従業員のリスキリング促進に向けて企業に求められる人材マネジメントとは
~学び続ける人を増やし、組織の成長につなげる~

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現在の企業において、DX(デジタル・トランスフォーメーション)とともに、重視されているのが「リスキリング」です。しかし、「従業員のモチベーションがなかなか上がらない」「研修を提供しても、実践的な学びにつながらない」という声もよく聞かれます。企業が従業員にリスキリングを促し、組織全体で効果を実感するためには、どのような考えや施策が必要なのでしょうか。2023年3月に『リスキリングは経営課題~日本企業の「学びとキャリア」考』を上梓した、上席主任研究員の小林祐児がインタビューに答えました。

  1. 「学ばない人」が大半の日本。企業は学び続けるための仕組みづくりを
  2. リスキリングを支える「三つの学び行動」とは
  3. リスキリングに必要なのは、「やらされ感」のないマネジメントと学びのコミュニティ化
  4. 型にはまった学びの提供ではなく、一からの仕組みづくりを

「学ばない人」が大半の日本。企業は学び続けるための仕組みづくりを

――なぜ今、リスキリングが求められているのでしょうか。

いろいろな要因がありますが、最も大きいのはDX推進の流れです。DXの重要性は以前から叫ばれていましたが、日本ではなかなか進んでいませんでした。しかしコロナ禍をきっかけに一変。デジタルツールの導入やAIへの適切な対応などが、不可逆的にどの企業にも求められるようになりました。

もう一つの要因として、人的資本経営への動きがあげられます。日本企業は長年、海外と比較して人材への投資がきわめて低いと指摘されてきました。バブル崩壊後は、社員の育成や能力開発などの人材への投資がコストと捉えられ、利益を確保するために削られてきたという時代背景もありました。しかし、世界的にビジネスモデルがモノづくりからサービス提供に転換する中、労働生産性を高めていくためにも人材への投資に注力しようとする機運が高まっています。

このような社会背景から、リスキリングが求められるようになっているのです。2022年10月には、政府が「企業のリスキリング支援に5年間で1兆円を投じる」と表明したことから、リスキリングという言葉が広く知られるようになりました。


――日本企業における、リスキリングの実態についてお聞かせください。

まず、何をもってリスキリングとするかという話からはじめなければいけません。リスキリングにもいくつかの要素があります。

パーソル総合研究所の調査*1によると、新しいツールやスキル、知らない領域の知識などを学んだとする「一般的なリスキリング経験」のある人は3割前後、デジタル領域の新しい技術やデータ分析スキルなどを学んだとする「デジタル・リスキリング経験」のある人は2割程度だと明らかになっています。また、日頃から知らない領域の知識を新たに学び続けたり、専門性を広げ続けたりしているといった「リスキリング習慣」がある人は3割弱となっています。

一方で、社外学習や自己啓発を何も行っていない率は52.6%にものぼります*2。日本企業ではジョブローテーション制度が盛んなため、配置異動によってある程度は学び直しの機会があるものの、リスキリングを実践している人の割合は高くありません。

*1 パーソル総合研究所「リスキリングとアンラーニングについての定量調査」
*2 パーソル総合研究所「グローバル就業実態・成長意識調査(2022年)」


――リスキリングの実践において、何が課題となっているのでしょうか。

先ほども申し上げたように、そもそも企業が人材へ投資する額が少ないことが根本的な課題です。加えて、それが新人もしくは管理職にばかり振り分けられていることも大きな問題です。従来の新卒一括採用システムでは、入社から20代にかけて手厚い研修を受けた後、30~50代ごろまで育成・訓練の対象から外れてしまう社員が大半なのです。

実際、加齢とともに学習時間が急激に減っているという調査結果があります*3。日本は国際的に見ても、突出して「学ばない人」の割合が多い国と言えるでしょう。組織の人口構成がますます高齢化する今の日本では、とくに40歳以上のミドル・シニア層への能力開発や機会提供が必要不可欠ですが、その対象となる人たちが最も学びから遠ざかってしまっています。

