2024年版 人事が知っておきたい法改正のポイント-労働条件明示ルールの変更/時間外労働の上限規制と適用猶予事業・業務について/パートタイム・アルバイトの社会保険適用事業所の拡大

2024年、法改正により人事・労務担当者の対応が変更になるもの、新たに対応が必要になるものがある。その中で特に注目の3つの法改正の概要と対応のポイントについて、弁護士の今井靖博氏に伺った。


今井靖博氏(弁護士)

山田・尾﨑法律事務所パートナー弁護士。2008年弁護士登録。企業における予防法務や、トラブル対応、改善策の策定など企業法務全般を広く取り扱う。ハラスメントに関する執筆活動や企業・大学・学校等各種団体における講演活動多数。

  1. 労働条件明示ルールの変更
    労働契約の締結・更新の際、使用者が労働者に対して明示しなければならない労働条件が2024年から4月から追加。
  2. 時間外労働の上限規制と適用猶予事業・業務について
    時間外労働の上限規制について、適用が猶予されていた「建設事業」や「自動車運転の業務」などでも2024年から4月から適用。
  3. パートタイム・アルバイトの社会保険適用事業所の拡大
    パート・アルバイトの社会保険について、2024年から10月から適用事業所の範囲が「従業員51人以上」の企業にも拡大。

労働条件明示ルールの変更

使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して、賃金、労働時間その他一定の労働条件を明示しなければなりません(労働基準法15条1項)。そして、使用者が労働者に対して明示しなければならない労働条件は、労働基準法施行規則(以下、「労基則」)5条に定められています。この労基則5条が改正され、2024年4月1日以降、労働契約の締結・更新の際、明示する労働条件が追加されることになりました。

弁護士の解説

今回の改正は、すべての労働者が対象となる明示事項と、有期契約労働者が対象となる明示事項等に分けられます。

すべての労働者が対象となる明示事項

改正前の労基則5条1項1の3号は、「就業の場所及び従事すべき業務に関する事項」の明示を求めていましたが、今回の改正により、「(就業の場所及び従事すべき業務の変更の範囲を含む。)」という文言が追加されることになりました。これは、雇い入れ直後の就業場所・業務の内容の明示だけではなく、将来の配置転換などによって変わり得る就業場所・業務の範囲を明示することにより、労働者の予測可能性を高める目的があります。

これらの明示は、すべての労働契約の締結と有期労働契約の更新のタイミングごとに必要です。

有期契約労働者に対する明示事項等

改正前の労基則5条1項1の2号は、「期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項」の明示を求めていましたが、今回の改正により、有期労働契約の締結と契約更新のタイミングで、更新上限(有期労働契約の通算契約期間、または更新回数の上限)の有無と内容の明示が必要となりました。併せて、最初の労働契約の締結より後に更新上限を新設・短縮する場合は、その理由を労働者にあらかじめ説明することが必要となりました。これは、労使間の認識の相違からトラブルが生じるのを予防するために設けられたものです。

その他にも、無期転換申込権が発生する更新のタイミングごとに、無期転換申込機会の明示、無期転換後の労働条件の明示が必要になりました。

図1 2024年4月から追加される労働条件明示事項

時間外労働の上限規制と適用猶予事業・業務について

働き方改革の一環として、労働基準法が改正され、大企業は2019年4月から、中小企業は2020年4月から、法律による時間外労働の上限規制が定められていました(※2)。ただし、長時間労働の理由として業務の特殊性や取引慣行の課題がある建設事業や自動車運転の業務などについては、上限規制の適用が5年間猶予されていました。

その猶予が2024年3月31日で終了し、2024年4月1日からは、当該事業・業務にも上限規制が適用されることになります。

※2 原則として月45時間・年360時間以内、臨時的な特別の事情がある場合でも、年720時間、単月100時間未満(休日労働含む)、複数月平均80時間以内(休日労働含む)、限度時間を超えて時間外労働を延長できるのは年6カ月が限度。

弁護士の解説

建設事業

2024年4月以降、建設業では、災害時における復旧および復興の事業を除き、時間外労働の上限規制が原則通りに適用されます。

一方、災害時における復旧および復興という業務に特殊性のある事業には、時間外労働と休日労働の合計を月100時間未満とすることおよび、2~6カ月の平均を80時間以内とする規制は適用されません。

