公開日 2024/05/31
日本の高齢者は今後も増え、要介護者も増えることが予測されている。同時に、介護を理由とした離職が増える懸念があり、仕事と介護の両立実現による人材不足の緩和は、重要な課題である。
そこで、パーソル総合研究所が毎年実施している「働く10,000人の就業・成長定点調査」 を用いて、企業が仕事と介護の両立支援を進めてきた結果、将来的な介護に伴う離職や昇進などの「介護不安」がどう変化したかを調べた。本コラムでは、2018‐2024年までの7年間で、働く人々にとってどのような意識の変化があったかを紹介する。
仕事をしながら家族などの介護をする就業者が増加傾向にあることが報告されている。このような就業者はビジネスケアラーと呼ばれ、仕事の負荷に加え、介護が及ぼす肉体的・精神的な負担を抱えている。高齢化社会により、要介護者数も年々増加しており、それに伴いビジネスケアラーの人数は、2030年に約318万人になると推計されている(図1)1。また、介護による労働者の生産性低下や離職が日本全体に与える経済的損失額は計り知れない。日本総合研究所によると1、2030年に約9兆円と推計されており、その対策は喫緊の課題である。
図1:家族介護者・ビジネスケアラー・介護離職者の人数の推移
出所:株式会社日本総合研究所(2023), 令和4年度ヘルスケアサービス社会実装事業 (サステナブルな高齢化社会の実現に向けた調査)報告書より
赤枠は筆者追記
こうした背景から、将来的な介護に対して不安を感じる人も少なくない。そのため、家族などの介護は、就業者個々の努力のみならず、企業が仕事と介護の両立支援体制の構築を行うことが重要だ。一方で、その両立実現に取り組んでいる企業の事例も増えてきており、その取組は人材確保の観点からも有益といえる。では、その中で従業員の介護への不安はどう変化してきたのか。これを明らかにするべく2時点のデータから変化を分析した。
これまでパーソル総合研究所では、働き方の実態や就業意識について、働く10,000人に対して毎年調査を行ってきた。そのデータを用いて、今の職場で親の介護が必要になった場合の「離職不安(仕事を辞めなければならないと思う)」、「昇進不安(出世や昇進を諦めることになると思う)」、「職場不安(職場の人に迷惑をかけてしまうと思う)」の3つに分けて傾向を見た。これらの質問に対して、「あてはまる」、「ややあてはまる」と回答した人を「将来的な介護への不安がある人」と定義して2018年および2024年の回答について比較した(図2)。
まず、「離職」「昇進」「職場」の3つの不安の傾向として、2024年にはいずれの不安も高かったことが確認できる。はじめに、介護による「離職不安」については、2018年時点で23.3%だったが、2024年には26.6%と、+3.3ポイントほど高かった。同じように介護による「昇進不安」については、2018年は23.0%に対し、2024年は29.4%(+6.4ポイント)、介護による「職場不安」については、2018年は32.9%が2024年は40.9%(+8.0ポイント)であった。
図2:今の職場で親の介護が必要になった場合の介護不安
出所:筆者作成
これら3つの不安感を年代別に分けたものが下のグラフである。介護による不安を感じている就業者は、いずれも2024年に50代、60代が高まっていた(図3~5)。また、どちらの年においても介護による不安を感じている就業者は、40代が最も高かった。
図3:介護による離職不安[年代別]
出所:筆者作成
図4:介護による昇進不安[年代別]
出所:筆者作成
図5:介護による職場不安[年代別]
出所:筆者作成
続いて性別も比較した。まず、2024年に「離職不安」を感じている就業者は、女性の割合が53.2%と高く(男性よりも+6.4ポイント)、経年で大きな変化はない(図6)。次に、「昇進不安」を感じている就業者は、2024年には男女の差(男性よりも-1.4ポイント)がほとんどなくなっている。最後に、職場不安を感じている就業者は、女性の割合が高く、2024年には男女の差(男性よりも+6.4ポイント)が若干拡大した。
図6:今の職場で親の介護が必要になった場合の介護不安[性別]
出所:筆者作成
これらから分かるように、40代を中心とした働き盛りの年代が、今の職場で親の介護が必要になった場合の離職・昇進・職場への不安を感じていることが分かる。さらに、50-60代では介護不安が高まっており、他の世代よりも高齢化した親を身近に感じているため、介護が必要になったときの不安を抱えているのではないか。性別では女性のほうが離職・職場不安を感じていることが確認できる。では、企業による仕事と介護の両立支援はどの程度進んできており、就業者に影響を与えているのだろうか。
同じく、「働く10,000人の就業・成長定点調査」 より、勤め先で導入されている施策に対する回答を用いて比較した(図7)。その結果、2019年に仕事と介護の両立支援が導入されていると回答した人は2024年には26.0%であった。
図7:仕事と介護の両立支援が導入されているか[%]
出所:筆者作成
企業が社会的変化に対応し、仕事と介護が両立できるような環境整備が進んでいることを筆者は想定していたが、実際はこの6年でほとんど変わっていないことが現状であろう。
