公開日 2021/12/10
従業員の日々の業務の目標をマネジメントし、成長を促進するために、多くの企業が取り入れているのが目標管理制度、MBO(Management by Objectives)だ。しかし多くの企業が成長支援の達成ができていないのにも関わらず、目標設定、面談、振り返りといった多大な工数を割き続けているのが現状だ。
そこで本コラムでは、「従業員の成長支援」というMBOの本来的機能に対して、定量的データから新たなヒントを探っていきたい。
MBOは世界各国のホワイトカラー領域で使われている目標管理手法だが、日本企業の特徴は、アメリカ流のMBOを導入していったとき、処遇決定のための人事評価ツールとしても用いてきた点だ。正社員のほぼすべてを人事評価・査定の対象とするのは、あまり自覚的でないが、日本企業の人事管理の大きな特徴だ。ゆえに目標管理にも処遇分配という機能が加わり、「メンバーの間の公平性」という負荷を背負っている。
今述べたような事情も加味されて、人事制度の中でも極めて重要な役割を担う目標管理制度だが、ほとんどの場合、次のような原理的なジレンマを抱える。
成長支援と処遇決定をともにもたせるがゆえに、上司-部下の間で判断された絶対評価による評価が、上位層の評価会議の場において、相対基準に「調整」される必要がある。これは評価基準の一貫性を大きく減じるとともに、見えない暗室の中での分布調整に対して、メンバーの納得感を損ないがちだ。
ビジネスの変化速度が激しくなればなるほど、期初(多くの企業は半年スパン)に立てた目標が意味をなさない、ということがある。その場合、目標内容自体が古くなり達成・未達成の判断を下すのかが曖昧になる。また、目標項目に無い業務について、評価に反映しにくくなる。目標内容の変更が多いほど、本来補足的なはずの「備考欄」が長くなりがちだ。
組織や部署が掲げる集合的な目標と、個別の目標がかけ離れていたり、それぞれの個人目標の総和が組織目標と重ならなかったり、といったこともしばしば起こる。また、ビジョンやミッションといった抽象度の高い組織理念と、眼の前の業務との関連性が見えなくなることも往々にしてある。
よく知られるように、日本の雇用契約は「ジョブ=職務」の概念が希薄だ。個々の従業員が、契約によって具体的職務にしばられていないために、格付制度も「能力」「組織内の役割」を軸に抽象的に記述され、ジョブアサインも目標設定の目標も柔軟に設定される。そうした職務内容の曖昧さ・無規定性は、「目標と成果」を測定するという目的に対して、不明瞭さを伴う。
こうしたジレンマを持つがゆえに、目標管理-人事評価は、その運用も設計も、理論的な整合性をとることが極めて難しい。研究者の間でも、「評価は評価では決まらない」といわれる由縁だ(※1)。OKRやノーレイティング、360度評価のような多面評価などの代案も模索され続けているものの、決定的なものはなく、定着しているとは言い難い状況だ。
実際、調査データからも、多くの企業が強い課題感を持っていることはすぐに確認できる。企業人事・経営に対する調査では、目標管理に対する課題として、「モチベーションを引き出せていない」「成長・能力開発につながっていない」「成果に報いる処遇が実現できない」とする企業が半数を超えた(図1)。
※1 今野浩一郎. "評価は評価では決まらない." 日本労働研究雑誌 617 (2011): 1.
図1:目標管理制度における課題(全体)
出所:パーソル総合研究所「人事評価と目標管理に関する定量調査」
さて、目標管理に関連する学術的知見として、心理学の「目標達成理論(achievement goal theory)」がある。目標達成理論の知見は、人の目標の在り方を、以下の3つのタイプに分けたことでよく知られている(※2)。
1つ目は、自分の能力を伸ばすことを目指す「熟達目標(マスタリー目標とも言う)」。2つ目が、他人より相対的に良い評価を得ようとする「遂行接近目標」。3つ目に、悪い評価を得てしまうことを避けようとする「遂行回避目標」だ。同じ目標を立てるという行為においても、こうした目標の志向性の違いによって、パフォーマンスやモチベーションなどへの影響が異なることが知られている。
これらの目標タイプについての実証研究は欧米中心に多く蓄積されているが、複数の実証調査をまとめて分析するメタ分析などによって見いだされてきたのは、主に、1つ目の「熟達目標」が、テストの成績や仕事のパフォーマンスにプラスの影響があること、そして、3つ目の「遂行回避目標」はそれらにマイナスの影響があることだ(※3)。
目標管理についてパーソル総合研究所で行った調査においても、これら三つの目標志向性を分けて、確認してみた。すると、パフォーマンスやワーク・エンゲイジメント、周囲支援などの傾向が強かったのは、やはり自らの成長を重視する「熟達目標」の志向性をもった従業員だった(図2)。
「遂行接近目標」もそうした変数にポジティブな影響が見られたものの、影響度の度合いは相対的に弱いものだった。また、「遂行回避目標」についてはパフォーマンスなどにやはり負の影響が見られ、バーンアウト(燃え尽き症候群)にプラスの相関が見られた。概ね先行研究と一致する結果といえるだろう。
図2:目標志向性の3タイプ
出所:パーソル総合研究所「人事評価と目標管理に関する定量調査」
※2 Elliot, Andrew J., and Marcy A. Church. "A hierarchical model of approach and avoidance achievement motivation." Journal of personality and social psychology 72.1 (1997): 218.など
※3 Payne, Spencer C., and Michael S. Benninger. "Staphylococcus aureus is a major pathogen in acute bacterial rhinosinusitis: a meta-analysis." Clinical Infectious Diseases 45.10 (2007): e121-e127.
