公開日 2025/03/17
2024年10月、パーソル総合研究所と中央大学は共同研究「労働市場の未来推計2035」の結果として、2035年には1日当たり1,775万時間の労働力不足になるという推計結果を発表しました(「労働市場の未来推計2035」の概要参照)。今回、多方面からいただいた反響のうち、目立った意見・質問を取り上げ、阿部正浩氏、鈴木俊光氏、パーソル総合研究所の研究員4名が議論を交わしました。
――「労働市場の未来推計2035」の結果を発表後、セミナーやアンケートを通してさまざまな意見・質問が寄せられました。皆さんの周囲で印象的だった意見や反応はありますか。
児島:大学関係者からの反応になりますが、就業者数が増える結果への驚きや、時間視点での推計から、単純に就業者数が増えれば解決する問題ではないという点に関心が集まっていました。
今井:私は、「個人の能力の違いは考慮されているのか」「労働力不足なのにリストラがあるのは矛盾している」といった企業からの意見が印象的でした。同時に、マクロ視点の推計を個別企業の視点に引きつけ過ぎて捉えることで、解釈や理解にややズレが生じているのではないかと感じたこともあります。
中俣:業種・職種別のより詳細なデータに関する要望・質問も多かったですね。また、私が講演で話す例え話(推計結果から想定される労働の在り方の変化として、これからは1人で走り切るマラソン型から、複数の人が短時間ずつ働きつないでいくバケツリレー型になるという話)も、企業の方からの反響が大きいです。バケツリレーになった場合のコミュニケーションコストやマネジメントなど、具体的な課題がイメージされやすくなるためでしょうか。
田村:私も企業の方から、シニアや女性をはじめ短時間で働く人の割合が増加する中、今後の職場のマネジメントに対する不安の声を聞きました。労働力構成の変化にどう対応するかは、企業の大きな関心事でしょう。
中俣:一方で、官民ともに関心が高かったのが、生成AIや技術革新の影響です。そこで、よく寄せられた要望が、私たちが今回行ったような過去のデータから未来を映し出すフォアキャスト型の推計だけではなく、技術革新による非連続的な成長も加味した未来の姿を大胆に予想し、そこから逆算するようなバックキャスト型の予測も見たいというものです。
――このニーズについて、どうお考えですか。
中俣:推計をする際、経済成長の度合いや賃金の上昇、さらには技術革新、特に生成AIの影響などをどのように組み込むかによって想定されるパターン、つまりシナリオは大きく変わります。そのため、今後の非連続的な成長まで考慮した推計をするのであれば、バックキャストの視点も必要なのかなと感じます。
阿部氏:私はバックキャスト型に反対の立場です。バックキャスト型で一般的に行われるのは、例えば技術や医療、教育などの各専門家の知見を基に、2035年時点のそれらの水準をまず設定し、その上で逆算していく手法です。しかし、2035年の未来の状況を正確に予測するのは専門家であっても非常に難しいことです。特に「非連続的な成長」は、予測の行方が「非連続的になる」と言っているわけであり、それすらも予測できると言いきれるのかは疑問が残ります。
――どちらの方法を選ぶかは、思想の違いにもよりそうです。未来の姿を描いてそこに向かって進んでいく考え方に共感する人もいるでしょう。
阿部氏:確かに、政治家や経営者は未来を描き、そこへ向かって努力しようとします。それはひとつのアプローチとして理解できます。しかし、経済は本当にそれで動くでしょうか。労働力不足を「そんなに深刻ではない」と楽観視している声もあるようですが、環境問題と同じで、大した変化ではないと思っているうちに気づけば取り返しのつかない《ゆでガエル》状態になっている危険性は大いにあります。その意味でも、現状のままではこうなるという予測を立て、警鐘を鳴らすほうが、地に足の着いた議論ができると考えます。
鈴木氏:同感です。バックキャスト型は結論ありきで、結果をいかようにも解釈できる部分があります。そのため、客観的なデータでありながら、向かわせたい結論に仕向けるような恣意的な使い方をされがちな印象も否めません。フォアキャスト型はそういった恣意性が少なく、このままでは訪れ得る最悪のシナリオを避ける行動を促すものであり、そのほうがポジティブな使われ方のように思います。
中俣:バックキャスト型では、未来のありたい姿を描くため、現実とのギャップが明確になり、やるべきことが見えやすくなるようにも思います。ただ、目的はフォアキャスト型でもバックキャスト型でも同じ、「今の行動に変化を起こさせること」に変わりはありません。両者の利点を組み合わせて活用できてもいいのかもしれません。