また、両立支援に取り組んでいる企業では、働く個人の不安をどの程度取り除けているのかについて、統計学的にさまざまな影響を取り除く分析(多変量解析)を行った(図8)。その結果、仕事と介護の両立支援が導入されてない企業と比較して、両立支援が導入されている企業に勤めている従業員の「離職不安」は低かった。一方で、「昇進不安」「職場不安」は高かった。
図8:仕事と介護の両立支援による介護不安への影響
出所:筆者作成
仕事と介護の両立支援が導入されている企業に勤めていると「離職不安」が低いことからも、企業が支援に取り組む意義は十分にあるだろう。「離職不安」を減らすことが、家族などが介護になったとしても今の職場で就業を継続していけるといった安心感の醸成に繋がりそうだ。
一方で、仕事と介護の両立支援が導入されている企業であっても、「昇進不安」「職場不安」が高いという結果も出た。考えられることとして、仕事と介護の両立支援がある企業では、既に何らかの支援を受けた従業員がおり、その働き方を職場のメンバーが見て、自分事として不安に感じるといった関係はありえ得そうだ。例えば、時短勤務などの制度を活用して就労を続けられる一方、昇進や出世ができていない、もしくは職場の人が迷惑だと思っているような状況を目撃しているとすれば、これらの不安は減らないだろう。もしこのような状況になっているとすれば、自分事として不安を感じることは合理的に理解できそうだ。
仕事と介護の両立支援が導入されている企業であっても、「昇進不安」「職場不安」が高いことから、仕事と介護の両立支援を受けつつも活躍している社員といったロールモデルを社内で育成し、社内での認知を広げていくなどの取り組みが必要であろう。
仕事と介護の両立支援の体制として、例えば「介護休業制度」、「介護短時間勤務制度」といった各種制度を利用しながらも勤務し続ける従業員を支援している会社ほど、従業員の介護離職が少なくなることは想像に難くない。加えて、テレワークやフレックスタイム制といった柔軟な働き方も支援の一助であるため、そのような体制整備も重要であると筆者は考える。
ただし、仕事と介護の両立支援体制の整備をしていても「昇進不安」「職場不安」が高いことから、ビジネスケアラーに対する人事評価の再検討も必要であろう。そのためには、
(1) ビジネスケアラーが社内にどの程度いるのか把握する
(2) ビジネスケアラーが各種制度を利用できているかどうかを人事部が取りまとめる
(3) 実績や成果に対して公正に報いる評価基準に見直す
(4) 管理職層がビジネスケアラーの課題を認知し支援する
(5) 介護離職の発生状況を把握する
といった取り組みが重要だろう。その上で仕事と介護の両立支援体制の構築を更に推進する必要がある。そのためには、体制構築に取り組んだ企業が企業価値を向上するといったメリットを享受できる仕組みも必要となる。
さらに、有効な策を検討するためには、現在自社がどの程度、仕事と介護の両立ができているのかを企業が外部へ開示する努力が重要であろう。既に「介護休業制度」や「介護短時間勤務制度」といった仕組みがあっても、こうした取り組みを当事者がどれだけ活用できているのか、またその取得率について公表していくことも一案であろう。取り組んでいる企業こそ、「ビジネスケアラーフレンドリー」企業として、既存の枠組みなどで自発的に開示してはみてはどうだろうか。
パーソル総合研究所が毎年実施している、働く10,000人の調査データを基に、仕事と介護の両立不安に対する変化を比較し考察した。企業による仕事と介護の両立支援の導入は、まだまだ足りない状況である。
総じて、今の職場で家族などの介護が必要になった場合、就業継続不安の解消までには至っていないのが現状だ。特に、働き盛りとして期待される40-60代のミドル・シニア層がこうした不安を抱えている。また、女性のほうが「離職不安」を抱えており、特に40代は子育てがひと段落し、仕事に集中できる時間が増えてくる可能性がある。このような女性が育休から復帰した数年後に介護離職を余儀なくされるとなれば、それは企業にとっても大きな痛手となるであろう。「離職不安」以外にも、「昇進不安」「職場不安」を払拭するような公正な評価やロールモデルの育成なども必要である。
高齢化社会による人材不足や要介護者の増加を見据え、まず企業は自社のビジネスケアラーがどの程度いるのか状況を把握することから始めてみてはどうか。そのうえで、従業員の就業継続および生産性向上のためには何が課題であるかを知るべきだろう。そのうえで課題解決ができれば、介護離職や生産性の低下を防ぎ、企業の持続的な成長に寄与することが期待される。仕事と介護の両立支援体制の構築が望まれる。
1. 株式会社日本総合研究所(2023), 令和4年度ヘルスケアサービス社会実装事業(サステナブルな高齢化社会の実現に向けた調査)報告書, 令和4年度ヘルスケアサービス社会実装事業 (サステナブルな高齢化社会の実現に向けた調査) (meti.go.jp) ※2024年5月17日アクセス
シンクタンク本部
研究員
田村 元樹
Motoki Tamura
大学卒業後、2011年に大手医薬品卸売業社へ入社。在職時に政府系シンクタンクへ出向。その後、民間シンクタンクや大学の研究員、介護系ベンチャー企業の事業部長を経験。高齢者を対象に、余暇的な労働など多数の調査・研究に携わり、2024年1月から現職。専門分野は公衆衛生学・社会疫学・行動科学。
本記事はお役に立ちましたか?