また、企業が行っているキャリア施策の仕組みそのものにも問題があると考えています。DXの流れに合わせて、今後必要になるスキルを人材に注入し、人手不足のポストに当てはめようとする。これが現在日本でよくなされているリスキリングの取り組みです。

図:リスキリング議論の「工場モデル」

図:リスキリング議論の「工場モデル」

出所:筆者作成


しかし、「何をどう学ばせるか」という学習内容にしか着目していない、型にはまった「工場モデル」では、従業員に学びの動機づけがされないままになってしまいます。リスキリングは決して「一度新たなスキルを身につけて終わり」ではありません。業務に必要な専門性や技能を、学び続けることが重要です。従業員の自発性に頼るのではなく、これからは企業側が仕組みを整えていく必要があります。

*3パーソル総合研究所・中原淳「転職に関する定量調査」

リスキリングを支える「三つの学び行動」とは

――小林さんは、企業がリスキリングを実践するためにどのようなことが必要だと考えていますか。

パーソル総合研究所で調査を行ったところ、リスキリングを支える三つの学び行動として「アンラーニング」「ソーシャル・ラーニング」「ラーニング・ブリッジング」が見出されました。

図:リスキリングのための3つの学び

図:リスキリングのための3つの学び

出所:パーソル総合研究所「リスキリングとアンラーニングについての定量調査」


アンラーニングは、これまでの既存の知識・スキルにこだわらず、それらを捨て、新しいものに入れ替えていく行動です。人材育成は、新たなスキルを積み上げていくものだと思われがちですが、実務の場面では、職務や役割が変わると、今までのやり方や仕事の考え方、進め方などを捨てていかなくてはならないフェーズが訪れます。アンラーニングはその際に必要となります。

ソーシャル・ラーニングは、巻き込む学びのことを指します。専門家の話を聞きに行ったり、勉強会を主催したりするなど、他者を巻き込みながら学ぶことで、学びの継続化や定着に大きな影響を与えることが明らかになりました。

ラーニング・ブリッジングは、研修の場や本で得た学びを、実務で能力を発揮するために仕事と結び付けていくこと。学びの橋渡しの行動ですね。

これらの三つの学び行動のうち、とくに重要性が認知されるようになってきたのがアンラーニングです。アンラーニングを促進する際は「それまでの仕事のやり方を続けても、成果や影響力の発揮につながらない」など、自身の限界を感じる経験「限界認知経験」がポイントになります。たとえば、管理職など上位のレイヤーになればなるほど、さまざまな修羅場やストレッチされた目標への挑戦を経験すると思います。おのずとこれまでの仕事のやり方に限界を感じるようになり、変化を起こす行動が促進されるのです。

アンラーニングにおいては、男女のジェンダー差も課題となっています。女性のアンラーニングの機会が減少する傾向にあるからです。日本では女性の管理職登用が進んでおらず、限界認知経験を積む機会が圧倒的に少ないからでしょう。また、同一の役職に滞留している年数が長いほど、アンラーニングが減少する傾向が見られます。


――従業員のアンラーニングを促進するためには、企業側が限界認知経験につながる機会を提供することが大切なのですね。ほかに、企業ができることはありますか。

アンラーニングを妨げる大きな要因を除いていくことです。その要因は、職場の集団的なメカニズムによって生まれる「変化抑制意識」です。

研修に行って知識を得るだけでは、リスキリングをしたとは言えません。その学びを、持ち帰っていかに実践できるかが何よりも重要です。つまり、現場に何かしらの変化を起こしていく必要があります。

しかし実際には、「今の組織で仕事のやり方を変えるのは大変だ」「上司に提案して説得しなければいけない」などと、変化を起こすことに対して負荷(コスト)を感じてしまう人が多いのです。これでは、組織に対して提案するのがおっくうになり、結果として個人も組織全体も現状維持の状態になってしまいます。