――「労働力不足なのに賃金が上がらない」「賃上げで労働力不足は解決するのでは」など、賃金に関するご意見も多く寄せられました。賃金が上がれば労働力不足は解消するのでしょうか。
阿部氏:今回の推計のモデル上では、賃金を上げれば上げるほど労働力不足が解消するかといえば、そうとはいえないのが現状です。
今井:賃金が上がらない点については、賃上げせずとも何とか労働力を確保できていたり、労働力が足りないままでも現場がどうにか回っていたりする実態がまだ辛うじてあることが一因のような気がします。その結果、「このままでも何とかなるのでは」と考える風潮につながっているのかもしれません。
鈴木氏:確かに限られた人員で現場が回っているところはあります。しかし、そうなると品質の低下が懸念です。目の前の仕事を回すのに精いっぱいで新しい何かを考え出す余裕もなく、本来の品質の6割でよしとせざるを得ない現象が各所で生じれば、国全体のイノベーションや生産性にも影響を与えるでしょう。
今井:考える余裕が必要な点には賛成です。他方で今、限られた人員で何とか品質を上げても、その分の対価が支払われていません。本来は賃金や価格に反映すべきです。そのような無償の労働は、日本のサービス業でよく見られます。品質6割のサービスが社会にも当たり前に受け入れられるようになることで、無償分の労働が削減されていくならば、6割をよしとする状態も、ある意味、肯定的な見方ができるかもしれません。
――賃金のほかに、労働力不足の解消策として多かった「AI活用や機械化をすればよい」という意見についてはいかがでしょう。
鈴木氏:労働者は消費者でもあります。労働者が得た賃金で行われる消費活動によって、地域経済が回っていることを考えると、労働力不足を単にAIやロボットだけで補ってしまえば、経済や市場全体が縮んでいかざるを得ないでしょう。仮にAIなどの置き換えで企業にもうけが出ても、今井さんの指摘のように賃金や投資などに適切に反映されないとなると、やはりAIやロボットでの解決ばかりに重点を置き過ぎるのは消費との関係から危険な気がします。
――冒頭にも挙がったように、マクロ視点の推計や試算の結果を、そのまま一企業のミクロな視点に当てはめて考えることで誤解が生じる問題や、「推計の数字だけを見ても、何をどうすればいいか分からない」と具体策を求める声もあります。推計を踏まえ、現場の対策に落とし込んでいくには、どうすればよいのでしょう。
阿部氏:企業が直面している状況は個別異なります。例えば、人材を確保できる企業もあれば難しい企業もある。AIを活用している企業もあれば、まだ手をつけられていない企業もある。そのため、個々の事情に合わせ、何が最適なのかを各企業で考えることが不可欠です。例えば、生産性や付加価値を上げる方向性もさまざまです。卓越した技術力の熟練工を増やして商品単価を上げる方法もあれば、機械化を進めて労働力を使わずに生産性を上げる方法もある。この2つだけをとっても、一方は労働者が必要、一方は不要とまったく異なるアプローチであり、どちらの方法が適しているかは、企業ごとに異なります。ただ、いずれにせよ、前者には技能、後者には知識といった、時代に応じた労働者個々のスキルレベルの向上が必要です。
――機械化に必要な知識レベルの向上とは、具体的にどのようなイメージのことでしょうか。
阿部氏:例えば、山口県のある中小企業の話を挙げましょう。2019年に現社長が東京から山口に戻って先代から経営を引き継いで以降、その妻が外資系証券会社での勤務経験を生かして会社のDX化を主導。総務や人事、生産管理にITツールを導入して生産性を格段に向上しました。その会社では、効率化によって生まれた余剰時間を新事業の立ち上げに充て、新しい事業を2つ生み出しました。従業員も2019年には9人でしたが、2024年には19人にまで増えています。DX化にはある程度のレベルの知識が必要です。労働者の知的レベルの高さが企業の成長に大きく寄与した事例といえるでしょう。
――知識レベルを上げるには、働く個人はどのようなことを意識し行動すればよいのでしょう。
田村:今までの延長線上ではない新しいことを学ぼうという意識がまず必要なのではないでしょうか。
鈴木氏:知的好奇心とでもいうのでしょうか。学生でいえば、最近は難しそうなゼミや講義を避けたり、分からないことについても自分で考えてみようとせず、答えがどこかにないか、教えてくれる誰かがいないかを探す傾向が強いように思います。そうではなく、分からないことから逃げずに自分で調べ、学ぼうとする姿勢。こうした自律的に学ぶ姿勢は、社会人にも共通して重要でしょう。
阿部氏:働く人それぞれが、自身の置かれた環境の中でどうしていけばよいか、方向性をいろいろと考え、試行する。その一人ひとりの知的レベルを上げていくことは、今後の社会において避けては通れない課題です。知識社会といわれて、はや30年がたちますが、詰まるところ、そこに尽きるのかもしれません。
