公開日 2018/04/05
本年2月からのこの連載もいよいよ最終回となりました。人と組織に関する研究所として、この業界の人事を取り巻く「旬」の話題を約1年取り上げてまいりましたが、今回はさらに先にある、「働くことの未来」について少し考えてみたいと思います。
日本生産性本部が1,882人の新入社員を対象に平成29年3〜4月に行った「働くことの意識調査」によれば、「働く目的」では「楽しい生活をしたい」が一昨年比5.6%増加(2017年度42.6%)となり、2年連続で最高値を更新した一方、「社会のために役立ちたい」は連続して下降し、一昨年比3.3ポイント低下(同9.2%)となりました。また「人並み以上に働きたいか」という設問では「人並みで十分」が昨年度よりは若干下がったものの、依然57.6%という高水準にとどまっています。さらに、就労意識に関する設問でも「上司や同僚が残業していても自分の仕事が終わったら帰る」が昨年比9.9%も増加し、「同僚、上司、部下と勤務時間以外は付き合いたくない」も昨年比10.1%増加しました。
出典:日本生産性本部「平成29年度新入社員『働くことの意識』調査」
これには昨今「長時間労働問題」が話題に上ることが多いなど外部要因も大きく影響しているとは思いますが、総じて若者の間にプライベート優先意識が強まり、戦後の日本の中心的就業意識であった「就社、企業成長至上主義」から「就職、個人のバランス型成長主義」へ、つまり「帰属意識の志向の矢印が会社から自分の仕事・職務」へという変化が強まってきているという傾向がみえます。
若者の就業意識はなぜこのように急速に変化してきているのでしょう。それは「インターネットの普及により多様な価値観やベストプラクティスへのアクセスが容易になった」ということが言えます。
インターネットの普及は、情報の伝播速度と深度を急激に高めました。様々な国の人々の生き方や働き方に触れることが容易になった結果、それまで当然と思われていた「日本型雇用」、つまり「新卒一括採用から始まるメンバーシップ型労働」「年功序列・終身雇用」「定年制」などが、実は日本独自の特殊な形態だということが若者たちにも理解されるようになってきました。もちろん、若者たちはそれを「日本型雇用の問題」として理解しているのではなく、そこから派生する「会社都合の一方的な転勤や異動」や「男女役割分業を前提とした男性中心のホワイトカラー職場」、「男性ムラ社会から起こる長時間労働の蔓延」などの現実を疑問視し始めたのでしょう。
世の中ではインターネットを介したビジネスのアイデアが次々と生まれてきていますが、従来の職能型人事運用(※1)の大企業では、競争力のあるスピードでそれらに取り組むことはできません。資金調達までネットでできる現代では、デジタルネイティブ(※2)である彼ら自身が職務型(※3)思考で気軽に起業をするようになっています。優秀であればあるほど、大企業に「就社」するという選択肢を採らなくなり、企業側の制度や運用を変える大きな圧力になってきています。
これからの日本人の働き方を考えるうえで忘れてはならない前提条件は「人口減少」および「高齢化」です。世界の人口は現在の76億人から2030年までに86億人を超える(※4)と言われていますが、日本の人口は2017年の1.27億人から、2030年には1.19億人に減少し、全人口に占める65歳以上比率は31.2%(2017年は27.8%)にまで上昇するとみられています。一方、医療技術の進歩により、「2007年に日本に生まれた子供の50%は107歳以上まで生きる」(※5)と言われ、今後日本はかつてない長寿社会になっていきます。そのような社会での働き方とはどのようなものなのでしょうか。
昨年、ある研究機関が「日本の労働人口の49%は10〜20年後に人工知能やロボットで代替可能」という試算を発表し、大きな話題になりました。あくまで試算ですので現実に49%となるかどうかはわかりませんが、新しい技術が労働現場へ次々と導入されることは疑いの余地がありません。これからの「働く」を取り巻く技術革新の中心は、①人工知能(大量のデータ分析に基づく判断を人に代わってする)②AR・VR(拡張・仮想現実を用いて、時間や空間を超えた体験を提供)③ロボット(定型・大量・高速事務処理)④移動技術(自動化、高速化)--の4つとみられています。
紙幅の関係上個々の詳細な説明はできませんが、これらの「技術革新」は、物理的な時間や空間に縛られない働き方や雇用の形を可能にし、企業は従来のような「オフィスでフルタイムを働く無限定正社員かそれ以外か」という二元論などではない多様な働き方を取り入れていかなくては、労働力確保という点でも、そして生産性という点でも競争力を維持していくことが困難になるのです。
技術革新による働き方の多様化により、労働集約的、定型的作業は機械が行い、人間はより非定型でハイタッチなコミュニケーションを必要とする仕事、つまり人間ならではの判断を求められる仕事に従事するようになります。そこでは高齢化社会であることは必ずしもネガティブな要因ではありません。働く人1人ひとりが、その持てる経験を存分に活かし、生き生きとやりがいを感じながら自由な仕組みの中で「はたらいて、笑おう」を実現できる社会、そんな社会がもうすぐ幕を開けようとしているのです。
この約1年、お付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。この機会を与えてくださった皆様、また毎号根気強くお読みいただいた読者の皆様に心より御礼を申し上げます。
※1:人は年齢を積めば能力が上がるという考え方に基づく人事運用方法(だから年長者が上位職を占める)
※2:もの心つくころにはすでにパソコンやインターネットが普及していた世代
※3:職務にもっともふさわしい人間をそのポジションに据える考え方。年齢性別は一切関係ない
※4:国際連合「世界人口予測2017年改定版」
※5:「ライフシフト」(リンダ・グラットン)
本コラムは「冷凍食品情報(2017年12月号)」(一般社団法人日本冷凍食品協会発行)に掲載いただいたものを再編集して掲載しています。
パーソル総合研究所
エグゼクティブ フェロー
櫻井 功
Isao Sakurai
日本の大手都市銀行において営業・人事・海外部門合わせ17年間勤務したのち、ゼネラルエレクトリック、シスコシステムズ、HSBC、すかいらーくの人事リーダーポジションを歴任。経営のパートナーとして、戦略的人事サポートを提供してきた。
2016年5月からはパーソル総合研究所の副社長兼シンクタンク本部長として人と組織に関する調査研究や発信を担当。その後、工機ホールディングス株式会社の常務執行役 Chief Human Resources Officerを経て、現在は株式会社ADK ホールディングスの執行役員 グループ CHROを務める傍ら、パーソル総合研究所のエグゼクティブ フェロー、また立教大学大学院 客員教授としても活動中。
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