日本企業では、自己完結でタスクを遂行することがほとんどなく、組織内で相互にフォローし合って仕事を進めていくのが伝統的な働き方です。とくに従来の製造業においては強みとして機能していた働き方ですが、これが変化抑制意識を高める要因になってしまっています。私は、この状態を「善意に基づく足の引っ張り合い」と呼んでいます。相互依存性が強い状態で働いていると、組織の誰かが創造的なアイデアを提案したり変化を起こそうとしたりした際に、押し戻す、抑制する力となって作用してしまう。「みんなで助け合って働こう」という善意が、裏目に出てしまうんですね。


――変化抑制意識を取り払うためには、どうすればいいのでしょうか。

二つの方向性があります。一つは、挑戦共有系の施策です。そもそも、従業員に対して「変化を起こすのは大変だな」という負荷をそもそも予期させないようにするものです。たとえば、メンバー間で目標を公開し合う、日々の業務において挑戦を歓迎して「失敗しても大丈夫」という雰囲気を醸成させる、といったことが具体的な取り組みとして挙げられます。

もう一つは、変化報酬系の施策です。変化を起こすにあたっての負荷を予期させたとしても、その負荷を上回る見返りを与えることでモチベーションを上げる方法です。給与や処遇を上げることなどが報酬の具体例としてあげられます。

図:アンラーニングのためにできること

図:アンラーニングのためにできること

出所:パーソル総合研究所「リスキリングとアンラーニングについての定量調査」


なお、どちらの施策も使い方によっては有効に作用しますが、変化報酬系の施策は少し注意が必要です。給与や役職を一時的に変化させたからといって、リスキリングが習慣づくかは別の問題だからです。

リスキリングに必要なのは、「やらされ感」のないマネジメントと学びのコミュニティ化

――では、従業員のリスキリングを促進するため、企業の人材マネジメントはどうあるべきなのでしょうか。

企業が研修や育成のためのリソースをきちんと確保することが大前提になります。加えて、「キャリア」「目標管理」「学びのコミュニティ」の三つの仕組みを整えることが重要です。

一つ目のキャリアの仕組みとは、キャリアの透明性が担保されている状態をつくることです。人の学ぶ意識を下げている主な要因は「自分のキャリアが計画通りにいかない」という無力感だと言われています。しかし現在の仕組みでは、会社都合による配置や異動、評価をする上司との相性など、本人がコントロールできない要素によってキャリアが変わってしまうことが往々にしてあります。これでは、「自発的に目標を立てて、それに向かって学ぼうとするのは無駄だ」と感じてしまうのではないでしょうか。

そこで私が提案したいのは、「対話型ジョブマッチング」のシステムを作ることです。自分のキャリアについて考え、それを対話によって相互開示する機会を設けることによって、はじめて公募型異動などの人事制度が活用されるようになると思います。

二つ目は、目標管理の仕組みです。多くの企業では、目標管理制度に対する全般的な課題として「モチベーションを引き出せていない」「成長・能力開発につながっていない」「成果に報いる処遇が実現できない」といったことを挙げています。しかし、これまで積極的な改善がなされていませんでした。

状況を打破するためには、制度設計そのものよりも、現場が「評価や目標は個人の成長のためにある」「自分の課題を明らかにするためにある」などと、評価制度や評価のプロセスについてポジティブな感覚を持てるようにすることが大事です。それを、私は「暗黙の評価観」と呼んでいます。この評価への感覚が後ろ向きであれば、上司にも部下にも「やらされ感」が生まれ、どんなに精緻な目標管理も形骸化してしまいます。人事が「必ず評価面談を行いましょう」と伝えても、業務の多忙を理由に実施されないケースもよくあります。

評価される立場の部下も、目標設定や目標管理を「ノルマ管理のため」と捉えていると、達成が容易な目標ばかりを書いたり、目標に含まれていないことをやらなくなったりしてしまいます。周りにフィードバックを求めることもなくなるでしょう。

自社の人事評価制度や評価結果についてそれぞれが抱いているこのような「暗黙の評価観」を改めるためには、メンバーに対していわゆる「被評価者研修」を実施するべきだと思います。つまり、どのように目標を管理するべきかを、評価する立場の管理職だけではなく、メンバー層にも理解してもらうことが必要です。現状では、管理職にしか研修を受けさせていない企業がほとんどです。リスキリングの文脈で目標管理を見直す動きはあまり見られませんが、現場にとっては非常に重要だと言えます。