中俣:推計結果は結局、見た人々が今日から何かを変えるきっかけに過ぎず、それをどう変えていくかは、それぞれの企業や働く人自身が考えなければなりません。その際、推計結果を基に、2035年の労働市場や働く状況がどうなるのかをどこまで想像し、イメージを膨らませられるかも重要になるのでしょうね。
田村:例えば、75歳くらいまで働けるシニアが増えることを踏まえ、働く個人として、シニアになっても雇用されるための専門性やスキルは何かをまず考えてみることもひとつでしょう。
今井:パートの仕事には技術による代替可能性の高いものが多く、10年先に残る仕事の見極めが特に必要です。しかし、難度が高く、働く人には厳しい課題です。
阿部氏:これからは、正社員であってもパートであっても皆、この先の自分のキャリアを考えることが重要になっているといえます。10年後を見据え、今からの10年間をどう過ごすのか、個人も真剣に考え、企業も支援しなければなりません。
――今回の推計を踏まえ、今後の展望や抱負があれば教えてください。
阿部氏:研究員の皆さんは怖いもの知らずだと思います(笑)。「人数」ではなく「時間」で推計するなど、専門家が避けるような新しいアプローチに挑戦した点は評価したいです。もちろん、見直すべき点はいろいろありますが。実際のデータを使って推計する手法は珍しく、一からこうした推計モデルを構築できる人材は世の中にも少数です。今後は自社データの活用や、地域別の推計などによって、推計のオリジナリティをさらに高められるとよいのではないでしょうか。
鈴木氏:詳細な業種別や地域別のデータは、ニーズはあるものの信頼できるデータがなかなか世の中にないため、推計を出せれば活用は広がるでしょう。
中俣:仕事と人のミスマッチの観点や、個人の能力の違いといった労働の質をどう捉えるのかなど、今回の推計に加えたい改善や工夫はいろいろと見えているので、先生方のご意見も踏まえ、皆で引き続き考えていきたいと思います。
今回の推計の方法や主な結果は以下の通り。
中央大学 経済学部 教授 阿部 正浩 氏
慶應義塾大学商学部卒業、慶應義塾大学大学院商学研究科単位取得退学、博士(商学)。(財)電力中央研究所社会経済研究所主任研究員、一橋大学経済研究所助教授、獨協大学教授を経て、2013年より現職。
中央大学 経済研究所 客員研究員/下関市立大学 経済学部 准教授 鈴木 俊光 氏
中央大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。中央大学経済学部任期制助教、内閣府、こども家庭庁を経て2024年より現職。
パーソル総合研究所 シンクタンク本部 研究員 中俣 良太
首都大学東京大学院 都市環境科学研究科 観光科学域 修了。大手市場調査会社にて、3年にわたり調査・分析業務に従事。金融業界における顧客満足度調査やCX(カスタマー・エクスペリエンス)調査をはじめ、従業員満足度調査やニーズ探索調査などを担当。担当調査や社員としての経験を通じて、人と組織の在り方に関心を抱き、2022年8月より現職。
パーソル総合研究所 シンクタンク本部 研究員 今井 昭仁
London School of Economics and Political Science 修了後、日本学術振興会特別研究員、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科助手を経て、2022年入社。これまでに会社の目的や経営者の報酬など、コーポレートガバナンスに関する論文を多数執筆。
パーソル総合研究所 シンクタンク本部 研究員 児島 功和
東京都立大学大学院 人文科学研究科 教育学専攻(博士課程) 単位取得満期退学。日本社会事業大学、岐阜大学、山梨学院大学の教員を経て、2023年4月より現職。大学教員としてはキャリア教育科目の開発・担当、教養教育改革、教員を対象とした研修運営などを担当。研究者としては、主に若者の学校から職業世界への移行、大学教職員や専門学校教員のキャリアに関する調査に関わってきた。
パーソル総合研究所 シンクタンク本部 研究員 田村 元樹
浜松医科大学大学院 医学系研究科 博士課程修了。大学卒業後、2011年に大手医薬品卸売業社へ入社。在職時に政府系シンクタンクへ出向。その後、民間シンクタンクや大学の研究員、介護系ベンチャー企業の事業部長を経験。高齢者を対象に、余暇的な労働など多数の調査・研究に携わり、2024年1月から現職。専門分野は公衆衛生学・社会疫学・行動科学。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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