公開日 2018/02/16
今回は、かつて大手日系外食チェーン企業の人事責任者として、約10万人のアルバイトスタッフの人材マネジメントを統括していた筆者の経験を踏まえ「採用応募を増やし、応募からの採用歩留りを高めるにはどうしたらいいか」という点に関し、より具体的なアイデアをご紹介いたします。
以前の経営者にとっては、経営が立案した成長戦略を支える人(質・数とも)を供給するのが「人事部門の当然の仕事」であり、人材調達戦略は人事の中だけで議論され、また人事は実際にその役割を果たすことができていました。
しかし現在、若年生産年齢人口は減少の一途、従業員数の確保は事業の成長を左右する大きな要素であるため、人材調達は経営者の大きな関心事となっています。また、「超」が付くほどの売り手市場では就労環境・条件の厳しい業種は敬遠されがちで、労働人口総数が減っていくなか、食品・飲食業の採用環境はますます厳しくなってきています。もちろん、人手不足の解消には「生産性の向上」、工場の自動化や店舗オペレーションの効率化も併せて進めなくてはなりませんが、当面従来の「労働集約的」状況が続くとした場合、数の採用を進めていくには様々な工夫が必要です。
アルバイト・パートを多用するビジネスのオペレーションを見ると、彼らと社員の仕事内容には一部の管理責任(日々の商品発注、人事管理、業績責任等)以外、大きな違いがないのが現状です。また例えば、朝9時から夜12時まで営業の店舗では1ヵ月当たりの営業時間は450時間(15時間×30日)ですが、マネージャー(社員)の月当たり労働時間が残業も含め180時間としたら、残りの270時間はアルバイト・パートのみで店舗を運営していることになります。そこに何年も勤務するアルバイトの方がいた場合、その方本人も仕事が嫌いではなく、また店側もその方を戦力として頼りにしている「相思相愛」な関係で、彼らを社員として採用しない手はありません。
一般的にアルバイトの社員採用には、ざっと思いつくだけでも次のようなメリットがあります。
①就職活動による店舗営業要員の欠員の減少
②採用後の教育投資額の削減効果
③接客サービス・業務水準の維持・向上
④上級職への早期登用・充足
⑤離職率の低下
⑥社内にいるので早くから採用アプローチが可能
しかし、一般に人事部が中心となって行う新卒社員採用は「将来の幹部候補採用」と位置付け、アルバイト採用とはっきり区別している企業もいまだに多いのではないでしょうか。会社は今いるアルバイトはどこの学校の何年生なのか、などの情報すら保有していないことも少なくありません。
「わかっているけど、学生アルバイトを誘っても社員採用プロセスに応募してくれない」という声も聞こえてきそうですが、なぜでしょう?
学生アルバイトの多くの方々は「その仕事は好きだけどアルバイトは一時のもので、学校を卒業するときには別に就職活動をするもの」という固定観念を持っています。そのため、自分が働いている店舗や工場の職場・上司だけが「会社」であり、その企業の規模やブランド、社内での自らのキャリアイメージを考えません。また、企業側も同じように思い込んでいるため、それらの情報提供を十分にしていません。
そこで筆者は、大手日系外食チェーンの人事責任者時代、アルバイト先を早くから将来の就職先として意識させるためには「企業の全体像」を理解してもらうことが大事だと考え、アルバイト入社当初の学生に、新卒採用向けにするような企業情報の提供を行うようにしました。また、アルバイトから社員まで連続した育成体系を作成し、一定年数勤務し育成プログラムを修了していると、就職活動時に自社の社員採用プロセスで外部からの応募者より優遇される仕組み(推薦、面接回数を優遇など)を導入しました(図1)。これにより、新卒採用の外部:アルバイト比率を従来の7:3程度から2:8程度にまで引き上げることができ、社員入社後早期離職率が大幅に下がっただけでなく、「就職につながる」としてアルバイトそのものの応募も増えるという好循環が生まれました。
【図1】 育成を軸にしたアルバイトの社員への登用プロセス
昔からどの会社でも、アルバイト採用は現場に任せている傾向があります。そこでは、採用を行う個々の事業場が募集原稿作り、媒体選定、出稿、応募受付、採用面接設定、内定時の契約プロセスまでの全てを行っています。しかし現場の採用責任者の多くは極めて多忙で、応募へのタイムリーな返信や面接ができないために、せっかくの応募者を他社に奪われているのが実情です。
以前、応募から内定までの所要時間とプロセスを分析したところ、その企業では平均8日以上かかっており、中でも「応募から返信」までの時間が最大のボトルネックになっていることが判明しました。返信が遅いため、応募者の多くは返信したときにはすでに他企業への就業を決めていたのです。
この分析をもとに採用プロセスの多くを集中化し、返信と面接設定をコールセンターに集中したところ、応募から内定までの期間は平均4日を切る程度まで短縮し、応募に対する採用歩留り数を劇的に増加させることができました(図2)。
【図2】 アルバイト採用プロセスの集中化
連載第2回で示したように、今は多くの応募者が複数企業に同時に応募をしており、先に内定が取れたところで決める傾向が強くなっています。極力採用プロセスを短期化し、いかに早く応募に反応し面接・内定まで持ち込むかが、採用の成否に大きな影響を持っているのです。
本コラムは「冷凍食品情報(2017年5月号)」(一般社団法人日本冷凍食品協会発行)に掲載いただいたものを再編集して掲載しています。
パーソル総合研究所
エグゼクティブ フェロー
櫻井 功
Isao Sakurai
日本の大手都市銀行において営業・人事・海外部門合わせ17年間勤務したのち、ゼネラルエレクトリック、シスコシステムズ、HSBC、すかいらーくの人事リーダーポジションを歴任。経営のパートナーとして、戦略的人事サポートを提供してきた。
2016年5月からはパーソル総合研究所の副社長兼シンクタンク本部長として人と組織に関する調査研究や発信を担当。その後、工機ホールディングス株式会社の常務執行役 Chief Human Resources Officerを経て、現在は株式会社ADK ホールディングスの執行役員 グループ CHROを務める傍ら、パーソル総合研究所のエグゼクティブ フェロー、また立教大学大学院 客員教授としても活動中。
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