三つ目は、学びのコミュニティ化の仕組みです。冒頭に述べた、「そもそも個人が学ばない」という課題に対してどのように向き合うべきか。私は、人とのつながりによって学びを促進する仕組みをつくるのがよいと考えています。

リスキリングでは、個人が持つスキルや資質をあらわす「人的資本」の概念がよく語られますが、ここでは個人が持つ人間関係のつながりとか互恵的、信頼し合うネットワークをあらわす「社会関係資本」が密接に関わってきます。社会学では、実際に社会関係資本と成人教育参加率の相関が見られるとされています。つまり、組織をまたいで他者と新たに出会い、教え合ったり意識を高め合ったりすることは、特に大人の学びにおいて非常にポジティブな効果をもたらすのです。

ここで問題になるのが、日本は世界的に見て、人々が持つ社会関係資本がとても希薄であることです。個人の学びに対する動機づけがなかなかなされない要因の一つといえます。たとえば、日本人の多くは知らない人に話しかけにいったりはしないでしょう。会社や学校など、社会が与えてくれた人間関係の中でうまく振る舞うことには非常に長けていますが、それ以外のコミュニティを自ら開拓しない傾向にあります。

そのため、企業側がコミュニティを立ち上げ、学び合う仕組みをつくっていくことが必要です。社外に越境したつながりを作るのはもちろん有効であり、最初は組織内で部署横断の形でスタートするのもいいでしょう。集合研修で交流の機会を持たせたり、従業員同士でお互いのキャリアについて語り合うピアカウンセリング的な仕掛けを促したり。学びをフックにした社会関係資本の再構築こそ、日本人が力を入れて取り組むべきことだと考えています。

型にはまった学びの提供ではなく、一からの仕組みづくりを

――企業で実際に行われているリスキリングの事例で、優れたものがあればお聞かせください。

目標管理に関しては、2020年にサッポロビールが、結果ではなくチャレンジ度合いを評価する「ストレッチゴール」を新設したことが記憶に新しいです。誰もが挑戦しやすい風土づくりを後押しする施策だと思います。

また、学びのコミュニティ化の事例としては、次世代リーダーの育成などを目的としたコーポレート・ユニバーシティの動きが挙げられるでしょう。従来の社内研修とは異なり、社内で講師を起用または育成し、さまざまな部署に所属する人たちを集めて学び合うことが特徴です。Zホールディングスで設立された「Zアカデミア」など、ここ数年、多くの企業が取り組むようになりました。

このような学びの場が、普段の業務では関わりの薄い人たちと出会い、継続的な関係性を構築するフックとなります。社会関係資本が低いとされている日本で、コーポレート・ユニバーシティは大きな効果をもたらすと期待しています。ぜひ、たくさんの企業において浸透していってほしい取り組みですね。


――企業で従業員のリスキリングに取り組んでいる方に向けてメッセージをお願いします。

社内でリスキリングに取り組む人が陥ってしまいがちなのが、単なる研修運営の調整役にとどまっていること。従業員に対して「この資格を取得しましょう」「こんなスキルを身につけましょう」と、型にはめた学びを押し付けているようでは、真のリスキリングは成しえません。新著『リスキリングは経営課題』でも、従来の発想を乗り越えるべきという提案にはじまり、リスキリングを現実的に進めるための仕掛けや仕組み、方向性について、各種データをもとに論じています。

リスキリングを一時的なブームで終わらせず、人への投資と学ぶ個人を増やすための「チャンス」として生かすためにも、企業側が“学び続けられる人”を増やすための仕組みづくりを積極的に行っていってほしいと思います。今まで多くの企業が取り組めていなかった領域なので、これからの伸びしろは大いにあります。ぜひ、「キャリアの仕組み」「目標管理の仕組み」「学びのコミュニティ化の仕組み」を変えていってください。

※このページは「日本の人事部」に掲載された内容を転載しています。

執筆者紹介

小林 祐児

シンクタンク本部
上席主任研究員

小林 祐児

Yuji Kobayashi

上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。


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