公開日 2017/01/30
アルバイトを抱える職場での課題としてしばしば聞かれることに、ベテランスタッフのマネジメントの難しさがある。そして苦悩の種として指摘されるのが、職場に悪影響を与える厄介なベテランスタッフの存在だ。「新人に威圧的な態度をとる」「指示を聞いてくれない」「徒党を組んで上司に反抗する」といったベテランスタッフの困った行動、そして彼らをうまくマネジメントできない上司の悩みは、我々が行ってきたヒアリングでも強く感じられた。
こうした上司の実感だけではなく、以前も掲載した以下の調査データを見ても、スタッフの離職理由においてベテランスタッフの悪影響(オレンジ部)がきわめて大きいことが明らかになっている。
【離職者調査】
ただ、この問題をベテランスタッフ個人の人格的な問題にしてはならない。「あの人はそういう人だから...」とさじを投げる前に、この「ベテラン問題」の背後には、アルバイト職場独特の構造が関係していることを指摘しておこう。
まず、多くのアルバイト職場において、アルバイトスタッフの上司になる店長・マネジャーにはきわめて異動が多い。役職は替わらなくとも、2-3年、早ければ1年で職場を異動することが多い。それに対して、アルバイトの多くは職場の異動がないため、同じ職場で3年も働けば店長よりも長くその職場に在籍することになる。
結果、上司よりもその職場の特性を知りノウハウのあるベテランスタッフと、上司/その他スタッフとの間には、業務知識についての大きな非対称性が発生する。言いかえると、「ベテランの方が詳しく、経験もある業務」が多く存在することになり、意見の擦れ違いが起こりやすくなる。多くの上司はどの職場でもこの「なんでも知っているベテランスタッフ」のマネジメントに苦慮することになる。
そしてベテランスタッフの高圧的態度には、別の理由も指摘されている。我々がヒアリングしたある店長は、アルバイトのベテランスタッフは「周りが成長すると自分のシフトを奪われる」と考える心理があることを指摘していた。
ベテランアルバイトの多くは仕事で頼られる存在であると同時に、「優先してシフトに入れる」立場であることが多い。周囲の人員の成長、そして人材の充足は、ベテランスタッフにとってこの立場を揺るがすものとして素直に歓迎できない側面がある。これは同じ「シフト」という限られた時間枠をシェアしあうアルバイトの勤務体系に特有の問題だろう。
では、高圧的な態度をとるのではなく、職場のために積極的に動いてくれるようなベテランスタッフを育成するためにはどうしたらよいだろうか。「自分の力で職場を良くしたい」という貢献意欲の有るベテランと、そうした意欲の無いベテランを、職場状況で比較してみたのが下のグラフだ。
【離職者調査】
これを見ると、「希望しない日にも働く」「休憩・休暇がとりにくい」といった職場の忙しさは確かにベテランスタッフの意欲を下げているが、それよりも「報酬上昇」「お客さんとの会話」「ステップアップの推奨」といったその他の要因のほうがずっと大きく意欲を上げているのがわかる。
意欲の高いベテランスタッフが育つかどうかを分ける職場環境は、職場が忙しい、日々の業務に忙殺されていることだけでは決まるものではなく、十分にその他の要因でカバーできそうということだ。では次に、「上司は何ができるか」ということに限定してこの問題をより詳しく見えみよう。
ベテランスタッフへの上司のマネジメントについて、調査からは、学生層・主婦層・それぞれで意欲があがるマネジメントが異なることが明らかになっている。層別の重回帰分析の結果を以下に示したい。数値(回帰係数)が高いほど、そのマネジメントが意欲に影響を及ぼしているということを意味している。
【離職者調査】※その他項目は掲載割愛
まず全体に言えるのは、一番上の「責任のある役割を持たせてもらっているか」が大きくやる気を左右していることだ。どの属性でも最も高い数値となった。貢献意欲を高めるには、その意欲を活かすための役割を与えてあげることが必要になる。ベテランマネジメントの最初の共通原則は、「いかにして責任のある役割を任せていくか」にありそうだ。
その他、属性別で特徴的に高くでた項目について抜粋してみよう。上図では、その項目で最も高い属性の箇所を黄色くハッチングしてある。
【学生層】は上司のマネジメント行動が全体的に意欲に強く影響する層だ。他の層より全体的に数値が高く、学生が職場で育つか育たないかは上司の行動次第という面が大きい、ということが示唆されている。その上で学生の特徴を見ると、「良い仕事をしたときは上司から褒められている」の項目が他の層より目立って高くなっている。根拠のない褒め殺しでは意味はないだろうが、学生のやる気スイッチを押すには、上司は意識的に「褒める」機会を増やしてあげることが有効そうだ。
【主婦層】で高いのは「自分の意見を仕事に取り入れてくれる」といった項目だ。また、「他のメンバーと平等に接してもらえている」ことも高い。主婦層は「的確で合理的な指示」を好む傾向を以前のエントリでも示したとおり、ここでも主婦は平等に接されつつ、自分が正しいと考えることを仕事に取り入れてくれるか否かでやる気が大きく左右されているようだ。
【フリーター層】においては、「長期的なキャリアについて話す機会があること」「スキルや能力が身につくような仕事を任されていること」が高くなっている。やはりフリーターはその職場で長くキャリアを築いていけるか、何か身につく技能があると感じると意欲が増すようだ。アルバイトの戦力化が求められている中で、上司がただ仕事を任せるだけではなく、中長期的なキャリアを考慮してあげること、きちんとコミュニケーションをとっていくことで意欲が変わってきそうだ。
上でも述べたように、ベテランスタッフは職場に大きく貢献してくれる、アルバイト職場における鍵ともいえる存在である。そのベテランが高圧的な態度でメンバーを離職に追い込んでしまうようになるか、それとも職場を良くしていこうという意欲をもってもらえるかで、その職場は大きく変わるはずだ。それは職場メンバーの定着や離職率に関わるだけでなく、上司の業務負担にも大きく関わってくるだろう。上で述べたことが、属人的ではない、より細やかなマネジメントへのヒントに少しでもなれば幸いである。
【お知らせ】アルバイト・パートの成長創造プロジェクト2016年11月1日に書籍「アルバイト・パート[採用・育成]入門」『アルバイト・パート[採用・育成]入門』が刊行されました。
東京大学・中原淳准教授とパーソルグループのパーソル総合研究所は、小売・飲食・運輸業界大手7社の協力のもと、全国約2万5,000人を対象に、「アルバイト・パート雇用」に関わる大規模調査を実施しました。そこで得られたデータ・知見がダイヤモンド社より書籍『アルバイト・パート[採用・育成]入門』として刊行されました。書籍では、このWEB連載には掲載されていない分析についても、多く盛り込まれています。
■調査概要
・調査名:一般求職者調査
・調査主体:パーソルグループ×東京大学
中原淳准教授
・調査対象者:全国の15~69歳の男女で、アルバイト・パートで働くことに興味・関心がある者/求職活動中の者、10,000人
・調査期間:2015年11月6日~24日
・調査名:離職者調査
・調査主体:パーソルグループ×東京大学
中原淳准教授
・調査対象者:小売・外食・運輸の大手企業で非正規雇用(アルバイト・パートないしそれに準ずる雇用形態)で働いており、直近3年間以内に離職した者、2,926人
・調査期間:2015年11月6日~11月24日
※引用いただく際は出所を明示してください。
出所の記載例:パーソルグループ・東京大学中原淳研究室「パート・アルバイト一般従業員調査/離職者調査」
シンクタンク本部
上席主任研究員
小林 祐児
Yuji Kobayashi
上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。
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