資本装備率に見る産業別の労働力不足の実態
労働市場の未来推計2035~労働力不足の見通しと向き合い方~
日本企業が高度外国人材を受け入れるためには何が必要か
労働生産性向上のための投資効果は不均一
高齢者の就業意欲を削ぐ「在職老齢年金制度」 ~制度見直しで労働力増加は見込まれるか~
労働市場の未来推計2035
副業推進がこの先の労働市場にもたらすインパクト
65歳以上の継続雇用に企業が慎重なのはなぜか ー働き続けたいシニア人材活躍のヒント
年収の壁によるパートタイムの就業調整に企業はどう向き合うか
特別号 HITO REPORT vol.15『労働市場の未来推計2035 ~人口減少と高齢化にどう立ち向かうか~「変化」を起こす』
2035年1日当たり1,775万時間の労働力不足―深刻化する労働力不足の解決策
2035年の労働力不足は2023年の1.85倍―現状の労働力不足と未来の見通し
労働力は「人手」から「時間」で捉える時代へ
出張者がもたらす地域経済への貢献~地域愛着を育み経済的貢献の可能性を探る~
海外のHRトレンドワード解説2024 - BANI/Voice of Employee/Trust
男性育休の推進には、前向きに仕事をカバーできる「不在時マネジメント」が鍵
男性が育休をとりにくいのはなぜか
男性の育休取得をなぜ企業が推進すべきなのか――男性育休推進にあたって押さえておきたいポイント
調査研究要覧2023年度版
人的資本経営を考える
人的資本情報開示のこれまで、そしてこれから
なぜ、日本企業において男性育休取得が難しいのか? ~調査データから紐解く現状、課題、解決に向けた提言~
《インテグリティ&エンパシー》いつの時代も正しいことを誠実に 信頼されることが企業価値の根源
《“X(トランスフォーメーション)”リーダー》変革をリードする人材をどう育成していくか
人的資本情報開示にマーケティングの視点を――「USP」としての人材育成
男女の賃金の差異をめぐる課題
内部通報を利用して人的資本のリスク管理の開示充実を
有価証券報告書を通した人的資本のリスクの開示状況と課題
エンゲージメントとは何か――人的資本におけるエンゲージメントの開示実態と今後に向けて
女性管理職比率の現在地と依然遠い30%目標
企業と役員の人的資本に対するコミットメントに整合性を
有価証券報告書を通した人的資本のガバナンスの開示状況とその内容
有価証券報告書、ISSB、TISFDから考える人的資本情報開示のこれから
女性役員比率30%目標から人的資本経営を見直そう
役員報酬設計を通して示す人的資本経営へのコミットメント
株主総会の招集通知から見えた、人材に関する専門性不足
男性育休に関する定量調査
先行対応企業の開示から考える人的資本に関する指標の注目ポイント
内部通報制度は従業員に認知されているか
有価証券報告書による人的資本情報開示 企業の先行対応を調べる過程で得た3つの気づき
人的資本情報開示に先行対応した企業の有価証券報告書から何が学べるか
真に価値のある「人的資本経営」を実現するため、いま人事部に求められていることは何か
企業の競争力を高めるために ~多様性とキャリア自律の時代に求められる人事の発想~
HITO vol.19『人事トレンドワード 2022-2023』
目まぐるしく移り変わる人事トレンドに踊らされるのではなく、戦略的に活用できる人事へ
2022年-2023年人事トレンドワード解説 - テレワーク/DX人材/人的資本経営
地に足のついた“独自の”人的資本経営の模索を
人的資本経営は人事によるビジネスへの貢献の場 リーダーの発掘・育成の環境を整え企業成長を
人的資本経営は企業特殊性を最大限に生かす事業戦略と人材戦略を
人事は経営企画、財務、事業企画と共に 「持続的な企業の成長ストーリー」を語ろう
特別号 HITO REPORT vol.13『動き出す、日本の人的資本経営~組織の持続的成長と個人のウェルビーイングの両立に向けて~』
人的資本情報の開示に向けて
人的資本経営と情報開示を巡る来し方と行く末 ―ウェルビーイング時代の経営の根幹「人」へのまなざし―
~サイボウズの人的資本経営~ 企業理念やポリシーをいかに開示できるか 型にはめるより伝わりやすさを重視
~ポーラの人的資本経営~ 企業は人の集合体。ポーラに脈々と伝わる「個を大切にするDNA」でサステナビリティ経営を推進