自動車運転の業務

2024年4月以降、自動車運転の業務に関しても、時間外労働の上限規制が原則通りに適用されることになり、臨時的な特別な事情がある場合でも、時間外労働は、年960時間(休日労働を含みません)を超えることができなくなりました。

一方、時間外労働と休日労働の合計を月100時間未満、2~6カ月の平均を80時間以内とする規制および、時間外労働が月45時間を超えることができるのは年6カ月までとする規制については、従前どおり適用されないことになりました。

もっとも、自動車運転の業務に従事する労働者は、別途、運転時間や勤務間インターバルなどの拘束時間について定めた「改善基準告示」を遵守する必要があります。

図2 時間外労働の上限規制の適用猶予期間が終了する主な事業・業務(※3)

物流業における2024年問題

物流業における2024年問題とは、上限規制の適用の猶予が終了する2024年4月1日から、トラックドライバーに時間外労働の上限規制や改善基準告示が適用されることで発生する物流業界への影響のことを指します。

トラックドライバーの時間外労働規制および拘束時間規制により、これまで1日・1人で運送可能だったルートも、2日または2人での運送が必要となると、長距離輸送の人員が不足し、輸送能力が低下します。これにより、運送コストの増加やサービス低下などが懸念されています。

そのため、政府が一体となって総合的な検討を行うべく、「我が国の物流の革新に関する関係閣僚会議」が設置・開催され、①商慣行の見直し、②物流の効率化、③荷主・消費者の行動変容について、抜本的・総合的な対策を「物流革新に向けた政策パッケージ」※4)として決定しました。

企業としては、2024年問題に対処するべく、労働者の労働環境の見直しを図りつつ、IT化やデジタル化を推進することで、業務の効率化を図り、この問題を最小限に食い止める努力が必要となります。

※4 物流革新に向けた政策パッケージ(令和5年6月2日、我が国の物流の革新に関する関係閣僚会議決定)

パートタイム・アルバイトの社会保険適用事業所の拡大

2020年5月29日に「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律」が成立し、2024年10月からは、従業員51人以上の勤め先で働くパート・アルバイトも社会保険の加入対象となります。すでに、2016年10月から従業員501人以上、2022年10月から従業員101人以上の勤め先で働くパート・アルバイトは、労働時間・賃金・雇用見込などの一定の要件を満たすことで社会保険の加入対象となっていましたが、その適用事業所の範囲がさらに拡大される形です。

図3 対象となる企業と新たな加入対象者
弁護士の解説

加入対象事業所の拡大

より多くの人が、これまでよりも長い期間にわたり多様な形で働くようになることが見込まれる中、今後の社会・経済の変化を年金制度に反映し、長期化する高齢期の経済基盤の充実を図るため、2020年5月、年金制度改正法が成立しました。それにより、パートタイムやアルバイトなどの短時間労働者を被用者保険の適用対象とすべき事業所の企業規模要件について、従前の500人超という要件から段階的に引き下げることが決定。2022年10月からは100人を超える勤め先が適用対象となっていましたが、さらに2024年10月から、従業員51人以上の勤め先も、社会保険の加入対象となりました。

対象となる「従業員」とは、全従業員ではなく、適用拡大前の現在の厚生年金保険の適用対象者のことを指します。週労働時間および月労働日数がフルタイムの4分の3以上(4分の3基準)の従業員を含みますので、正社員やフルタイムが少ない場合でも、「4分の3基準」を満たしたパート・アルバイトが多ければ、適用対象となる可能性があり注意が必要となります。

パート・アルバイトで働く人への影響

これまでパート・アルバイトの方々が、口座振替などの方法で支払っていた国民年金・国民健康保険料は、厚生年金保険料・健康保険料に変わり、毎月の給料から天引きされることになります。なお、保険料の半分は会社が負担します。