上淵寿・大芦治他編、2009、『新・動機づけ研究の最前線』、北大路書房 など
実践上の問題は、成長を促す「熟達目標」をどのようにしてメンバーにもたせることができるのかだ。パーソル総合研究所の調査で分かったのは、その目標志向性の在り方には、従業員側にある「暗黙の評価観」が影響していることである。
「暗黙の評価観」とは筆者の造語だが、評価される側のメンバーが自社の人事評価制度や評価結果について抱いている個々人の認識のことを指す。簡単に換言すれば、「従業員側から自社の制度がどう見えているか」ということ。それは制度の内容的な特徴を超えて、従業員の認知・認識として「うっすら」と職場に存在するものだ。表立って口に出されることはほとんど無いために「暗黙」だ。
こうした評価に対する従業員の見方・認識というのは、ポジティブで前向きなものと、後ろ向きでネガティブなものがある。そして、ポジティブな側の評価観が、先程の熟達目標と強く紐付いていることが分かった。
ポジティブな評価観としては、評価というものが「自分の成長具合や、自身のいまの課題」を確認するために存在する、という〈改善重視〉の見方、人事評価は正確に行われなければいけない」といった〈明確さ重視〉の見方、また、評価制度が「仕事の計画を立てるのに役立つ」「仕事の意欲を高めるため」といった〈役立ち感〉だ。逆に、人事評価に対して、「無理にでも仕事をさせるためにある」「評価は、仕事を強制してやらせる側面が強い」といった後ろ向きな「やらされ感」の評価観は、熟達目標の志向性にマイナスの影響が見られた(図3)。
図3:暗黙の評価観について
出所:パーソル総合研究所「人事評価と目標管理に関する定量調査」
より具体的に見てみよう。図4でグラフに示したように、ポジティブな評価観を持つ人は積極的な評価活用や、フィードバックを求める行動などを行っており、逆にネガティブな評価観は、簡単な目標を立てたがったり、目標に無いことをやらなかったり、といった行動を行っている。どちらの行動をとるほうがよりパフォーマンスや成長に繋がるかは明白だろう。
図4:評価関連行動(ポジティブ・ネガティブ評価観別)
出所:パーソル総合研究所「人事評価と目標管理に関する定量調査」
こうした従業員の「評価観」をマネジメントするにはどうしたらいいだろうか。例えば、評価者研修などでしばしば強調される目標管理の「SMART」を例にとろう。
目標設定の具体性(Specific)、定量化の度合い(Measurable)、達成可能性(Achievable)、組織目標との関連性(Related)、期限の明確さ(Time-bound)の頭文字をとった「SMART」は、目標管理の合言葉として広く用いられている。
パーソル総合研究所の分析によれば、これらの基準の一部が損なわれると、ネガティブな評価観にマイナスの関連が見られた。しかし、その一方で、いくらSMARTの基準を満たすように目標が設定できていも、「ポジティブな評価観」への影響は確認できなかった。目標設定でこうした厳密さがクリアできたとしても、そもそもの従業員の評価観を前向きなものにすることはできそうにないということが示唆される。
評価観を変えるためには、まずはストレートに、「何のために目標管理を行っているのか」「人事評価の狙いは何か」ということをメンバーへ伝える機会を持つことが必要になるだろう。きちんと言葉として伝えられていないものをマネジメントしようとすることは本末転倒である。
しかし、調査によれば、目標設定に関する研修は、72.7%のメンバーが受けたことがない(図5)。評価も含むより広い範囲の「被評価者研修」という形でのトレーニングは、77.1%が未受講。これでは、頭を捻ってどんなに精緻な制度をつくったとしても、メンバーの評価観を制御することはできないだろう。
図5:部下(被評価者)の研修経験実態
出所:パーソル総合研究所「人事評価と目標管理に関する定量調査」
また、前向きな評価観は、普段からの職場風土や上司マネジメントなどのより広い職場要因によっても影響を受けている。パーソル総合研究所の分析でも、上司の傾聴の姿勢やビジョンの共有などのマネジメント行動、再挑戦の歓迎、相互ヘルプ文化といった組織風土がポジティブな評価観へ関連している傾向が見られた。
このように、目標管理-評価のプロセスは、評価観、マネジメント、職場風土などのさまざまな要素と関連しあいながら、現場で日々実践されている。自社の目標管理に課題があるとき、教科書的に「きちんとした運用」を目指すことや、「精緻な制度設計」を行うことよりも、そもそも自社のメンバーに「制度がどう思われているのか」、「目標管理プロセスを前向きに捉えてくれるような風土が育っているか」「成長支援という目的をきちんと伝えられているのか」という足元の状況を、確認してみる必要があるようだ。
目標管理において4つのジレンマ(① 絶対評価と相対評価のジレンマ、② 目標設定と評価タイミングのジレンマ、③ 組織目標と個人目標のジレンマ、④ 職務と目標基準のジレンマ)があるとお伝えしたが、それらのジレンマを抱える目標管理は、MBOだろうがOKRだろうが、なお人材マネジメントにおける従業員との重要な接点、タッチポイントであり続ける。
本来の目的である「従業員の成長支援」をする目標管理を行うには、目標管理そのものの目的や人事評価の狙いをメンバーへ伝えること、さらには、上司のマネジメント行動や組織風土も関連していることから、個別の独立したものとしてではなく、より広い射程で捉えることが必要であり、そうした検討とコミュニケーションのリソースを節約するならば、よい目標管理を行うことはなかなか難しいだろう。改めて、「評価は評価では決まらない」という言葉の意味は重い。
シンクタンク本部
上席主任研究員
小林 祐児
Yuji Kobayashi
上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。
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