《人的資本経営》「人への投資」が投資判断に影響する 今こそ企業存続への正しい危機感を
人的資本情報開示に関する調査【第2回】~求職者が関心を寄せる人的資本情報とは~
会社と社員のパーパスを重ね合わせ エンゲージメントの向上を通じた人的資本経営の高度化を目指す
人的資本経営を“看板の掛け替え”で終わらせてはいけない 個人の自由と裁量をどこまで尊重できるかが鍵
CFO/FP&Aの観点から考える CHROとCFOがCEOを支える経営体制の確立と人材育成の方向性
人的資本経営は「収益向上」のため 人事部はダイバーシティ&インクルージョンの推進から
~KDDIの人的資本経営~ 投資家との対話は学びの宝庫 人事は投資家と積極的に相対しよう
自社の人材戦略に沿ったストーリーあるデータを開示 人材に惜しみなく投資することで成長するサイバーエージェントの人的資本経営
経営戦略と連動した人材戦略の実現の鍵は人事部の位置付け ~人的資本経営に資する人事部になるには~
人的資本の情報開示の在り方 ~無難な開示項目より独自性のある情報開示を~
人的資本経営の実現に向けた日本企業のあるべき姿 ~人的資本の歴史的変遷から考察する~
人的資本情報の開示で自社の独自性を見直す好機に~市場は人材や組織の成長力を見ている~
人材版伊藤レポートを読み解く
人的資本情報やその開示に非上場企業も高い関心 自社の在り方を問い直す好機に
《人的資本経営》多様な個を尊重し、挑戦を促すことで企業発展につなげたい
人的資本経営の実現に向けて 人材版伊藤レポートを概観する
《人的資本経営》対話が社員の心に火をつける 時間という経営資本を対話に割こう
人的資本情報開示に関する実態調査
介護人材の成長とキャリアに関する研究プロジェクト
介護職の成長とキャリアのこれから
「働かないオジサン」は本当か?データで見る、ミドル・シニアの躍進の実態
介護の専門性の向上に向けて
「他者」との交流を通じて介護職の成長をサポートする ~「日常」そして「非日常」における交流の創出方法とは~
「復職」は介護人材不足の処方箋になるか──データで見る復職者の実態
介護職が長く働き続けられる職場をつくるために ~中途入社者の定着を促す上で効果的な採用・受け入れのあり方~
Labor shortage of 6.44 million workers: four proposed solutions (labor market projections for 2030)
644万人の人手不足~4つの解決策の提言~(労働市場の未来推計2030)
介護現場のOJTと定着の関係
特別号 HITO REPORT vol.4『労働市場の未来推計2030 ~644万人の人手不足~』
介護職の成長とキャリアをサポートする「職場の人間関係」
介護職の離職とキャリア――専門性向上に向けたキャリアパスづくりと「成長支援」が定着のポイント
労働市場の未来推計 2030
何が介護職を〈成長〉させるのか──「クリエイティビティ」と「他者」をキーワードに
労働市場の今とこれから 第11回 働くことの未来
労働市場の今とこれから 第10回 地方における雇用創造
労働市場の今とこれから 第8回 生産性向上の鍵を握るミドル・シニアの躍進
労働市場の今とこれから 第5回 女性活躍推進のいま
労働市場の今とこれから 第4回 採用なくして成長なし
労働市場の今とこれから 第1回 2025年、583万人の人手不足という衝撃
特別号 HITO REPORT vol.2『136万人が働き手に変わる "サテライトオフィス2.0"の提言』
定着の鍵はベテランスタッフにあり!ベテランマネジメントの要点
【イベントレポート】労働市場の未来推計
【イベントレポート】人材不足時代のアルバイト・パート採用・育成術
地域で異なる求職者ニーズにどう対応するか。アルバイト求人の地域差
特別号 HITO REPORT vol.1『労働市場の未来推計 583万人の人手不足』
頼れるバイトの離職をどう防ぐ?中長期離職を招く要因と対策
数週間で辞めるアルバイト。離職率、早期離職原因や防止方法を解説
アルバイト・パートに「選ばれる」面接のために 属性別にみた面接のポイント
アルバイトが採れない! データで見る人材不足の現状
follow us
メルマガ登録&SNSフォローで最新情報をチェック!