日本的ジョブ型雇用転換の目的と課題とは?
日本的ジョブ型雇用の考察
役職定年制度の運用実態とその功罪~働く意欲を減退させる「負の効果」を躍進に変える鍵とは~
キャリア自律が生み出す社員の成長と組織への恩恵 副業・兼業解禁は企業と個人に何をもたらすのか
HITO vol.13『変革か衰退か ~待ったなし!日本の雇用改革~』
50代からではもう遅い?40代から始めるキャリア支援のススメミドル・シニア躍進のために企業が取り組むべきこと
キャリアの曲がり角は42.5歳ミドル・シニア正社員と成長の関係
岐路に立つ「正社員」
非正規社員の無期転換のために必要な支援とは?
仕事を作れる社員に ~入社3年間でスキル強化~
正社員の価値発揮を阻害する人事制度上の3つの課題
下積み期間が重要 ~段階踏まえて仕事を熟達~
問題発見能力が重要 ~自ら考え行動する習慣を~
follow us
メルマガ登録&SNSフォローで最新情報をチェック!