また、厚生年金に加入することで、1階(基礎年金部分)に加えて、2階(報酬比例部分)が上乗せされることになり、老齢年金、障害年金、遺族年金が充実します。さらに、厚生年金加入中の障害について、障害基礎年金に加えて障害厚生年金の上乗せがあるほか、国民年金のみの加入だと障害年金の支給が受けられない軽度な障害(障害等級3級やそれより軽い一定の障害)の場合でも障害厚生年金または障害手当金(一時金)の支給が受けられることになり、より充実した保障を受けられることになります。

企業への影響

社会保険の適用拡大の対象となる企業は、社会保険料の負担が増加することになります。そのため、従業員の採用や雇用の在り方について、早いうちに方針を決定しておくことが必要です。また、社会保険の加入に難色を示す従業員も一定数いることが予想されるため、社内の加入対象者を把握し、周知をした上で、必要に応じて説明会や個人面談を実施するなど、事前に従業員に意向確認をすることも重要です。

図4 社内準備の4ステップ(法律ページ図版4.png)

人事トレンドワード2023-2024コンテンツ

人事トレンドワード2023-2024スペシャル鼎談

パーソル総合研究所が、2023‒2024年において注目される人事の3大ワードとして選出した《賃上げ》《リスキリング》《人材獲得競争の再激化》。それぞれのワードが注目される背景や現状、今後予想される展開などについて、マクロ経済の視点から賃上げの必要性を主張してきた山田氏と、ジンズホールディングス(以下、ジンズ)で人事戦略の責任者を務める堀氏、そして最終的なワード決定の責任者を務めた小林に、各々の立場から語ってもらいました。

マクロ視点の成長志向と学ぶ文化の醸成により日本全体での成長を目指すべき

2023年-2024年人事トレンドワード解説

パーソル総合研究所が2023~2024年の人事トレンドワードとして選出した《賃上げ》《リスキリング》《人材獲得競争の再激化》について、言葉の定義や人事領域でどのように扱われているかなどを解説します。

2023年-2024年人事トレンドワード解説 - 賃上げ/リスキリング/人材獲得競争の再激化

人事担当者に聞いた「HRキーワード」

企業の人事担当者の方々に、2023年を振り返り、また2024年を見通す中で注目しているHRキーワードを伺いました。

《哲学的思考力》 混迷のVUCA時代に必要なのは、自分の頭で考えて探求する力

株式会社ブレインパッド 常務執行役員CHRO/人事ユニット統括ディレクター 西田 政之氏

《インテグリティ&エンパシー》いつの時代も正しいことを誠実に 信頼されることが企業価値の根源

日本通運株式会社 人財戦略部長/ダイバーシティ推進室長
NIPPON EXPRESSホールディングス株式会社 人財戦略統括部 専任部長 卯野 孝児氏

《ポテンシャルの解放》個人の挑戦を称賛する文化が時代に先駆けた変化を生み出す

パナソニック インダストリー株式会社 人事戦略統括部 統括部長 栃谷 恵里子氏

《“X(トランスフォーメーション)”リーダー》変革をリードする人材をどう育成していくか

株式会社学研ホールディングス エグゼクティブディレクター/人的資本経営・サスティナビリティ推進担当 渡辺 悟氏

《適時・適所・適材》従業員が最も力を発揮できるポジションとタイミングを提供

三菱重工業株式会社 HR改革推進室 副室長/グループ戦略推進室 戦略企画部 主幹部員/
名古屋ヒューマンバリューセンター長 川島 秀之氏

研究者の視点

組織や人に関わるテーマを探究する研究者に、「今注目する」そして「これから深めていきたい」研究テーマについて語っていただきました。

学歴や職業にかかわらず、すべての女性が能力を発揮できる社会を実現するには──働く母親たちへの調査を通じて見えてきたこと

東京大学大学院 情報学環 准教授 藤田 結子氏

「性の多様性」を基本に置く「包括的性教育」。 それは、一人ひとりを尊重する「人権教育」でもある

埼玉大学 基盤教育研究センター 准教授 渡辺 大輔氏

なぜ、パワハラは起こるのか。科学的なデータとエビデンスを基にパワハラ対策を推進し、働く人を、日本を、元気にしたい

神奈川県立保健福祉大学大学院 ヘルスイノベーション研究科 准教授 津野 香奈美氏

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