公開日 2025/06/26
AI技術の加速度的な発展により、ビジネスの現場も急速に変化する中で、「FOBO(時代遅れになることへの恐怖)」を感じる人が増加している。Gallup社で各国の経営者に対して調査を行い、FOBOにも詳しいJeremie Brecheisen氏に、企業がAIを受け入れる上での課題や、従業員の不安を払拭するためにすべきことを伺った。
Gallup EMEA マネージング・パートナー Jeremie Brecheisen 氏
GallupのEMEA(欧州、中東、アフリカ)地域を統括。各国大手企業のCHROに対する多数の個別インタビューやラウンドテーブルを主導した経験を持つ。また、四半期ごとのCHRO調査に関する記事も発表しており、その多くはGallup.comやハーバード・ビジネス・レビューに掲載されている。
FOBOを抱えているのは、テクノロジー の変化を敬遠し、新たなスキルを学ぶことに消極的な人だと思うかもしれません。実はその逆で、テクノロジーによる変化に強い危機感を持ち、スキルを高めることに前向きな人です。Gallupの調査※1でも、従業員の48%が「スキルを習得できる研修機会があれば転職したい」と回答し、42%は「最も価値を感じるキャリア開発の方法は、会社が提供してくれる研修制度だ」と答えていました。一方、CHROへの調査では、「自社のアップスキリング施策で、将来従業員が必要なスキルを開発できている」と回答したのはわずか2%でした。企業は第一に、研修やトレーニングの機会を用意し、スキルギャップを埋める方法を明示すべきだといえるでしょう。
※1 https://www.gallup.com/workplace/609320/no-fear-obsolete-upskillingrevolution.aspx
加えて、従業員のスキルを見える化し、共有する「スキル・ライブラリ」の整備も急ぐ必要があります。現状、さまざまなHRテックツールが存在していますが、それぞれスキルの名称や定義が異なります。個々が持っているスキルを明確にした上で、個人やチームに必要なスキルを習得させるべきです。
従業員の立場でFOBOを乗り越えるためにできることは、まず自分の仕事がどれだけ自動化されにくいか、冷静に現実を見極めることです。そして自身の学びに責任を持ち、必要があれば、上司や会社に学びの場を与えてほしいと積極的に訴えることが大切です。
それ以前に、AIを受け入れる組織文化が整っていない企業も少なくありません。アップスキリングは研修だけで成立するものではなく、「挑戦し、失敗しても許される文化」があってこそです。その文化が構築できない原因は、AIの導入がIT部門任せで進められていることにあるかもしれません。彼らはAIの専門家かもしれませんが、組織や人材育成に関しては専門外です。IT部門に一任した結果、企業は自社の従業員がAIをどのように使っているのか把握できていません。その不安から企業は従業員を信頼できず、「使い方を間違えて損害を与えるかもしれない」「知的財産を漏らすかもしれない」と考え、ルールでがんじがらめにしてしまうのです。
一方で従業員も、企業が自分たちの情報をどのようにAIに使っているのか把握できず、不信感を抱いています。ところが、多くのリーダーは「従業員から信頼されている」と思い込んでいます。こうしたギャップが盲点となり、リーダーは誤った施策を進めてしまうのです。さらに、従業員の多くは「リーダーは適切なデジタルスキルを持っていない」「生成AIの活用をサポートしてくれない」と感じています。スキルの習得に意欲的な従業員が不安を感じるのは当然といえるでしょう。
だからこそ、AI時代の組織づくりにおいて最も大切なのは、企業と従業員の信頼を築き直すことだと私は考えます。そのためには、リーダー自身が変革の先頭に立つという意識を持ち、積極的にアップスキルに取り組むことが大切です。リーダーは「自分一人ですべてを考えなければならない」と思いがちですが、リーダーの役割は「チーム全体でAIと協働していこう」という空気をつくることです。リーダーが従業員の不安に共感を示し、共に歩む姿勢を持つことが、従業員のFOBOを和らげることにつながるのです。
そのために、AIについて何でも相談できる推進リーダー「AIチャンピオン」をチームに配置できるとよいでしょう。AIチャンピオンがリーダーと共にAIの活用方法を考え、組織文化の変革をサポートすることで、リーダー自身の不安も軽減され、より効果的に組織変革を進めることが期待できます。
AIチャンピオンの役割を担うのは、人事部門が最適だと私は考えています。ところが、十分なデジタルスキルを備えた人事担当者が極めて少ないのが実情です。それどころか、「人事にはAIやテクノロジーに関する知識は関係ない」とすら思っている人事担当者もいるのです。今や、AIはすべての職種・分野に関わる存在となっています。人事業務へのAI導入も加速しており、社内でAIに関する相談を受ける場面も急増しています。自分たちがAIを使いこなせていないのに、他の社員や組織全体をサポートすることはできないでしょう。人事自身がまずAIを体験し 活用していくことが必要なのです。
大前提として、AIを導入すること自体が目的ではないということを忘れてはいけません。あくまでビジネス戦略の推進や業務課題の解決に必要かどうかを見極め、適切に取り入れていくことが大切です。
日本企業も、FOBOへの対応は他人事ではありません。Gallupが数年前に行った調査※2では、日本の従業員の約20%が強いストレスを抱えていると回答しており、エンゲージメントとWell-beingが低い傾向にあることが明らかになりました。その背景には、従業員の弱みばかりに注目しがちな日本の企業文化があります。それでは、FOBOが不健全な形で広がってしまう可能性が高いでしょう。
※2 https://www.gallup.com/cliftonstrengths/en/312467/strengthswellbeing-engagementreduce-burnout.aspx
そのため、日本企業には従業員のWellbeingを尊重し、一人ひとりの強みを伸ばす人材育成を推進してほしいと願っています。AIと協働していくために最も重要なのは、皮肉にも「人を大切にする文化」だからです。それを実現するためにも、人事部門は従来的な価値観に捉われず、組織文化に意義を唱える勇気を持ちましょう。従業員に伝えるべきは「あなたが持っている強みを使って、新しいスキルを身に付けていこう」「私はあなたをサポートするし、本気で気にかけている」という言葉なのです。従業員が「自分には価値がある」と実感し、主体性を持つことができれば、AIを恐れることなく最大限に活用し、ブレイクスルーを生み出すこともできるはずです。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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